没後20年麻田浩展…静謐なる楽園の廃墟
 

2017年10月15日(日)練馬区立美術館

休日に外出することは、めったにないが、卒業した大学のOBの集いのようなイベントがあって、学生時代のサークルのOBで会うことになった。約束は夕方だったので、そのついでに、と家を早めにでて、途中でまわり道をして、普段はなかなか行くことができない西武池袋線の中村橋に。練馬区美術館はおもしろい作家をとりあげた企画展をするのだけれど、場所が私の交通ルートからは離れていて、しかも開館時間が昼間なので、なかなか行くことが難しい。ちょうど良い機会だからと、行くことにした。あいにくの雨模様の天気だったけれど、そのおかげで、日曜の午後という時間にもかかわらず、館内の人影はまばらで、先日の池田学のときとは打って変わって静かな空間で、ゆっくりと作品を見ることができた。

麻田浩という画家は、いつものとおり知識に乏しい私には初めて名を聞くので、紹介をかねて、展覧会パンフレットの主催者あいさつを引用します。麻田浩(1931〜97)は、日本画家、麻田辨自を父に、同じく日本画家、鷹司(1928〜87、2000年に当館で回顧展を開催)を兄に持つ、美術家の一家に生まれました。同志社大学経済学部に入学するものの、画家への道は捨てきれず、新制作協会に出品、在学中に初入選を果たします。初期にはアンフォルメルに傾倒しましたが、1963年、初めてのヨーロッパ旅行にて古典絵画を再確認したことで、徐々に変化が表れます。1971年、39歳のとき再度渡欧。パリを拠点に、より幻想的な風景画を生み出し、新制作展や安井賞展などに出品し続けました。また、ヨーロッパ滞在期には版画制作にも力を入れ、カンヌ国際版画ビエンナーレではグランプリを獲得。フランス・ドイツ・ベルギーなどでも個展を開催しています。1982年、50歳で帰国。京都に戻り、京都市立芸術大学西洋画科の教授を務めながら、水滴や羽根などの自然物を配した「原風景」とともに、「原都市」と名づけられた美しき廃墟空間を描き続けました。1995年には京都市文化功労者となり、同年に第13回宮本三郎記念賞を受賞するなど活躍を続けていましたが、1997年、65歳で自ら命を絶つこととなります。本年は麻田が没して20年という記念の年にあたります。初期から晩年まで、約140点の油彩画、版画等を通し、麻田の画業を振り返る展覧会です。”

会場で受付を通って最初に目の前に現れるのが「原都市」という作品です。主催者のあいさつと並べるように展示されていた作品で、美術館としては、出会い頭という大げさですが、ある程度は、これが麻田という画家だというものを最初に提示したという展示なのではないかと思います。「原都市」という題名にもかかわらず都市の風景が描かれているわけでもなく、石造りの建物の壁面を描いています。フェルメールの「小路」という作品を思い出してしまいましたが、その壁で画面がいっぱいになっているので、ここで描かれている空間が平面的で、しかも壁という単一の平面で覆われてしまっているので、壁の色が画面全体を支配している。私には、それが麻田の作品に共通している性格ではないかと思われました。それは、この後で展示されている作品を見てきて、そのあとで、展覧会を思い出して、この作品を改めて見た時に、私なりに合点した印象です。最初に、この作品を見た時には、それほど印象の強い作品とは思えず、素通りするように、この後に始まる制作年代順に追いかける展示の初期作品の展示に移ったのでした。そうだからというわけではありませんが、この人の作品はひとつで見る者に強烈なインパクトを与えてグッと惹きつけるというタイプではなくて、じっくりと見ているうちにジワジワと見る者を徐々に惹き込んでいくタイプではないかと思います。この「原都市」という作品では、見る者の焦点となるような要素が見当たらなくて、壁面という平面で一色の物質に画面が占められています。そこでは、この作品では、その平面を空間として見る者に提示する。そういうひとつの空間とか世界を全体として、まるごと画面で提示する。麻田の作品はそういう性格のものであるように思います。その際に、麻田の武器、というとへんな言い方になりますが、画面を壁という平面的な物質で占めてしまう際の色調、同系統の色で画面を占めてしまうと単調になってしまうとろを、ひとつの雰囲気を作り出していて、色のセンスが卓越している。この「原都市」では壁の茶の混じったグレーが、石の物質感や重量感はあっても、のしかかってくるような重苦しさにはならず、ちょっとモダンな印象もあって、廃墟のような光景なのに汚らしさは感じさせないし、透明感と明るさがあって、そこに不自然さがないのです。こけだけではないかもしれませんが、展示されている作品を通じて、テーマとか題材とかは別にして、オシャレさと品の良さを例外なく感じました。

引用した主催者あいさつとは、ニュアンスがずれてしまうようですが、このような私なりの視点で、以下で作品を展示順に見ていきたいと思います。

 

第1章 画家としての出発

麻田は大学生となってサークルに入会してデッサンなどの正式な美術教育を受け始めます。最初の展示作品「牛・C」は画面いっぱいに描かれた牛の全身像で、細部とか肌の質感にはこだわらず全体の形と重量あるどっしりとした存在感を出そうとしたと作品。グレーを基調としたモノクロームのような色の感じと、牛という存在の物質感を出そうとしているようです。この物質感への志向というのでしょうか、それが石膏や絵の具を画面に盛るようなことに発展し、それが画面を覆うようになります。それにつれて次第に対象の形を描写することから画面という空間の中で何かを存在させるということを志向していくようで、その過程で形を失っていきます。当時の流行であったアンフォルメルという運動、不定形のものをキャンバスに絵の具を盛ったり、塗りつぶりたりして、作者の感情をぶつけたり、形にあらわせないような存在とか動きとかいう抽象的なものを表現しようとしたもの。そういうものに、麻田も乗って描いていたようで、「作品C」という作品では、アントニオ・タピエスの手法を真似て、画材でない物をつかったりマチエールにこだわって画面を立体的に盛り上げたものにしています。麻田自身の言葉では、「力線としての場」を形成するそうですが、自身の表現衝動が生まれてくるのを表現にまとめられることができずに試行錯誤している、と見えます。ちょっと古代エジプトのヒエログリフの彫られた石板を想わせます。「黄泉の黒鳥」という作品の赤と黒を画面一杯に塗られた作品などに、色彩のセンスがすでに見えていて、それがマチエールとかいって凸凹になった画面で影を生んだり、展示されている照明の光線に照らし出されたりして、色の見え方が微妙に変化しているのをみると、画家の意図とは別に捨てがたいものがあると思います。

 

第2章 変化する意識と画風

麻田は父親の許しを得て、30歳で会社員としての生活をやめて、画家として再出発します。そして、ヨーロッパに旅行し、現地で多くの作品を見て、旅行先の日本とは異質な土地で自己の原点を見つめ直し、画風を変化させていきます。その一つは、透視画法による空間構成や直感的に実在に迫ろうとするイメージの世界、つまり、伝統的な西洋画の再認識だったようです。そこで、それまでのマチエールにこだわったような絵画に行き詰まりを自覚し、平面的なパースペクティブをもった具象に方向転換をしていきます。それまでの手法にいたったのが、自身の表現衝動に形を与えようというものであったのであれば、そこに伝統的な形をあてがうのではうまくいかない、そこで、薄めに溶いた絵の具を用いて、いくつものの具象的イメージをシンボルのように画面に並べて構成するというもの。作品は、イメージの断片を繋ぎ合わせたような、結果的にシュルレアリスムのような画面になった作品を描き始めます。水色や黄色、白、ライトグレーといった明るい色調の画面に、身体や風景を配置する光景は、よく見ると、頭蓋骨や火のない煙、巨大なトンボの羽など呪術的なシンボルのような不穏なイメージが積み上げられています。シュルレアリスム絵画であれば、そこで解釈がうまれ意味を持つかのような様相となります。同時にコラージュのような平面的画面に地平線が見え始め、ひとつの奥行きを持った風景が生まれます。「浮上風景」「落下土風景」といった作品では、意味ありげな身体のパーツが、「浮上風景」では女神の下半身とかが、物語を想像させるかのようです。

しかし、それよりも、「浮上風景」では真ん中の水色の長方形を取り囲むような幻想的な背景の何ともいえない透明感あるブルーとグリーンの色調の組合せだったり、「落下土風景」では茶色の色調の地面の下半分と上半分の灰色に近いグリーンの色調の対比の真ん中にブルーの風景が挿入されている。そういう色彩のセンス。それが「水の風景」という作品での深いグリーンで統一された画面をみていると、上で述べたような何が描かれているかということよりも、この色調で画面が占められているという、その雰囲気の味わいとかイメージに惹かれるところがあります。

ここまでが、1階の展示室。いったんロビーに出て2階の展示室に階段を上がります。言ってみれば、ここまでが序章のようなもので、これから本番というところです。

 

第3章 パリへ

麻田は1971年にパリに渡り、そこを活動の拠点とした。その頃の作品です。

2階の展示室で最初に目に飛び込んできたのは、「原風景(赤)」という1.5m四方の大きな作品で、前面に塗られた赤は鮮烈でした。それは、センスの良さがまずあって、赤の鮮烈さあるのにどぎつさがなく、落ち着きがあって、しかも透明感がある。地面を描いているので、けっして原色とか抽象的な赤ではなくて、少しくすんだような、汚れたようなところがあるのですが、それが現実的な存在感を生んでいる。この人の色の使い方の感覚は、絵の方向性はまったく違うのですが、加納光於の抽象画の色の感覚に通じるところがある、と作品を見ていて思いました。例えば「落水風景」という作品などは中心に円があって、加納の作品に少し共通しているところがあるかもしれません。

これまで、展示されている麻田の作品を見ていると、私には、麻田は、何かを描く、それは具象的な対象でも、内心の思いを形にするとか抽象的なことを描くとか、そういうことよりも、描くことを画面に存在感を与えることのように捉えて、そのために、石膏や絵の具のようなマチエールを盛ってみたりしていた。しかも、存在感は絵を見る者に納得してもらわなければ、絵としての価値(存在意義)がない、それで見る者にも分かるように既存の手法試みた、アンフォルメルだったり、シュルレアリスムだったりと、そうこうしているところで、自身の色彩センスに気がついて、画面を色で塗りつぶすようになった。それを、それを見る者に納得させるため、塗りつぶしている色との適合性を考えているうちに、壁とか地面とか水といった一面に広がるものを題材として発見した。その題材だけでは、見る者は、対象を見たがるので、視線が定まらず、画面を醜くなるので、その視線の助けとなるものを壁や地面の手前に加えていった。このように、私には、麻田の作品の性格を、そのように見えました。

「原風景(重い旅)」という作品です。穴ボコの地面を描いた作品です。私は、描かれているのが地表だとかいうことよりも、この画面いっぱいに塗られた色、深いグレーと、そのグラデーションの暗い、落ち着いた雰囲気を感じます。こんな穴ボコがあって、表面いっぱいに小さな粒々があるのは地表なのだろうことは分かります。しかし、それにしては、この地面は土なのか岩なのか、いかにも地面らしくはなっていますが、リアルではない。さらに見ていくと、ヘコんでいるところの影の付け方がチグハグであることが分かります。それは、ひとつの視点から俯瞰して地面を見て、それを描いているということではないということです。ヘコみもそうですが、そこから飛び出しているような物体は、上から見下ろしているにもかかわらず、横から見たような角度で描かれています。これは、視点が複数存在しているのか、空間が歪んでいるのか、もしかしたら、画家は空間をつくろうとは意識していなかったのか、いずれにせよ、見る者は地表の風景と思っていたら、実は、そうではないということに、気がつく人は気づくことになる。「あれ?!」という感じです。おそらく、このことに気づく人は、この画面に魅入って、じっくり眺め始めた人に違いありません。結果として、この作品は、そこで見る人を選別していると言えます。空間の歪みとか、不安定さは、そういう関門を通り抜けた者だけが感じることのできるもので、そこで一種選ばれたともいうような親密さとでも言うべき濃密な関係が生まれる。そういう作品であるように思います。

「ル・トロトワールbP」という作品で、ル・トロトワールとはフランス語で歩道のことだそうで、「原風景(重い旅)」と同じ頃の制作ということです。「原風景(重い旅)」が地表を描いていても、題名は原風景としているのに対して、この作品はタイトルで題材を特定しています。歩道の石畳の白っぽい色が基調となっているためか「原風景(重い旅)」のような暗さはなく、色調としては明るいのですが、石畳の隙間やポッカリと開いた穴にある、あるいは出てくるものが鳥の頭、手の指、三角ポッド、あるいは得体の知れないもの、でシュルレアリスムっぽいところがあります。ここでは、これらのものたちが雑然とした賑やかさの印象をつくりだして、「原風景(重い旅)」の静寂さとは違った印象です。おそらく、画面を塗りつぶして世界とするということについて、麻田は、このふたつの面ともに持っていたのでしょう。この作品を経由して「原風景(重い旅)」をもう一度みると、「原風景(重い旅)」にも、動きという要素があったことに気づきます。

「ひとつの溝」「緑の風景」といった作品。地面を描いていた麻田は、その地面に画面で言えば水平方向に一直線の溝を入れます。そこで俯瞰で地面を見下ろすよう平面だった画面に溝という立体のきっかけがうまれました。その溝を描くことによって、「原風景(重い旅)」で隠されていた視線が一つではないことが顕在化します。そのせいもあって、「原風景(重い旅)」では小さくしか描かれていなかった地表から飛び出すものが大きく描くことができるようになりました。溝という凹み深さという立体があることが明白になれば、地表から飛び上がる高さも同時に明らかにすることができるわけです。「緑の風景」では中央で水が高く吹き上がる様が描かれています。そういう高さが描かれるということは、地表の上の空間が画面のなかで存在することになります。その結果として「」ひとつの溝では、その空間を吹き上がった水が空中でうねるように広がっている様が描かれます。この両方の作品では、その空中を丸い水滴が漂っている様も描かれ始めます。また、この後の麻田の作品で空間を漂うもののシンボルのような鳥の羽がここでは描かれています。しかし、その空間と地面の境界が描かれていません。俯瞰で見下しているという体裁なのでしょうが、それでは高く噴き出している水の描き方が、角度がおかしい。その角度では地面からはなれた空間が画面でちゃんと存在していなければならないはずです。それでは空間が歪んでいるのかということになります。そこで考えられるのは、地面に空間が属してしまっているということです。麻田は、自身で「地表風景と、以前からやっているものとの、総合を目指している。森羅万象。すべての存在感を、ごみ箱をぶちあけるようにして地表に表出してみたい」その地表を描いた作品である「原風景」を「自分の心理的、時間的、空間的な物をすべて含めた幻想風景であり。空想の世界」と語っています。その言葉の中から、地表とう塗りこめた画面に空間も時間もすべてぶち込んで行こうとした、そういうところがあると思います。そして、特筆すべきは、「ひとつの溝」が赤、「緑の風景」が文字通り緑という色で統一された、その色がすばらしいのと、そのように色で統一された世界を描ききる色彩センスで、それがこれらの作品の大きな魅力であると思います。

実際の2階の展示室に入ってから、このような大作が展示室の壁面を埋め尽くすように展示されていて、室内の濃密さに息切れしてしまうほどでした。ちょうど、マーク・ロスコの作品がそのスケールで見る人を包み込むようにしてひとつの空間に誘うことと似たような感じがしました。もっとも、麻田の作品にはロスコの宗教性、敢えて言えば押し付けがましさはありません。

麻田はこのような大作のみを描いたのではなくて、パリの地で版画をはじめ、エッチングによる小品を制作しましたが、これはファーブル昆虫記をもとに制作それたものの一枚ですが。この細密な描写はまた麻田の力量を端的に示すものであると思います。この細密な描写は大作で描かれていた個々のものたちに、その細密さゆえにリアリティ以上の現実離れした印象さえ与えています。その部分を抜き出したというところもあると思います。現実のセミを忠実に描写しているのに、幻想的な印象を抱かせてしまう。

「悲の地」は三部作ですが、この後のコーナーで、画面いっぱいに地面を描く、地面を見下ろす視点から、空間を横から描く視点に転換していくのですが、その過渡期ともいえる作品ではないかと思います。この作品には地面と空間の境界が描かれています。私のような素人の半可通が知ったかぶりをするようですが、画面いちめんを塗りつぶすということを繰り返しているとネタか尽きてしまう。それとは別に、地面上の個々の事物を詳細に稠密に描いているうちに、それらの存在が地面の存在を越えて主張し始めた。例えば、たくさんの羽が舞っている。そのためには空間を広くとることが求められてきた。そのために、「原風景」のような作品に比べて、空間が開けたような、隙間が開いたような感じがします。しかし、塗り込められた画面に隙間はなく、その空間があるにかかわらず、開けたと思ったら、さらに閉塞されている。麻田の閉ざされた画面は、さらに一段深化されてしまった。逆説的な言い方で、言葉遊びに聞こえるかもしれませんが、空間を開くことによって、閉塞を一段と深くした、と思えるのです。一方、これらの個物がぶち込んだような、その個物の存在の重さが増してきて、画面には活気のような動きが現れてきています。それらが画面に、納まりきれなくなってきたと言えるかもしれません。

 

第4章 帰国

1982年、麻田は体調を崩し、帰国します。その後の作品です。この展覧会場で最初に展示されていた「原都市」という作品は、この時期に制作されたものです。「悲の地」に萌芽的に表れていた変化が、この作品では全面的なものとなったと説明されています。“それまでの地面を見下ろす視点が、頭を上げ眼前を見つめ始めるのである。正面とやや見上げる位置に整然と並べられた物たちは、打ち捨てられた人工的なミニチュアの町のようでありながら、吹き出す霧やドアの向こうの星の輝きとともに、これから動き出すようなどこか有機的な雰囲気をもっている。”麻田自身も世界風景ということをコメントしたりしているので、画面に世界全体を縮図のようにして再現したいという志向があったのかもしれません。それは、視点というよりは、画面一面に物質としての絵の具でも色でも存在させようとしていたことに対して、仕切りを設けようとした、そこには存在を枠にはめる、つまり、形相、かたちでしきっていこうということではないか。私は、この展示を通してみていて、麻田の作品は初期から晩年に向けて、かたちを画面にいれていく大きな流れがあるように思えました。この作品で、眼前を見るという視点は、パースペクティヴというかたちを入れたということではないか、と思えるのです。地面を見下ろす視点で描かれた画面は地面の一部を切り取った感じで、その画面の外側に地面が広がっている。つまり、画面が閉じていなくて広がっていく要素がありました。しかし、この作品のように仕切られてくると、画面が枠取られて、それが麻田の世界風景という志向で、画面にひとつのコスモスのような完結した世界をつくっていこうとすることになって、画面が閉じたものになってきているように感じました。麻田自身も、“画を描いている間は精神療法の箱庭療法のごとき、無心でかつ遊びの持続のごとき、心理的平安状態が来て、不安発作はまし”と述べています。はからずも、箱庭という閉ざされた空間に石や木の部品を思い思いに入れていって庭を造っていくもので、そこには外界と仕切った閉ざされた枠の中に籠もるところがあります。この「原都市」という作品では、未だそれほどでもないのですが、この後、麻田は、この志向を進めていくのですが、閉じた画面に細かなものを詰め込んでいくようになって、画面の密度は高くなり、濃密になって息が詰まるほどになっていきます。同時に細かな個々の物の描写が緻密になって、全体とのバランスを欠くほどに突出していきます。それだけに背後の画面から浮き上がってリアルな存在感が逆になくなっていくようになります。この「原都市」は、そこまでいかない中庸のバランスのとれた作品となっていると思います。

「土・洪水のあと」という作品です。「旅・影」という作品とで黙示録の風景として提出されたということです。ここには、様々な視点が不規則に、それが明らかにわかるように雑然と混在しています。左奥には階段とその向こう側の空を仰角気味に横から見ています。また中央部下側は地面を見下ろしています。しかし、その地面を背景にした画面下の真ん中あたりでは台の上に並んだモノ達は横から見ています。湯気が上に上がっていることからも明らかです。また、画面右上にはトンボの羽の一部が大きく描かれています。タイトルのとおり黙示録的な大洪水でなにもかもが錯綜しているカオスということなのでしょうか。しかし、そのような様々な視点が雑然としているにもかかわらず、画面がとらえどころのない散漫なものかというと、そうでもない。ここには不思議な静寂さが漂っています。それは、敢えて言えば、シャガールの画家自身の思い出のモチーフ、サーカスのピエロだったり馬がリアルなスケールとか空間を無視するように画面にぶち込まれて、混乱しているのに、それぞれのモチーフが物語を語って、それが画面全体では大きな物語に収斂していくというような、視覚的な秩序とは異なる秩序が画面にあって、見る者は、その秩序感を悟って画面を追いかけている。この「土・洪水のあと」にも、そういう雰囲気があります。この画面の中にぶちこまれているトンボの羽や貝殻、骨壷、羽根、あるいは三角形のような幾何学図形などには、それぞれの物語がありそうな雰囲気があります。それらが、この画面の閉じた枠内で納まっていて、その範囲で、見る人は物語をまとめていく、そんな感じでしょうか。そして、この画面全体の空気をつくっているのは、色遣いです。これだけ鈍いグレーをつかっているのに、重苦しくならないで、フワフワしているような軽さと明るさがある。しかも、ところどころに青や赤の鮮やかな色が点在して、重苦しく、暗くなる事に対する防御弁のようになっている。だから、変な言い方かもしれませんが、使い方によっては、センスのいいオシャレなインテリアとして使うこともできそう、なのです。

続いて「旅・影」も見ましょう。この作品は、「土・洪水のあと」と並べるとトンボの羽が画面に大きく描かれているところで共通しています。また、「土・洪水のあと」の中央が地表を見下ろす画面であるのに対して、この作品は階段やテーブルを横から見ている視点で描かれているのか中心となっています。それが対照といえばいえるので、この二作品を対としてみることができる。それが黙示録の風景ということなのでしょう。しかし、この「旅・影」では画面左には星と宇宙が大きく描かれていて、これは「土・洪水のあと」の中央右に小さく星座が描かれていたのが、ここでははっきりと分かるほど大きくなってきています。世界風景には宇宙も取り込まれてきたというわけでしょうか。まるで、すべてを飲み込むブラックホールのようです。麻田には、表現者として、そういう欲望があるのかもしれません。しかも、「旅・影」では四角く枠付けられた画像が貼り付けられるように配置されていて、仕切りが明確になってきています。そこになんらかの秩序を意識して作ろうとしている、とも思えます。

「蕩児の帰宅(トリプティックのための)」という作品です。麻田の制作方法のひとつとして、画面の下地作りから、薄く溶いた絵の具をキャンバスに塗り、乾く前に新聞紙などを押し付けて剥がすと、画面に不定形の模様が定着する、というのをやっていて、この作品では、それが顕著に見られると思います。そういう効果はあるのでしょうが、その反面下地の色彩が鈍くなって、透明感がなくなってくる。その点で、私にはせっかくの麻田の色彩のセンスが減退していて、透明感よりも汚い印象を持ってしまうのでした。展覧会のパンフレットで使われている作品なので、彼の代表作なのでしょうけれど。ヒエロニムス・ボスの「放浪者(行商人)」らの影響が大きいと解説されていて、たしかに画面中央の鳥かごの上や右側に四角の枠でその作品の模写の部分をトリミングして配置して、右下にはその作品全体を縮小して引用しているようですが、上手な模写とは思えないし、影響関係といってもそれだけの、単なる引用のようにも思えます。この作品では、私は、そういう汚い背景を土台にして、破れた布がかけられた鳥かごの明るいブルーが際立っているところや下部の葉っぱのグリーン、あるいは羽根やネズミ(影と実体と骨(死)が三つ横に並んでいる)、合掌している掌といったような個物が背後から雑多に浮かび上がっているということです。これらが、それぞれに無関係に、描き方にも統一性がなくて、ほんらいならごちゃ混ぜの渾沌としているはずなのに、そうなっていない、不思議に静かだということです。それを廃墟という人もいると思うし、無機的という人もいると思います。この作品には即興性というか、麻田は綿密に計画して、画面を設計して制作したのではなくて、直感で思いついたものを描き加えていったらこうなってしまった、という感じがしますが、あえていえば、全部を描くという作品に結果としてなった。そこに麻田の作品の性格があると思います。感情とか思想しか心理とかいった何ものかを表現して、相手に共感してもらうといったことではなくて、そういう土に対する図の方ではなくて、あえて言えば地にちかい方の全体が画面になっている。そんな作品ではないかとおもいます。そこには現実とか幻想とかに世界が分岐する以前の原世界のようなもの(麻田の作品には「原都市」とか「原」がつくものが多いようですが)ではないかと思えるのです。「地・影」なども、規模は小さくなりますが、同じ傾向の作品でしょう。

この画面にぶち込まれた個物について、麻田は演出を施すようになってきているように見えます。例えば「隅の石とさかれたパン」という作品では、石のテーブルの上に並べられたパンや果物や花は、スペイン・バロックのスルバランといった画家が描いたボデゴンという静物画を想わせるところがあると思います。ボデコンとは静物画でありながら神秘的な雰囲気があって宗教性を強く帯びた作品です。この作品でも、さかれたパンは秘蹟の象徴ですし、暗い画面のなかで、光がさすように明るく映えるように描かれています。そういう描き方は写生のようであっても、演出されているような感じで、それが現実を超えて神秘的になり、かえって現実性が薄くなっているような、隠喩というかシンボルのような存在になっているように見えます。また、石のテーブルのくすんだような、部分的に崩れて古くなったのが図式的に描かれているのは、中世の雰囲気を感じさせ、まったく関係などはないのですが、吉岡正人の描く、例えば「森は静かに燃える」の背景の館を連想したりしてしまうのです。

 

第5章 晩年

1990年以降の作品が展示されていましたが、ここで作風が変わったとか描く対象が変わったようには思えません。なぜ、ここで分けたのか私には理由が分かりませんでした。

このコーナーの展示室に入ってすぐに「御滝図(兄に)」が展示してありました。麻田には珍しく那智の滝という具体的なものを題材にして描いた作品です。しかし、13世紀の「那智瀧図」へのオマージュと解説されていて納得がいきました。つまり、実際の那智の滝というよりは、描かれた那智の滝を題材にしているわけです。それは、画面下の水が流れ出た海(?)が滝の風景からはみ出ていて、滝の風景の周囲に黒い枠があることからも分かります。おそらく、「御滝図(兄に)」で円で枠取りされた風景が4つ横に並んで挿入されていますが、真ん中向かって左の滝の風景は、「那智瀧図」の部分を引用しているのではないかと思います。そして、その向かって左側、つまり端の円は麻田の兄である麻田鷹司の「雲烟那智」からの引用ではないかと思います。また、真ん中右側は自身の「地の風景」ではないでしょうか。これらは、私には麻田の「御滝図(兄に)」が13世紀の「那智瀧図」や麻田鷹司の「雲烟那智」を題材にして、それらのネガとして描かれているのではないかと思われるのです。つまり、「那智瀧図」が暗い色の中に、真白い筋が伸びているという巨大な滝の持つただただ豪快で大味な大量の水の集積では無く、静かに筋のように伸びた白さ、その穏やかさや静けさを持った水がそこにはあるという静謐な雰囲気に、滝の神秘性、宗教性を見る人に感じさせるものになっている、つまり、画面の中心は白い線にあって、視線がそこに集中するように描かれています。だから、結果的になのかもしれませんが、滝の周囲の景色は暗くハッキリしません。これに対して、「御滝図(兄に)」は、逆に遠心的と言えるのではないかと思うのです。「那智瀧図」に対して地と図が反転していると言えばいいのでしょうか。滝の水は、「那智瀧図」よりも写実的になって、滝の岩壁の一部に引っ込んでしまっている。その反面、岩壁には円で枠取りされた風景が4つ並べられていたりしています。そうすると、視線は滝の水以外のところに導かれることになります。それは、「那智瀧図」が何よりも滝を描いていて、それを見せる作品であるのに対して、麻田の「御滝図(兄に)」は全体を志向した作品であるということで、滝を描いているのではなくて、滝の風景もある全体を画面に入れているという作品であるということです。つまり、この麻田の作品は先行する「那智瀧図」へのオマージュであると同時に、自分はそうは描かないというマニュフェストでもあるのではないかと思えるのです。

「エスパス・ヴェール(U)」という作品です。エスパス・ヴェールというのは緑の空間という意味ということで、この作品は2点で一対の一方なのですが、まず、グリーンの色の基調のしかたと、その色遣いが、この画家の独自性で、この色調だけで他はいらないと思わせるものですが、この作品では、「御滝図(兄に)」の方向性であるひとつの風景についても、羽根やテーブルといった物と同じように画面に一部として、その意味とか位置から切り離して取り込んでしまった作品です。この風景そのものも、ひとつのまとまった風景になっていなくて、森の風景と難破した帆船が重ねあわされていて、脈絡がありません。その風景のまわりには黒い枠があるようになっています。しかし、その枠は曖昧で、風景の中のフクロウのいる樹のてっぺんは枠を突き抜けていますし、風景と枠をまたぐように風景から浮いているような葉っぱや羽根が漂っています。しかも、この風景の中にあるパーツ、例えば樹木やふくろうなどの描き方はわざとらしさがあって、まるで風景を舞台として演技しているように見えます。もともと、麻田の描くは細部はリアリズムを追求していくうちに、度を越してしまって却ってうそ臭くなってしまうところがありましたが、ここにいたって、それを意識的にやっているように、私には見えました。それは、以前であれば物をそれがあるバックグラウンドから切り離されて、てんでばらばらに画面にとりこまれていたのが、この作品などは物があるバックグラウンドである風景すらそれ自体の秩序をバラされて画面に取り込まれるようになっています。それは、現実の関係とか構成等に対して解体してしまうと、そこにある事物が構成に対して関係していることから生ずるポーズが浮いてしまうわけで、その浮いた状態を麻田は画面に取り込んでいるわけです。これは物だけでなく、現実の関係とが構成つまりシステムといったものを間接的に画面に取り込んでいることになるのではないかと思います。そこで、画面が全体をあらわすということの深度がさらに強いものになっていると思います。

「庵(ラ・タンタション)」という作品です。ラ・タンタションは誘惑という意味だそうですが、画面に引き込もうとする意図があるのかもしれません。それは画面を書き割りの舞台のようにしつらえているように見えるからかもしれません。画面上部の蔦の絡まった彎曲した木の太い枝は左右の柱で支えられた鳥居のようで、それが画面への誘いのように見えます。その真ん中には麻田には珍しく大きな人影のようなものが描かれています。これは人影なのか、そうでないのかは、私には分かりません。これらが黒の枠取のなかでブラウンの色調が暗さと、印象としてノスタルジックな雰囲気を作っていると思います。そこで敢えて言えば、時間のスパンとでも言うのか、昔の風景と現在がつながっているという時間を取り込んだという感じがします。

「旅・卓上」という作品です。横長の画面で、前にテーブルがあるという構図は、「原都市」でも「蕩児の帰宅」でも「旅・影」でも、麻田の作品によく使われるものですが、この作品もそうです。人によっては、これら似たような構図で作品の区別がつかなくて、どれも同じような暗い作品というように受け取られてしまうかもしれません。麻田の作品には、そういうところ、つまり同じような作品を繰り返し描くというところが多々あると思います。この作品について麻田は“A.地表に代表される二次元的な平面、90度の真上からの視点。B.窓、0度の地平から見た断面的空間の奥行きを、多層に重複する空間として表現する空間心理劇を追求して行きたい”とノートに記しているといいます。手前には横長のテーブルが描かれていて、食物が乗せられているのはダ=ヴィンチの「最後の晩餐」のようでもあります。その奥には3つの形の異なる窓と小さな階段と扉があります。右手の閉じた空間には地表が見えて、手前のテーブルクロスと結ぶように1本の木が伸びています。このように、異なる次元の空間がひとつの画面のなかに、それぞれ独立した断面のように挿入されるようにありますが、全体としては、空間に奥行きがあったり、広がりがあったりと感じられることはなく、平面的で閉じた感じ、この画面の中で完結した感じがします。それは、麻田の作品の魅力として一貫して感じられる色彩センスに裏打ちされた色調の統一性と、プラットフォームのように秩序化されている画面全体の構成ではないかと思います。そのなかに、さまざまな具体的な細かい個物であるとか、空間の断面が即興的に散りばめられて、全体を形づくっている。私個人の感じ方なので、異論は多々あると思いますが、麻田の作品は、何かを表わしているとか、訴えているといったものではなくて、だから彼の作品に作家の心情とか感情の表現(例えば不安とか、世界観とかそういった具体性のあるもの)をそこに読み取ろうとすると、そういうものはないし、それが空虚だというのであれば、それはそれでいいのですが、この画面には秩序というと堅苦しいかもしれいのでコスモス(カオスに対して)といったことが私には感じられます。宇宙というと空間のひろがりだけと思われてしまうので、人の内面の方向もあるのでコスモスという方が通じるのかもしれません。具体的なことを言えば、この作品でもそうですが、画面にさまざまな個物が散りばめられていますが、それぞれの単独の個物が何かのシンボルであるとか、何かの意味を持っているとか、例えば、画家の不安を表わしているとか、画家の伝記的なエピソードの一場面につながっているとかとうような、単独で取り出するものではないということです。しかし、画面の中での配置とか背景の中に置かれていることで、画面全体ができているのです。実際に画面を見てみると、画面の手前のテーブルの上に真ん中左にパンきれはしやワインの入ったグラスが描かれていますが、これらは写実的に描かれていて、これらはキリスト教の聖体の秘蹟としてのものです。しかし、この画面では、そういうものであるというより、古ぼけた長テーブルの上にあって、真っ黒な背景から浮かび上がり、周囲の幻想的な断片が散りばめられているのに対して、古典的な写実で、しかも、スポットライトが当てられたようになっていることで、強い存在感とスペイン・バロック絵画のボデゴンのような神秘的な雰囲気を作り出しています。その雰囲気は、上方の浮かぶ蝋燭や少年の顔を現実的でない神秘的なものに見せています。ちょうど少年の真上の半円形の窓から風景が見えますが、その風景のなかで日の出のような光り輝くのが少年の真上に位置しています。その縦の配置には、なんらかの印象を見る者に及ぼしますが、それは、これらの配置と、それぞれの描き方、間の背景の雰囲気、それらすべてが関係していると思います。そういう全体の構成なのです。それは、喩えていえば、バッハの音楽のようなものとでも言いましょうか。バッハの対位法で厳格に構成された音楽は、感情に訴えるような情緒的な歌や美しい感じられるメロディは、余りありませんが、むしろ。どこかから引っ張ってきたような月並みな節を使っていたしながら、がっしりとした構成に当てはめられて、その中で即興的な部分が音楽にダイナミックな躍動感を与えながら、流動する宇宙のように聴く人を包み込んでしまうところがあります。これは、モーツァルトやベートーヴェンの音楽のようにメロディに酔ったり、劇的な展開に盛り上がったりという作品の先の作曲家の人間と向き合うというのとは異質のものです。麻田が、そのような志向をしていたかは別として、私は麻田の作品には、そういうところがあると感じました。だから、同じようなパターンの作品をいくも見ても、個性とかオリジナリティとかいったことで区別する気にはならなかったし、同じものが続くので飽きてしまうといったことにはなりませんでした。しかも初期のころの、色彩センスが前面にでていて、描写は写実的で緻密だったのですが、それぞれの個物の形態だけがういてしまって存在感がいまいちでイラストの図案のようだったのが、このころの作品になるとそれぞれにリアルな存在感を伴うようになってきています。例えば、手前のテーブルの石の重量感。それによってかどうか、個物の存在に時間の要素、つまり長く存在してきた時間の感覚も備えてきたようで、それが長い時間を過ぎてきた年輪のようなもの、それが見る人によっては廃墟の時間によって風化した感じと重なるような様相になっていると思います。そういう風化した感覚というのは、以前も指摘しましたが吉岡正人有元利夫の中世風のテイストをもちこんだ画家と同じ雰囲気を感じてしまうのです。

「居るところ・鳥」という作品です。麻田の作品では空中に羽根が浮かんでいることが多かったのですが、だんだんと鳥が飛んでいたりすることが出てきました。「旅・卓上」でも羽ばたいている鳥の姿がありました。この作品は、その鳥をたくさん画面に登場させた作品です。鳥のいる風景の断片が、画面の中で重複するように幾つも存在しています。

「窓・四方」という作品です。暗い色調の作品ばかり並べてしまったようでしたので、白を基調とした作品です。だからといって、一概に明るいとは言い切れませんが。麻田の作品は、明るいとか暗いといったこととは、直接関係するところが少ないと思います。

 
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