HANK MOBLEY(ハンク・モブレー)
 

ハンク・モブレー(テナー・サックス)

テナー・サックス奏者。
 イギリス人批評家の“テナー・サックスのミドル級チャンピオン”という彼を評した言葉がひとり歩きして、「B級」と評されることもあるらしい。“ミドル級”という形容は、スタン・ゲッツほど軽くはなく、ソニー・ロリンズほど重くない、ということを言いたかったらしい。つまりは中庸の魅力という意味合い。ただし、この中庸ということは、裏返して言えば突出した特徴というのがなくて、言葉で形容しようとすると否定的な言辞を並べてしまいがちなのだ。ハードにドライブするソニー・ロリンズとか、機関銃のように間髪入れずブローしまくるジョニー・グリフィンとか、唸るようなスピード感溢れるジョン・コルトレーンとか、咽び泣くような哀感漂うスタン・ゲッツとか、そういう聴く者を一瞬のうちに引き付けてしまう特徴を持っていない、地味にさえ聞こえてしまうところに、実はモブレーのプレイは特徴がある。一聴でそれと分かるというのではなく、何度も繰り返し聴いて、耳が慣れてくると味わいが深まってくるというタイプと言ってよいのではないか。

モブレーが活躍し始めた当時のテナー・サックスはデクスター・ゴードンやソニー・スティットのようにパーカーの語法をいかにテナーに置き換えるかということが依然として行われていて、ロリンズのように一頭地抜きん出たパフォーマーは殆どいなかったと言える。モブレーは自分なりのオリジナリティーで勝負し、テナーならでは良さを生かした太くまろやかなトーンと流れるようなメロディ・ラインを追求していた。モブレーのソロはコードを基盤にしたメロディの歌い切りを心がけているように聴き取ることができ、オリジナル曲を聴いてもテーマを延々と続く4ビートに乗り、ひたすらメロディックにラインを組むことにポイントを置いているようだ。そこで、たとえテンポが速くなって、鋭いリズムでもゆとりを感じさせるようにメロディを吹いている。しかも、テナー・サックスの特性を生かした太くてまろやかな音色が、他のプレイヤーにはない寛いだ心地よさを生み出す。

そこで感じられるのは、控え目で繊細な味わいだ。決して、派手に万人受けするわけではないか、ファンとなったものだけが自分たちだけのモブレーを共有できるといったようなインティメートな空間をつくることができる

 

バイオグラフィー

ハンク・モブレーは、レスター・ヤングほど軽くはなく、ソニー・ロリンズほど重くはないサウンドゆえに批評家レナード・フェザーに「テナー・サックスのミドル級チャンピオン」と評された。彼のキャリアでは当然のように思われるかもしれないが、ブルー・ノートのため数多くの価値あるアルバムを長くレコーディングし続けた。彼は最初に1951〜53年のマックス・ローチ、1954年のディジー・ガレスピーとの演奏で注目された。1954〜56年のジャズ・メッセンジャースのオリジナル・メンバーであり、1956〜57年にはアート・ブレーキーからピアニストが脱退した時に、ホレス・シルバーのグループに加わった。1959年には少しだけブレーキーのもとに戻ったが、1961〜62年にマイルス・デイビスのもとで不遇な日々を送った他は、1960年のほとんどをリーダーとしておくった。1968〜70年のほとんどはヨーロッパにいて、1972年にはシダー・ウォルトンとレコーディングしたが、その後70年代中ごろは健康を害して長期間演奏活動から離れてしまった。サヴォイ、プレステイジ、ルーレットのためにソロ・レコーディングをし、ブルー・ノートには様々なプレイヤーとともに25枚のアルバムを録音している。

 

 

year

leader  side mam 

1955

 

56

   
57  
58     
59     
60   

61 

 
62     
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64     


ハンク・モブレーの私的名盤

ハンク・モブレーのスタイルの特徴は、おそらく彼の地域や時代という環境や彼自身のパーソナリティと不可分で、それらに強い制約を受けたものであったように思う。元来、音楽性とかプレイというものは、パーソナルな性格のもので、その制約を受けないものはない。しかし、大衆的な人気を獲得することやアーティステッィクな成果をあげていくプロセスで、普遍化とか抽象化されてくのが普通であろう。つまり、作品が作者の手を離れて一人歩きをするということが起こるわけだ。だからこそ、チャーリー・パーカーのプレイは時代を超えた天才の残したものとして現在でもミュージシャンやリスナーに清新な影響を与え続けている、ということが起こる。しかし、音楽はそういうものばかりではなくて、特定の集団やコミュニティや時代、あるいはその双方に特化した、そういう環境の中でのみしか生きられないものもある。それらは、時代やコミュニティとともに栄え、人知れず消えていってしまうような目立たないものであるけれど、それを支える人々にとっても切実でなくてはならないものだった。そして、モブレーのプレイというのは、どちらかというと後者の方に一歩か二歩ほど歩み寄ったものだったのではないか、と思う。それが、広い人気を獲得できなかったけれど、ジャズ・ミュージシャンという限られた人々や日本のジャズ喫茶で強い支持を受けたとか、比較的限られたところで支持されたことのひとつの原因ではなかったのか。

このようなことは、モブレーの1950年代の録音を聴いて強く感じられたことだ。モブレーは1950年代後半、ブルー・ノートの専属のような身分で、彼自身がリーダーとなったアルバムはもとより、サイド・マンとして多くの録音に参加している。その中には、名盤と評価されているものも少なくない。それらでのモブレーのプレイを聴いていると、共演しているプレイヤーの演奏をよく聴いて、自身はあまり出しゃばることなく、周囲と調和し、盛り立てて、自分のやるべきことはキッチリと演っている。どんなに全体が熱くなっても彼は自分勝手に走ってしまったりせず、常に全体とのハーモニーを崩すことなく、堅実に支えている。そこには自分が目立とうなどという野心とかエゴというものは、あまり感じられず、むしろ無私の奉仕に近いような印象すらある。モブレーと付き合いのあったミュージャンたちは口をそろえて、彼の性格の善さを言うのは、そういうところにも表われているのではないかと思う。ここでは、かなり強調した書き方をしているが、ハンク・モブレーという人にとって音楽をプレイするということは、表現するとか、金や名声を得るとかいうことよりも、まず第一に、気心の知れた仲間とプレイすることだったのではないか、と思える。

彼のプレイの特徴としてあげられる、太くマイルドなトーンや歌心溢れるフレーズで聴く人の心情に優しくシンクロすることや、しっかりした曲をつくることや、アップ・テンポでも正確にリズムをキープしながらも寛いだプレイができること、これらは、一緒にプレイするミュージシャンたちにとっても心地よいものだったのではないか、と思われる。かなり偏向した考え方かもしれないが、モブレーのプレイは、一緒にプレイするミュージャンや、その近くにいて空気を共有する人々と、まず気持ちよくハーモニーし、親密で心地よい空間や時間を共有することのために、まずあったのではないか、と思わせるものがある。だからこそ、1950年代の後半にジャズが、彼のよくプレイするニュー・ヨークなどのイースト・コーストにおいて、ビ・バップからハード・バップへと発展し、広く人気を集める時代環境のなかで、アート・ブレイキーをはじめとしてモブレーよりも経験を積んだプレイヤーに見守られながら、その雰囲気の中でモブレーは自身の、今言った資質を十二分に生かすことができたのではないか、と思われる。周囲の親しい人々に暖かく見守られながらインティメイトなプレイの中で自己の資質を十分に生かし、その結果が、ジャズ全体の興隆に乗って録音に残り、広く人々に受け入れられていく、そういう幸福な結果が、この時期のアルバムに結実されている。サイド・マンとして参加したアルバムを除けば、ブルー・ノートでリーダーとして録音した『Hank Mobley Quartet』や『Hank Mobley Quintet』、プレイティジでのセッションを集めた『Mobley’s  Message』が代表的作品であると思う。そして、モブレーのファンの中には、この後の洗練された作品やジャズ・ロックで人気の出た作品よりも、この時期のモブレーをこよなく愛する人も少なくはないと聞いている。

しかし、アマチュアのような趣味として音楽をプレイするわけではなく、プロであるからには人々に聴いてもらわなければならない。そのためには、同じようなプレイを繰り返すことはマンネリとして飽きられてしまうことがないように、絶えず音楽性を発展させていかなくてはならない。そこでは、周囲のミュージシャンといつも同じ方向を向いてられるとは限らない。さらにまた、ジャズという音楽ジャンルの人気も頂点に達し、翳りが見え始めてきた。少しずつ行き詰まりを迎えつつあった時に、モブレー自身も1958年中頃から1960年の初めまで、あれほど活発に録音をしていたものが、この時期に録音がぱったり途絶えてしまう。この時期のモブレーは、スランプという人もいるが、たしかに壁にぶち当たって足掻いていたと思う。それは、この時期を経て1960年に録音された『Soul Station』には、それまでの彼からの飛躍が見られたように思えるからだ。

ガイド・ブックなどでは、ハンク・モブレーが1960年から続けて制作した『Soul Station』『Roll Callそして『Workout』を三部作として、さらにこの後20年以上たって発表された『Another Soul Station』を加えて、代表作として紹介していることが多い。ファンの間でも、この後に発表された『Dippin』よりも評価が高いようだ。この三部作になって、モブレーは、プレイ・スタイルを大きく変えたのか、と言えば、そんなことはなく(そもそも、彼はそんなに器用なたちではない。それは、この後のジャズが不遇となっていく時代のモブレーの不器用な身の処し方を見れば明白だ)、相変わらずのフレーズやサウンドを続けている。

では、さきほど述べた三部作における飛躍とは何だったのか。まず、表面的なことから言うと、この三部作において、アート・ブレイキーは未だ参加しているものの、ジャズ・メッセンジャーズで一緒にプレイしていた、言わば先輩たちから、同世代のプレイヤーに替わったということ。『Roll Call』では、必ずしも彼と音楽性の相性が良いとは言えないハービー・ハンコックと共演している。これは、内輪からの脱却と見える面もある。ある程度、異質な才能にも門戸をあけ、より開かれた方向性でプレイをしようとしたのが形になったということだ。これは表面的なことで、肝心なのはプレイしている音楽の中身だ。例えば『Soul Station』の2曲目「This I Dig Of You」の冒頭でピアノとベースが掛け合うようにリズムが上昇していくような上に乗るようにモブレーのサックスが入ってくるところ、とても印象的なところだ。ここでは、ピアノとサックスが絡み合うアンサンブルで相乗効果というか、それぞれの楽器が前に出て他方がバックを務めるのではなくて、双方が前に出ることで2台の楽器が1+1=2におわらず、2が3や4に加算されるような効果を上げている。一種のインター・プレイであろう。この場合、互いに触発し合うことにより高度の演奏を実現するという言葉の上ではキレイに聞こえるが、その実は自己主張の鍔迫り合いも必要だろうし、楽しくセッションするだけでは、その要件を満たさない。性格の良いモブレーも時には鬼となって自己主張をしなければならなかっただろう。それが、ここの「This I Dig Of You」では印象的な成果を達成している。そして、モブレー本来のマイルドなトーンや歌うフレーズを損なうことなく、むしろその特徴を更に印象深くし、彼の個性として際立たせることに成功している。50年代の彼のプレイがあくまでも、バップの枠の中で控え目にフレーズに歌の要素を入れていたのに対して、60年代のモブレーはバップの枠を意識させず、歌うフレーズが前面に出ている。ただし、ベースにはバップの土台がしっかりとあるため、親しみ易いながら、奥深い世界を作り出したものとなっている。それが、60年代初頭の3部作といえる。この時期のモブレーの達成は、バップへの危機感と、それを背景に周囲のミュージャンの方向性が分岐していく状況と、モブレー自身のミュージシャンとして成長していく上で越えなければならない壁に直面した時期が重なって、一時的な停滞を克服して、達した境地だったのではないか。

しかしまた、モブレーは自身の原点とも言える、その志向性を終生にわたり持ち続けたのではないか。何の憂いもなく、環境の中で音楽を虚心坦懐に楽しむということは、60年代に入ると難しくなってくる。その中でもモブレーは、ある意味では理想として、もはや追いつくことの出来ない世界、しかし、以前はあったという理想的時代としての過去の牧歌的環境への憧れ、いわばノスタルジーにちかい心情が漂っている。それが、これ以降のモブレーのプレイに、そこはかとなく感じられるしみじみとしたところ、一抹の哀愁の香りは、そんなところに起因しているのではないか。とくに、日本では一時期のジャズ喫茶で根強いファンがいたというのは、地方から東京に出てきて、学校や職場でふるさとに帰れないところに来てしまって、普段は故郷を想うことなどできない人々の故郷を想う心情とシンクロするところがあったのではないかと思う。

しかし、その後バップの衰退は明白となり、モブレー自身の音楽的な土台が崩れていく事態に追い込まれ、周囲のミュージシャンたちとの関係も崩れていく状況に追い込まれていったと思われる。モブレー自身ジャズ・ロックに挑戦したり、本来の資質であるバップに回帰した録音をするなどを試みている。とはいっても、彼自身の拠って立つ環境やバップという土壌と切り離せないところで音楽をやっていたモブレーにとっては、それなりのプレイをしてはいるが、どこか浮ついた印象を否めない。その後の活動は、徐々に花がしぼんでいくようになって、残された録音についても、比べると50年代や60年代初頭のものの方を聴くことになってしまう体のものとなってしまっている。


ハンク・モブレーの私的名盤

ハンク・モブレーは、

Soul Station      1960年3月26日録音

Remember

This I Dig Of You

Dig Dis

Split Feelin's

Soul Station

If I Should Lose You

 

Art Blakey(ds)

Hank Mobley(ts)

Paul Chambers(b)

Wynton Kelly (p) 

 

ハンク・モブレーがリーダーとなったワン・ホーンの録音、ピアノのウィントン・ケリーの跳ねるようなピアノをバックにモブレーの分かりやすい、よく歌うフレーズが映えるアルバム。最初と最後にスタンダード・ナンバーを置き、間にモブレーのオリジナル曲を配している。

最初の「Remember」では、冒頭からモブレーが親しみやすいシンプルなメロディを吹く。このバックのウィントン・ケリーの軽快なピアノが歯切れよく、アート・ブレイキーらのリズム・セクションも煽ることなく控え目で、リラックスした中で、しっかりとミディアム・テンポのリズムの枠をつくった中で、モブレーが即興の歌を軽やかに歌う。彼の即興はテーマを分解するというよりは、テーマを変奏して、そこからフレーズが派生してくるような印象だ。もとのテーマよりもアドリブのフレーズの方が、よりメロディアスで歌っている。ソニー・ロリンズの『Saxophone Colossus』の最初の曲「St. Thomas」でテナーが提示するテーマに感じが似ているテーマなので、聴き比べていただけると、モブレーの音の軽さがロリンズと比べてよく分ると思う。その後の、ロリンズの急速な展開と比べると、モブレーの展開はモタモタした感じがするかもしれないが、それこそが、ここでのモブレーの魅力となっている。次の「This I Dig Of You」の冒頭でピアノとベースが掛け合うようにリズムが上昇していくような上に乗るようにモブレーのサックスが入ってくるのがとても印象的。その後すぐにピアノの軽快なソロが推進力ある乗りを生み出して(こういうのをスウィンギーというのか)、そこでリズミカルでメロディアスなモブレーのソロが入る。彼の軽い感じの音が、ダンサブルな乗り(ビ・バップのアドリブではダンサブルになることはあまりない)で、思わず身体を動かしたくなるような楽しさがある。この後の曲は、ミディアム・テンポで、軽快な乗りでメロディが歌うモブレーのソロをフィーチャーしたナンバーが続く。このように書くと単調にみえるかもしれないが(人によっては変化が乏しいと感じかもしれない)、モブレーの語り口が聴く者を飽きさせない。むしろ、その乏しい変化(大袈裟にブローもない替わりに、深刻ぶったマイナー調の沈むようなバラードもない)と口当たりの柔らかさが、聴く者に安心感とリラックスした感じをあたえ、何度も繰り返して聴く、あるいは、そこに音楽が流れているという雰囲気、深刻に音楽に向き合うと言うよりは、リラックスして音の場にいるという聴き方を許すようなところがある。

モブレーは、1950年代後半にはリーダーとして、あるいはサイドマンとして多くのレコーディングに参加し、自ら作曲したオリジナル曲を提供もしている。しかし、そのころのモブレーはリーダーや作曲者であっても演奏の主調を自ら創り出すというのではなく、すでにある枠の中で、自らをその枠にはめ込み、その中で個性を発揮させるという行き方をしていたと思う。分かり易い喩えで言えば、自らが太陽になって光を発して輝くのではなく、月のように付近に太陽があって、その太陽の光を反射させることで輝いているように見せていた。それが50年代のモブレーのプレイだったのではないか。それが、60年代に入り、この『Soul Station』や、これに続く『Roll Call』『Workout』で、初めて太陽の立場になってプレイすることができた。実際に、これらのアルバムと、以前の『Hank Mobley Quintet』とでは、明らかにノリやモブレーとほかのプレイヤーとのバランスが違っている。それゆえに、この3作がモブレーの残したアルバムの中でも世評が高いものとなっているのではないかと思う。ただし、その輝きは長く続かず、やがては徐々に燃え尽きるように輝きを失っていくことになるのだが。

Roll Call    1960年11月13日録音

Roll Call

My Groove Your Move

Take Your Pick

A Baptist Beat

The More I See You

The Breakdown

 

Art Blakey(ds)

Freddie Hubbard(tp),

Hank Mobley(ts)

Paul Chambers(b)

Wynton Kelly (p)

 

Soul Station』のメンバーにトランペットのフレディ・ハバードが加わり、二管のクインテットとなっただけのはずなのに、同じようなミディアム・テンポが基調でも、半年前の『Soul Station』とは全く印象がことなるアルバムとなっている。それは、モブレーというプレイヤーがマイ・ペースで他のミュージシャンがどうあろうともソロでグイグイ引っ張って自分の色に染めてしまうという行き方をするのではなく、他のミュージシャンと協力して全体のサウンドをつくって、その中で自分のソロを生かしていこうとするプレイの作り方をするタイプだということのあらわれであると言える。だから、共演のミュージシャンとの相性によって彼のプレイは生きたり死んだりする。

最初の曲の「Roll Call」は冒頭からドラムが煽るような短いソロから、二管のユニゾンが前のめりでテーマを吹くのが、『Soul Station』のリラックスした入りと違って、熱い。それに続くモブレーのアドリブは、やわらかい音色。次々湧いてくる途切れることのない官能的なメロディラインで、風景が流れるように切り替わる高速ドライブのようなスリル感がある。トランペットのフレディ・ハバードも、アドリブ途上で浴びせかけられる、アート・ブレイキーの滝のように強烈なドラムロールをハイノートで迎え撃ち、ウィントン・ケリーの簡素で効果的なバッキングも輝いている。アート・ブレイキーの轟音ドラム・ソロが終了し、テーマの合奏が始まると、その絶妙なスピード感に、再び背筋に電撃が走るようだ。ただ、前作『Soul Station』をよしとする人にとっては、モブレーが精一杯のプレイを見せているが、多少の無理が見え、ソロでもトランペットの方がテンションが高かったりと、好悪が分かれるところではある。

このハイテンションは、2曲目の「My Groove Your Move」で納まるものの、『Soul Station』の茫洋としたリラックスな感じはなく、緊張感のある中で、モブレーのサックスが歌うのが、ハード・バップが好きな人には聴きやすいかもしれない。モブレーという人は控え目な人なのか、サイドにつくと不用意に出しゃばることなく、リーダーを盛り立てるのだろうけれど、自分がリーダーとなった場合には、メンバーをぐいぐい引っ張っていく力には欠けるようで、このアルバムのように、共演者が無理してでも引っ張りあげてあげないと輝いてこない、という見方もあって、その方向を追求したのが、このアルバムと言える。

Workout      1961年3月26日録音

Workout

Uh Huh

Smokin'

Best Things in Life Are Free

Greasin' Easy

 

Hank Mobley (ts)

Grant Green (g)

Wynton Kelly (p)

Paul Chambers (b)

"Philly" Joe Jones (ds)

 

Soul Station』と同じ、モブレーのワン・ホーンの編成であるが、リズム・セクションの顔ぶれが違っている。それに、ギターが加わるというクインテットの編成。ここでは、『Roll Call』のような2管で競い合うところがなく、モブレーがリラックスして伸び伸びとプレイしている。彼のファンキーな特徴がよく出たゴキゲンで乗りの良いハード・バップに仕上がっている。一曲目の「Workout」はドラム・ソロで始まるが、『Roll Call』でのアート・ブレイキーのような炸裂するようなものなく、軽い感じで突出しないで、つづくモブレーサックスとギターとのユニゾンでのテーマに淀みなく続く。リズム・セクションはタイトだが、『Soul Station』に比べるとメリハリのある固めな感じで、そこにメロディアスでソフトなトーンでのモブレーのサックスが乗ると、緊張感を失わず、しかも歌心あるプレイとなっている。これに続く、ギターが同質的なアドリブを歌いまわす。グラント・グリーンのギターは重くて太い音色でスウィングさせた後、ウィントン・ケリーのピアノが軽快な転がるような音で、パッと明るく視界が開けるような対照の妙も、絶妙のバランスでモブレーを引き立てている。モブレーという人は好不調の波があって、調子が良くない時は迷っているようなプレイをするが、ここでは絶好調で、ストレートで率直にフレーズが湧いてくるようだ。しかも、プレイが進むにつれて磨きがかかってくる。アルバム全体として尻上がりにどんどん良さが増していく感じだ。

この演奏に象徴されるように、このアルバムは、『Soul Station』の茫洋としたリラックスさ、『Roll Call』の少し背伸びしたようなハードさの中間、あるいは中庸の線を行っている。メンバーが、それぞれ出過ぎず、かといって互いを触発するようなバランスで、うまくモブレーを引っ込みすぎないように掬い出していると言える。2曲目の「Uh Huh」は、軽快なリズムに乗って、モブレーのファンキーなプレイが躍動する。この曲のような軽快で乗りで歌心あるフレーズが次から次へと出てくる、しかもハード・バップとしての水準をキープしているというのは、モブレーの独壇場なのではないか。この曲のテーマが、BESTLESの「Love Me Do」の冒頭を想わせると指摘していた人もいるが、この曲の親しみ易さゆえだろう。レコードであれば、3曲目からB面に入る。「Smokin'」。モブレーのプレイも、ここでギア・チェンジしてシフト・アップしてくる。“意外性のないハード・バップで、親しみやすくオーソドックス、それでいてどこか控えめなメリハリ感がある”というモブレーの見方での最良の演奏の一つではないかと思われる快演。アップ・テンポの曲はリズム・セクションが煽るのを、逆にモブレーが引っ張るかのようだ。モブレーのフレーズは同じようなフレーズを発展させていくのではなく、数小節単位で全く違う形のフレーズを次から次へと重ねて、それによって大きな流れができて、そのうねりの中で違うフレーズを重ねることによる変化が生まれてくるという行き方をするが、この曲では、フレーズの単位が小さく、それが軽快なリズムに乗って、細かな変化を生み出して、フレーズのメロディが乗りを引っ張る躍動感を生んでいる。続く2曲では、さらにノリノリで駆け上がるように、あっという間に終わってしまう。

Hank Mobley Quintet      1957年3月録音

Funk In Deep Freeze

Wham And They're Off

Fin De L'Affaire

Startin' From Scratch

Stella Wise

Base On Balls

Funk In Deep Freeze (alt. take)

Wham And They're Off (alt. take)

 

Art Blakey(ds)

Art Farmer (tp)

Doug Watkins (b)

Hank Mobley(ts)

Horace Silver (p) 

 

1960年に入って録音した『Soul Station』『Roll Call』『Workout』といった個性を開花させた完成度の高いアルバムでの演奏に比べて、50年代に録音したこの『Hank Mobley Quintet』でのモブレーのプレイは少し違う。それは、ひとつには当時の状況としてバリバリのバップの演奏がどんどん録音されセールスも成り立っていたということだろう。だから、テナー・サックスの大きなテーマはアルト・サックスでチャーリー・パーカーが成し遂げたことをテナーに置き換えるということが、依然として行われていたといえる。モブレーも、これを無視できるわけではなかった。そして、もうひとつは、モブレー自身のキャリアから考えれば、この前に新進としてジャズ・メッセンジャーズで周囲から煽られるようにプレイして、この録音には、そのリズム・セクションが参加しているのだから、60年代のようなプレイをしろといっても、土台無理な話だと思う。60年代の諸作には、このあとモブレー本人が一段の飛躍があったと思える。だからといって、この『Hank Mobley Quintet』が60年代の諸作のための単なるステップで、未熟なモブレーがいるかと言えば、これはこれで独自の光彩を放っていると思う。ファンの中には『Soul Station』などよりも、こちらの『Hank Mobley Quintet』の方を、むしろこよなく愛する人もいるだろう。

ここでのモブレーはバリバリのバップを演りながら、非常にスムースで滑らかなソロを聴かせている。とくにオリジナル曲では流れるようなメロディ・ラインを太くまろやかなトーンで吹いている。全体に親しみ易い演奏をしている。しかし、60年代のような寛いでリラックスした、歌心満開の演奏に比べ、力が入ったハードめの印象が強い。ここには、すでに個性は現われてきているが、彼なりに力が漲った若いモブレーがいる。

1曲目の「Funk In Deep Freeze」は、そういうモブレーの典型的なプレイが聴ける、アルバム全体の開始を告げるようなマイナー・チューンのナンバーとなっている。ユニゾンによるファンファーレのような開始から、各人が戦闘モードに入ったようなテンションの高いソロを繰り広げている。とくに最初にソロをとるトランペットのアート・ファーマーが彼にしては鋭いトーンで力強いプレイを展開し、終わり近くなってモブレーが渋めのプレイをしてユニゾンで締めるという展開。モブレーの控え目な個性が、こんな感じで一曲目から出ていて、他のメンバーは力強くモブレーを後押しして支えるという感じで演奏を作っている。だからというわけでもないだろうが、全体として演奏のテンションは高い。そんな中で3曲目の「Fin De L'Affaire」は、アルバム中唯一のオリジナルでない曲。モブレーのアドリブ・ソロから始まるが、ここではモブレーの歌心が全開で哀愁のこもったメロディックなフレーズが繰り出される。しかも、下手な小細工を加えることなしにメロディを提示してくるモブレーのプレイからはストレートに伝わってくるものがある。さらに、続くアート・ファーマーのトランペットがミュートをかけて渋く、クールに決めていくので、モブレーのソロをうまく引き立たせることになっている。そして、最後の「Base On Balls」が、曲名のように重く引きずるようなベースから始まり、それに各楽器が乗っていくような構造の曲で、各人のアドリブによって進行する曲で、モブレーとファーマーのソロが最期を飾るにふさわしいリラックスしたプレイで幕を閉じる。

モブレーのリーダー・アルバムとなってはいるが、各メンバーがモブレーを引き立てて、モブレーが全体をみてまとめているのか分らないが、全員でつくったアルバムと見た方がいいと思う。魅力は『Soul Station』に劣らず、モブレーのアルバムとして、独自の魅力を持っている。

Hank Mobley Quartet    1955年3月27日録音

Hank's Prank

My Sin

Avila and Tequila

Walkin' the Fence

Love for Sale

Just Coolin'

 

Hank Mobley(ts)

Horace Silver(p)

Doug Watkins(b)

Art Blakey(ds)

ハンク・モブレーの初リーダー・アルバム。10インチ盤のレコードだったため収録時間は短くなっている。当時、モブレーが在籍していたジャズ・メッセンジャーズのリズム・セクションとカルテットを組んだ、モブレーのワン・ホーンでのプレイを聴くことができる。『Soul Station』に代表される60年代のモブレーに比べると、元気にハード・バップをプレイしている。モブレー自身のサックスを比較してみると、『Soul Station』の渋い味わいに対して、バリバリ吹いている。しかも、滑らかで豊かで艶っぽい音色の感じが出ている。これは、1955年という制作された時期がハード・バップが盛んで、競うようにバリバリとパップをプレイしていたという状況にも因っていると思う。また、モブレー自身も若く、初めてのリーダーということで張り切っていたのではと想像してしまう。バックのリズム・セクションが気心の知れたジャズ・メッセンジャーズの面々であることから、モブレーも伸び伸びとプレイすることができているし、彼らの方からもモブレーの背中を押すようなパッキングをしているように聞こえる。ここでの、モブレーのプレイを聴いていると、ファンキーとか歌心とか言われることもあるけれど、彼のベースはバップにあったというのが分かる。モブレーと言う人は、良くも悪くもバップのプレイヤーという枠の中で自分なりの音楽を追求した人だったというのが、この原点のようなアルバムを聴くと分かる。処女作には、その人のすべての要素が入っていると言われるが、このアルバムは、まさにそういうものであったと思う。

最初の「Hank's Prank」は出だしでテーマを示した後、さっそくアドリブに突入していくが、いかにも突入という感じで、モブレーが颯爽として、元気いっぱい。ここには、速いテンポで真正面からバップのブローをしている。後年の歌うような横の線のフレーズではなくて、縦に短いフレーズを繰り出してたたみかけるようなアドリブ・プレイは非常に力強くダイナミック。ただ速いパッセージでは、少しもたつくところが珠に瑕。2曲目の「My Sin」はバラードで、マイルドな音色で、訥々とメロディを吹いているのは、『Soul Station』の頃のプレイに比べて、ここでのモブレーは洗練されていない代わりに淡々とした朴訥な味わいを持っている。『Avila And Tequila』はラテン風リズムのバップ・チューンで、スタッカートでリズミカルなテーマから、アドリブに移ると軽快にメロディアスなフレーズを次から次へと繰り出すモブレーのプレイの変わり目がとても面白く、軽快な乗りにモブレーの紡ぎ出すメロディが合って、ピアノ、ドラムのソロのリズミカルで重くならない。唯一のスタンダード曲「Love for Sale」はかなりアップテンポで、バックの煽りを受けて、まるでオリジナル曲のように崩してしまってバリバリ吹いている。面白いのは次の「Just Coolin'」が、前の「Love for Sale」と対を為すような対称的なアクセントとメロディラインで、同じようなスタッカートのリズミカルなテーマであること。こちらはミディアムテンポに落として、アドリブも崩すというよりメロディアスに展開させている風。結果的にそうだったのかもしれないが、このアルバム全体に漂っているリラックスした遊び心のようなものが最後にそういう風に表われている。

このころのモブレーのプレイの特徴のひとつに、何はともあれ、他のプレイヤーとセッションして音を合わせたり、相互にソロをとったりみんなでプレイすること自体が大好きで、それを楽しんでいるという感じが、このアルバムにはよく表われていると思う。音楽性とか自分のプレイ等ということを言う前に、モブレーは他のプレイヤーが気持ちよく演奏するのに気を配り、それが演奏を楽しいものにし、そのなかで自身も楽しんでプレイしている様が伝わってくるようだ。ソロとして自己主張するには性格が良すぎるとか、地味とかいろいろ後で言われることになるけれど、ここではそういう雑音が入って来ないで、モブレーの一歩引いたような姿勢がみんなを盛り上げ、結果的によい演奏となった幸せな時が記録されている、と思う。



 
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