ART FARMER(アート・ファーマー)
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アート・ファーマー(トランペット)

黒人トランペット奏者。
 トランペットの音色は声でいえばソプラノにあたる高音域で、音色も派手で輝かしい。ブラス・バンドでは一番目立つパートになっているのが普通で、ジャズのトランペット奏者もフロントにでてソロをとる花形のタイプが多い。しかし、アート・ファーマーというトランペット奏者は、あまり派手な印象がない。彼の特徴といっても、スタイルや奏法といったところで目立つところが少ない。それが、サイド・マンとして様々なレコーディングに起用されている所以だろうか。それだけに、彼のプレイは柔軟で、共演しているプレイヤーと合わせるのが巧みで、自分のソロも、周囲から浮き上がるようなことはせずに、アンサンブルのなかで生きすのが上手いタイプだ。そのため、共演者とのインタープレイというプレイの上で会話のようなやり取りをして、いくこともできる。彼の特徴は、そういう自己抑制のダンディズムにある。そこにそこはかとなく「趣味の良さ」のようなものがある。彼のソロは吹きすぎてしまうことや、下品に味付けすることはまずない。僅かにかすれた音色とハーモニーの余白を考えながら、手さぐりしながら進む感じの心もち中心をずらしたメロディで、誇張や過度な熱気も差し挟まない。そのメロディは中音域を安定して動いているため、ソリストが他にいる時には決してその人のソロを邪魔しない。

これは、ファーマーがプレイした時代や環境を考えてみると、実は大変なことなのではないかと思う。ファーマーが自分のスタイルを形成していく初期にクリフォード・ブラウンと一緒にプレイした時期があるという。ブラウンというトランペット奏者は、それこそ当時の人々にとってはひときわ輝く太陽のようなプレイヤーだったようで、伸びやかで輝くような音色で即興的に独創的なフレーズをビシバシキメるプレイに、多くの奏者は大きな影響を受けたという。実際に、後世のトランペットはブラウンのスタイルがスタンダードになっていく。ファーマーはブラウンを間近に見ながら、自身と異質なブラウンの影響に呑み込まれることなく、独自のメロディを歌うスタイルを熟成させていった、といえる。

聴く人によっては、ファーマーのさりげない表現に込められた滋味をじっくり味わうのを楽しみしている

 

 

バイオグラフィー

その形成期に大部分が見落とされてしまって、アート・ファーマーのコンスタントで創意に富んだ演奏は、彼が成長し続けるにつれてようやくその評価が大きくなっていった。クラーク・テリーと共にブラス奏者の間にフリューゲルホーンを一般化させるのに大きな貢献を果たした。彼の持つ抒情性はバップに根差したスタイルに個性を与えている。ファーマーはトランペットに定着する前には、ピアノ、バイオリン、チューバを学んでいる。1945年からロサンゼルスで演奏活動を始め、セントラル・アベニューで定期的に、特にジョニー・オーティス、ジェイ・マクシャン、ロイ・ポーター、ベニー・カーター、ジェラルド・ウィルソンのバンドとプレイした。時には双子のベーシストのアディソンとも一緒だった。1951〜52年にワーデル・グレーとプレイした後に、ライオネル・ハンプトンの楽団と1953年にヨーロッパをツアーし、その後ニュー・ヨークに来ると、1954〜56年にジジ・グライス、1956〜58年にホレス・シルバーのカルテット、1958〜59年にジェリー・マリガンのカルテットでプレイした。1950年代後半には多くのレコーディングに参加している。中にはクインシー・ジョンズやジョージ・ラッセルやブレステイジ・レーベルでのジャム・セッションもあった。1959〜62年にはベニー・ゴルソンとジャズテットを結成し、1962〜64年にはジム・ホールとグループを作った。1968年にはウィーンに移り、オーストリア放送楽団に加入し、ケニー・クラークとフランシー・ボーランのビックバンド、自身のユニットで現地ツアーを行った。1980年代以降、ファーマーはアメリカを訪れ、現代まで売れっ子でいる。彼は、様々なレーベルに多くのセッションを録音している

 


Sing Me Softly of The Blues    1965年3月録音

Sing Me Softly of the Blues

Ad Infinitum

Petite Belle

Tears

I Waited for You

One for Majid

 

Art Farmer(tp)

Pete La Roca(ds)

Steve Kuhn(p)

Steve Swallow(b)

 

ファーマーの抒情的な面がよく表われた作品で、ファーマーのワン・ホーンでのリーダーであるのに、ピアノやベースといった人々が前に出て、アンサンブルとしての面白さが、抒情的な中でダイナミックな躍動感と緊張感に溢れた録音となっている。ここでは、ファーマーは、中低域の音が柔らかいフリューゲルホーンを演奏している。それが2曲目の「Ad Infinitum」では星降るようなクリスタルなピアノの分散和音から一般的なジャズのイメージとは異質な響きが聞こえくるなかで、ファーマーがフリューゲルホーンでテーマをクリアに吹いて入って来ると、驚いたことにピアノが寄り添うように一緒にテーマを弾いている。これも、ちょっとないことだ、この後、分散和音の洪水のようなピアノのソロが入り、ファーマーのアドリブが始まるが、ピアノの音がうるさいくらいよく聞こえてくる。3曲目の「Petite Belle」では、はファーマーのソロで始まり、ソフトな音色が特徴のフリューゲルホーンでほとんどストレートに歌い上げる。それだけでアート・ファーマーでしか表現できない、穏やかで味わい深い世界が広がってくる。続くアドリブでも、テーマの雰囲気を壊さずに、控え目で品の良い感じのフレーズが続く。このような言葉で書くと茫洋とした取り留めのない、メロディ垂れ流しにように思わせるかもしれないが、それに鮮明な輪郭を与えているのが、ピアノのクリスタルなサウンドとドラムスのユニークなプレイだ。4曲目の「Tears」では、そのピアノの洪水のような分散和音から、物憂げなファーマーのフリューゲルホーンが入って来ると、にわかに耽美的かつ退廃的な雰囲気が漂う。その後のアドリブのピアノとドラムスのハードな展開に、ファーマーもつられるかのようにプレイする。しかし、全体としてホットな熱さというよりは、ファーマーの自己抑制的な姿勢と、全体のクリスタルな響きからか、熱気は内に秘めた理知的な感じがしてくる。決してクールではなく、妖しく燃えるというのが適当かも知れない。それは次の「Petite Belle」でのハードなプレイでも分かる。ファーマーのリーダー・アルバムというよりは、ピアノのスティーブ・キューンのトリオにファーマーが参加したような仕上がりになっている。これは、ファーマーが彼らをうまく引き立てたのだろうと思われるが、そういうことができるところに、ファーマーの特徴がよく表われていると思う。かれらを引き立てることによって、ファーマーの時には妖美ともいえるサウンドが表われたと思う。

The Summer Knoows    1976年録音

The Summer Knows

Manhã Do Carnaval

Alfie

When I Fall In Love

Ditty

I Should Care

 

Sam Jones(b)

Billy Higgins(ds)

Art Farmer(tp)

Cedar Walton(p)

 

アート・ファーマーが全編でフリューゲル・ホーンを持って、自身の持つリリカルな特徴を前面に打ち出した作品。人気スタンダードのバラードやスロー・ナンバーを並べ、ワン・ホーンでメロディを歌う。とはいっても、ジャケットの少女趣味のセンチメンタルなムードに流れることはない。そこにファーマーのリリシズムの特徴がある。ファーマーは自己のエモーションをストレートに表出することはせずに、それをいかにコントロールして印象的な響きに結びつけるかに腐心している。自己抑制の姿勢はクールなプレイとなって結実する。だからこそ、これ見よがしにビブラートをかけてみたり、音色に変化をつけてみたりといった余計な装飾をつけず、シンプルな美しさで勝負している。表現を抑えることで、余韻がうまれ、言わば行間を想像させるのである。言うなれば抑制の美。そこに、ファーマーの真摯さがあり、聴く者に品格すら感じさせるものとなっている。

1曲目の「The Summer Knows」は、ちょっとベタな感傷的なメロディを、フリューゲル・ホーンの柔らかなトーンを生かして、クールにメロディを吹いている。ここでの、ファーマーは、フレーズのちょっとした間の取り方が絶妙で、わずかな間が聴く人をググッと引き寄せ、しみじみとした余韻を生み出している。このメロディを何度も繰り返すが、時に即興的なフレーズがメロディから流れように続けて挿入される。この即興が短いながら無機的といえるほどクールで、テーマのもつ感傷的なものに対して中和作用の効果をだして、感傷に没入する歯止めになっている。それが、聴く人に対して、演奏との間にほどよい距離感を与えていて、その距離感があってはじめて余韻を感じることができる。さして、バックのリズム・セクションが渋く堅実なリズムが、メリハリを与え演奏をキリッとしたものにしている。これが、2曲目の「Manhã Do Carnaval」では、テンポが上がりボサノバ調のハードめの演奏に違和感なく続く。ファーマーは、今度はエッジの立った、切り込みの鋭い音で、控え目ながらもホットなブロウを繰り広げている。リズムが煽ることはないが、決してムード・ミュージックではなく、ジャズを演奏している、と襟を正すものとなっている。ここから、間断することなくピアノの印象的なイントロから3曲目の「Alfie」にぐっとテンポを落として、ファーマーのフリューゲルホーンが歌い出すところが、このアルバムの中でも白眉と言えるのではないか。ファーマーは過去に、スティーブ・キューンとかビル・エバンスのような抒情的な持ち味のピアニスト組んで良い演奏を残しているが、この曲でのピアノは彼らに似た抒情的なテイストを持っている。ファーマーがうまく引き出したのか。また、ベースのアコースティックの弾むような弾力性の高い伸びる音が時折印象的で、ファーマーが上手くバックを生かして、全体として、ファーマーのフリューゲルホーンがバックと一体となって、厚みのある音楽を作り出している。

Modern Art      1958年3月録音

Mox Nix

Fair Weather

Darn That Dream

Touch of Your Lips

Jubilation

Like Someone in Love

I Love You

Cold Breeze  (03:53)

 

Addison Farmer(b)

Art Farmer(tp)

Benny Golson(ts)

Bill Evans (p)

Dave Bailey(ds)

 

ジャズの名盤案内などでは、アート・ファーマーというと、まず紹介される一般的には彼の代表作。アート・ファーマーが1958年に録音したアルバム。当時の時代はハード・バップが盛んだった時で、ファーマーも、そういう状況の中でハード・バッパーとして売り出していた時期だった。でも、テクニックではクリフォード・ブラウンに及ばず、リリカルなプレイではマイルス・デイビスのようにクールにできない。言ってみれば中途半端だった。しかし、それは悪いことではなく、その中途半端さがファーマーの個性として結実したのがこのアルバムと言える。後のアルバムでは持ち味を最大限に生かしたリリカルな演奏を追求する彼が、この時点では、その道を見出すに至っていなくて模索していた形跡がある。例えば、後には演らないようなホットなプレイが見られる。後にそれなりに洗練されていくが、ここでは元々の不器用さがそのまま出ていて、その訥々としたところが、後年にない味わいを時折垣間見せるものとなっている。その辺りが、ハード・バップの好きなジャズ・ファンには受け容れ易かったのでないか。

ファーマーは、一時期、テナー・サックス奏者でもある編曲家のベニー・ゴルソンとジャズテットというグループを組んで活動したが、このアルバムはそれに先駆けたものとなった。ゴルソンのサックス・プレイは横の流れを重視したもので、人によってはメリハリがないと好き嫌いが分かれる人ではあるが、ファーマーのどちらかという控え目なプレイを邪魔することがなかったため、双頭コンポとして協調的なプレイを続けていたと言われる。また、ビル・エヴァンスが、ちょうどマイルス・デイビスのもとで“Kind of Blue”のレコーディングに参加する直前状態でプレイしている。ここでは、後年のエヴァンスらしいプレイは未だ見られないけれど。1曲目の「Mox Nix」のピアノのイントロがユニークで、スィングしながらコードを崩した装飾的な響きは、後年のエヴァンスにつながるような印象的なプレイで始まる。ここからファーマーのトランペットとゴルソンのテナーがマイナーなテーマをユニゾンで入ってきて、ファーマー、ゴルソンの順にソロをとっていく。ここで活躍しているのはドラムス、シンバルが全体を煽り気味にリズムを引っ張っている。そこでのファーマーのプレイは、後年のメロディを歌わせるというよりは、バップの分析的な細かいフレーズを訥々と吹いている感じが、これが妙に味わい深い。これは、続くゴルソンが逆にメリハリのないほど滑らかに吹くことで、ファーマーのプレイを結果的に補うような効果を上げることで、その特徴が引き立てられたと言える。この曲と2曲目は入りのピアノのユニークさが特徴的だが、あとは典型的なマイナーのバップのナンバーで、それを味わい深くプレイしている。3曲目の「Darn That Dream」がスローなナンバーで、ファーマーのリリカルなプレイが、この辺りから表われてくる。このナンバーにおけるファーマーの淡々とメロディを吹くプレイは、抑え気味でシンプルすぎるところに、行間の想像を促すような余韻を生んでいる。それが、ファーマーの抒情性の特徴だろう。このアルバムでは、後年の吹っ切れたように抒情性を追求していくだけではなく、1曲目のようなハード・バップのジャズのプレイも行っている。それを後年の吹っ切れたような作品から見れば中途半端に姿勢に映る。しかし、どちらにも共通しているのは、絶対に手を抜かない丁寧で誠実なファーマーの姿勢であり、それが味わい深いものに結実していると思う。 

Art    1958年3月録音

So Beats My Heart For You

Goodbye, Old Girl

Who Cares?

Out Of The Past

Younger Than Spring

The Best Thing For You Is Me

I'm A Fool To Want You

That Old Devil Moon

 

Art Farmer (tp, fh)

Tommy Flanagan (p)

Tommy Williams (b)

Albert Heath (ds)

 

アート・ファーマーは1950年代にはサイド・メンとして様々なセッションに参加して、言わば売れっ子だった。しかし、50年代の終わりごろから自身のリーダー・アルバムをレコーディングし始める。その際に、彼のトランペットによるワン・ホーンの録音が、最も彼の特徴をよく表している。アルバムを通してトランペット一本で聴く人を飽きさせないで惹き付けるというのはたいへんなことだ。実際、トランペットのワン・ホーンでアルバムを録音している奏者は少ない。しかも、このアルバムのようにスローやミディアム・テンポの曲が多いと、アップ・テンポの乗りで押し通すこともできず、トランペットの語り口に大きな負荷がかかってくる。このアルバムはさりげなく作られているように見えるけれど、実はたいへんなものなのだ、と私は思う。

アルバム全体はミディアムあるいはスロー・テンポのスタンダード・ナンバーが中心になっている。例えば、2曲目の「Goodbye, Old Girl」はスロー・バラードで、ファーマーが長いフレージングで訥々とトランペットを吹いていく。5曲目の「Younger Than Spring」では冒頭のピアノのイントロがビル・エヴァンスの有名なマイ・フールッシュ・ハートを想わせる繊細な始まり方をして驚かされるとファーマーのトランペットがユーモラスにバラードのフレーズを吹き始めるといった楽しみもある。1曲目の「So Beats My Heart For You」は弾むような軽快なベースのイントロに乗って、少し気だるさのある軽快なトランペットのテーマから、訥々とした中音域での上下動の少ないアドリブから、同じようなトーンのピアノに引き継ぐと、曲全体を弾ませていたベースのソロと順々にきて、導入としてはアルバムにすんなりと入れるようになって、次の「Goodbye, Old Girl」で、先ほども述べたように、訥々としたトランペットのメロディが余韻をもって、響いてくる。このとき、ファーマーのフレーズとフレーズがわずかにズレて、フレーズとフレーズとが途切れていること間があいていることが、ハッキリと分かる。しかし、トランペットの音が丸く滑らかなため、ブツブツと断絶した印象までは至らず、フレーズの間を認識させることで、その間の認識から余韻の生まれてくる隙間を作っている。メロディーが滑らかに流れないことで、ムード・ミュージックに堕してしまわない歯止めにもなっている。また、つかず離れずのピアノが繊細で、終わり近くのトランペットが高音に飛んでの軽いブローがちょっとしたアクセントになって終わる。だから、ファーマーのバラードは決してムードに浸かって酔い痴れるといつたタイプの演奏ではない。あくまでもジャズの演奏として聴き手に向き合うものなのだ。3曲目の「Who Cares?」でテンポが戻って、アドリブは落ち着いた感じで、これまでの雰囲気を壊さない程度のところで展開させている。全体として、丁寧に演奏している感が強い。4曲目「Out Of The Past」、5曲目「Younger Than Spring」も雰囲気を引き継いで、6曲目の「The Best Thing For You Is Me」でテンポが最も上がり、アルバム全体でも相対的にハードなプレイで、小さいながらも一番の盛り上がりとなる。次の「I'm A Fool To Want You」が一転してスローナンバーでマイナーなテーマをまた、訥々と吹く。この曲などは、もっと切々と訴えるような吹き方をしてもいいのに、そこは抑えていて、このアルバム全体が行き過ぎを抑えて、統一的な雰囲気の中で、トータルに考えてプレイされている。



 
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