※特別剰余価値
参考として、『資本論』ではまとまって説明されていませんが、ここでも触れられていた特別剰余価値について見ていきたいと思います。
特別剰余価値とは、ある特定の資本にある特定の時期において何らかの特別に有利な条件があることで、その資本に一時的に帰属する特殊な剰余価値のことを言います。したがってそれはあくまでも特定の資本に空間的に限定され、一定の期間に時間的に限定されているのであり、どの個別資本にも普遍的に生じる絶対的剰余価値や相対的剰余価値とは根本的に異なるものです。例えば、ある生産部門内においてある特定の資本のもとで技術革新が生じ、その資本が同じ生産部門内の他の諸資本よりも安い価格でより多くの商品を市場に提供することで発生するといったことです。
・特別剰余価値の発生
例えば、扇風機という商品の生産で考えてみましょう。かりに、規模も生産性もほぼ等しいA、B、C、Dの4つの主要な製造業資本が存在するとし(競争条件の同一性)、この4社が供給する商品の総量、たとえば扇風機の総量は市場が必要とする量と一致しているとします(需給の一致)。そこで、それぞれの資本は市場が必要とする扇風機のそれぞれ4分の1を供給しているとしましょう。需給が一致しているので、価値と価格は一致しており、したがって、それぞれの資本が供給する商品の価値はその価値と一致しています。その平均価格を、計算の便宜を考えて、かりに1万円としましょう。
今、扇風機1個あたりの不変資本の価値を6000円とし、残り4000円が最終製造段階でつけ加えられた価値生産物であるとします。さらに平均的な剰余価値率を100%とすると、この4000円の価値生産物のうち半分の2000円が可変資本となり、残り半分の2000円が剰余価値となります。各企業が1日あたり1000台の扇風機を平均的に生産しているとすると(つまり総計で4000台の扇風機を市場に供給している)、各企業が生産する1日あたりの不変資本価値で、残る400万円が1日あたりの価値生産物、そのうちの半分の200万円が1日あたりの可変資本価値であり、残り200万円が1日あたりの剰余価値が1日あたりの可変資本価値であり、残り200万円が1日あたりの剰余価値だということになります。
生産物価値(1000万円)=不変資本価値(600万円)+価値生産物(400万円)
価値生産物(400万円)=可変資本(200万円)+剰余価値(200万円)
さてここで、4社の中でA社が、何らかの画期的な生産方法を採用することで、単位時間あたりに生産できる扇風機の量を2倍に増やすことができたとしましょう。1日あたり1000台ではなく2000台を生産することができるようになったと。そうすると、1台あたりの不変資本価値の大きさも、個々の労働者の労働強度や労働時間も同じだとすると、労働者が作り出す総価値生産物の量(400万円)は以前と変わらないので、それが1000台ではなく2000台の扇風機に配分されることになります。したがって、1台あたりでの扇風機の個別的価値は1万円から8000円に下がることになります(内訳として、不変資本価値=6000円、価値生産物=2000円)。総生産物価値は8000×2000=1600万円となります。このうち1200万円は不変資本価値であり、200万円が可変資本価値、残る200万円が剰余価値です。このように生産性が上昇しても、これらの個別的価値に含まれる剰余価値の量は以前と何ら変わりません。
一方、他の3社、B、C、Dは引き続き以前と同じ方法を用いているのだから、それぞれが生産する扇風機の個別的価値は引き続き1台1万円であり、それぞれが引き続き1日に1000台を供給し続けています。すなわちその価値総額は3000万円のままです。これにA社の供給分と合わせると、市場に供給される総価値額は4600万円になります(3000万円+1600万円)。ところで、この商品の社会的価値は4つの資本が供給する総商品生産物の価値の平均値で決まります。今、資本Aはこれまでの2倍の商品を供給し、他の諸資本は以前と同じ量の商品を供給しているのだから、その総供給台数は4000台から5000台に遭えました。したがって、扇風機の1台あたりの社会的価値は、4600万円÷5000=9200円ということになります。そして以前よりも800円低いこの9200円という価格でなら、以前は4000台を吸収した市場が、今では5000台を吸収することができる(ここでも需給の一致が前提されるからです)。
さて、A社が自己の商品をこの社会的価値9200円で売り出すならば、A社の1日あたりの総生産物価値は1840万円となれます(9200円×2000)。そのうち不変資本価値は2倍の1200万円で、可変資本価値は引き続き200万円だから、この資本は総計で440万円の剰余価値を獲得する(1840万円-1200万円-200万円)。そのうち、200万円はこれまでと同じく通常の剰余価値ですから、その差額240万円が追加的に獲得された剰余価値、すなわち特別剰余価値ということになるのです。
この特別剰余価値は結局、個別的価値と社会的価値との差額から生じていることが分かります。1台あたりのこの差額は1200円であり(9200円-8000円)、それが2000台販売されるのだから、1200円×2000=240万円です。それが「特別」であるのは、第1に、A社という特定の資本にのみ特別に生じるからであり、第2に、競争条件が不均衡にある特定の時期にのみ生じるからです。
・特別剰余価値をめぐる市場の運動(水平的特別剰余価値)
資本Aが獲得するこの240万円の特別剰余価値は、どのようにすれば生まれるかを考えてみましょう。
資本Aが市場において新しい社会的価値の水準である9200円の価格で自社の商品を売り出したなら、競合する、他の諸資本B、C、Dもそれに追随して同じく9200円で売りに出さざるをえなくなるでしょう。もし引き続き1万円の価格のままで売っていれば、誰もが安いA社製の扇風機を買おうとするからで、競争に負けて市場から駆逐されてしまうからです。
ところが、他の諸資本の生産する諸商品の個別的価値は1万円のままですから、それを9200円で売るとすると、1台あたり800円のマイナスの剰余価値が発生することになります。B、C、Dはそれぞれ1日あたり1000台の扇風機を生産しているわけなので、これらの諸資本においては合計で240万円(800円×3000)のマイナスの剰余価値が生じていることになります。
つまり、生産部門全体に視野を広げるなら、資本Aが入手した240万円の特別剰余価値が失う剰余価値の事実上の移転なのであるから、このような特別剰余価値を水平的剰余価値、あるいはより簡潔に水平的剰余価値と呼びます。それが「水平的」なのは、それが第1に同じ生産部門の他の諸資本との関係で、すなわち水平的なヨコとの関係で生じるからであり、第2にその源泉は事実上、他の諸資本で生じるマイナスの剰余価値だからです。
しかし、B、C、Dの各資本はこのような事態を手をこまねいて見ているわけにはいきません。資本Aが導入したのを同じイノベーションを導入することを余儀なくされる。あるいは、同じ効果を持つ別の生産方法や技術を開発するかもしれません。いずれにせよ、やがて他の諸企業もその個別的価値をA社と同じ水準まで引き下げるに至るか、あるいは、それができない資本はその生産部門から撤退することになるだろうから、結局はその商品の社会的価値は8000円まで下がることになるでしょう。その時点で社会的価値そのものが8000円の水準になるので、資本Aの生産する商品の個別的価値とその商品の社会的価値との格差はなくなり、資本Aが特別に獲得していた臨時の剰余価値、すなわち剰余価値は消滅することに至るでしょう。
こうして、最初の均衡状態へと事態は回帰することになります。しかし、これで終わりではないのです。今度は別の資本が新しい画期的な生産方法や技術を導入するかもしれません。その場合には再び、その別の資本に特別剰余価値が発生し、その特別剰余価値をめぐって競争が生じ、こうして再び均衡状態が成立することで不均衡状態が続くことになるでしょう。
このように資本は絶えず、生産方法や生産手段に何らかの技術革新を引き起こして、商品一個あたりの個別的価値を引き下げることで特別剰余価値を得ようとします。できるだけ多くの剰余価値を得ることが資本の使命であり、その生命原理なのだから、資本は、労働時間をできるだけ延長させようとするのと同じ情熱でもって、技術革新に邁進することになるのです。資本主義社会をそれ以前のすべての経済システムから区別している一つの重大な特徴は、この絶えざる技術革新と、それによる諸商品のたえまない価値下落です。このメカニズムの核心にあるのは、この水平的特別剰余価値を獲得しようとする資本の運動なのです。
・新商品と新生産部門の開拓(部門内特別剰余価値)
同じ製品で生産方法のコストダウンした場合だけでなく、既存の諸商品とは大きく異なる新商品を開発し発売する場合には、部門内でも特別剰余価値は発生することもあります。それを部門内特別剰余価値と呼びます。
新商品は、これまで存在しなかった潜在的な需要に応えるもの、あるいは資本主義によって新たに創出された欲求を満たすものと考えます。資本制的な商品生産はもともと、既存の商品を資本制的な生産様式で生産するか、あるいは商品として供給されていない既存の消費財をより安くより大量に生産することによって、部門内特別剰余価値を獲得しようと激しく競争しあうものです。しかし、そのような価格を引き下げ競争には明らかに限界があるものです。初期の段階では画期的に生産性を引き下げ画期的に商品を安くする技術や機械を導入する余地が十分にあるので、それを先駆的に導入した資本には大規模な特別剰余価値が保障されます。しかし、しだいに生産性水準が上昇するにつれて、そして価格水準が十分下がっていくなら、いっそう生産性を引き上げる余地も小さくなっていきます。市場もしだいに成熟してきて、たとえ価格を下げてもたいして需要は増大しなくなる。これは前の水平的特別剰余価値です。たとえば現在、扇風機を大幅に値下げしたからと言って、扇風機需要がそれに比例して増大するとは考えられない。その一方で、生産性を引き上げて価格を引き下げるために必要な設備投資の額は幾何級数的に増大していくことになります。
したがって、既存部門における部門内特別剰余価値の生産はいずれ行き詰ることになる。そこで資本は、これまで存在しなかったような新商品を次々に開拓し、広告などの手段を通じてそれへの欲求を掻きたて、新しい市場を開拓していこうとするのです。
そこで、新商品の開発と販売を通じて、部門間特別剰余価値が発生するのです。例えば、新商品を開発して発売し、それが一定の需要を喚起したとしましょう。このとき、この新商品の価値は他のすべての諸商品と同じように、その商品を生産するのに必要だった費用と労働によって、したがって過去労働を含む総労働によってきまります。ただし、この商品を開発するのに要した費用と労働はこの商品を生産するのに必要だった費用と労働のうちに入ります。なぜならそのような研究開発なしには新商品を生産することはできなかったからです。
既存の商品では、複雑労働の場合には、生涯労働年数という客観的基準が存在しており、それはそれほど大きく変動しなません。しかし、新商品の場合は、それがどれだけの期間、特別の新商品としての地位を維持ずるのかにかかっていると言えます。新商品を開発した企業は、それにかかった研究開発費をできるだけ短期間で回収します。この新商品に対してはだ競争相手がそもそもいないのだから、その商品の価格を本来の価値水準まで下げる競争圧力は存在しない。一種の独占状態にあるわけです。それゆえ、この企業は、「研究開発費+この商品の直接的な価値」に一定の追加額を足して価格を設定します。そしてこの追加額は、市場の状況などを判断材料にしながらも、かなりの程度、企業の側の主観や思惑に左右される。他の競争相手がまだ登場していないこの黄金期にできるだけたくさん稼ごうとし、できるだけ短期間に研究開発費を回収するだけでなく、それを超えて追加的な剰余価値をも稼ごうとするからです。これもまた一種の特別剰余価値であり、水平的な特別剰余価値であり、水平的な特別剰余価値の一形態と言えます。
この特別剰余価値の源泉は、既存製品の生産のイノベーションのような同じ生産部門内の他の諸資本が失う剰余価値ではないでしょう。その生産部門には内の他の諸資本が失う剰余価値ではない。というのも、その生産部門にはこの資本から存在しないからです。しかし、視点を変えると、何らかの新商品が登場することで、市場のかなりの部分を失う生産部門が他に存在するということです。それはその新商品と、用途や効用などがかなり重なる旧来の商品を生産している生産部門である。例えば、自動車は馬車生産部門を一掃し、エアコンは扇風機生産部門を縮小し、テレビはラジオ生産部門を著しく縮小し、カラーテレビは白黒テレビを一掃し、液晶テレビはブラウン管のテレビを一掃し、クォーツ時計はゼンマイ式時計を大幅に縮小ないし一掃し、CDはレコードとその再生機を一掃し、ネットの映像配信はDVDを縮小し、PHSはポケベル生産部門を、携帯電話はPHS生産部門を、スマートフォンは旧型の携帯電話(ガラケー)生産部門を縮小ないし一掃した。そういう場合です。
このように新商品は、それが広く市場に受け入れられる場合に、その用途と効用の点で重なる旧来の商品を生産している生産部門の諸資本にマイナスの剰余価値を発生させるのであり、こうして、結局、新商品の直接的な価値部分や研究開発費をも上回って生じる追加的な剰余価値は、他の生産部門におけるマイナスの剰余価値によってある程度相殺されるのです。
しかし、このような独占状態はいつまでも続くものでもないでしょう。部門内特別剰余価値の場合と同じように、この新商品が市場で売れるとなれば、他の諸資本もこの部門にこぞって参入してくるだろうからです。後から参加する資本はしかも、先行資本の新商品を参考にすることで、研究開発に費やす費用を大部分節約することができます。他の諸資本もこの新商品を大量に生産し市場に出すことになれば、結局、新商品の価格は、その商品を再生産するのに必要な労働によって規定される本来の価値の大きさへと収斂していくことになります。このようにして、新商品の独占的販売によって稼ぎ出されるこの部門間特別剰余価値もまた消滅していくことになるのです。
しかし、いったんこのような新商品、新生産部門が成立すると、この新しい分野ではまだ生産性上昇の余地、価格引き下げの余地は十分にあるので、今度は部門内特別剰余価値をめぐる競争が激しく展開される。そしてやがて、この新部門では価格引き下げの余地、生産性上昇の余地がなくなってくると、再び新商品、新生産部門の開拓が熱心に追求される。このように、部門内特別剰余価値と部門間特別剰余価値とは相互に交代しあい、相互に補完し合い、相互に促進し合う関係にあるのです。
・垂直的な特別剰余価値
資本主義が最初に既存の労働過程を包摂した時点では、熟練した職人のような複雑労働は、かなり普遍的に存在していました。しかし、資本主義の発展とともに、そして生産過程の機械化によって、この熟練はしだいに解体されていきました。その具体的な様相について、ここで重要なのは、この熟練解体によって複雑労働の価値形成力と複雑労働力の価値に変化が生じることです。
熟練の解体を通じて複雑労働が単純労働化すると、ある生産物を生産するのにあらかじめ複雑労働力を形成しておく必要がなくなります。そこで、複雑労働力に追加される技能価値はしだいに消失し、したがって生産物価値に移転される価値も消失します。この両者は同じ大きさなので、複雑労働が単純労働化することによって、その価値形成力とは同じだけ減少することになります。しかし、熟練を解体して労働力価値を引き下げても、それ自体としては剰余価値を増大させない。増大するのは剰余価値率であって剰余価値量ではないのです。
このように、熟練の解体が一般に生じる場合には、労働力価値も価値構成力も同じだけ下落するので剰余価値は増大しません。しかし、水平的な特別剰余価値の場合のように、このような熟練の解体が、ある特定の資本においてのみ先駆的に生じた場合、一種の特別剰余価値が発生します。これが特別剰余価値の第2形態と言えます。
たとえば何らかの複雑労働を用いて商品を生産しているある生産部門において、他の諸資本がすべて旧来通り熟練労働者を雇用して生産物を生産しているのに、ある特定の資本は先駆的に新しい生産方法や機械を導入することによって、旧来の熟練労働を用いなくても同じ商品を生産することできるようになったとしましょう。たとえ単位時間当たりの生産量が同じでも、この特定の資本においては、熟練が解体し価値形成力が減った分だけ商品の個別的価値は下がっているわけです。しかし、その商品の社会的価値はこの資本が生産する商品の個別的価値だけで決定されるのではなく、いまだに旧来通り複雑労働を用いて商品を生産している他の諸資本の個別的価値との加重平均によって決定されます。したがって、その社会的価値はこの特定の資本の個別的価値よりもずっと高い。しがって、この特定の資本は自己の商品を社会的価値で販売することができなるのであり、その差額は特別剰余価値となるのです。
しかし、この場合に特別剰余価値が発生しているのは、労働力価値が単純労働力の価格水準まで引き下げられているのに、商品の価値がその個別的価値まで下がっていないからです。したがって、ここでの特別剰余価値の本来の源泉は他の諸資本がこうむるマイナスの剰余価値ではなく、自らの支配下にある労働者のこうむる労働力価値の引き下げです。たとえば、商品の価値が以前のままで、他の諸資本にマイナスの剰余価値が発生していなくても、自己の労働者の労働力価値の個別的引き下げによってこの特別剰余価値は発生しており、そこにはこの特別剰余価値は、基本的には資本-賃労働関係という垂直的な関係、すなわちタテとの関係で生じているのであり、それゆえそれを垂直的特別剰余価値、あるいはより簡潔に垂直的剰余価値と呼ぶことができるのです。商品の価値をその個別的価値まで引き下げなくてもよいのは、水平的特別剰余価値の場合と同じく他の諸資本とのヨコの関係のおかげなのですが、この特別剰余価値の源泉そのものの減価なのです。
この特別剰余価値も、他の諸資本が同じように機械などを導入して熟練を解体していけば、やがて商品の社会的価値はその個別的価値まで下がるので消失することになります。この点は水平的な特別剰余価値と同じです。
最初に水平的特別剰余価値を検討した際には熟練の解体の可能性は捨象されて生産力の増大だけが前提され、逆に垂直的特別剰余価値を検討した際には生産力の増大の可能性が捨象されて、熟練の解体だけが前提された。しかし現実の技術革新においては、しばしば生産力の上昇と熟練の解体とが同時に起こるだろうし、その場合、それを先駆的に行った資本には、水平的特別剰余価値と垂直的特別剰余価値とが同時的に発生する。とくに機械が導入された当初は、大量生産が実現されると同時に、熟練労働が大幅に解体されるのだから、この機械を先駆的に導入した資本には、水平的特別剰余価値をと垂直的特別剰余価値の両方を大量に入手することができる。資本は、このように、水平的ないし垂直的な特別剰余価値の獲得を目指して、絶えず技術革新を生産過程に導入して、ますます生産力を増大させ、ますます熟練を解体していくのです。
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