3.(4)その他
10)IRツールとしての決算短信
〜財務状況に関する分析
 

 

「財務状況に関する分析」について考えてみます。ここでは決算期末日現在の貸借対照表の内容やキャッシャフロー計算書の内容、あるいは財務指標について説明しているところです。これを単純に貸借対照表の説明をしている短信もあります。総資産はいくらで、それは現金が増えた云々というような。これは、貸借対照表を見れば分かることで、ハッキリ言って何の意味もないものです。むしろ、そんな分かり切っていることを、無駄な説明をしているということだけで、その企業の姿勢、つまり、そんな無駄なことを公開の場で何の疑いもなくダラダラと行っているのだから、企業活動において管理がきちんと為されていないのではないか、という疑いをもたれてしまうのではないか、と私は思ってしまいます。かなり、穿った見方かもしれませんが、一事が万事です。

そして、もう一つ、多くの企業の決算短信の記述で気になるのは、「こうなった」という書き方をしている点です。これは、単に事実を後追いしているだけです。仮に、実際の企業活動の中で、財務担当者が経営者から、現金が増えたのはどうしてか、と問われてそのような答えをしたとしたら、その財務責任者は無能と言われても仕方がないのではないか。そういう書き方を、投資家に対してしているということです。単なる言葉遣いと言われればそれまでですが、しかし、企業活動における行動としては当然、「こうなった」ではなく「こうした」あるいは「このようなことをした結果としてこうなった」ということではないでしょうか。つまり、現金が増えたのではなくて、現金を増やした、というのが企業活動であり、貸借対照表というのは、その企業活動の結果を表わしたものではないでしょうか。これは当たり前のことのように思いますが、ここでの説明は、その当たり前のことが踏まえられていない、と私は思っています。そのような考え方に従えば、この部分は「事業の経過と成果」の「今期の経営成績」と同じ書き方の姿勢で書かれるべきではないかと思います。これも、教科書的な当然のことですが、「今期の経営成績」が損益計算書の説明ならば、「財務状況に関する分析」は貸借対照表の説明ということは、そういう意味で考えることができるではないでしょうか。

そう考えると、「今期の経営成績」では書けなかった企業努力を、ここに書くことができて、それを投資家にアピールすることができる、企業のことを理解してもらうことができる、ということです。そのようにポジティブにこの項目を捉えて、既述している企業は、私は寡聞にして知らず、私の勤め先も残念ながら、それができていません。これは、有価証券報告書の第2.事業の状況のところの7【財務状態、経営成績及びキャッシュフローの状況の分析】のところと同じです。ここのところに関しては企業の自己評価を書くことになっているので、若干の企業がそういう書き方をしているケースが見受けられます。私の勤め先も、ここではポジティブに書いています。

では、具体的にここで書ける企業活動として、どのようなことが考えられるか。財務政策、資本政策、あるいは、これらの一環として効率的な事業運営に向けて継続的に企業努力をしていると思いますが、そういう点です。例えば、キャッシュの創出に向けて、売上債権の早期回収に努めるとか、債権を早期に回収した現金を活用していくことで、債権として利息も取れないで単にあるだけのものが、運営できることによって新たな利益を生み出していくことになるものです。さらに、これはキャッシュの創出だけでなく、貸倒のリスクを減らすことにも通じます。このような努力の結果は、企業にとっては現金を増やしたことになるのではないかと思います。その結果流動比率も変わって来るし、自己資本比率にも影響がでてくる。ゆくゆくはROEの改善にもつながる。こういうことは、今期の経営成績の説明には出てこないことです。しかし、投資家にとってはこういう情報は有益であるはずです。その他にも、メーカーの場合なら在庫回転率や無駄な固定資産を削減していく努力とか。このようなことは、企業が常日頃努力していて、なかなか投資家には伝わらないことで、この場をチャンスとして伝えることを考えてもいいのではないか。企業にとっては、メリットのあることではないかと思います。

他方、企業にとってあまり出したくない情報で、投資家サイドでは知りたいこともあります。例えば株式の持ち合いの状況とか。その他には、キャッシュリッチな企業は投資家から、その使い道を問われることが多いようで、企業の側ではそういう質問は嫌がられます。そのような場合、財務政策や資本政策の基本方針を投資家に理解してもらうように、説明できる場でもあります。「今期の経営成績」が企業の経営戦略の方針を投資家に分ってもらえる場であるとしたら、ここは財務戦略の基本方針を理解してもらえる場でもあると考えられます。手元の現金は通常、どの程度確保していて、その理由を明確にするということは、ほとんどの企業では説明されていません。多分、企業の側でも明確に決められていないで、暗黙の了解で続けられているところが案外多いのではないか。そのようなところは、IRを機縁として明確な方針を決めるということがあってもいいのではないか、と思います。これは、後に出てくる株主還元などとも密接に関係してくるところでもあります。


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