3.(4)その他
7)IRツールとしての決算短信
 

 

会社によってIR担当者は関係していないケースもあるかもしれませんが、決算短信は決算説明会でもアナリストや機関投資家とのミーティングでも大事な資料です。そして、会社のホームページやその他のデータベースになっているウェブサイトで閲覧できるため、会社のことを知りたいと思う投資家が真っ先に見る資料です。おそらく決算説明会資料などよりも閲覧される回数が多いものではないかと思います。その意味で、IRにとって最も大切な文書でありながら、実態としては、殆どの場合に経理が担当部署となって経理の責任のもとに作成されることから、IR担当者は全く関与しないか、関与しても部分的な範囲にとどまるのではないかと思います。だから、IR担当者の決算短信そのものに対する意識は、それほど強くないように見えます。どちらかと言えば、説明会資料は一生懸命作成するのに対して、決算短信は説明会で配布しなければならないので、配布しているだけという認識が強いのではないか思います。

しかし、あらためて決算短信を読んでみると、会社を知るために必要な情報が網羅されていて、実によくできた形式の文書であることが分かります。これをIR担当者が活用しないなんてもったいないです。活用したければ、その作成に積極的に関与してIRの要素を入れ込むべく努力していくことになるでしょう。

IR担当者が積極的に関与できるのは、決算短信の1ページ目であるサマリーをめくって、目次の次に来る定性的情報(文章による説明)のページです。そのあと後半の財務諸表や注記のページは経理本来の仕事で、ここは経理しかできませんから。前半の定性的情報の項目を並べて見てみると、

1.経営成績

(1)経営成績に関する分析 

a.当期の経営成績 

b.次期の見通し 

(2)財務状態に関する分析

(3)利益配分に関する基本方針及び当期・次期の配当

(4)事業等のリスク

2.企業集団の概況

3.経営方針

(1)会社の経営の基本方針

(2)目標とする経営指標

(3)中長期的な会社の経営戦略

(4)今後の対処すべき課題

どうです。これだけの項目が揃っていれば、会社について投資先として検討する際に、最低限必要なことは網羅されているでしょう。これを企業が上手く活用して、読む人に自社のことを理解してもらい、あわよくば投資したくなるようなメッセージを込めることも可能と思います。企業によってこの部分のボリュームがまったく違います。後半の財務諸表が規格化が進んでいるため、どの企業でも費やすページ数が同程度なのと対照的です。分量が多いから良いとは即断できませんが、この前半のページ数が多い企業はだいたいIRに熱心な企業と見て差し支えない。少なくとも、多くのページを費やして何事かの内容を載せるというのは労力を要するし、説明すべき、説明したい対象がある故ですから。

私の勤め先でも、定性的情報の記述に10ページを費やしていたことがありました。それなりに内容を充実させたつもりでしたが、その時には機関投資家とのミーティングの際などは、ファンドマネージャーが事前の下調べのためにネットで短信を閲覧して、その分量に驚くとともに、そこでひと通りのことが説明されていたので、ミーティングでは最初から突っ込んだ質疑応答が出来て、短時間で充実したミーティングができました。その時、一様にファンドマネージャーは、好感を持ってくれたようでした。その後、いろいろあって簡素な形態の決算短信に戻りましたが。

IR業界の常識でいえば、決算短信は制度的開示に位置付けられて、財務情報を開示するために制度化されている、言わば義務のようなものと位置付けられているようです。しかし、この定性的情報のラインアップをみてみれば、企業が独自に作成しているアニュアルレポート(これはIR担当部署で作っているところが多いと思います)の項目と重なるところが多いのではないかと思います。としたら、決算短信を制度的開示として位置付け、財務情報の開示という枠に止めてしまうのではなくて、投資判断の資料となる情報を積極的に発信できるツールとして活用することも可能ではないか、と思います。要は作成する企業の意欲と、全体を管理している証券取引所のやる気の問題です。

上場企業だけでなく証券取引所にもやる気云々を言ったのは、決算短信の使い勝手を証券取引所の側でも投資家フレンドリーにしていくことを本気で取り組んでいるように見えないことです。証券取引所は、決算短信を各企業に作成させ、ネット上で公開しているのはいいのですが、そのシステムが投資家にとって使いやすいものかということです。これは、単に決算短信を見るというにとどまらず、投資判断をするために決算短信を利用するという視点で、システムを作ろうとしたかということです。例えば、投資判断のために投資家がある企業の決算短信を見るという場合は、その企業単独で見るということもあるでしょうが、初めての企業の場合には、他の企業と比較しながら見るという場合もあります。また、投資先を探すのに決算短信を片っ端から見ていくということもあると思います。そういう時に、短信がアップされているネット上の短信の検索機能が大事になってくるはずです。また、複数の企業を比較しながら見たいということにもシステムとして対応されていません。かりに3社を比較してみたい場合には、3社それぞれの決算短信を探して、別々のウィンドウをあけて、ひとつひとつ見比べるという作業することになりますが、面倒くさいです。そういう時に、それぞれの短信のデータから必要なデータ、例えば売上高と営業利益だけをピックアップして一覧で3社比較できる、なんてことは検討もされていないのではないか、そこに投資家のことを本気で考えているとは思えないのです。証券取引所に関しては。

前置きが長くなりましたが、決算短信について具体的に考えていきたいと思います。

 

企業が決算短信をIRのツールとして活用していくために、後半の財務諸表の規格化が進んだ部分はキッチリつくるとして、それ以外の、前半の定性的情報を中心に考えてみたいと思います。前回、決算短信の定性的情報として書くべきとされている項目をあげましたが、これらを書くことにより投資判断のもととなるような企業イメージを投資家に持ってもらうことができる可能性があります。また、ここにはない項目で、企業を知ってもらうには、これらの項目以外にビジネスモデルとか市場と競合の状況とかメーカーなら研究開発のこと、あるいは最近のトレンドとしてESG関係(環境、社会貢献、ガバナンス)の事項などがあると思います。これらの項目に無い事項を任意に入れるか、項目のなかで適宜内容を織り込んで記述するか、などの全体の構成を考えることが第一に必要なことと思います。

私の個人的な言い方でストーリーとか筋という言葉になるのですが、企業の理念から、誰に何をする会社かということからビジネスモデルや経営戦略が生まれ、そこで長所や短所が発生する。長所は企業の強みや競争力になっていくし、短所はリスクに繋がる。その短期的な結果が、今期の業績として現われてくる。その結果の反省の上に課題がうまり、それが戦略や方針にフィードバックされていく。抽象的すぎますが、このような筋を各企業でそれぞれ違うし、それを考え短信全体の記述を考える。そうすれば、短信の定性的な説明を読めば、一貫した企業のイメージを抱くことができることになります。最近、あるIRセミナーで講師の人が盛んにストーリーということを強調していました。そのセミナーというのは分かりやすいIR資料の作り方というもので、そこで講師が話しているストーリーというのは、説明のストーリーのことで、話の順番のようなことです。ここで私がいうストーリーはそれとは違って、切り口、視点のようなもの、もっというと企業の動きというのは様々な動きが同時併行し錯綜する複雑な様相を呈しています。それを、ある視点で切り取って、その企業の特徴や強みを浮かび上がらせる、というのは一つの解釈であり、それが実際の企業の自己認識になるようならば、ひとつのイデオロギーです。例えば、同じようにコピー機を扱う企業で、かつて富士ゼロックスはドキュメントカンパニーと自己規定して、文書に関わる会社と位置付け、リコーは光学をベースにした情報機器を取り扱うと自己規定したときに、両社の前に広がっていた市場が違っていったわけです。決算短信がそういうテーマで記述されていて、よめばそれが分かるようになっていれば、投資判断をする際の企業イメージとして、有益であると思います。

これは、何も決算短信に限った事ではなく、最近注目を集め始めている統合報告書のつくりも、一本の筋を通すというストーリーを作り、それをもとに報告書を組み立てていく作業が行われるようです。

実際に、そういう機能を短信が持てるようにするには、短信での技術の構成を考えるのが第一という、今回のスタートに戻ることになりました。この場合、短信を作成する前段階でストーリーができていることが、それについて考察、検討がされていることが、先ず第一です。それについては、浩瀚な「ストーリーとしての競争戦略」をはじめとして様々な書籍や研究がありますので、それらを参照して自社なりのことをやればいと思います。ここでは、短信のことを取り上げているため、このことはテーマとして重すぎるので、いつか別に考えてみたいと思います。

そこで短信としての作業について考えていくと、ここでは、ストーリーありきのパターンで考えてみます。(逆に短信の個別の記述を進めているうちに自然とストーリーが出来てしまった、というケースも考えられなくはないので、あまり固定して考えるのは良くないと思うので)構成として、第一に考えることは、統一性です。第二に、一貫性です。どちらも似たようなものですが、つまりは、ストーリーの前提があって、そこから派生するように、短信の項目が記述されていて、既述が統一されていることです。この場合は、用語の統一とか、細かいですが、そういうところまで含まれます。項目によってストーリーから外れたり、関係のないような記述になっていないということです。そして、第三に関連性です。それは短信の各項目がストーリーを軸に関連し合っていることです。短信での説明に関する全体の構成については簡単すぎると思われるかもしれませんが、決まったパターンはなく、企業それぞれのストーリーに即してつくられるものであると思います。


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