2.戦略的IR
(3)この戦略的IRの果てにあるもの
〜双方向のコミュニケーション
 

 

百歩譲ってIRを戦略的に行い、具体的に定性的情報とやらを充実させていくことがありうるとしよう、しかし、決算短信といい、有価証券報告書といい、果たして、そんなに多くの人が見るだろうか。また、仮に見る人がいたとしても、その定性的情報とやらの部分まで熱心に読む人がどれだけいるのか。というような疑問を呈する向きもあると思います。これについては、またターゲッティングのところに戻りますが、当初から遍く人々を対象とせずに、IRの対象を絞っていることをお話しました。たしかに、個人投資家を対象としたアンケート調査を行ったりすると、個人投資家が投資対象の情報を得ようとする際によく利用するのは企業のホームページや会社四季報等が上位を占め、決算短信をあげている人はほとんどなく、ましては有価証券報告書においてをや、です。だから、実効性を疑うことは無理もないことと思います。しかし、企業を深く知ろうと言う場合、現在のところでは決算短信を見るというのは、例えばアナリストやファンドマネジャーのような人々の間では常識といえます。だから、見る人は見ている、というような楽観的な見方をしてもいいのではないか。大事なことは、少し突っ込んだ興味をもってくれた人に対して、サプライズとも言えるほど充実した情報を提供することで、少なくとも企業として投資に興味を持った人への熱意を持っていることを分かってもらうことではないか、ひいてはそのことによって企業に対する興味をさらに増してもらうことではないか、つまり、いったん興味を持ってくれた人を捕らえて離さないようにすることではないかと、思うのです。

さて、昨日の続きが長くなりましたが、今日の本題に入りましょう。それは、昨日の最後で申しましたように、実際にIRの実務に携わっている人、とくに熱心にIRを進めようとしている人は社内で様々な困難に立ち向かっていると思います。寡聞な私のような者の耳にも風の噂で苦労している担当者のことは聞こえてきます。とくに、ここでずっと説明してきているような戦略を実行しようとした場合、担当者レベルで実際に考えられる困難は、それほど多くの情報を外に出すことが実際にできるのだろうか、ということです。これは、実際にこの仕事に就いた人で、熱心に情報開示を進めようとした人ではないと分からないと思います。企業というものは、法律や規則で義務として決められた情報については開示しますが、また、営業推進のために宣伝は熱心に行いますが、それ以外の情報は出したがらないのです。例えば、新製品情報とその販売戦略を開示しようとすると、営業からライバルに知られなくないというようなチェックが必ず入ってきます。ですから、事業戦略やその結果に対する経営サイドでの評価などというものは、企業によっては社内に対しても明らかにされないところもあります(元々、やっていないという所もあると思いますが)。それを社外の、それも企業と今のところ利害関係もないところに対して情報を提供するとなると、社内においてコンセンサスを得るのは大変なことで、社内調整に多くの労力をかけねばならないことになります。これは担当者としては、忍耐と工夫でなんとか凌ぐしかないということで、やっていくしかないことです。

ここで、この投稿を読んでいる皆さんに一言だけ申し上げておきたいことは、積極的な情報開示を行ったり、説明会の資料を工夫しているような企業は、IRに対してトップ以下が強い意欲と理解を持っている少数の例外を除いて、担当者が社内への調整にかなり苦労しながら、やっとのことで出来ているということを理解してほしい、ということです。例えば、私の場合でも、株主宛に期末に送る事業報告の中で「会社がかかえる課題」という今後に向けて何をしていくかという項目について、具体的な打ち手を説明できるようになるために約10年かかりました。それ以前は、単に“積極的な営業努力を続けます”というような抽象的な何とでも解釈できるようなことしか書いていなかったのです。ここから一歩踏み出すのに、それほどの時間がかかりました。

しかし、この苦労は、実は無駄ではないのです。ここで何度もくどいほど述べていますが、IRというのは企業と投資家のコミュニケィションであると申してきています。これは何も企業の側から一方的にしゃべるだけではない、ということでもあります。これまで説明してきたのは、企業の側から情報を提供するという、ともすれば一方通行とも取られかねないことでした。これでは広報というIRによく似ているが、本質は全く違うものと一緒になってしまいかねません。企業側が聞くとは、例えばどのようなことか。以前に企業が胸襟を開いて情報を開示しようとすれば、そこに必ず綻びがあらわれ、投資家側ではそれを企業を深く知るための糸口となりうるということを申し上げました。これを糸口として、突っ込みたい場合、当然「どういうことか?」という質問が出てくるはずです。それは、決算説明会の場であったり、企業を取材するときだったりするのでしょうが、その際に、より深く突っ込みたい人なら、ただ単に質問だけでなく「一般的にはこうなるはずだが、御社はどうしてこうなのか」とか「他社はこうやっているのに、どうして御社はこうなのか」というような、質問者の意見を交えた質問がなされる、とか場合によっては個別のミーティングで「御社はこうやってもいいのではないか」というような率直な意見を言ってもらえることがあります。企業はこのような声をIR担当者を通して、あるいは経営者がダイレクトに聞くことができるわけです。熱心なIR担当者なら有益と思われる声は当然、経営者をはじめとして社内になんとか伝えようとします。このとき、前段でIR担当者が苦労している社内調整の場が、実は有効であったりするのです。ここで、社外の、市場の声というような言い方と一種の外圧のように利用できるわけです。これは、長い目でみれば企業にとってとても有益なことになると担当者としては信じています。

さらに、これは私の個人的な思い入れかもしれませんが、以前に添付した見本文書で企業の市場認識とか自社の強みのような文章は、社内では暗黙の了解事項として皆内心では思っているのですが、文章として明解にして表わされる機会の少ないことではないかと思います。これを敢えて文章として白日の下にさらすことによって、社内の議論を喚起するというのか、企業としてのアイデンティティのような議論のひとつのキッカケとなりうる、という副次的効果があるのではないかと思うのです。実際、私の勤務先では、決算説明会の質問で技術開発について “品質の良過ぎるもの(オーバースペック)を作っているのではないか”という質問を受けたことを社長が利用して、後日、社内の技術担当者に “社外からはこのように見られているがどう思うか”という議論を吹っかけて回り、社内で議論を引き起こすキッカケとなりました。また、資本コストというような概念は、このような経路でないとなかなか社内には入って来にくいのが現状なのです。だから、迂回しましたが話題を戻しますと、IR担当者が、現在、社内で苦労しているということは、実はチャンスでもあるというのが、乏しいながら経験から得た教訓でもあります。


(4)戦略的IRツールで伝えるべきこと へ

 
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