3.(4)その他
5)IRツールとしての株主通信〜財務諸表
 

 

株主通信のもう一つのメインである財務諸表に関してです。

財務諸表は株主通信にとって一番大事な項目と言えます。それこそ、企業の活動の結果を明確な数字で表したものなのですから。だから、各社とも、これを省略するところはないし、株主の理解を得るため、少しでも見やすくなるように工夫をしているようです。しかし、元々が財務諸表はフォーマットが決まっていて、それを崩すことはできないので、見やすくする工夫をするといっても、その方法は限られてくるようです。まして、財務諸表には一定のルールがあるため、それを知らない人には最初から分らないもののまま、見やすくしても変わらないでしょう。大体のケースは、当期と前期の数値を並列的に記したり、注記の形で説明を入れたり、主要な数値の変化をグラフ化したり、ポイントとなることを説明したり、その他に色分けしてみせたり、これらを組み合わせて、あとはレイアウトを工夫するというのが、ほとんどの会社でやられていることだと思います。

ところが私の勤め先の株主通信の場合は、最初の方向性から違うところを目指しました。たしかに、財務諸表については見難いよりは見やすいほうがいい。しかし、財務諸表を見慣れない人が見やすくなるような配慮をしても、結果として分かり易くなるわけでもない。最初のところでお話ししましたが、株主通信が送られてきた株主が全て、これを見ることはない。興味のない人からは一顧だにされず捨てられてしまうものです。幸運にも株主に読んでもらえるのは、その株主に積極的に読もうという意思がある場合です。とすれば、封筒から取り出して積極的に読んでくれる株主に応えることを第一に考えて作るということは、あながち的外れではないでしょう。そこからは、想像の世界です。どのような人が積極的に株主通信を読んでくれるのか、です。そこで、まず考えられるのは、会社に積極的に興味を持ってくれている人、何でもいいから活字を読むのが好きな人、投資した会社のことを理解したい人、あとただ何となくという人もいるかもしれません。いずれにせよ、見るともなく眺めるというケースは、殆どないのではないか。

ここで、少し話題を換えますが、私はIRを含めて「個人株主対策」というニュアンスで語られることが好きではありません。何か、投資も何もわからない子供のように個人株主を捉えているような気がして、これでは個人株主として一括して見下しているような視線を感じるのです。例えば、企業のホームページでIRページのところに「個人投資家の皆様へ」というページを置いているところは多いのですが、そこを見てみると、そこだけページ全体のトーンが変わって、まんがっぽいカットが増えたり、ページ全体の情報量が薄味になったり、子供向けの絵本のようになっている。これを見ていると、個人投資家というのは、何も知らない素人さんだから、難しいことを言ってもしょうがないので、分かり易くしてやろう、というような、一見、親切ぶっているのだけれど、その実、個人投資家を見下し、馬鹿にしているような、一種の傲慢さを見てしまうのです。私は、個人投資家は投資家であると思っています。機関投資家のように職業として投資しているわけではないので、情報量や熟練等で差はあるかもしれませんが、自らの責任において、評価判断して投資をしている投資家であることに変わりはないと思います。自らの責任において投資をしているということは、それなりの準備をして覚悟を決めて投資しているわけです。もし、そこで何の準備もなく、あたかも宝くじでも買うように、盲目滅法に金を賭ける人がいたら、それ相応の見返りに見舞われるわけです。ということは。つまり、自らの責任で会社に身銭を切って投資し、送られてくる株主通信を読んで会社のことを理解しようとする人というのは、それ相応の準備と覚悟をしている人ではないか、いや、むしろ、そういう人であってほしい、と思うのです。こういう言い方は、傲慢に聞こえるかもしれませんが、株式投資をするということはリターンがありますが、大きなリスクを伴います。そのため、投資をする人は、そのための準備として、ある程度の基礎知識は必要だと思います。そして、株式を発行する会社の側では、そのことを明白にしてもいいと思うのです。それは、株式投資の初心者に媚びるように、“個人投資家さんようこそ”的なお子様向けのホームページを作って、こちら側のレベルを落とすことではなくて、株式投資をするには、このくらいやらないと…、というようなあちら側のレベルを引き上げて、投資家層全体のレベルを底上げする努力も必要だと思います。そのためには、“最低限、財務諸表くらいは読めないと、会社のことなんか理解できないよ”として、“初心者の人には難しいかもしれないけれど、その程度は、自分で勉強しなさい。株式投資は、そんなに甘いものではない”ということを言外に言ってあげても、いいのではないか、と思うのです。

というわけで、私の勤め先の株主通信の財務諸表のページは、貸借対照表や損益計算書の見方が分っていることを前提に、株式投資をするくらいの人なら、その程度の知識は備えていてほしい、それで、会社の状況をよく理解しやすくなることに心を砕きました。財務諸表が見易いというのは、その次のことです。これは、夢ですが、株式投資をする人たちの中で、この会社の株主通信が読めるということが、一定の基礎知識を持っている証とでもなればいいと思います。例えば、投資初心者が、この会社の株主通信を読めることで、自分が中級者の仲間入りをしたことを実感できるというような、そういうものとしたいと考えています。

では、実際にどのようなことを行っているか、代表的なところを説明していきます。

まず、貸借対照表や損益計算書に前期との増減と増減率を加えています。多分、株主通信の財務諸表でも、当期との比較のために前期のデータを並べて載せているところは多いと思いますが、その増減と増減率を、単に差引計算と率に換算するだけ、載せているところは少ないのではないかと思います。これは、いたって簡単なことで、やりたければ、見る人が勝手に見ればいいという意見もあるかもしれませんが、例えば損益計算書で、売上が前期比べて何%増えたかというのが、既に計算して表示されていると、一目でわかるようにしました。企業は、言うまでもなく、継続的に事業を行っているため、決算結果というは、その任意の一点での経過状況を示しているため、その一点が時系列のなかでどのような地点にあるのかが、分からないと単に財務諸表を見ても、企業の状況というのが掴めません。そのために身近な前期と並べて見ることが有効です。そのため、多くの会社の財務諸表で前期のデータが並べて記載されているわけです。そこで、もう一歩踏み込んで、どの項目が前期に比べてどの程度増減したのかを、示してあげると、より状況が掴みやすくなると考えました。例えば、売上が4.5%しか増えていないが、売上総利益は33.8%も増えているとか。こういうのが、一目瞭然だと、数字から企業が厳しい経営環境の中でコストダウンをして利益率を上げようと努力したのが見えてくるのではないか。貸借対象表でも、総資産の増減も大切ですが、その内訳の勘定科目ごとの増減により、在庫削減に努力したとか、そういうことが数字から見えてきやすいのではないかと思います。

次の特徴としては、貸借対照表には勘定科目ごとに構成比率を、損益計算書には科目ごとに売上高に対する比率を載せたことです。これにより、例えば損益計算書については、営業利益が売上高に対して何%か、つまり、売上高営業利益率か一目でわかる、売上総利益も経常利益もそうです。しかも、当期はもちろん、併記してある前期でも同じように率を出しているので、変化も一目瞭然となります。貸借対照表ならば、資産全体に対して現金が何%あるかとか、棚卸資産つまり在庫が何%あるかとか、とくに在庫の場合は売上に大きく関連しているので、単純に残高数値の比較だけでは測れないですが、総資産に対する割合ならば、相対的に前期と比較ができます。それを全部表しました。これらのことから、ここで、じっくりと、このページを見ようという人には、ここから様々な企業の状況を見るための手助けをしていこうという工夫を施しています。これは、機関投資家やアナリストのようなプロなら皆さん自分でやっていることです。これを企業の側からやりましょうとしたのです。実際に、このページを財務諸表に馴染みのない人が見ると、たくさん数字が羅列してあって、ウンザリするかもしれませんが、多少の知識のある人には、企業の状況を理解するために掘り下げやすいように工夫しているつもりです。

財務諸表の参考資料として、事業セグメント別の売上高と受注高について、同じように全体の売上高(受注高)に対する構成比率、それを今期と前期、さらに前期との増減と増減率を出してあります。


(4)4)IRツールとしての株主通信〜事業概況と展望 へ
(4)6)IRツールとしての株主通信〜株主通信の独自性 へ

 
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