3.戦略的IR (1)ホームページ
1)なぜホームページを作るのか?(目的)
 

 

最初に遠回りに思われるかもしれませんが、原則論を考えて行きたいと思います。

なぜ、IRのホームページを作るのかということです。流行だから、他社もやっているから。それも大きな理由でしょう。こういう理由でホームページを作った企業の場合は、理由が理由ですから、目的も他社と同じようにページを作るということになって、それが同じようなホームページを作るということには一息です。取り立てて批判するつもりはありません。このような理由と、結果としてできたページとは論理的に整合しているわけです。逆に言うと、だから、原則を無視できないということです。理由や目的が明確であれば、その後で作られるホームページに結実すると言えます。ただし、今言ったことと矛盾するようですが、ホームページを作る前に、これをガチカヂに固めるほど突き詰めて考えることはないと思います。というのも、実際の作業を進めて行くと、思っていたことが実際上できないという壁に何度もぶつかり、また、作業を進めて行くうちに、それまで分らなかったホームページの新しい可能性─「こんなことも出来るんだ!」という発見─もあったりして、作業の中で、このことが何度も考え直され、揉まれて行くからです。だから、自然に固めすぎてしまうと、そういう時にフリーズしてしまって動きが取れなくなってしまうからです。しかし、事前に何も考えないで始めてしまったら、作業のプロセスのなかで、このような考え直しの契機も起こらないはずなので、事前に考えているということは必要です。

ここで、私がやっていったことをひとつのケースとして取り上げていきますが、これはあくまでもケースであって、モデルではないことを、ご承知おきください。私の勤め先でのホームページの場合、なぜホームページをつくるのかという理由として考えたのは次の3点です。


 

@ 情報提供の対象範囲の拡大

IRとは何通りの定義を以下に提示します。

まず第1点目は、情報提供の対象の拡大です。なあんだ、と思われるでしょう。そういう一般的なことでも、一度は明確に打ち出しておいた方がいいのです。決算説明会を実施し、できる限り機関投資家を訪問し、取材には応じ、といったことを重ねても情報を提供できる人数はたかが知れています。また、株主あてには株主通信を制作し、送付していますが、その数も1,000人足らずです。それも、範囲が狭い中で限定されてしまっています。これに対して、インターネットは対象が無限定に近く、そのためより多くの人と繋がる可能性があります。ミーティングとか株主通信といった媒体とは異なるメディアで、いわば、別のルートを介して、それら以外の人との接点を開く可能性があると考えられるためです。かといって無制限に広げられるかといえばそうではなく、このことはどのような対象をターゲットして接点を広げていくかという大事なことを考えることに関連して行きます。これについては、後で改めて考えていきたいと思います。ここで、ひとつの話を、以前のIRのニッチ戦略のところで考えたように、私の勤め先は一般的な人々に名の知れたメジャーな企業ではなく、業種もB to Bに分類されるため、投資の対象として、私の勤め先を知るとか興味を持つ人というのは、かなり限定されて来るはずなのです。そういう人は100人の中に1人いればいい方で、砂漠の中から1粒の砂を探すようなことではないかと思います。説明会とか印刷媒体というのは、基本的に人と人との実体的関係(面前─実際に会って話をする)に準ずる関係で広がっていくので、情報の使わり方も一歩一歩という形でスピードも遅くなります。これに対して、インターネットの場合は、ネットワークというのが実体を伴わないというのか、AさんがBさんに紹介していって、それが次々にといったような順番だてていくような伝わり方ではなくて、情報の伝わり方は双方向で、拡散したり、順番を飛ばして思わぬところに飛んで行ってしまう傾向にあります。そのため、これまででは伝わらなかったところに企業のことが知られていく可能性があると思います。ただし、もともとがターゲットが限定されているので、情報の伝わり方の確実性は低下すると思います。というのは、人の紹介を介して情報が伝わっていく場合には、情報の伝える側、伝えられる側でそれぞれにセレクションが働き、その情報に興味を持ちそうな人が選ばれていく可能性が高いため、スピードは遅いでしょうが伝わり、広がる確度は高いでしょう。これに対して、インターネットでは、そのようなセレクションかせ働くことは期待できないので、空振りにおわることも多くなるでしょう。それゆえに、ターゲットを限定して、こちらで絞込み、伝えるべき情報を鮮明にしていく必要が生まれると思います。また、私の勤め先を投資の対象として興味を持つような人はマイナーな人でしょうが、そういう人は、おそらく既存の証券会社とか投資サービスとかメディア等の網からは隠れている可能性が高いと思われます。その一方で、その人自身は興味ある分野に対しての情報収集能力は高いは推測できます。そうでなければ、独自にマイナー企業に敢えて投資することはできないでしょう。その場合、インターネットに企業の情報が流れていれは、それをそのような人が何かの折に捕捉する可能性が出てきます。ここで興味ある見解をひとつ紹介しましょう。ベル投資研究所の鈴木さんという有名なアナリストが講演で仰っていたことです。企業でビジネスの実務経験を積んで、パソコンやインターネットに通じた中高年の人たちが定年や早期リタイヤで企業を退職し始めている。この世代は、ひと世代前と違ってインターネット等の情報機器を駆使できるようになって情報収集能力が格段にアップしているし、預金などは低金利であるのを身を持って知っているし、業務の中で企業どうしの付き合いも経験しているので会計数字にも明るく、投資に対して前向きである。そういう人たちは一般的に、老後に備えて資金の準備をしていたり、退職金が入ってきたりして比較的資金を持っている。今後、そういう人が、企業をどんどん退職して増えて来るだろう。しかるに、証券会社や金融機関は、そういう個人投資家に算入して来るであろうという人を把握していないということです。私に勤め先にとっては、この中の技術とか、ものづくりに明るい人というのは、明らかにターゲットとして一本釣りしたいと考えたくなります。その時にインターネットというは今までにない有効なメディアとして機能する可能性があると思います。ただし、鈴木さんが言っているように証券会社等の既存の機関が把握できていないということは、今までのやり方では掴まえにくいという推測が働きます。つまり、このような人々のアンテナに引っかかりやすい形のインターネット利用を考えていく必要があるということです。これは、ホームページを作る理由の第2点にも関連しています。

A 情報伝達の新たな手段を活用する
 ホームページを作る理由の第一はホームページを作ることによって、企業の情報の伝わる範囲が拡大するということでした。このことにも関連していますが、インターネットというのは、それ以前のメディアに比べて劇的に情報の伝わる範囲が拡大し、伝わるスビードが加速しました。その理由はメディアの構造がこれまでと異なるものだったことによって、情報の質が変わったということが考えられます。単純に言えば、新聞などの活字に印刷される情報とインターネットを流れる情報では、同じ事項が取り上げられていたとしても、実は伝わり方、伝え方が全く違うものになっているということです。当然、そこで人々が受け取ることは違ってきます。メディアとしての新聞が衰退しているのはスピードだけではなくて、そもそも新聞の活字という形態で表わされる情報に対して人々のニーズが無くなってきているからです。つまり、インターネットというのはメディアとしても、単なる伝わり方にとどまらず、いかに伝えるか、何を伝えるかという点でも、以前のメディアと違う異質なメディアであるということです。だから、ホームページで如何に伝えるか、それによって伝わるものというのは、従来の活字の冊子や説明会で伝えていたこととは異質なものになる可能性をもつているということです。そこで、端的に言えば、従来の媒体では伝えることができなかった会社の情報を開示し伝えることができない。もっと掘り下げれば、もともと企業が出していなかった情報ですが、それはもともとあった情報を出せないでいたというのではなくて、そういう情報の出し方という切り口がなかったので、企業自身が気づいていなかったことがあるのではないか、ということでするもっと穿ったことをいうと、そこに経営上のヒントが埋もれていないと誰が断言できるでしょうか。IRということの本来的なあの方を考えれば、ホームページを作ることによるフィードバックをそこまで考えてもいいのではないか。大げさとか、ポジティブすぎるという批判はあるかもしれませんが、インターネットというのは大きなリスクの可能性も秘めていると考えられるわけですから、そこからリスクに見合うリターンが得られるはずだというのは、投資という視点でみれば当然のことで、そういうリターンを考えない方がむしろおかしいのではないか、です。何のためのインターネットなのかということを、果たして本気で考えているのか、ということです。最初のところで少し書きましたが、インターネット業者の人たちは、こういう議論が全くできない人たちばかりでした。

少し抽象的な話になりますが、伝え方が違えば伝わるものが違うということについて考えてみましょう。一般的には、伝える内容というものがまずあって、それを伝えるために手段がいろいろあると考えられているのではないかと思います。結論から言えば、そうではないのです。いかに伝えるかと何を伝えるかというのは、実は表裏一体で相互規定するような関係にあるというのです。それは、たとえば、記号学という分野で記号であるシーニュはシニフィエとシニフィアンの相互関係によって成立しているという議論があります。例えば、日本人は虹は7色といいますが、欧米人は5色といいます。なぜかというと欧米人の言葉には藍色というのがないのです。つまり、彼らにとっては藍色という概念がないから藍色という色を見分けることができない。彼らにはそういう色は存在しないのです。多分、彼らには虹という光のスペクトルのなかで青と黒の間にグラデーションのなかで見分けられないのでしょう。

単純で無理な当て嵌めかもしれませんが、ホームページを作ることによって、ここでの藍色という言葉のような、いままで青と黒の間で見分けがつかなかったことを見分けることで新たな情報を発見できるのではないか。そういう可能性が秘められていると思えるのです。そのためには、単に既に活字やミーティングで開示したものをそのままアップするとか、効率的に載せていくということはナンセンスであること。そういう情報をベースにホームページを構築していくことは折角のインターネットの可能性を自ら塞いでしまうことになりかねないのは、明らかであると思います。そして、思うにほとんどの企業のIRホームページが、そういう点で自暴自棄に自ら進んで陥っているように見えるのも、そういう理由です。


B 他のツールと連動させることによるシナジー効果
 第3の理由はホームページ自体に限らないところでの理由です。第2の理由で、インターネットという新たな媒体で、伝える対象範囲と伝える方法・内容が拓かれたことによって、既存の媒体である活字媒体や説明会との関係を新たにつくることで、既存の媒体の位置づけや方法を考え直すことになるということです。ちょっと理解しにくいかもしれませんが、ホームページで、これまでに届かった人に情報が届くことになるなら、その人に対して説明会で面前のコミュニケーションのやり取りをして興味から企業の支持者に変わって行くことを促すような、つまり、媒体相互の連携やあるいは補完といったように各媒体を有機的に連動させることが考えられることです。これによって、既存の媒体をレベルアップあるいはスケールアップできる糸口が見つかるかもしれないし、あるいは、いままで無理な苦労して表わしていたことが、インターネットでは簡単にできるのであれば、分業ということも成立するだろう。その結果、重層的な情報開示ができるようになるのではないかということです。サッカーで単発的な攻撃よりも、フォワードやバックスが一体となって波状的に攻撃を繰り返していく方がゴールしやすいのと同じです。その点で、より戦略的にIRを考えることができるのではないか、ということです。


2)ホームページというツールの特性 へ

 
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