4.株主総会の実務(2)〜文書
(3)株主総会参考書類 剰余金処分に関する件「安定配当について」 |
●安定配当とは何か 企業から株主に支払われる1株当たり配当金を長期にわたって一定額に保たれることを言います。通常、株主に支払われる配当金は、株式を発行している企業の業績によって変わってくるのが原則です。これに対して、安定配当は、企業の利益の変動にもかかわらず、一定の金額を配当するものです。一般に安定配当は、企業にとっては株主構成や株価の安定に寄与し、株主にとっては固定収入源として計算できるメリットがあると言われています。 ●日本企業の安定配当の由縁を考える 1937年の日中戦争により、日本国内は戦時体制に入りました。この時、小国であった日本にとって戦争遂行のための財源確保のために、企業の配当を通して消費に回された資金の流れを、資本を蓄積し、それを軍需産業へ集中的に配分することを行います。そのために、商法改正により株主の権限を制約します。さらに翌年の国家総動員法により企業の配当を制限し、増配企業には主務大臣への届け出が義務化されました。配当と利益の連動は切断され、資本家から企業を解放するとして、取締役は従業員出身者が占めることとなり、資本市場への依存度を下げ間接金融による資金還流のコントロールが始まりました。これがメインバンク制の源流と考える人もいます。当時の世界的なインフレを避けるため価格統制を行ったことにより企業の利潤が低下し、「経済新体制確立要綱」が示され、企業の目的は資本の要求に基づく利潤の追求から計画生産の達成に移りました。そのために経営者を株主の要求から解放し、増産に専念させる。限界ある国内の資源を効率的、集中的に軍需産業に振り向ける措置であり、この結果日本企業特有の従業員重視の経営スタイルや負債中心の財務構造はこのような事情で形成されたと考えられます。 A戦後復興によりエスカレート 敗戦により日本国中の資本蓄積は破壊された戦後の復興には、さらなる集中的資源配分が必要とされました。そこで、戦後の復興政策では戦時体制の資金提供者、経営者、従業員の企業内におけるパワーバランスをむしろ進展させ、銀行の監督下による企業再建を推進しました。いわゆる傾斜生産方式です。そこで、日本企業は株主資本に報いるというインセンティブを失い、国家指導の強い管理下で資源配分を余儀なくされるという市場原理とは全く異なる価値観によって経営理念が形成されていったことになります。 この間、配当に対して政府による法的な規制が課せられ、企業は自由に配当を決められない状況が続きました。 B経済成長と株式の持ち合い 昭和25年の朝鮮戦争勃発に伴う特需が戦後復興のスタートとなりましたが、政府は経済自立のために産業合理化を推進する方策を打ち出し、鉄鋼業を中心として、そのための設備投資を進める政策を取ります。いわゆる傾斜生産方式と呼ばれるその政策は、鉄鋼業に集中的に投資を行い鉄材をエネルギーである石炭に振り向け増産した石炭を鉄鋼に振り向け、鉄鋼を材料とする機械や耐久消費財の製造に波及させていくというものでした。これらは、いずれも大型の長期投資を必要とする産業であったため長期資金の確保が必要となりました。 これらの資金の源は家計に求める他はありません。一方では企業に巨大な資金需要がありながら、当時の家計には余剰資金は不足していました。そのため株式等に投資して長期資金を提供する余裕はなく、そのため、銀行が預金の形で家計から資金を吸収するための様々な制度設計(金融規制)がなされました。その結果、企業の長期資金の調達方法が主として銀行経由が主となっていきました。 一方、財閥解体等の政策で持ち株会社の解体によって放出された株式の保有者はそれらの会社の社員が中心でしたが、徐々に市場で売却され、株式市場が押し下げられる結果となり株式市場は低迷します。そこで、各企業は安定株主対策を講じます。いわゆる持ち合いです。これを可能としたのは、資金調達の場として株式市場の必要性が低かったためといえます。 C抑えられた資本コストと政策目的の株式保有による期待リターン 高度経済成長の原動力となったのは企業の旺盛な設備投資活動でした。この設備投資により増産した製品はアメリカ等の海外市場に輸出され、さらなる生産量の増産を生み出していきます。その際に、資金は間接金融で限られた余剰資金を政策的に集中して低金利で投下されました。一方株主資本コストも人為的に抑えることで、設備投資の促進、国際競争力に資することとなりました。つまり、メインバンク制度、株式の持ち合い、生命保険や事業法人による政策的目的による株式保有という投資による財務リターンを主目的としない株式保有は投資の期待値を抑えることで資本コストを低く抑えることができました。 その一環として安定配当を捉えることができます。その実際的な理由は、株主としてのメインバンクが株式を安定保有するための条件としても貸出の実効金利を下回らない配当利回りを要求したことです。また、生命保険などの株主は市場で頻繁に株式を売買してキャピタル・ゲインを求めないため配当が事実上経営的に投資リターンの中心であったため株式投資の元本を簿価で捉え、10%の配当が安定的に得られる仕組みは、株式を疑似確定利付証券として位置付けられることができたわけです。 安定配当の理由は、これだけに限定されるものではありませんが、ひとつの考え方として受け取っていただきたいと思います。
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