2025年4月18日(金)パソニック汐留美術館
おそらく会社員生活で最後となるだろう海外主張を終わって、早朝に現地(中国)を出発し、昼過ぎに羽田空港に到着。これまでなら、夕方、会社に戻って整理をするのだが、今日は、最後だし、疲れたので、帰宅しようとした。品川で山手線に乗り換えて、東京駅に向かう途中で、思いついて新橋で下車して、美術館に寄り道。ルドンは以前に三菱一号館美術館でルドン展を見たことがあったが、ほとんど覚えていない。出張の疲れが残り、重い荷物を抱えながら、駅から美術館への道はきつかった。先日の上野の美術館の混雑に驚いたのに比べて、今回は、混雑というほどではなく、閑散としているのでもない、適度な入場者数で、緊張感を保ちながら、マイペースで、ゆっくりと鑑賞することができた。この美術館は上野の公営の美術館に比べるとスペースの広さがないのだが、ルドンの作品はサイズの小さなものが多いので、却って小ぢんまりとした親密な雰囲気の展覧会になっていたと思う。それと、展示室の作品は撮影不可だったのも、静かで、慌ただしくなかった理由だと思う。
主催者あいさつを以下に引用します。“19世紀末から20世紀初頭を代表する画家オディロン・ルドン(1840〜1916)は、フランス南西部の港湾都市ボルドーに生まれ、ジャン=レオン・ジェローム(1824〜1904)やロドルフ・ブレスダン(1822〜85)らに学んだ後、画家としての歩みを始めました。ルドンは、近代諸科学の発展による技術革新がもたらした社会構造の変化や、自らに起きた出会いや別れといった感傷を、まるで癒すかのように創造の源とし、繰り返されるイメージの中から独自の表現世界を築き上げていきました。木炭、パステル、油彩と画材を持ち替えながら生み出されたその芸術は、無限の可能性を秘め、時代や地域を超えて人々を惹きつけています。日本においても、ルドンが生きていた時代から現代に至るまで、美術や文学、音楽、漫画に至るまで、幅広い分野に影響を与え続けています。本展覧会では、両国で愛されてきたルドンの作品を読み解きながら、作品にみられる始原の光と独立した影が創り出す色彩が変容していく世界へといざないます。2011年以降、世界各国において、世紀末や象徴主義の枠を超えて、ルドンが光に導かれるように向かっていったその先を紹介する展覧会が相次いで開催されました。同時に、それらは関連する文化芸術の世界に触れながらそれぞれの国が大事にしてきたルドンとの関係性に触れる内容となっていることが特徴の一つです。本展覧会は、国内外から借用した作品とともに、岐阜県美術館が1982年の開館以来約40年間に収集してきた250点を超えるルドン作品が一堂に会する初めての機会となります。さらにその主要な作品をより多くの皆様にご覧いただくために国内を循環し、日本においては過去最大級の規模の、企画展という久しぶりの展覧会となることでしょう。さらに、国内に所在するコレクションに改めて注目することにより、日本においてどのように彼の芸術が受容されてきたかを見つめ直します。そして光が色となりその輝きを変化させながら描き出された作品から、ルドンが何を見て、何を大切にしていたのか、私たち自身がルドンと出会う場となれば幸いです。”
それでは、実際に作品を見ていきたいと思う。
第1章 画家の誕生と形成 1840〜1884
その前にプロローグとして「日本とルドン」と銘打って、日本の画家が所有していたルドンの作品が展示されていました。意外なことに竹内栖鳳が所有していたという「花の中の少女の横顔」。写実的な描写で知られる日本画家がこのような幻想的な作品を、画家自ら買い求め、手もとに置いていたというから、驚きました。この二人に共通点があるのだろうか。他には、近代の洋画家に所有された作品が展示されていましたが、その
画家たちがルドンと作風がまったく違う人ばかりでした。中でも岡鹿之助の所有していたという「子供の顔と花」という暗闇に少女の顔がほのかに浮かび上がる作品は、明るい雪景色を描いた画家とどう結びくのか、不思議な感じがしました。
画家の習作から初期の作品です。44歳までの作品ということで、この人は早熟の人ではなく、晩成タイプの人だったというのが意外でした。一見、奇を衒ったような作品から、若い頃から才気煥発という先入観をもっていたのですが、そうではなかった。
さて、習作期のルドンに戻りましょう。ルドンがパリで学んだ師匠というべきジャン・レオン=ジェロームの「夜」という作品です。うーん、ルドンとの共通性は見つかりません。ドミニク・アングルを見ているような古典派的な作品ですね。しかし、ジェロームは優れた教師だったようで、彼の下から多くの画家が輩出しているようです。ルドンについても、ここで数点のスケッチが展示されていましたが、たしかに上手い。そういう基礎的なところを彼に学んだのでしょうか。ルドンというと世紀末の退廃的というイメージを抱きがちで、そうするとビアズリーのような才能に翻弄されるような想像してしまいますが、ルドンの場合はそんなことはなく、どちらかというと
正統的な教育も受け、たたき上げの画家という性格の側面が見えてきます。おそらく、この頃に描かれたのであろう「風景」という作品はまりに地味で何の変哲もなく、ルドンという名から想像されるイメージとはかけ離れた平凡といってもいい作品です。このような、小さなサイズの風景画を数多く描いたと言います。習作とか試行錯誤といったことではなく、ルドンの幻想的な作品のベースには、このような作品があるということなの
だと思います。それが、何よりもルドンという画家の特徴を形づくっている。
同じ頃路に描かれた「自画像」です。20代後半の画家の姿でしょう。上手に描かれていると思います。きっと、顔の特徴を巧みに描写していると思います。そういう描写は鍛えられて、技術として身についているのだと思います。しかし、油絵として、どこか薄っぺらい印象なのです。人物に存在感がないというか、人としての肌の質感がない。生き物の生きているという感じがしてこない。陶器の人形のように感じられるのです。あるいは、マグリットのようなシュルレアリストの描くギミックのような人間像のような印象。スケッチの段階ではそうでもないのでしょうが、彩色をすると、それらしい色をつけるだけという感じです。色が物に付いていないで、浮いているような印象なのです。それは、たぶんルドンという画家の性質によるものではないかと思えるのです。ルドンという独特な色使いということになりますが、普通の色の使い方ができないということの裏返しなのではないかということを、この頃の作品を見ていて思うのです。そして、この作品、画面の下の方に白い靄がかかっていて、その下は水平な線の下で黒くなっている。この部分だけ上部の肖像画とは別の空間に区分されている。それが、実際の作品を見ていると、それがよく分かります。画面の下の方にそれがあるということは、手前、つまり、作品を見る人は、手前の別の空間を隔てて人物を見ていることになるわけです。
それにしても、展示作品のなかで油彩画は。それほど多くない。版画やスケッチが多い。とくに、このコーナーは油彩画の展示か少なくて、ほとんどが石版画(リトグラフ)や木炭スケッチです。
そして、ルドンの最初の版画集「夢のなかで」という1879年の作品。パリでモネやマネたちが参加した印象派展を開いたのが1874年ですから、ほぼ同じ頃に、このような奇々怪々な作品を描いていたのです。写実的な「自画像」から10年足らずの間に、ルドンにどんな変化があったのでしょうか。その変化をプロセスを辿ることのできるような展示は、ありませんでした。ひとつあったのは、ロベルト・プレスダンのもとで銅版画を学んでいたということ。ここから白と黒の織りなす世界に入っていったと考えてもいいでしょう。普通の色使いができないルドンにとっては、色を使わ
なくていい白黒の世界である版画は、ある意味心地よい世界だったのかもしれません。同時代の光が氾濫するような印象派に対して、白黒、とくに黒で満たされたようなルドンの作品は異彩を放つものだったかもしれません。「夢のなかで」を見る前に、「永遠を前にした男」という1870年頃のスケッチ作品がありました。画面の中の黒色の占める部分は少ないですが白と黒による画面です。山の頂上のような岩場で、まだ二足歩行もままならないのではないかと思われる原始人のような裸体の男が、岩場に手をついてじっと空を見つめています。巨大な雲が迫ってくるとっかかりのない空間にすくんだように静止しているこの動物とも人間とも取れる存在。この作品には、ルドン自身により「永遠に沈黙する無限なる宇宙」というパスカルの言葉が書き込まれていたそうです。そうすると、画面の男は、この黙して語らない永遠の宇宙を前に怖れ、戦いていると解釈できます。とはいっても、この男の描き方ですが、人間とも動物ともとれるというものであったとしても、身体の姿勢が歪んでいるように見えます。これまで見てきたスケッチなどから、ルドンには写実的に描写する能力は持っているはずなのに、こんなにちぐはぐな身体、頭とのバランスも含めてです。だから、あえて歪んだ描き方をしている。過度なデフォルメと言ってもいいのでしょうか。それが、さらに進むと、「夢
のなかで」の奇怪な生き物になると言えないでしょうか。では、版画集「夢のなかで」より「T.孵化」(右側)という作品です。おなじみの、いかにもルドンという作品で、球形の卵ということなのでしょうか、それが円形の断面の中は男の顔が出てこようとしています。そして、次の「U.発芽」(左側)という作品では、同じ顔が球形から出て真っ黒の円形に囲まれて中空に浮かんでいるように見えます。また、画面全体は、「T.孵化」では真っ白で無ということをおもわせるような何もないというイメージで、「U.発芽」では暗闇という世界があるという画面になっている。穿った見方をすれば、発芽したことによって顔が誕生したわけで、人間であれば意識が生まれたことになって、人の意識は自分のいるところを、周囲の環境を自分にとっての世界と認識して、そこにいる自分を置くということで実存するということを考えると、ここでは、発芽することで世界が生じる。その世界というのは暗い世界だったというわけです。もちろん、ルドンはそんなことを意識して論理的に考えたりはしていないでしょうけれど、そういう解釈も成り立ちうる。こころなしか、顔のほうも、「T.孵化」から、「U.発芽」になって、すっきりと
整っているように見えます。これらの作品の人の頭、つまり首から上だけが宙に浮かんでいるという事態。これって奇怪というか、異様ですが、このような宙に浮く頭部というと、ギュスターブ・モローの「出現」があります。全体の雰囲気は全く異なりますが。アーチの下で舞うサロメの前でヨハネの頭部が光りながら宙に浮くという場面。ヨハネの頭部の光輪は、孵化の頭部が収まっている円とおなじ円形。この後に見ることになるルドンの作品からは、モローの構成やポーズによく似たものが、いくつかあり、ルドンはモローから影響を受けていることが分かるので、「孵化」においても、モローの影響と考えてもいいのではないかと思います。とりわけ、「[幻視」(右側)は構成がモローの「出現」(左側)とほとんど同じです。この円については、円は形として中心から外に向かって、あらゆる方向に拡大するように見えたり、内側に縮小するようにも見える。つまり、外へ広がろうとする力と同時に、外から圧迫される形であるという。ルドンか周囲をできるだけ省略し、円や球に形を凝縮させるのは、彼の孤独な心の内面を表わす一種の抽象作用であるという解釈もあるようですが、果たして、ルドンが孤独であったかどうかは、私には、この作品を見る限りでは分かりません。むしろ、そういう感傷が入り込む余地のないほど夢想が独立していると言った方が、私にはルドンらしいように思えます。
「骸骨」という1880年頃の木炭スケッチ。「夢のなかで」の後という時期でしょうが、この骸骨の描写はすごく写実的というか、解剖学の図版を見ているような気がします。学校の理科室にある骨格標本とはちょっと違って、人体の筋肉や内臓がある状態の骨の状態を描いているそうです。それが分かるように描いているのですから、ルドンという画家の描写力はかなりのものだろうと思います。それが、「夢のなかで」では稚拙に見えてしまいそうな形の描き方をしている。あえて下手に見せている。その理由が、私には分かりません。まあ、この骸骨の描写力をフルに発揮した「夢のなかで」を想像すると、生々しく、鬼気迫るような恐ろしい作品になっていたと思うのですが。楳図かずおの、異形をリアルに精緻に描きつくした末にユーモラスになってしまうような。むし、ルドンは楳図のような突き詰める手前で立ち止まって、怖いまでいかず、親しみ易さの段階にいるような感じがします。それはそれで、微妙な立ち位置だと思います。この「骸骨」もどると、そういうリアルとも言える描き方がされているのですが、頭蓋骨、つまり顔の部分に何となく表情がある、悲しげな感じがするのです。
「沼の花」という木炭スケッチ。暗くよどんだ沼地に生える細い茎に丸く膨らんだ人軒の顔をもつ奇妙な植物。後の「ゴヤ頌」という版画集に同じタイトルの作品がありますが、この作品では、この花が、飛んでいる白い鳥(画面の下の方に、よく見ないとわからないくらい小さく描かれています)の大きさに比べて非常に巨大なサイズということになり、その存在の異様さに対する驚きが強調されています。でもこの異様さは、よく見て、気がつかないと分からない。そして、この横顔は、前に見た骸骨とは違って表情がない。しかも、骸骨では、あれほどリアルに描写していたのに、この横顔は線で輪郭をなぞって終わりみたいな省略した描き方になっています。まるでマンガのようです。前に見た自画像や後で見ることになる肖像画は別にして、ルドンは人の顔をマンガのように省略した描き方をすることが多いようです。それは、顔だけ宙に浮かしたり、植物にくっつけたりするのに好都合だからでしょうか。
1882年に発表された2冊目の版画集「エドガー・ポーに」より「T.眼の奇妙な気球のように無限に向かう」です。エドガー・アラン・ポーの短編小説「軽気球夢譚」にインスパイアされたもの、ということになっています。しかし、物語の出来事の具体的な姿を求めることはできず、ポーの一見暗い冥府を思わせる色合いや、現実世界から離れて閉鎖的に生活する者達に、ルドン自身の幻想と呼応させ題名を付しているにすぎないと思います。気球で海を横断するという物語で、当時の最新技術の気球をモチーフにしたというものに、ルドンは眼球を同体化させたわけです。この眼球は、視線を上に向けていて、その方向は、虚空を、宇宙を、無限を…その気球(眼球)は生首らしきものを吊り下げている。そして、この眼球=気球は明らかに毛羽立ちつつあり、羽化ならぬ孵化が、今まさに始まりつつあるようで、それは「夢のなかで」の「T.孵化」に重なるところもある。それが、「夢のなかで」の稚拙さがなくなり、描き方はリアルっぽくなって、それだけに奇妙さが真に迫ってくる。その描き方のなかで、長方形の画面の下の4分の1を水平線で区切って、上の長方形の中央に円(気球)があるという幾何学的な平面による構成で、そういう平面で画面を作っているのが、この作品では自覚的に行われている。これ以降のルドンの作品を見ていると、物体の形を線で明確に描くのではなく、平面の組み合わせで作られているのですが、この作品のあたりから、それを意識的に行われているように見えます。私には、この作品で描かれているのは、むしろ平面であるように見えるのです。
1883年に発表された「起源」は、9点の作品で構成されたルドン3番目の画集です。制作はダーウィンの死の翌年で、人類の起源について議論を呼んだ「進化論」に想を得たとか説明されていたが、本当でしょうか。その9点がすべて展示されていました。「U.おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」という作品です。「沼の花」では花が人の横顔でしたが、今度は眼球です。眼球が花ということなのでしょうか。そう考えたとしても、その眼球をべつにしても植物とは思えないのですが、仮にそうとして目玉の周りに針のようなのがたくさん出っ張って広がっているのが花びらのようなものなのか、さらに、その外周に円状に描写が段階をつけて変わっていくのは、光が円状に広がっていくようなものとして見ることが出来るかもしれません。そして描かれている草の変化によって、幻想空間を作り出していると言えます。そう考えると、ルドンの作品というのは、一般的な絵画では対象物が画面の中心にあって背景があるというのとは違って、背景の方がむしろ画面のメインの地位にあると言えるのかもしれません。つまり、画面の中で背景をつくる平面が主となっている。それは「T.眼の奇妙
な気球のように無限に向かう」では図形のような構成であったのが、ここでは紙の白地の空白、あえて言えば無でしょうか、から黒い平面が生じる。その境目が曖昧で、そこは草の生える密度の濃淡の度合の変化がグラデーションを作っている。その黒い平面の中に中心である眼球の花が咲いている。そのグラデーションの黒い平面、言ってみれば空間とか空気、アトモスフェアのようなもの。それがこの画面の主たるものではないか。それでもまた、この作品では題名のとおりに視覚が生まれることによって、視覚の対象として見られる世界が生じてきた。その世界が生じるところがメインであって、視覚は、その契機に過ぎない。したがって、単なる契機であれば、そのために都合として描けば良いのでとくにリアルである必要もないわけです。単なるスイッチです。この場合は生い茂る草を世界として描くわけですから、スイッチはその中にある同じような草である方がいい。そして、視覚が生まれるために目を付け足してやればいい。あとは、作品の画面の中で、“らしく”はまってくれていればいいというわけです。そして、 「V.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた」という作品です。この画面にはタイトルで触れている岸辺というのが何も描かれていません。一つ目の巨人は大きく画面の中心にありますが、その背景が不定形の波か雲のようなのが一部にあって、あとは空白です。タイトルで岸辺と言っていることだから、何かしら描いているか、それを見る者に想像させるか、いずれにせよ、この作品では、ひとつ目の巨人が明確に描かれていて、その背景と対照的になっている画面と見ていいのではないか。しかも、「V.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた」という題名からは、この中心に描かれているのは一つ目の巨人ではなくて、ポリープ、つまり瘤かイソギンチャクのような海洋生物が、たまたまそのように見えたということを言っています。つまり、不定形な物体なのです。一方、背景については背景の不定形の部分が画面上の多くの面積を占めているわけではありませんが、こちらも形をなしていません。この前の作品「U.おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」が、目の前に存在が現われたという作品であるならば、この作品は何かが存在しているということ、それがたまたま風景として現われているという作品と言えると思います。変な言い方かもしれませんが、このような幻想的とか、あるいは抽象に近いような画面ですが、それは理念とか理論でたどり着いたのではなくて、ルドンは実際に見えていたものを描いていたように思えます。明確に分節化されたような輪郭のくっきりした、私たちがリアルと感じているような、見えかたで見ていなかった。見えていたのは、明確な形をした堅固で、それぞれに分節化された物体ではなく、周囲との境目が曖昧で、たえず流動しているような不定形で実体をなしているかどうかわからないような、そんなように見ていたのではないか。それを見たままに描いたのが、ルドンの作品ではないかと思えてきました。そして、この画集の最後の「[.そして人間が現われた。彼が出てきた、彼を引き寄せる大地に訊ねながら、暗い光に向かって道を切り開いていった」という作品。この人間の姿。暗い中で背中を見せた男の姿は、ゴヤの「巨人」を想わせます。この作品も、タイトルで大地に訊ねるといいながら、大地が分かりません。背景は暗い空間という抽象的なものになっています。後の作品では、暗い空間のみが描かれるというのが出てきますが、この作品でも、全体にただ暗いだけの空間、空気みたいなものが、実はメインだったように思えます。
第2章 忍び寄る世紀末:発表の場の広がり、別れと出会い 1885〜1895
ルドンの作品が世紀末のデカダンの象徴として文学者を中心に支持を集めるようになる。ルドンの作品の主題は闇の世界ではなく神秘的な光の世界が選ばれるようになり、その黒色は、光を吸収するかのような暗闇を表現するものから、光そのものを表現するものへと変容していき、油彩やパステルによる制作も始まる。
1885年の版画集「ゴヤ頌」からは「U.沼の花、悲しげな人間の顔」の1点のみが展示されていました。同じタイトルの別の作品を前に見ましたが、同じように真っ黒な背景に対して、それよりも黒い植物が一本生えていて、その実が人間の顔で、それが光って周囲を照らしている。グロテスクな姿です。しかし、人の顔が、前の作品の無表情な横顔とは違い、タイトルで「悲しげな人間の顔」とありますが、デフォルメされたマンガのような、別の言い方をすれば手抜きでスカスカの顔は、悲しいという表情を、タイトルからそのように感じようとしなければ、あるいは記号としてマンガの顔を悲しいと読み込む土台がなければ、そうとは見えないものです。虚心坦懐にみれば、空虚とか不気味といった感想が出てくると思います。おそらく、ルドンは人間の感情とか表情を繊細に表現する作品を、他に制作しているわけでもないので、悲しみとか表情といったことの表現の志向があったのか分かりません。ルドンが人を描いている場合は、顔はぼんやりして細かく描かない、したがって表情がないので、この作品のように目鼻がとりあえず描かれているのは珍しいのではないかと思います。「ゴヤ頌」という版画集のタイトルは何かしらゴヤを意識していたはずで、こじつけかもしれませんが、ゴヤの「巨人」とか「わが子を食らうサトゥルヌス」のような人間の表情など入り込む余地のないグロテスクな画面を意識していたのではないかと思います。ルドンの作品は個人的な感情とか内面といったことにこだわるとか表現するというものには、私には見えないで、これもゴヤの画面とかグロテスクさとか黒さといったことを取り入れた結果こうなったという感じがします。

「光の横顔」という同じ題名の作品が二つ並んでいました。両方とも女性の横顔を描いた作品で、背景はただ暗い空間で、そのなかで女性の横顔だけがスポットライトで浮かび上がるように描かれている作品です。女性の横顔はマンガのように省略されて線で輪郭が引かれて、少し陰影がつけられている程度です。それに比べて背景の暗い空間は濃淡が細かくつけられて、いて、明らかに力の入り方が違うのが分かります。私は、右向きの横顔の作品の方が、髪の毛をちゃんと描いていて、表情を浮かべているかのように見えるので、こちらの方が好きです。
「蜘蛛」という1887年のリトグラフです。これも、花が顔の植物とともにルドンでは、よく知られている作品です。ユイスマンスによる世紀末のデカダン小説「さかしま」の中で、“身体の中心に人間の顔を宿す驚くべき蜘蛛”と表現されたそうです。画面は、薄暗い空間の中へ顔と胴体が一体となった非常に足の長い黒蜘蛛が配されるのみで、わずかに背景として描き込まれているのはタイルの床だけです。そして画面中央に描かれる黒蜘蛛は、あたかも悪知恵を働かせているかのように、にたりと気味の悪い笑みを浮かべ、見る者にある種の不快で邪悪的な印象を与えるものです。この黒蜘蛛とその笑みは、ルドン、そして人間誰しもの心(精神)の奥底(又は心の闇)に潜む欲望や嫉妬など、知性や理性と対極にある存在の象徴として具象化された生物であり、そのような側面から考察すると黒蜘蛛の浮かべる薄笑いは本作と理性を以って対峙する観る者をあざ笑っているかのようでもあるということです。K蜘蛛は、毛むくじゃらのような感じで、足のように明確な輪郭をもっておらず、線をカケアミのように交差させている薄暗い背景とカケアミの密度の濃さ、つまり黒の濃淡の差だけで、その形をとっています。つまり、画面全体としては、カケアミによる濃淡によってつくられるぼうっとした平面、アトモスフェアといってもいいかもしれません。そういうものとして画面がある。そういう作品になっていると思います。
1896年に公表された版画集「幽霊屋敷」からは1点のみ「U.大きく蒼ざめた光を私は見た」が展示されています。この版画集は、イギリスの作家バルワー・リットンの小説「幽霊屋敷」に基づくものです。屋敷の奥へ続く板張りの廊下で、左手に部屋への出入口、右に鉄の手すりのついた螺旋状の階段があって、廊下の奥は闇に閉ざされているようです。部屋の扉は閉まっていますが、そこから靄のようなものが外に出てきているように見えます。小説では主人公である「私」が下男とともに見たといっているのを、この版画のタイトルでは「私」という1人に限定しているということです。小説では廊下にぼんやりした光が現れ、私たちはそれを追って階段の上の小部屋に導かれるという部分に続くところです。しかし、この版画では、そういう物語的な展開につながる要素は敢えて排除されているようです。そんなことより、この作品は、タイトルのとおり私が見た大きく蒼ざめた光が、描く対象となっている作品といえます。しかし、それは何だか分かりません。はっきりした形をとっていません。何かが描かれていると思えるのは、床と左側の扉、そして右奥の暗闇に溶け込みそうな階段だけです。あとは、画面中央は暗闇です。その他は、左手の扉近くの白い靄のような広がりです。そこには形のあるものがない。つまり、見えない。ここまで、平面とかアトモスフェアとか言ってきましたが、それらは目に見えないものを描こうとしているというわけで、そのことが前面にあらわれたのが、この作品だと思います。
1891年の版画集「夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出のために)」からは1点だけ、「Y.日の光」が展示されていました。アルマン・クラヴォーというは、ルドンが17歳のころペイルルパートの田舎で引きこもりのような生活をしていた頃にであった独学の植物学者です。若きルドンはクラヴォーから、エドガー・アラン・ポーやボードレールらの文学、進化論など当時の最新科学、さらにはスピノザやインド哲学まで、幅広い読書の手ほどきをうけたそうです。そのクラヴォーが亡くなったのを悼んで制作されたそうです。夢想というタイトルのとおりに幻想的な作品が続きますが、その最後の1葉にあたる、この「日の光」にでは、部屋の暗がりと戸外に満ちた光が対照的な、窓辺の風景でした。室内に漂う微生物のような浮遊体や窓外の樹木が、植物学者クラヴォーを想起させるといいます。一見、普通の窓辺の風景ですが、室内の暗さと窓の向こうの明るさのコントラストが、実は、画面中央の窓の外の光に満ちた樹木ではなく、手前の何もないただ暗いだけの部分の方がメインのように見えてきます。そして、よく見ると、その暗闇のなかに胞子のような丸い物体が浮遊しているなに気がつきます。これに気がついてしまうと、もはや現実の風景ではないことに気づかされてしまうのです。ルドンにしては、さりげなく非現実を描いている。

「読書する人」(右側)という1892年のリトグラフ。物語の師絵のような作品ですが、人物に存在感があるのと、物語の一場面のようなは、ルドンには珍しいので、却って印象に残りました。1893年の木炭スケッチの「悲嘆」という作品。ルドンにしては屈折していないというかストレートすぎて、なにかムンクのような作品です。そして、「二人の踊女」(左側)という油彩の作品。しばらく、版画やスケッチのような白と黒の作品ばかり並んでいたのが、久しぶりに色彩が戻ってきました。このあたりから、作品が変化してくるような予感がします。とは言っても、この色彩、何か変です。黄色のグラデーションなのか、すごく鈍い感じがします。また、この作品の画面構成は、どこかギュスターブ・モローを想わせます。実は、この後に、そういうモローっぽい作品がいくつか見ることができます。
第3章 Modernist/Cobtemporarian・ルドン 新時代の幕開け 1896〜1916
引き続き神秘的な主題を扱う一方で、装飾的な絵画にも取り組むようになります。神話、宗教、人物などわかりやすい主題も手掛け、なかでも、「花瓶の花」は晩年のルドンを代表する画題となります。技法や表現についても、種類の異なるパステルの重なりがもたらす光の効果や、油絵具でありながらパステルのような輝きを発する描き方を追求しきました。と説明されています。
「わが子」と題されたリトグラフ。タイトルの通りに我が子を描いたものなのでしょうが、写実的で、生き生きとした人の姿です。このような作品を見ると、これまで版画集で見てきた稚拙に見えるようなデフォルメされた人の姿は、拙さによるのでは意図的であったことが分かります。むしろ、人物の素描は上手いと思います。

「眼をとじて」は同じタイトルでリトグラフ2点と油彩画の3点が展示されていました。先ほど見た「読書する人」あたりから、「わが子」などの肖像のリトグラフもそうなのですが、陰影が施されたノッペリした人の形から立体感のある人間が描かれるようになってきています。しかし、それが油彩画となって、彩色されると、色の濃淡はつけられているのですが、のっぺりしてしまうのです。しかし、それまで版画や木炭スケッチなどの白黒の作品ばかり制作していたルドンが色彩の作品を完成させたものだから、無理もないと言えるかもしれません。この作品は、ルドンの作品における転換点となり、木炭作品を初めて色彩豊かに転用した作品であると同時に、絵画における象徴主義の象徴であり宣言でもある。目に見えるものを捉えるためにスタジオから逃げ出した印象派の画家たちとは異なり、ルドンは外の世界を解釈し、主観的で瞑想的な力強い作品を生み出した。と説明されています。すなわち、以前のルドンの作品は『眼=気球』や『笑う蜘蛛』のように、一見不気味で奇怪な世界を、木炭やリトグラフを用い黒という単色のみで構成される色彩で描いたものが大半であったのが、この作品は幻想的な色彩が溢れていると言えます。また、それまでの『眼=気球』のように、目は闇や精神的内面、孤独、不安、死などへと視線が向けられていたものということで、大きく見開かれていた状態だったの対して、この作品では、その目を閉じ、穏やかで安らぎに満ちた表情を見せているように見えます。さらに、水平線によって前の部分と分けられた下部には、人物の左側を照らす光を反射する水面の宇宙が描かれていると言います。

「神秘的な対話」も同じタイトルのリトグラフと油彩画が並んで展示されていました。やっばり、色を塗るとペッタンコの平面的な画面になってしまうようです。さきほど「わが子」というリトグラフを見ましたが、そこに他に並んでいたのが、ピエール・ボナールやモーリス・ドニやエドゥアール・ヴァイヤールといったといったナビ派の画家たちの肖像でした。このような肖像を描くというのは、これらのナビ派の画家たちと親しくしていたためで、そのナビ派の画家たちの塗りが平面的なのです。ルドンの塗りが平面的なのは、彼自身の志向もあるのかもしれませんが、彼の周囲もそういう傾向にあったことも要因しているかもしれません。それと画面設計においてギュスターブ・モローの影響があると思われる。例えば2人の巫女のポーズ(ここで展示されていた「捕虜」などは、モローの「ペルセウスとアンドロメダ」とそっくりのポーズです)とか、背景に奥行がないとかがないとかがないとか、空間のスケールを小さく収めているといったことです。ピンク色の雲がかかった青空を背景に、祭祀に携わる巫女のような2人が柱の下に並んで立っています。幻想的な花々が画面を優しく彩り、赤い枝がひときわ目を引きます。この2人はのうち1人は流れるようなターコイズブルーのドレスを着ており、もう1人は長い白いドレスを着ています。2人は互いに近づき、会話や無言のやり取りをしているように見えます。白いドレスを着た女性は巻物か羊皮紙を持っています。しかし、特筆すべきは、以前に版画集「起源」のところで指摘した画面を平面によって構成しているということが、この作品では色彩をもった油彩画でも行われるようになったということです。この作品では、ピンク色の雲が浮かぶ青い空が一つの平面で、下部の花が咲いているグレーの地面と神殿の柱、そして人物という平面が重なり合っています。そして、それぞれの平面で基調となる色を違うものにして、それぞれのなかで濃淡を塗り分けている。それが効果的に表われているのが、下部で色を散りばめることで花が咲き乱れているように見せている。しかも、そのぼんぼんやりしたようなところが、幻想的な雰囲気となっている。雰囲気、つまりアトモスフェアです。

「ベアトリーチェ」(左側)は1897年に制作されたカラーリトグラフの試みです。ルドンのリトグラフは白と黒の2色でしたが、この作品では多色刷りを試みています。ベアトリーチェは長編叙事詩『神曲』の著者として名高いルネサンスの詩人ダンテが恋焦がれた永遠の女性です。ルドンが蘇らせたのは、とぎれとぎれの記憶を頼りに紡ぎだされた追憶のベアトリーチェです。内気なシルエットと繊細なグラデーションは、頭の底深く残響する起きざまに見た夢のように頼りない。届きそうで届かない、禁断の果実のごとく揺れる面影は、一層芸術家の想像力をかきたてると思います。そんなことより、これは「神秘的な対話」で垣間見えた平面で画面を構成するということが前面に打ち出された作品になっていると思います。ベアトリーチェの横顔が平面で、そこに人間の顔の立体感は感じられず、黄色と青の入ったグレーとのグラデーションで、何らかの雰囲気を作り出している。全体に淡い色彩の画面は横顔と背景という二つの平面から構成されて、それぞれがちょうど正反対の色遣いをすることで対照性をつくりだし、それぞれの平面の中でグラデーションをほどこして、安定感と緊張をつくりだしています。このような構成の作り方は、ルネ・マグリットの「大家族」(右側)に似ているところがありますが、マグリットの場合はお遊びという奇を衒って、見る人を驚かすところがありますが、ルドンの場合はベアトリーチェという女性の雰囲気を作り出すのに効果的です。こうして見ると、ルドンという画家は、ものの形とか存在とか色彩(光)といったことより、平面で見ていて、描くという志向を基本として持っていた人ではないかと思えます。今回の展示作品を通して見ていて感じたことです。
「ポール・ゴビヤールの肖像」という1900年のパステル画。習作やスケッチは別にして、ルトンがこんな普通の?作品を描いていたなんて。幻想的で夢の中にさまよいこんだような色使いも、現世との境界線がなくなってしまったような独特の世界感もなく、ここに描かれているのは静けさに包まれた女性の姿。横向きの彼女の視線は作品を見る者から逸らされており、作品の中での彼女の存在に内省と落ち着きを与えています。柔らかなパステル調は光と影の繊細な相互作用を生み出し、ゴビヤールの横顔と衣装の柔らかな輪郭を強調していると同時に、この作品に夢幻的な雰囲気と被写体の気質への繊細な配慮を与えており、これは象徴主義運動におけるルドンのアプローチと一致しています。微妙な変化と落ち着いた色調で描かれた背景は、私たちの視線を被写体に引き付け、彼女の静かな優雅さを際立たせています。ルドンの技法と色彩の選択は、作品全体に瞑想的な雰囲気をもたらし、象徴主義が表現しようとした、人間存在のより霊妙な側面について観る者を深く考えさせます。
「眼をとじて」は1900年ころの油彩画で、先ほど見た同じタイトルで1890年ころのリトグラフと油彩画に比べると、以前の作品は水平線の上に女性の頭部が浮かび上がっているという構成でしたが、こちらは対角線で区切られた二つの空間で構成されています。右上は、前に見た「眼をとじて」と同じような空間で、左下は花が散りばめられた、今後登場する花の絵です。一見、眼をとじた女性は花に囲まれている幻想的な光景に見えます。
花に包まれるように囲まれるなら「オルフェウスの死」(左側)という油彩画の方でしょう。ギリシャ神話でオルフェウスはニンフ(妖精)たちの怒りをかって殺されてしまい、その首が川に投げ込まれ、持っていた竪琴はアポロンによって天に上げられて「琴座」になったという神話です。竪琴の上にオルフェウスの首だけが描かれていますが、ルドンが別の作品で題材にしたシェイクスピアのオフィーリアの死の場面のように、花々に囲まれています。このしめやかに咲き誇る花々の豊かな色彩は、オルフェウスが生前に弾いたであろう竪琴のメロディーを視覚化したかのようです。このオルフェイスの首だけが描かれるというのは、ギュスターブ・モローの「オルフェウス」(右側)の影響でしょうか。私には、同じ頃のベルギー象徴派のジャン・デルヴィルの「オルフェウ

スの死」(中央)を想い起こさせます。また、首だけが描かれるというのは、ルドン初期の版画集「夢のなかで」では顕著に見られるものなので、ルドンという画家の中でずっと持ち続けられているものなのかもしれません。
「窓」は1906年頃の油彩画です。ルドンは、暗く病的な幻想的な黒の世界から、明るく革新的な色彩の探求へと移行しました。この「窓」は、ルドンの精神性への強い関心、光の性質の探求、そして文学との継続的な関わり (常に当時の一流作家や思想家と対話しながら制作していた)
など、ルドンの作品のいくつかのテーマを取り入れているため、この時代の作品の中でも特に魅力的な作品ということで、今回の展覧会の目玉となっているということです。ルドンの窓
への関心は、初期の黒の時代の木炭画やリトグラフを制作していた頃にまで遡り。例えば初期の作品である「昼」では、ルドンは持ち前の劇的なコントラストを駆使し、真っ暗な内部に木というシンプルな風景を描き、その影から謎めいた顔が浮かび上がるように描いている。ルドンの作品全体に窓が多く描かれていることは、光と影に対する彼の強い関心を物語っており、初期の白黒作品の鮮明なキアロスクーロや、後年の「窓」で見事に表現されたステンドグラスの明るさの探求に顕著に表れていると説明されています。また、ルドンはこの作品で色彩を自由に実験し、珍しい組み合わせや不自然な色調を用いることで、彼の黒の時代の作品に顕著な幻想的な感覚を保とうとした。この幻想的世界は「窓」の中央の部分にはっきり表れている。つまり、赤みがかったピンクやきらめくブルーがアクセントになった拡散した色彩のフィールドの中を女性が進み出て、明らかな文脈を外れて存在する。ルドンは、明白な象徴性は控え、神秘的で瞑想的な雰囲気を優先した。そう説明されています。
ここから展示室は、花瓶の花が描かれた絵画作品の展示は、別に仕切られた区画に集められていました。その区画に入って、まず目にする「青い花瓶の花々」というパステル画。ルドンは初期のころから生涯にわたって花瓶の花の絵を描き続けたといいます。ただ、習作や友人などの知り合いのために制作していたので、黒い版画などの公開する作品とは別に、個人的に描いていたということです。それが。1900年を過ぎるころから公開する作品として多くの作品が描かれるようになったそうです。ここで展示されているのは、そういう作品です。この作品は、パステル特有の淡い色彩で、輪郭線をひいて花の形を明確に描くことはしていないので、全体に薄ぼんやりして、印象派のモネの睡蓮を描いた作品と似た雰囲気があります。ただし、花瓶の置かれた場所がどこかわからないような、花瓶が宙に浮いているような非現実的な光景が、とくに違和感を起こさせません。ここで展示されているルドンの花瓶の花の絵は、装飾的な印象を受けます。「日本風の花瓶」では花々が抽象化しい表現されている、その一方で、花弁や茎や花瓶の描写だけは、形を単純化しながら、そ
の背景は全くの無地というか、具体的な場面はなく、さまざまな色彩でもやがかかるように色づけられた空間のなかにぽつんと花瓶が置かれて、花瓶が落とす影すらなく、宙に浮いている不思議な画面になっています。
図録を購入してみたら、この展覧会は巡回展らしく、他の美術館を巡回して、東京ではパナソニック美術館で開催されているようで、図録には掲載されていても、会場では見ることのなかった作品がいくつかありました。