【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】
取締役会は、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ、説明責任の確保に向けて、そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに、承認した提案が実行される際には、経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。
また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブを行うべきである。 |
〔形式的説明〕
①この原則が求めているもの
この原則は基本原則4.における「株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図る」ものとして「(2)経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行なうこと」の内容を敷衍し、経営陣の適切なリスクテイクを後押ししようとするものです。これは、日本のコーポレートガバナンス・コードの特徴といえるもので、取締役会に期待される役割・責務についての諸外国の議論では、経営陣による過度なリスクテイクを防止することに主眼が置かれることが多いのです。諸外国が経営陣のリスクテイクにブレーキをかけるものであるのに対して、日本のコーポレートガバナンス・コードは、しろ、アクセルを踏ませるようなものです。しかし、いずれの考え方においても、実効的なコーポレートガバナンスを実現することの目的は健全な企業家精神の発露を促すことにあるので、最終的に目指そうとしている着地点はいっしょということです。
この原則の趣旨は、上述の通りですが、この原則の主体は取締役会で、モニタリングの立場から、経営陣幹部の価値創造の追及があって、それに対して適切なリスクテイクや迅速・果断意思決定ができる環境整備と支援ということです。だから、ここではリスクをとる姿勢そのものを求めているのではないのです。
②この原則でのコンプライ判断
上記の通り、この原則では、環境整備や支援を、取締役会が行なうかどうかで判断することになります。具体的な施策として、原則で挙げられているのは、報酬にインセンティブ付けを行なうことくらいです。実際には、インセンティブに関しては、補充原則で具体的なことが求められています。関連して、リスク管理については原則4-3.で、それを補完するモニタリングについては原則4-4、客観的な視点からのリスク管理として独立社外取締役関係の原則4-7、4-8、4-9そして取締役会の審議の活性化として原則4-12などと関連しています。これらの原則がコンプライであることをもって、これらの総論的な位置づけと考えられる、この原則について判断する、ということになりそうです。
〔実務上の対策と個人的見解〕
①適切なリスクテイクとは
この原則の趣旨は、価値創造を持続しようとすれば必ずリスクを伴いますので、そこでリスクを避けて価値創造を追及しないという無作為が蔓延しないようにすることが重要で、取締役会として、経営者がそういう姿勢にならないように努めなければならないということです。
優れた会社というのは、リスクを取りつつ、そのリスクをきちんと管理できる会社です。上場企業がそれにチャレンジしなければ経済は停滞します。コーポレートガバナンス・コードでは、経営陣に適切なリスクテイクとリスク・マネジメントを行うことが期待されています。そして取締役会にはその支援なりモニタリングが求められているのです。
欧米の会社では、このような例があります。顧客企業から「これから1年間この製品の部品を1000万ロット生産して納入してください」という注文を受けたとします。実際には、その1000万ロットが変動する可能性が十分にあるのですが、「今のところ絶好調だから、おそらく上にブレるでしょう」と言われます。そういうときに、日本企業はたいてい、上ブレ分の納入責任まで果たせるように材料を準備します。ところが、8か月後に雲行きが怪しくなって、顧客企業から「悪いね、当初の予定より2割少なくていいです」と言われる。そうすると納入企業は泣く泣く過剰在庫を処分する羽目になるわけです。これに対して欧米の経営がしっかりした企業では、1000万ロットの注文を受けた時点で、自社の部品が使われる最終製品の市場のニーズ、需要の変化など、自分たちで自ら調査します。お客さんが言っているから正しいのではなくて、お客さんが見誤っているかもしれないからです。たとえ「1000万ロット、プラスマイナス10%をよろしく頼む」と言われていても、自前調査した結果「せいぜい達成率は90%くらいだろう」というふうに、自分たちで積極的に見積もるわけです。最終的に在庫リスクを抱えるのは自分達なのですから。
そういう調査を含めたリスク・マネジメントを自己の責任として行うわけです。今の話は当たり前のように聞こえるかもしれませんが、日本企業では、お客さんを疑って「そこまで売れないでしょう」とは言いにくいということです。もちろん「売れないでしょう」とまで言わなくていいのですが、そういうリスクを考えて対策を講じておくことが必要だと感じるところがあります。
そういったリスクの取り方や管理方法については、まずは経営サイドが対処すべきということになりますが、経営サイドだけでは対処しきれない問題が生じたときに、独立社外取締役を含む取締役会が監督機関としてそういう視点を提起していくというのが、自律と他律の役割分担というわけです。取締役会はリスクの取り方について、常にいろいろな視点からグッド・クエスチョンをしていくというのが、この原則の求めているところではないか、と言うことができます。
②実際のところどうするか
この原則は環境整備であり支援をすることが、求めていることなのでしょうけれど、コーポレートガバナンス・コードとしての目的を考えると、経営陣がリスクテイクをしていくことが、本来一番重要なことで、大半の日本企業がそうでないという現状認識があるからこそ、わざわざコーポレートガバナンス・コードなどということを導入したわけです。だから、環境を整備する以前に、どんな環境だろうが、支援がなかろうが、経営陣がリスクテイクをする“攻め”の姿勢があるのが第一ということになるはずです。
そのためには、経営者にそういう人に就任してもらう以外にないでしょう。実際に。そのためには、取締役の選任についての方針や手続きを検討しなければならない、ということになると思います。
〔Explainの開示事例〕
本多通信機工業
中期経営計画の達成時に自社株購入権が生じる中期的なインセンティブプランを検討中です。