原則2−3.
【社会・環境問題をはじめとする サスティナビリティーを巡る課題】 |
上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサスティナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。
〔形式的説明〕 @「サスティナビリティー」について サスィテナビリティー(Sustainability)とは、環境・社会・経済の3つの観点からこの世の中を持続可能にして取組のことを言います。その中でも、企業が事業活動を通じて環境・社会・経済に与える影響を考慮し、長期的な企業戦略を立てていく試みのことはコーポレート・サスィテナビリティー(Corporate Sustainability)とも呼ばれています。この取り組みは具体的にはESG(環境、社会、ガバナンス)に関する課題のリスク管理ということになります。このそもそもの概念から明らかにして確認しておくことも必要ではないかと思います。このESGの概念は2006年の国連の責任投資原則の中で、投資家が投資先企業にへの投資判断や株主としての権利行使において考慮すべき要因として提唱されたものです。その内容は、責任投資原則に署名した投資家には、投資分析と意思決定のプロセスにESGの課題を組み込むこと(第一原則)、株主として議決権行使などの方針にESG課題を組み入れること(第二原則)、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めること(第三原則)を求めているものです。 サスィテナビリティーという単語は日本ではまだ聞き慣れない言葉かもしれません。この分野におけるより使い慣れた単語としてはCSR (企業の社会的責任)という言葉があります。このCSRについて「会社は社会の公器」という考え方の強い日本企業にとって、日々のサービスや商品を提供することこそが社会貢献であり、その役割をすでに果たしているという考え方がかなり根強くあります。これに対して、特に海外のコーポレート・サスィテナビリティーを重視する企業では、環境・社会面の考慮と経済的リターンを相反するものとしてではなく、両立させるものだととらえています。具体的には、環境・社会のニーズを考慮することで新たなビジネスを創造して売上を伸ばす、省エネや廃棄物ゼロを通じてコストを削減する、働く環境を改善して採用コストを下げる、コミュニティに支持されることでサプライチェーンの安定化を図ることを通じて、社会・環境・経済の総価値を上げるというようなことを行なっています。つまり、CSRは慈善・寄付活動といった企業の自主的な取り組みのように必ずしも企業価値に直結するものとは見なされないものです。これに対してESGは投資家の企業に対する投資判断などの要因として位置付けられたことにより、投資家の投資先企業の企業価値に影響を与えるものと見なされているのです。 Aこの原則で求められていることについて コーポレートガバナンス・コードではCSRではなく、サスティナビリティーという概念を持ってきたのは、社会・環境問題に対する企業の取り組みに積極的価値を見出してのことではないかと考えられます。伊藤レポートの次のような提言「ESG(環境、社会、ガバナンス)は企業への信頼性に関わる。企業価値にはステークホルダーからの信頼度が反映されるとみることもできるので、信頼性を高める活動は企業価値創造に結び付く。例えば、グローバル展開しているアパレルメーカーにとって新興国の工場で児童労働問題が起こり、それが国際的なガイドラインに違反していることが明らかになれば評判と業績に悪影響をあたえる。マーケティングにおいて不公正な取引を行っているという事実が明らかになった場合も同様である。投資家は企業の持続的競争力を評価する際、広汎なESG 活動にも着目すべきではないか。」も、ここに反映しているものと考えられます。 しかし、ここでの原則の内容は抽象的な一般論で、具体的にいかなる対応を行なうべきかは、各社の事業活動の規模や業種・業態により異なり、各社の自主的な取組みに委ねるべき部分が大きいことから、コードの表現ぶりも抽象的で大掴みなものとなっています。補充原則において、リスク管理についてとくに言及しているので、ここでは、それ以外の点ということになりますが、リスク面では企業の対応に共通の基盤の占める部分が大きいと思われますが、それ以外の点では、各企業が独自に考えて対応するということになると思われます。 ・ESGの内容について このESGのうち、ES(環境、社会)とG(ガバナンス)の要素は性質が異なり、同列に扱うものではないと考えられます。 (1)性質の違い ES(環境、社会)は中長期的なリスク要因として認識されているのではないでしょうか。一方G(ガバナンス)は、コーポレーガバナンス・コードが目的としていることもあって企業価値を高める規律とされている。このように両者の性質は違います。 (2)位置付けの違い G(ガバナンス)は、それ自体で企業価値に直接影響を与えるだけでなく、企業のES(環境、社会)への対応についても、その組織体制の原則となります。その意味では、G(ガバナンス)はES(環境、社会)のベースでもあるのです。その一方で、ESGそれぞれに独自の課題があるという点でどうれつでもあるのです。 ・ESGと企業リスク・収益の関係について (1)企業リスクとしてのESG 投資家は、ESGを中長期的なリスク要因として認識していて、そのリスクが顕在化した場合には、企業価値の毀損となりかねません。そのような認識を前提にコーポレートガバナンス・コード補充原則2−3@においてESG課題への対応をリスク管理の一部として規定しています。このような状況にもかかわらず、ESG対応を、従来のCSRと同様に社会貢献活動としてのみ対応していると企業としてのリスク管理を誤ってしまうことになりかねません。 (2)企業収益に関わるESG ESGは企業にとってリスク要因となるばかりでなく、企業が社会全体の課題を解決するための付加価値を提供することを通じて収益の機会をもたらすことができるものでもあります。 とくに2015年に国連において持続可能な開発目標(SDGs)が採択されたことを通じてESG課題対処を通じたビジネス機会が拡大しているという国際情勢もあります。これに基づいて、日本を含めた世界各国の政府が、貿易・投資や国際協力などの局面でSDGsの達成に向けたプロジェクトの実施を表明しています。このような状況において、企業がSDGsを本業に取り込み、SDGsに整合した形でESG課題の解決に資する製品やサービスを提供することによりマーケットの拡大につなげる可能性も出てきていると言えます。
〔実務上の対策と個人的見解〕 ESG(環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G))情報は、企業の信頼性にかかわる非財務情報として、とくに中長期的な視点の投資家には重視されるようになってきています。業種や企業によっては、この情報が企業価値を説明する上で不可欠になっている場合もあります。例えば、グローバル化を進めている鉱山会社にとっては、従業員がストを起こしてオペレーションがストップすると事業存続にもかかわるのです。だから、この会社をフォローしているアナリストは鉱山企業との対話において真っ先にS要因について聞くのです。これは鉱山会社への中長期投資において重要だからです。製薬会社であれば、規制や薬品事故、あるいは製造に係る環境対応の問題は、それぞれ大きなリスクです。 一方、企業の側でも、このようなリスクに対しては、それぞれ個別に対応していたものを事業継続に関わるものとして経営戦略上、統一的に対応していくことで大きなメリットが生まれるはずです。そして、これらについて主体的な開示を行なうことは非財務情報の開示として高い評価を受けることになると思われます。 ESG情報としてまとめてあるように、ガバナンスはその一翼を担う体裁となっているため、企業の開示としては、コーポレート・ガバナンスをサスティナビリティーの一部として、例えば統合報告書の中で説明しているケースも多いようです。そのような視点から言えば、この原則のようにコーポレート・ガバナンスの中でサスティナビリティーを、その内容の一部として捉えるというのは逆になってしまうことになるわけです。 ※日本国内でのESG投資に対する議論の進展 (1)金融庁がスチュワードシップ・コードを改訂 2017年5月にスチュワードシップ・コードが改訂になり、投資先企業のESG要素の考慮が有益であることが明記され、積極的なエンゲージメントの必要性などが追記されました。 (2)経済産業省が価値協創ガイダンスを発表 2017年5月、経済産業省がESG・非財務情報開示などの促進のための価値協創ガイダンスを発表しました。そこでは、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たす観点から企業のリスク管理や収益機会を毀損するおそれのある事項を把握することを求められ、そのなかでESGの要素の重要性が指摘されています。 (3)環境省がESG対話プラットフォーム運用を本格化 2017年1月、環境省はESG投資に関する基礎的な考え方を発表し、企業と投資家が集い環境情報を中心としてESG情報に基づく実質的な対話を行うSG対話プラットフォームを本格的に運用し始めました。 このような状況となっていることから、機関投資家はスチュワードシップ・コードの一環として企業のESGに関するエンゲージメントに積極的になってきています。その態様としてつぎのようなことが考えられます。 (1)受託者責任を果たすためのESG投資 機関投資家がエンゲージメントを行う主たる目的は、ESG関連リスクの顕在化による企業不祥事の発生を未然に防止し投資先企業の企業価値・株価を維持し、スチュワードシップ責任・受託責任を果たすことにあります。企業のESG関連リスクが顕在化した場合、法的制裁や売上の下落、取引・投資対象から外されるなどの企業価値の毀損につながるおそれがあります。そのため機関投資家はESG関連リスクの管理を企業に求めるエンゲージメントを実施する。 (2)社会的責任・人権尊重責任を果たすためのESG投資 機関投資家がEGS課題の解決に貢献することや、人権侵害への加担回避のために投資先企業に影響力を行使することで、責任ある投資を推進するという積極的なエンゲージメントを実施する。 機関投資家は、このため具体的には、企業に対して開示や改善を求めたり、議決権行使の際にESGを考慮したり、株式売却・銘柄投資からの排除などのプレッシャーを与えたりといった手段でエンゲージメントを行ってくるものと考えられます。
〔開示事例〕 大東建託 当社では、「環境基本方針」「環境行動方針」を定めるとともに、環境経営担当取締役を中心とした環境経営推進プロジェクトを設け、経営とリンクする戦略的な活動目標・実行計画を策定しています。 また、業務執行取締役や常勤監査役が参加する経営会議にて、定期的な活動報告を行い、進捗管理を行っています。 (当社の環境への取り組み:http://www.kentaku.co.jp/corporate/csr/environment/index.html)。 エーザイ(V株主その他の利害関係者に対する施策の実施状況の3.ステークホルダーの立場の尊重に係る取り組み状況のところで、CSR活動として説明している) 当社グループでは、「ENW環境方針」にもとづく環境管理体制のもと、すべての役員および従業員が環境基本理念を共有し、国内はもとより、米国ノースカロライナ工場での環境保全委員会設置による自然保護活動や、中国蘇州工場でのISO14001認証取得など、グローバルに環境保全活動を展開しております。 そして、資源の投入と環境への負荷を定量的に把握するとともに、地球温暖化防止、廃棄物削減とリサイクルの推進、化学物質の適正な管理と使用量削減、グリーン購入などの取り組みを進めております。また、「環境・社会報告書」を毎年発行して、環境保全に関するマネジメント体制や具体的な管理活動実績等について公表しております。 また、医学・薬学の歴史、健康科学に関する知識の普及などを目的とした日本初のくすりに関する総合的な資料館「内藤記念くすり博物館」(岐阜県)を無料で公開しております。 あわせて、人類の疾病の予防と治療に関する自然科学の研究を奨励し、学術の振興や人々の福祉に寄与することを目的とした「公益財団法人 内藤記念科学振興財団」、医療および医薬品に関する経済学的調査・研究、医薬品等に関する研究開発・生産・流通などについての調査・研究を行い医療とその関連諸科学の学際的研究・調査を推進することでわが国の医療と福祉の発展をはかることを目的とした「公益財団法人医療科学研究所」に対する運営の支援を行っております。
資生堂 資生堂グループのCSR活動は、資生堂グループ企業理念「Our Mission,Values
and Way」 のもと、ステークホルダーに対して社員一人ひとりがとるべき行動基準を示した「Our
Way」の実践として推進しています。 環境保全活動を含むCSR活動等の実施状況等、企業の社会的責任についてのステークホルダーへのご報告等を、アニュアルレポート(冊子およびWEB版)およびCSRレポート(WEB版のみ)にて情報発信しています。 また、資生堂グループ企業情報サイト(http://www.shiseidogroup.jp/csr/)では、資生堂のCSR・環境に関するページを、以下の方針で編集しています。 ■各活動の取り組みを、ISO26000(社会的責任に関する手引き)の7つの中核主題に準じてご紹介しています。 ■各ページの報告内容を簡潔にし、読みやすくしました。 ■グループの報告を充実させるために、海外での取り組みにも焦点を当てました。 ■CSR・環境および人事関連の実績報告を一覧で開示しています。 ■掲載している情報の対象期間は、2014年度(2014年4月1日から2015年3月31日)を中心としていますが、一部当該期間以前もしくは以後直近の内容も含まれています。 ■国連グローバル・コンパクト、GRI(Global Reporting
Initiative)のサステナビリティー・レポーティング・ガイドライン第4版(G4)、ISO26000(社会的責任に関する手引き)を参考にしています。 ■対象範囲は、株式会社資生堂と資生堂グループ各社(連結子会社)92社、2015年3月31日現在としています。上記対象範囲と異なるデーターにつきましては、注釈を明記しています。 ら社 5程度とすることを経営目標としています。
〔ESG評価と投資判断〕 ESG評価を含んだ中長期投資家の投資判断のプロセスとしては、次の2つのステップを経ると考えられます。 a)非債務情報として提供される、企業理念、ビジネスモデル、経営戦略、経営環境等といった非財務情報の中から、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)の視点で将来の企業業績動向に重要な影響を与えると判断される事項を抽出する。 b)過去の財務情報を活用し、抽出された事項の業績への影響度を確認する。この影響度をベースとして、今後予想される事業環境等を織り込み、将来の業績予想を行う。 この非財務情報の将来業績予想への活用に沿い、具体的にE・S・Gの評価ごとに見ていくと E:環境評価 E(環境)評価では環境課題の将来業績へ与える影響を考慮する。例えば、環境製品で今後ビジネスの拡大を計画する企業においては、E(環境)要因は将来の業績に重大な影響を与える事項となる。製品の販売・研究開発体制を含めた現状のビジネスモデルの確認と過去の財務情報を活用した環境製品の収益性・資本効率性をを把握した上で、当分野における今後の経営戦略や予想される事業環境の変化等を織り込み、将来の業績予想に使用する予測数値の確定を行うこととなる。 S:社会評価 S(社会)評価では従業員なと株主以外のステークホルダーとの関係等が将来業績予想に与える影響を考察する。例えば、経営戦略の変更においては、新規人材の採用・働き方を変えるための新しい評価体系の導入・組織運営の変更等が行なわれるため、S(社会)要因が将来業績に重大な影響を与えることとなる。このS(社会)要因を将来の業績予想に活かすには、現状の施策むの進捗と過去の財務情報への影響の確認、そして、今後の施策の進展による効果の予想と、その予想の将来業績への反映が必要となる。 G:ガバナンス評価 G(ガバナンス)要因は、取締役会における経営へのモニタリングの実効性を見る視点であり、企業経営のどの局面においても重要となる。また、将来の業績予想の作成においても最重要項目となる。G(ガバナンス)評価にあたっては、これまでの経営戦略と過去の財務情報から事業成績の判断を行い、取締役会のモニタリングの実効性の判断を行う。実効性が高いと判断される場合、的確な経営戦略のもと将来の業績予想においても高い資本効率性の維持と成長が予想されることとなる。 以上のように、投資先のビジネスモデル、経営戦略等の理解を前提としたESG評価による非財務情報項目の重要性の決定と、過去の財務情報を活用したその影響度の測定が重要となります。
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