WARNE MARSH(デクスター・ゴードン)
 


デクスター・ゴードン(テナー・サックス)

黒人テナー・サックス奏者。
 デクスター・ゴードンのプレイの特徴は二つの面から指摘できると言われている。まず第一の面は楽器の音色とか演奏の仕方といった音の出し方の面で、デクスターのテナー・サックスは朗々と響き渡る伸びやかな音ということだ。教科書的な言い方をすれば、ビブラートや装飾音を多用したビ・バップ以前に流行していたスイング・スタイルの奏法から脱皮して、ゴードンはノン・ビブラートでテナー・サックス本来の飾り気のない力強い音をそのまま出すようした。これは、後のバップ・テナーたちに大きな影響を与えたと言われている。

そして、第二の面は、演奏の仕方、もっと絞ればアドリブ、すなわち原曲のメロディをどう破壊し再構築して独自の演奏内容を繰り広げるか、というところで、目立った特徴はレイド・バックすなわち、リズムに対する極端な後ノリと言われる。これ以上遅れるともたついてしまうという寸前のタイミングで出てくる彼の音は、聞き手をリラックスさせまた、一つ一つの音に重みとインパクトを与える効果をもたらす。

第一面での伸びやかで豊かに響き渡る音が、第二の面での"ため"を作ったうえで心地よいアドリブのメロディを奏でるからこそ、聴き手を飽きさせないのだと思う。したがって、デクスターのサックスが奏でる音を追い続けながら聴くと、わくわくして楽しい時間があっという間に過ぎていく。

そしてさらに、デクスターのプレイを引き立てている特徴的なこととして、ジャズのスタンダードのみならず、クラシックや流行のポップスまで、確信犯的な引用をプレイの随所で挿入することだ。それを絶妙なタイミングで挿入することによって自在に緩急を使い分け、聞き手にグルーブ感とリラクゼイションを与える。この点が彼のファンにとってはたまらない魅力ではないかと思う。 

 

バイオグラフィー

デクスター・ゴードンは、3度のカムバック等のハリウッド映画にもなりそうな、色鮮やかで波乱にとんだ人生を送った。ビ・バップの時代に現れた最高のテナー・サックス奏者で、特徴的な独自のサウンドの持ち主。ゴードンは時には諄くて他の曲からの引用が過ぎることもあったが、スケールの大きな優れた演奏を創造し、ジャムセッションでは誰とでも火花の散るような共演をすることができた。彼の最初の重要なギグは1940年〜43年のライオネル・ハンプトンとのものだったが、サックスにはイリノイ・ジャケがいたためにゴードンはソロをとることができなかった。1943年にナット・キンク・コールのレコーディング・セッションで、彼は初めて伸び伸びと自由にプレイすることができた。リー・ヤング、フレッチャー・ヘンダーソン楽団、ルイ・アームストロングのビック・バンドとの短期間のプレイをこなし、1944年12月にニュー・ヨークに移り、ビリー・エクスタイン楽団の一員となった。エクスタインの「Blowin' the Blues Away」のレコーディングでジーン・アモンズと契約をした。ゴードンは1946年、ロサンゼルスに戻る前にサボイ・レーベルのために、リーダーとしてディジー・ガレスピーと共にレコーディングをした。彼はシーンのメインストリームの中心にいた。数多くの伝説的なテナー奏者とのバトルはワーデル・グレーやテディ・エドワーズとの契約に至り、チェーズやディアルのスタジオ・レコーディングは時代の雰囲気を残す助けとなった。

1952年以後、麻薬問題のために50年代を通じて、数回の短期間の囚役を含めて活動停止の状態が続いた(1955年の2枚のアルバムを録音しているが)。1960年にカムバックすると、すぐにブルー・ノートにレコーディングを行っている。人気が回復してきた1962年にヨーロッパに渡り、1972年までとどまった。ヨーロッパにいる間、彼は絶好調だったと言える。スティープルチェース・レーベルでの数多くの録音は彼のキャリアの中でも最も素晴らしいものだ。1965、69〜70、72年と不定期にアメリカに戻りレコーディングしていたが、故国ではほとんど忘れられてしまっていた。それゆえ、1976年の彼の復帰がマスコミに大きく取り上げられたのは、大きな驚きだった。クラブで彼を見るための人々の長い行列は生きた伝説となった、彼に対する突然湧きあがった大きな関心を表わしている。ゴードンはコロンビアと契約し、80年代前半までに徐々に健康を害して活動を半減させてしまうまで高い人気を保っていた。彼の3回目のカムバックは、映画「Round Midnight」の主演に指名されたことによる。彼の演技はリアルで感動的だった。非常に充実した人生を送り亡くなる4年前にアカデミー賞にノミネートされた。彼のプレイは様々なレーベルでレコーディングされ、現在でも、その多くを聴くことができる。



One Flight Up     1964年6月2日録音

Tanya

Coppin' The Heven

Dan That Dream

 

Bass – Butch Warren

Drums – Billy Higgins

Piano – Sonny Clark

Saxophone [Tenor] – Dexter Gordon   

 

デクスター・ゴードンが渡欧中だった1964年に、現地に活躍の場を求めていた面々と録音したアルバム。全編にわたり、粘っこいリズムをうけて、思わせぶりなポーズが長尺でつづく、即物的なビ・バップからヨーロッパの地でノスタルジックな哀感をおもわせるハード・バップになっている。思うに、ゴードンをはじめとして、ここで録音に参加しているドナルド・バードもケニー・ドリューもアート・テイラーらがヨーロッパに渡ったのは、アメリカでは食べていけなくなったからで、1940年代から50年代に興隆したジャズは、次第に人気を他の音楽ジャンルに奪われていったという。黒人の音楽と言われながら、黒人の若者リスナーをリズム・アンド・ブルースに奪われ、エルヴィスやビートルズといったポップスの興隆の陰でジャズのミュージシャンは活動の場を失っていった。ジャズ・ミュージシャンの中には、ジャズ・ロックなどの試みやポップスのセッションに参加するなどして一種の変節によって食いつなぐ人もいたが、ゴードンのような不器用なミュージャンはそれもできなかった。一方、ヨーロッパではクラシック音楽の伝統からジャズを異文化のアートとして鑑賞する一定の層が存在していたようだ。そこでは、ポップスに迎合するのではなく、ジャズをハイエンドとして、その特徴であるアドリブのプレイを鑑賞する空気があったようだ。かといって、ヨーロッパの伝統的な音楽文化の中では、アメリカのような即物的な文化とは異質な、意味を求められ続けたのではないか想像できる。そういう環境のなかで、純正なモダン・ジャズを提示することを続けて、ヨーロッパナイズしていった結果として生まれた録音という想像ができる。それは、ビ・バップが徹底的に音を抽象化して、音の即物的な運動を追いかける楽しみというのではなくて、感情でも、気分でも、その何らかの内容を込めて、託して音楽を伝えるものに変質していった。この録音と、2年前に録音された「GO」を比べると、この作品の意味ありげなポーズが際立つのは、そのためではないか。しかし、このような要素が加わることで、後のジャズのリバイバルの際に、ゴードンの音楽にノスタルジックな要素を加わり人気を獲得した遠因になっているのではないか、と勝手な妄想をかきたてる作品ではある。

1曲目「Tanya」かつてのLPレコードであればA面をこれ1曲のみで埋めてしまう長尺の演奏。ピアノ・トリオの編成によりアグレッシヴに刻まれるちょっとしたブレイクの入る独特のリズムは、いつになく雄弁でいわくありげに聞こえる。ピアノが執拗に繰り返すリズム音形が耳について離れないほど印象的で、このフレーズのちょっとミステリアスでダークなムードが曲全体を支配して、聴き方によっては、このピアノのフレーズがメインで、その上でサックスやトランペットが展開するのは飾り程度に聞こえてくることもある。じっさい、最初に、サックスとトランペットのユニゾンで退廃的なテーマで入る前に、一度ピアノと3人でリズム音形をユニゾンで繰り返して、これから入ってくると、予告するようなところもある。そういう曲のあり方がゴードンのプレイのクセにうまく適合していると思う。それが、この演奏の成功の一番大きな要因ではないか。(もともと器用な人ではなく、歌いまわしと、ビ・バップから生き残ったというブランドからイメージされる味わいが、一方でクラシック音楽のように一種の骨董品としてハイソ趣味を嗜好するヨーロッパ人や日本人、そして高い階層の黒人をターゲットに晩年の成功に結びついた人だろうから。)ピアノのリズム音形をひとつの基準のようにして、いわゆる“後ノリ”によってそこからに微妙にズラしながらフレーズを乗せるのが際立つ効果をあげられている。クラシック音楽でいうテンポルバートでショパンの曲を演奏をするピアニストのような感じだ(ここで、アルフレッド・コルトーの名をあげたくなる)。しかも、ミステリアスでダークに雰囲気が、ゴードンの低く、野太いサックスの音色とうまくマッチしていて効果をさらに高めている。そのため、テーマからアドリブに移るときに、少し転調しているのが、とても印象的に映える。普段は、テーマから一本の流れのようにアドリブに続いていく人が、珍しく転換させているからなおさらなのだ。18分に及ぶこの演奏は全体として雰囲気に浸るもので、それこそがゴードンの特質に合っていると思う。

このアルバムには、他に2曲収録されていて、それぞれによい演奏だが、それらはあくまでも、この1曲目があるがゆえに存在しているようなものなので、そっちだけを取り出して(1曲目をさしおいて)聴きたいというほどものではない。 

 
Go     1962年8月27日録音

Cheese CakeI

Guess I'll Hang My Tears Out to Dry

Second Balcony Jump

Love for Sale

Where Are You?

Three O'Clock in the Morning

 

Bass – Butch Warren

Drums – Billy Higgins

Piano – Sonny Clark

Saxophone [Tenor] – Dexter Gordon   

 

1962年にゴードンは渡欧するがこの録音は1962年8月に行われており、言うなれば渡欧直前の録音である。このアルバムを聴くと、このページの上のところで述べたゴードンの特徴がよく分かる。“たっぷりと息を吹き込んだ太い音色のサックスをゆうゆうと奏でる、ごっつく優しい大男”というようなイメージそのもので、野太い伸びのある音で、小細工を弄することなく楽器がよく鳴っている。しかし、その一方でひとつひとつの音には芯があって輪郭がはっきりしていて、切れがあるため、荒々しい感じはしない。だから、音自体は重い音なのに鈍重な感じはなくて躍動感を失わず、ゴードン独特の“後ノリ”が聴く人にそれと分かるように活きてくるのである。デクスター・ゴードンが好きだという人は、ゴードンの吹くサックスの音に魅力を感じるという人が多いのではないか。そして、“後ノリ”と評される歌い回しで、アフタービート気味に、もたついている感じさせないぎりぎりのところでフレーズが出てくる、微妙なズレの感覚が、ストレートに奏されるフレーズが滑らかに流れ過ぎないようにアクセントとなって、聴く者の注意を引くことになっている。それはまた、全体として悠然とした流れのようなプレイの中でメリハリを作っている。とくに、ゴードンのアドリブは細かい刻みの速いパッセージを交じえて変化をつけるようなことは行わず、ゆったりとしたフレーズを悠然と続ける傾向にある。そこでの“後ノリ”は、ある種の変化を与えることになり、好きな人には味わい深い印象を与える効果を及ぼしている。

1曲目の「Cheese Cake」ベースの低音からはじまって、シンバルが被さるようにリズムを刻んでいく重い導入に、あっさりした感じの問いかけるような短いテーマのサックスが入ってくると、ピアノが応答するかのような対旋律を返すやりとりが繰り返され、アドリブに入っても、基本的にテンポや全体の雰囲気が変わることがない。多くのプレイヤーは、重い導入でミディアム・テンポのテーマから、アドリブパートに入ると速いパッセージを入れて鮮やかな場面転換による変化をいれようとする。例えば、ソニー・ロリンズの『サクソフォン・コロッサス』の第一曲目「セント・トーマス」のアドリブの入ったところの急激な変化などが典型例だ。これに対して、ゴードンは8分音符を中心にした大らかなフレーズで悠然とプローしていく。しかも、ゴードンのアドリブは一つの流れのように異なる要素を挿入させて、音が上下に跳躍したり、遠く転調させるようなことはせず、まるで大河の滔々たる流れのように大きく形を変えないフレーズを続ける。聴く人によってはスリルに欠けるといわれるかもしれないが、それで単調にならないのは、サックスの鳴りのよさとゴードン独特の歌い回しによるのだろう。それによって、ちょっとダークで、どっしりした重量感、そして、そこはかとない哀愁をファンは感じ取る。

2曲目の「I Guess I'll Hang My Tears Out to Dry」は、打って変わってスローバラードになるが、センチメンタルになりすぎるように嫋々と旋律を歌うこともなく、一見、単にテンポを落としただけで淡々とフレーズを吹いて、それを最後まで続けてしまう、いってみれば力技をやってのけてしまう。これも比較で、またまた持ち出してしまうがソニー・ロリンズなどでは、たしかに甘さを極力控えめにするところは相通じるところがあるけれど、最後近くになって、その淡々としたプレイで溜めたものを一気に吐き出すかのように感情を込めて劇的な盛り上がりを作る。しかし、ゴードンはしないのだ。

4曲目は「Love for Sale」というスタンダード・ナンバー。有名な曲らしく、サックスで最初に提示されたテーマはよく知られているとのこと。『サクソフォン・コロッサス』の第一曲目「セント・トーマス」にちょっと似ているようにも思える。ジャズ・ボッサと4ビートのどっしりとした躍動感に漲るリズムセクションに乗って、リズミカルではあるのだけれど、重量感溢れるプレイで。決して疾走することなく、じっくりと、たんたんとフレーズを紡ぐように聴かせてしまう。

6曲目の「Three O'Clock in the Morning」はアルバムの最後を飾るには軽妙な曲でまるで肩透かしのような洒落っ気が何とも言えない。

Our Man In dy Paris    1963年5月23日録音

Scrapple From The Apple

Willow Weep For Me

Broadway

Stairway To The Star

A Night In Tunisia

 

Bass – Pierre Michelot

Drums – Kenny Clark

Piano – Bud Powel

Saxophone [Tenor] – Dexter Gordon   

 

ゴードンのファンにはお叱りを受けると思うが、彼の魅力は時代錯誤がうまく嵌ったというタイミングとブランドによるものだろうと思う。それが、もっともうまく現われたのが、このアルバムであると思う。ハード・バップに陰りが現われた1960年代前半のヨーロッパの地で、バド・パウエルを迎えての録音というストーリーは何がしかの期待や憶測が尾鰭のついた話を生み、伝説などという形容をする者があらわれる。(このアルバムの録音の経緯などの話はライナーノーツをはじめとして至る所で語られているので、ここではかないけれど)そこで演奏されているのは、紛れもないバップでバド・パウエルもがんばっているともなれば、演奏は実際以上にストーリーが味付けされ、それがさらに膨らんでいく。

ただし、これはゴードンが自覚的に自己演出してやったとか、そういうことではなく、結果として、ゴードンの録音を愛でる人々が、それらを聴くことで作っていった付加価値が膨らんだ結果であるともう。たぶん、ゴードンその人は、そういうこと自体を面白がるような性格の人だったのではないだろうか。(でなければ、映画に出て、パド・パウエルを彷彿とされる人物を演じたりはしないだろう)

で、私は、そういうゴードンに対して、だからといって批判がましいことをいうつもりは全くない。そういう付加価値を含めて、このアルバムを聴くのが楽しいからだ。実際のところ、当時のような環境で不安定な精神状態にいたはずのバド・パウエルをその気にさせて、これほどのプレイをさせるというのは、それだけでゴードンの実力と柔軟性、そして性格をものがたっている。

例えば、1曲目の「Scrapple From The Apple」以降、すべてスタンダード・ナンバーで占められ、ゴードンのプレイも、『One Flight Up』でのものとは違って、まるで型にはまったかのようなバップの定型的なような(私にはちょっと堅い印象がある)吹きぶりで、アドリブのフレーズも、わざとゴツゴツさせているように感じられる。これは、バド・パウエルがプレイしやすいようにと配慮しているのではないかと想像してしまう。その結果、遥かヨーロッパの地に、時代も10年前が冷凍保存されていたかのようなプレイが再現されている。その、バップ・テイストをファンはこよなく愛するのだろうと思う。その土ヨーロッパでも、“本場”のジャズということで食いつないでいたのが、次第にブランド化して、クラシック音楽のように定番化していった嚆矢と言えるのではないか、と思う。それだけに安心して聞くことができ、ときおりゴードンが挿入する引用(この曲では競馬の出走ファンファーレなど)に思わず頬を緩めるなどサービスも怠りがない。例えば、黒人の中産階層で一定以上の年齢になると、いつまでも若者向けのチャラチャラしたものを喜んで聴いているとバカにされる、年相応に落ち着いたものといっても、クラシック音楽は堅苦しくてというときに、ちょうどいいのが、このようなジャズということになりはしないだろうか。また、白人でも、ちょっとへそ曲がりのスノッブには格好の対象となったのではないか。そういうニッチなニーズに上手く応えているのが、結果的に時代に取り残されてしまったゴードンなどは典型だったのではないかと思う。ゴードンとしては、意図してわけではなく、それしかできなかったというのが正直なところではないか。そういうストーリーを想像し、そういうゴードンを嫌いではない。

今回は、申し訳ないがどのような音だったのか具体的なことは述べていない。ただこで、一つだけ、『One Flight Up』のケニー・ドリューと、このアルバムでのバド・パウエルの録音されたピアノの音を聴き比べてみてほしい。いかに、パウエルのピアノの音が太く、低く(ドスが利いていて)、打鍵が深いがはっきり分かると思う。そういう音で繰り広げられるプレイが、いかに力強く、聴く者に迫ってくるかも。

Daddy Plays The Horn    1955年9月日録音

Dady Plays The Horn

Confirmation

Dan That Dream

Number Four

Autumn In New York

You Can Depend On Me

 

Bass – Leroy Vinnegar

Drums – Larry Marable

Piano – Kenny Drew

Saxophone [Tenor] – Dexter Gordon   

 

あまり、ミュージシャンの伝記的事実からものがたりを捏造して、音楽を聞く前に先入観を持ってしまいたくない。とくに、ビ・バップ以降のジャズは、音を抽象的に構築するメカニカルな面を極端に追求した音楽で、人間的というところからかけ離れたところで音がなっているものだから。一応の事実として、ジャズの人気が高まったこの時期、ゴードンは麻薬のため刑務所に服役しており、この録音は、その合間の仮釈放中に行われたという。それは、一つのエピソードに過ぎないが、このとき彼は刑務所という隔離された空間にあって、音楽の世界の流行と切り離されていたのではないか。そしてまた、この録音が西海岸で行われたことも、ゴードンの多くの録音がブルー・ノートで為されたことに対して異彩を放っていると言える。

最初の曲はアルバムタイトルにもなった「Daddy Plays The Horn」。冒頭のトボけたサックの入りから、ミディアム・テンポのブルース・フレーズをゆったりと吹きまくるゴードンには大らかさとともに悠然さが感じられる。しかし、ここでのゴードンのプレイは後年の特徴となった特有のレイドバック奏法という、いわゆる“後ノリ”の感じが尼利感じられないのだ。ジャストなタイミングでサックスを吹いている。このジャストさが後年のゴードンの特徴的なプレイとは一線を画すところで、このジャストさが、なんと言うか“バキッ”として感じになっていて、この曲のようなミディアム・テンポのブルースでも、乾いた感じとテンポ感がとても明瞭に感じ取ることのできる演奏になっている。躍動感に満ちているというのか、おちついたテンポ感の後年のゴードンのプレイの印象とは異質な感じを受ける。

それは、最後の「You Can Depend On Me」で、アップ・テンポの演奏で全開に展開されている。乾いた音のゆえに、それほど重くならず、がっしりとしたリズムに支えられて、ゴードンのサックスが軽快に疾走する。時折、ユーモラスな引用が効果的に入ると、60年代前半のヨーロッパでの録音に見られた重厚なプレイは一線を画したドライで軽快な、比較的明るい楽しさが溢れてくる演奏になってくる。

ゴードンの魅力の一つとなっているバラード、例えば「Autumn In New York」はゆったりとした演奏ではあるが、リズム・セクションも含めて、テンポ感の良さ躍動感を潜めているのが全体を支えているものとなっている。

ここには、アグレッシヴでありながらも、おおらかでリラックスした気分を忘れない、時折、茶目っ気を発揮するゴードンがいる。

 


 
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