ラファエル前派周辺の画家 イーヴリン・ド・モーガン |
ラファエル前派の画家たち言えばミレイ、ロセッティ、ハント、バーン=ジョーンズといった人たちで、彼らはラファエル前派兄弟団に参加したし、運動の中心メンバーとしてリードしていました。その一方で、彼らが精力的に作品を発表し、少しずつ世間の耳目を集めていくに従って、運動が広がっていきました。それ応じて、運動に参加したり、運動には参加しなくても彼らと相互交流をつづけたり、運動には距離を保ちながらも間接的に影響を受けたり、様々なかたちでラファエル前派の運動に係る人々がでてきました。ここでは、そのような画家たちをピックアップしてみたいと思います。この人は、バーン=ジョーンズのフォロワーの一人です。 (1)ド・モーガンの伝記的事実
イーヴリン・ピッカリング(1850~1919)はロンドンの裕福な法律家の家に生まれました。彼女の父親は自由党のウィリアム・グラッドストーン首相と友人だった。ということは、自由で進歩的な思想の持ち主だったことが分かります。それが、後に彼女が平和主義やフェミニズムに傾倒していく下地になっていったと想像しても無理はないでしょう。また、彼女の母親の兄は、ラファエル前派の画家ロドダム・スペンサー・スタナップで、スタナップは彼女をロセッティ、ワッツ、ホルマン・ハントなどに紹介し、画家の道に導きました。 彼女の両親は、彼女に教養ある女性に期待されるものの一環として、絵を描き、ペイントすることを学ばせました。彼女は、芸術だけでなく、古典派など、非常に教育を受けていました。しかし、彼女は将来の良妻賢母となるための準備としてではなく、プロの画家になるためのものとして、受けとめて行ったのでした。1872年、彼女は、わずか17歳で、ロンドンに新しく設立されたサウス・ケンジントン国立美術学校(現ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)に通い始めます。そして、1873年にスレイド・スクールに入学し、そこに3年間在籍しました。そして、日付は明確ではありませんが、彼女は1875年にイタリアを訪れ始め、ローマ、ペルージャ、アッシジに一人旅しました。そして、フィレンツェのウフィツィ美術館でルネサンス 1877年に新しく創設されたグローヴナー・ギャラリーに作品の展示を要請されその年に「ナクソスのアリアドネ」(右図)が批評家に認められ、1888年まで毎年グローヴナー・ギャラリーの重要な出品者として活動を続けます。1887年、デザイナーで陶芸家のウィリアム・ド・モーガンと結婚。彼の作品は、主に東方のイメージからインスピレーションを得て、彼女のイメージにも影響を与えました。ウィリアムの父親はロンドン大学の数学教授であり、批評家のジョン・ラスキン、哲学者JS・ミル、レディ・バイロン、社会改革 作品は仲間の芸術家たちに称賛された。ウィリアム・ブレイク・リッチモンドは彼女についてつぎのように言っている。「彼女の勤勉さたるや驚くばかりであり、彼女が成し遂げた量はたいへんなものである。とりわけ、あらゆる細部について学ぶ際限のない注意力は特筆される」。ワッツは彼女を「今日最高の女性画家」と称しています。 (2)作風の特徴
①ボッティチェリの影響 ド・モーガンはフィレンツェを訪れ、当地のウフィツィ美術館でボッティチェリに出会い、以後、作品に強い影響をうけることになります。しかし、そうなるのには、以前から受け入れの土台がありました。というのも、彼女がスレイド・スクールで絵画を学んでいた時の師がエドワード・ポインターで、彼はボッティチェリの賛美者であったからです。ポインターは、意味よりも美しさを追求し、「芸術のための芸術」を創造しようとした美術や装飾芸術の運動である、人気のある美的スタイルで描いていました。この運動は古典様式やルネサンスのモチーフを借用したもので、ボッティチェリの芸術の神秘性と荘厳さは美学者の間で特に賞賛される 散りばめられたドレス、花の絨毯、古典的で優美なポーズを組み合わせて、この女性たちは姉妹のようです。スタイルの違いにもかかわらず、デ・モルガンの芸術はボッティチェリの作品と非常に多くの共通点を持っています。例えば、「Flora」(左図)という1894年の作品を見てみましょう。この作品は、ボッティチェリの「プリマヴェーラ」(右図)と「ヴィーナスの誕生」(右上図)の両方からインスピレーションを得ていると考えられます。「Flora」に描かれたフローラの姿勢はヴィーナスを想わせるものですし、フローラのガウンを「プリマヴェーラ」のフローラのガウンに似ています。他方、ド・モーガンとボッティチェリとの間には違いもあります。ボッティチェリの作品とは異なり、デ・モルガンはフローラの周囲に人物を一切配置せずにフローラを描いています。フローラは単独で描かれており、彼女が唯一の焦点となっています。 ②バーン=ジョーンズの影響
一方、さきほどド・モーガンの「Flora」を見ましたが、バーン=ジョーンズにも同名で同じ題材を扱った作品があります。両者を比べると、ド・モーガンの作品のフローラは優雅に立っているスタティックな姿ですが、バーン=ジョーンズのフローラは花びらを撒き散らすように動くダイナミックな構図で、そこに両者の本質的な資質の違い、つまり、フローラの身体性を重視するバーン=ジョーンズと現実の身体よりもその象徴性を重視するという違いが表われていると思います。 ③精神主義と象徴主義(寓意的表現) 彼女は、1887年にウィリアム・ド・モーガンと結婚してから、それまでの神話や伝説を題材に描いていたのを、寓意的表現による精神主義的あるいは神秘的な象徴主義的な作品に作風を変化させていきました。もともと、彼女は子供のころから生の中に死が偏在することに夢中になったり、キリストの復活をテーマに詩を書いたりと人間の魂とか生死に深い関心を持っていました。それが、ウィリアムとの結婚、とりわけ熱心なスピリチュアリストであり、スウェーデンボルグの崇拝者であったであった義母のソフィアとの出会いにより、自身のそのような志向を肯定されたことで、自身の精神主義的な面を積極的に表すようになったと言います。ソフィアは、プラトニックな(ほとんどグノーシス的な)物理的世界観を娘婿に紹介したのでしょう。イーヴリンの作品は、精神的な世界の明るさとは対照的に、物理的な世界の暗さについての考えを表現するようになっていきました。
あるいは、地上の狭い空間に閉じ込められたヒロインが、そこから脱出する手段として死(例えば殉教)の場面が取り上げられます。例えば「SOS」という作品では戦争への恐怖を人々と共有するということと精神的なメッセージが結び合わされ、ヒロインが孤絶した海の岩場の露頭に追い込まれたように、神話的な獣に取り囲まれています。これは侵略戦争の際の悲惨さと、楽観主義の象徴としての女性の贖い人格に対する精神主義者の信念の点でも読むことができます。ド・モーガンの色の使用は非常に特徴的で、心理的および非現実的な状態を表すために使用されます。虹の色合いが彼女の作品の多くに現れます。虹は神話の中で死後の魂のための橋を形成すると考えられていたもので、これは彼女のスピリチュアリズムに沿うものなのです。ド・モーガンの作品は、ヴィクトリア朝の重要な課題やアイデアについての魅力的な洞察を提供します。彼女のスピリチュアリズムへの関心は、彼女のフェミニズムと反戦主義に結びついており、多くの作品のインスピレーションをもたらしています。 ④二次創作? ①~③の特徴は、ド・モーガンについて調べていく見つけられる要素ですが、これは私の主観的印象に基づくもので、このようなことは、ここ以外のどこでも見つけられる指摘ではないと思います。客観的な指摘であるとはいいきれません。しかし、私には、この特徴が彼女の作品の本質的なものであり、彼女の作品の魅力の根幹となっていると思えるものです。 その特徴というのは最初にも述べましたが、彼女の作風は自身がオリジナルで創造したものではなくて、すでにあったバーン=ジョーンズやラファエル前派の土俵の上で、それを巧み使って自身の作風を作っているということです。そういう特徴を「二次創作?」というように挙げたのは、現代の日本のマンガやアニメで、人気作品のファンが、その作品の設定やキャラを使って、新たに物語をつくるということに、ド・モーガンの創作のあり方が似ているように思えたからです。ただし、パロディとは違います。ド・モーガンの作品はとくにバーン=ジョーンズが描いたかのような作風を利用して、彼女自身の精神主義的な、あるいは象徴主義的なものを表わしている。絵画を手段として位置づけているように見えます。それゆえに、表現が突出することがない。すべてがバランスよくおさまっている。だから、見た目はキレイで、安心して見ていることができる。深刻で切実な考えを寓意的に表現しているかもしれないが、描かれた画面を表面的にみていると、鮮やかな色彩で、生々しくない二次元的な親しみやすい表現で描かれている。それゆえ、見る者に強く訴えかけるところはない。しかし、反発を覚えるものでもない。そういうものになっていると思います。 とくに、晩年の象徴主義的な寓意に満ちた幻想絵画のような作品は、無数の顔が並んでいたりとグロテスクに近いような節操のなさと、透明であるために目立たないが色遣いはどぎつい感じで、それを表層の滑らかさで悪趣味にしないようにしている。この一線を越えてしまうと、「エイリアン」をデザインしたHRギーガーに近いとこにいると思います。その点で、もはやラファエル前派の枠に収まり切らないところに至った人だと思います。 (3)ド・モーガンの主な作品 ド・モーガンの作品は、あまり日本では紹介されていないようで、日本語のタイトルが不明なため、混同を避けるため英文でタイトルを記すことにします。また、以下の作品が代表作かどうかは何とも言えません。。 ■Cadmus and Hamonia(1877年)
自分の棲みかであるかのように彼女の胸を這い廻り 首にまといつき、愛に満ちた抱擁をわかちあう。 画面では、完全にヌードの女性がまるで展示されているかのように、絵の中心に直接立っています。彼女はまた、前景に近いところに立っていて、彼女の周りの岩の層と比べて異常に大きく見えます。彼女は古い記憶や過去の恋人を考えているかのように、悲しみの中にいるように横に見えます。彼女には人間の居場所がなく、小さな花を足に振りかけるだけで、穏やかな水は彼女の左には見えません。ヘビは両足に巻きつき、彼女を動けなくするかのようにして緊縛しているかのようです。その上で、彼女にまといつき魅了するという仕事を完了する準備ができています。彼女の薄い肌は、シルバーグレーのタッチで描かれ、ヘビの腹の下面との共通性を感じさせます。CadmusとHarmoniaの物語は、夫が蛇体に変化してしまうという悲しみの瞬間に高齢の夫婦の献身に焦点を当てています。しかし、はっきりと見ることができるように、ハーモニアは美しい若い女性であり、老人ではありません。 おそらく、この作品でのハルモニアは主人公として、精神的な超越の象徴として再現されています。そして、作品を見る者は、そのハルモニアだけに焦点を当て、彼女の中で起こっていなければならない変化の感覚を得るからです。それは、彼女の体に加えて彼女の魂がどのように変化するのかということです。彼女の体が異常に大きく、絶海の縁にいて、蛇に緊縛されているようなのは、閉じ込められている象徴で、そこから彼女が脱出する、つまり変わっていくドラマがここで描かれようとしていると捉えることができるのではないかと思います。彼女の叔父のスタナップの「Eve Tempted by the
Serpent」(右図)が同じように蛇にまとわりつかれた裸体の女性を描いていますが、これに比べると、ド・モーガンの作品ではエロチシズムをあまり感じさせないものになっていると思います。スタナップの作品の方が、図案のように平面的で、裸体にまとわりつく蛇などもリアルさとは程遠い様式的な描かれ方をしています。しかし、スタナップのイブが蛇にまとわりつかれて、身をくねらせている身体のねじれや、腰のあたりの肉感的な肉付きの描き方が、生々しい肉体を見る者に想像させます。これに対して、ド・モーガンの描くハルモニアは立体としての陰影が描き込まれていて、柔らかな肌ざわりのような裸像ですが、そこに動きがないんです。ポーズはとっているのですが、直立しているかのように動きがなく、蛇がまとわりついているのに、身体は反応していない。姿勢を変えていないのです。したがって、生々しいエロチシズムを想起させられることはないのです。むしろ、ここではそう
■Night and Sleep(1878年) 夜の薄暗くなった空に二人の人物が浮かんでいます。赤い長いローブを着ているのは多分若い女性でしょうか、目を閉じていて、右手で大きな茶色の外套を掴んでいます。その外套は、二人の上に浮かんでいて、これが二人を空に浮かせているようにも見えます。スーパーマンのマントみたいに見えま 女性の来ている長いローブの紅色、バックで風にあおられてひろがるマントのブラウン、その間に見え隠れするグリーンの帯。これら 彼女は古典の素養が高かった人で、古代ローマの詩人ウェルギリウスの「アイネイアス」から次の有名な詩句を想定しているという解釈もあるそうです。 hinc mihi Massylae gentis
monstrata sacerdos, Hesperidum templi custos,
epulasque draconi quae dabat et sacros servabat
in arbore ramos, spargens umida mella soporiferumque
papaver. haec se carminibus promittit
solvere mentes quas velit, ast aliis duras
immittere curas…
■Queen Eleanorand and Fair Rosamund(1880~1919年) この二人の女性はラファエル前派の画家たちが好んで取り上げた題材です(例えば、ウォーターハウスの「フェア・ロザムンド」(左下図))。ヘンリー2世は愛人ロザムンドを妃であるアキテーヌのエレナール女王から守るためにオックスフォード近郊のウッドストックに館を建てます。エレナール女王はロザムンドを殺そうとしていたので、その館は迷路を張り巡らし、Labyrinthusと呼ばれていました。しかし、女王は糸を使って迷路を通り抜け、ロザムンドに短剣か毒かで自害を迫り、ロザムンドは毒を飲んで死んだという話しです ド・モーガンの作品では、エレナール女王は左手に迷路を通り抜けるための赤い糸を持って、右手に毒薬の入った瓶を持っています。画面左 あるいは、エレナールが左手で持って右下に伸びている赤い糸の細い線と、それと交錯するように何本も平行に並んでいるドラゴンの黒い線、そしてロザムンドの金髪の一本一本の紙が散り散りに乱れて、あるものはロザムンドの腕に絡まったりしている。そういう線が絡み、乱れる様子は、運命の糸が交錯しているようでいて、しかも、その様々な色の線が乱れている様子は、それだけで、画面を華やかにしています。これは、花びらを散らして舞わせたり、ドレスのドリーブがひらひら舞うように揺れるようのと同じ、あるいみ少女趣味ともいえる装飾的な効果で、とりわけ、ド・モーガンの作品には、このような装飾がよく見られます(これは、同じ題材を扱っていねウォーターハウスの作品には見られないものです)。
トロイ王のプリヤム王の娘カサンドラはアポロンによって愛されました。カサンドラはアポロンから予言の力を贈られます。しかしも彼女はアポロンの愛を拒んだため、誰も彼女を信じることのない呪いを受けてしまいます。やがて起こったトロイ戦争で、彼女はギリシヤ人のトロイの木馬を予言しますが、トロイの人々は彼女が気が狂ったとして予言を信じません。彼女の名前は運命の預言者の代名詞となっています。ギリシヤの伝説をもとにウェルギリウスは「アイネイアス」を書いています。
同じ題材でも、フレデリック・サンズの「カッサンドラ」(左図)は怒りと失望にさいなまれ、狂気の様相を呈する姿が、鬼気迫る迫力で描かれています。こういう作品と比べると、ド・モーガンの作品の静かな性格が際立つように、よく分かります。 なお、この作品のカサンドラのポーズには、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスや「プリマヴェラ」のフローラのポーズをうまく取り入れているように見えます。また、ド・モーガンの他の作品、例えば1894年の「Flora」や1898年の「Helen of Troy」(右下図)といった伝説のヒロインを単身像として描いた作品で共通するようなポーズで描いています。 ■The Kingdom of Heaven Suffereth Violence(1878年) このような幻想性の高い作品は、初期のラファエル前派では全く見られないし、バーン=ジョーンズですらここまでやっていません。ここまでくると、ド・モーガンの世界と言う他はないと思います。 この作品は、そのタイトルを新約聖書マタイによる福音書11章12節「バプテスマのヨハネの時ときから今に至るまで、天国ごくは激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている」から取ったもので、地球に結ばれた体から球体の霊界への魂の旅の寓話です。この引用は様々な方法で解釈されています。ある人によると、天の国は地上にあることを意味しています。また、来世のことを指していると理解している人もいます。
ド・モーガンはこれらの不幸な人物を堕落した天使として描いていて、ルシファーと共に地上に降りてきて悪魔となったものを彷彿とさせるが、それは失われた混乱した「地上行き」の魂のイメージです。これらの土に還った魂はしばしば灰色で表現され、ここでのケルビムはすべて青灰色として描かれています。しかし、彼らが暗闇の中にいることを好む兆候がないので、スウェーデンボルグが「悪魔」と呼んだ絶望的に堕落した魂である可能性は低い。彼らは悪には見えませんが、疲れていて、不幸で、暗闇の領域に閉じ込められているように見えます。「悪魔」と違って、ほとんどの人は最終的に光を見ることができます。 これらの苦しみに満ちた「堕天使」の間に散らばっているのは、完全な体を持ち、翼を持たない3人の女性の魂です。全ての女性は様々な灰色の服を着ていて、下を向いて地球に向かっています。1人は落胆して座り、もう1人は落胆のしぐさで胸に手を当てて奈落の底にもたれかかります。3人目は絶望的な姿勢で、曲がった頭を両手で抱えて立っている。この3人の魂の未来はどうなっているか。彼女らは出世する運命なのか、「堕天使」の仲間入りをする運命なのか、それとも別の人生のために地上に戻る運命なのか。 画面の下半分は雲で上層部と隔てられています。屈んで絶望している3人の魂とは対照的に、直立した人物が障壁を越えようとしています。彼女は金色の王冠と濃いピンク色のローブを身に着けており、手首からぶら下がっている壊れた鎖は、彼女が新たに達成した地上の絆からの離脱を表しています。彼女の左に位置するもう1人の魂は、影の領域の一部と一部の外に立っています。紺色のローブを着て目隠しをしているこの魂には、後光があります。おそらく彼女は、霊的には進んでいるが、まだ光の領域に慣れていない魂なのだろう。彼女の上には、進化のより発達した段階にある他の2つの後光を持った魂が、より明るい色のカーテンに包まれて、上に移動し続けています。
■Hero Holding the Beacon for Leander(1885年)
ド・モーガンはヘーローが一人で、リンの松明(後述)とほぼ同じ位置にライトを掲げ、恋人を見守っている姿を描いています。不思議なことに、彼女の左手の下に赤い糸があります。この赤い糸は「Queen Eleanorand and Fair
Rosamund」のエレナール女王が指に結んで左画面左に伸びているのと似ています。 一方で、ド・モーガンは。この作品と同じようなポーズで松明を掲げてあたりを照らすポーズの人物を描いた作品を制作しています。1881年の「Phosphorusand
Hesperus」(左図)です。フォスフォラスは、朝の星であり、通常は明け方の空が明るいときの金星(明けの明星)を意味するように取られています。ラテン語では、光の運び手であるルシファーとなり、後には悪魔とも呼ばれるようになりました。ヘスペルスは、夕方の空に明るく見える惑星金星を意味する夜の星で、ラテン語ではヴェスパーです。ギリシア人は同じ天体であることに気づきましたが、異なる伝説上の人物像をあてていました。ド・モーガンは、フォスフォラスが上昇し、彼の松明を空中に掲げ、絡み合ったヘスペルスが眠りにつき、彼の松明が地面に落ち、その炎が溝を作っているのを示しています。このフォスフォラスが松明を掲げるポーズは、「Hero Holding the Beacon for Leander」のヘーローと、よく似ています。
■The Gibled Cage(1900~1919年)
■Daughters of the Mist (1910年) 「Daughters of the
Mist」(右下図)は、ド・モーガンの象徴主義的なスタイルの代表的な作品と言えます。虹の霧の渦巻きは、「The Cadence of
Autumn」のように解釈を助けるのではなく、象徴的な色であることへの彼女の新しい関心を示しています。虹は聖書の物語の中で大洪水の後の平和の到来と同義で、ド・モーガンはこれを人生の激動の果てに魂が見つけた平和と解釈しています。この絵に描かれた4人の女性像は、触れ合うことはあっても、交流することはありません。彼女たちの人間的な姿は純粋に表現するために利用されており、画面には方向性や物語性がありません。一番上の女性のように、彼女たちから光が差し込むように、絵を見る者は作品と対話することで、彼女たちの精神的な目覚めを感じることができるようになっています。
一方、「Daughters of the Mist」では、「人魚姫」のより深い象徴的意味を追求していると言えます。アンデルセンの「人魚姫」は死についての思考が含まれている。「人魚姫」から約70年前に書かれたフリードリッヒ・デ・ラ・モット・フーケの「ウンディーネ」の物語は、同じようなプロットで、水の精霊は魂を持つために人間と結婚しなければなりません。人魚姫は彼女の死すべき愛との結婚に失敗し、王子を殺して元の身体に戻ることができないので自殺することになったとき、ミストの娘たちは彼女を歓迎し、不死のチャンスを提供するわけです。ミストの娘たちは透き通ったカーテンに身を包み、雲と虹の中に座っています。4人目の娘は立って、彼女の後ろの星まで、そして彼女を取り巻く光の中にまで伸びようとしています。彼女が彼女の不滅の魂に到達したことを示唆しています。 ■The Passing of the Soul at Death (1910~1919年) ド・モーガンの作品の多くが水、特に海を背景にして描かれているのですが、彼女にとって海というモチーフは、比喩的なものと物理的なものの両方を包含していると考えられます。ド・モーガンは、例えば、美しい熟考や暴力と死などのムードを作り出すために、この装置を使用していると思います。それは、誕生と再生、または人生の終わりを示す寓話のための乗り物である可能性があります。ワニ、恐竜、ドラゴンなどの悪を代表する生き物や、人魚のような美しさと神話の生き物が描かれています。この作品では、死の瞬間に魂の本質、または精神が肉体を離れて来世の光に移るという彼女のスピリチュアリストとしての信念を説明するために海が使用されています。
肉体が座る物質世界は暗く、岩だらけで、大きな爬虫類のドラゴンが主宰しています。右側の、新たに現れた魂の背後にある風景もまた岩場ですが、夜明けの太陽の光に照らされています。両側は虹色に輝く青の細い川で仕切られており、岩の間から青や紫の山並みへと遡っています。この輝く死の川は浅く、簡単に渡ることができるように描かれています。この特定の魂は、光の領域に簡単に通過するでしょう。 瀕死の女性の服は濃いピンクから青に濃淡をつけ、頭にはバラの王冠を被せています。彼女の手からは、部分的に消えた松明(物理的な生命?彼女の王冠は、後に残されるであろうこの世の快楽を象徴しているのかもしれませんが、より可能性が高いのは、彼女が精神的に成功した人生を送ってきたことを示すものです。燃えるような命の松明が彼女の手から落ち、まもなく水の中に消えていく。悪を代表するドラゴンの暗い影が瀕死の女性を脅かしていますが、彼女の魂は無事に水を渡り、プールの向こう側にある霊界の陽光へと向かっています。 ■S.O.S(1914~1916年)
この画面は、さまざまに象徴的な解釈を生むことができるでしょう。「SOS」という近代的な意匠のタイトルから、緊急事態と、制作された時代が第1次世界大戦の最中ということ、画家であるド・モーガンが平和主義者であったということから、波高く、沢山の怪物がいて、人を殺して食べてしまおうとしている状況は戦争そのものに置き換えることも可能です。戦争のすべての罪のない犠牲者の象徴として画面の彼女は、きれいな白いローブを着て、助け(救い)を求めていることを意味しているかもしれません。当時のヨーロッパ(例えばセルビアまたは中立のベルギー)の攻囲された国から未熟な若い兵士まで。彼女は、障害の軍隊によって、包囲中で文明を代表するかもしれません。 もう一つの可能性は、数字が第一次世界大戦の間に無実の英国の自身の損失の象徴であるということです。その罪のない人が生贄として捧げられていると同時に、ド・モーガンは最終的な救済に対する望みを絵の中に虹の聖書の象徴を置くことによって抱かせます。 氾濫の後虹が慈悲深い神からの安心の象徴としてノアと彼の家族に現れたちょうどその時、この犠牲者は最終的な救出の徴候も提供されています。 |