ラファエル前派の画家達
フォード・マドックス・ブラウン『干し草畑』
『ヘンドンのブレント川』『穀物の収穫』
 

 

■「干し草畑」 The Hayfield (1855年)

ブラウンは主として歴史画を描きましたが、風景画も残しました。この作品は、ブラウン風景画の中でも佳品として評価されています。ブラウンの風景画はラファエル前派の主要な画家たちとは違って倫理観や社会批判その他の物語的な要素を織り込むことがなく、郊外の情景を提示したものでした。ロンドンの北、ミドルセックスのヘンドンで緑色の畑を東に見下ろす夕暮れの風景です。この作品の魅力のひとつは、その夕暮れの光に干し草にする草が刈り取られていない緑が映える光景、つまりり“緑に映える干し草の畑、刈り取られていない草の暖かさ、干し草の畝や積み上げが出来上がっていない緑豊かな恵み(サザビーズのカタログの解説から)”です。しかも、ブラウンは降り続く雨によって、景観の色彩が鮮やかさを増したことに注目していました。草はふだんより緑が濃く、荷車に積まれるのを待つ干し草の山は黄昏の光を浴びてピンクや赤に染まっているのです。この絵を見るのに最も適した位置は画面の左端で、そうすれば、仕事に疲れ、情景を眺めて一息入れる画家と同じ角度から絵を見ることができます。その画家のまわりにはパレットや絵の具箱などの道具が散らばっています。その画家の向こうには馬に乗った農場主が一日の仕事をほとんど終えた干し草作りの農夫に話しかけています。別の農夫を荷車を引く農耕馬の世話をしていて、子供たちは荷車で家まで乗せて行ってもらうのを待っています。満月がちょうど高く上り、夕日が西側の遠い家に当たっています。

ブラウンは、これらの人物たちについては特にモデルを描いた下絵を使用したりしていないので、ポーズなどは新奇なユニークさに欠けるかもしれません。しかし、全体としての構成は奥行きのある眺望や、中景から遠景にかけての丘陵の起伏など視界を区切る様々な要素は、ブラウンの作品ならではの特徴が表われています。ミレイとハントはこうした複雑な構成には興味を示さなかったものですし、詩的な色使いを駆使した実験的な情景を試みたこともないはずです。

夕暮れの薄明かりに照らされた、全体の光景はボンヤリとしておおまかに見えて、標本のように細かく明確に描き込むラファエル前派の描写とは異なる印象ですが、幻想的な雰囲気を作り出しています。それは、都会からみた郊外の夢といった趣を持っています。

 

■「ヘンドンのブレント川」 The Brent at Hendon (1854〜55年)

■「穀物の収穫」 Carrying Corn (1854〜55年)

ブラウンは「干し草畑」に先立ち、同じところで、1854年9月からこの2点の油彩画を同時に手がけました。午前中は「ヘンドンのブレント川」に熱心に取り組み、午後にはカンヴァスと絵筆を畑地にもっていって「穀物の収穫」を描きました。この午後の「穀物の収穫」のための屋外写生については、ブラウンの日記に、その情景が記述されています。“高く積み上げられた穀物の刈り束の山、その間に干し草の山と尖塔が見える。前景にはカブ畑、そして青空と午後の太陽”。その後の数週間、ブラウンはこの場所に20回以上足を運び、その都度2、3時間留まって絵を描いたそうです。しかし10月に入る頃にはこの主題にも飽きてきた模様で、“その後、畑に出かけたが、ありがたいことにこれが最後。もう、うんざりだ”、と日記に書いているそうです。完成した作品では、桃色の雲と空高く描かれた月の位置から一日の終わりが近いこと、そして手前でカブを収穫中の婦人や、刈り入れを終えた荷車に乗った農夫たちも、まもなく家路につくことが読み取れ、人物はしかし風景に紛れて、主たるテーマは畑地の労働ではなく、緑色のカブと黄金色の穀物の色彩の対比にあることが分かります。「干し草畑」と違って日暮れ前の強い光の下でそれぞれの景色の要素が宝石のような色で鮮やかに彩色されています。そこで、色彩の対比が生きてくるわけで、そこから受ける強い印象は、都市生活者にとっては眩しく映ることになります。ブラウンのこの作品には、都会の生活が人間を消耗させるものであるとして、自然と関わることによって精神的な癒しを得るというロマン主義的な理想が底流していると言えます。

一方、「ヘンドンのブレント川」も「穀物の収穫」と同様に、小さな作品ですが、絡み合う下生えと木立を流れる小川を画面に収めようとしたため、楕円形になっています。小川の水面に幹のねじれた木が映っていて、画面右の古木の根がこんもりと繁る木立を圧倒しそうな勢いで迫り出してきています。読書する若い女性のモデルは妊娠中のブラウン婦人が務めたとのことですが、生い茂る枝葉に紛れて姿をはっきり見ることはできません。この作品は、屋外でスケッチしてきたものをもとに室内のスタジオで制作されました。

 
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