ラファエル前派の画家達 エドワード・バーン=ジョーンズ 『アヴァロンのアーサー王の眠り』 |
バーン=ジョーンズの画家として人生最後の畢生の大作と言えるでしょう。作品のもととなった物語は、トマス・マロリ著「アーサー王の死」(第21巻5〜6章)から。戦闘で致命傷を負ったアーサー王は異父姉の妖姫モーガン・ル・フェイを含む3人の女王によって魔法の(妖精の)島アヴァロンへ運ばれ、王は永世の眠りにつきます。伝説では、その地で彼は安らい、起き上がって再度現世で信仰の行為を成し遂げよという召還の声を待っている。しかし、ここではその瞬間は引き伸ばされ、その結果を直接指し示すものは何ない。 この作品のきっかけは、カーライル伯爵ジョージ・ハワードが1881年秋に、今度は本拠地ナース城の図書室にアーサー王関連の絵を注文してきたことでした。しかし、その作品「アヴァロンにおけるアーサー王の眠り」は遅々として進まず、主題への画家の思い入れが強いせいではないかと、カーライル伯爵は注文をあきらめたそうです。バーン=ジョーンズはこうして「アヴァロンのアーサー王の眠り」を自分の思いそのままにたっぷり時間をかけと仕上げることとなりました。その間、全体の構想、構図は大きく変化していきました。最初計画されたときは三連画の形で、両側に裸体の「丘の妖精たち」がいて、アーサー王の目覚めの時を示す合図が出るのを見張っている、というものでした。この妖精たちは肉感的でミケランジェロ的に描かれていたため、後年の構想と調和しないものでした。その結果、彼はそれを削除し、物語のこの部分にふれるのは構図の外側に立つ三人の娘たちだけにするようになりました。さらに最終プランから外されたのが、アーサー王の横たわる僧院から程遠からぬ所での戦闘場面を示すという考えです。これは苦難を乗り越えたアーサー王の生涯(あるいは王の不在で乱れた世界)を表象するものです。しかし、それでは、平和な「眠り」の絵には相応しくないと考えられ、このアイディアはそのご破棄されました。そして、厳粛な雰囲気をかもしだすのに非常に重要な建物を拡大するために、中央部を外部世界から隔てる岩の境を除去することになりました。そうすることで全体の構図がはるかに単純で効果的になりました。女神や従者たちが全員立っている構図も試してみたのですが、これらの人物のために王が小さくなってしまうので、以前の型に再度配列しなおすことになりました。 その結果、最終的な構図がきまり、背景は圧倒的に建築的で、アーサー王の体の真上に光を浴びる大理石の天蓋があり、そこには聖杯の伝説が描かれています。そして、左右にはコロネードが伸びて黒い大理石の柱と東部風の首都で中央の物語を囲みます。建築自体は中世の影響を受けている外の城壁と木々や花でいっぱいの庭園に二重に囲まれています。それの花は再生を表わす春の情景で「勿忘草」をはじめ「ケシ」すなわち「眠り」など、それぞれ象徴的な意味が込められています。 中央には致命傷を負ったアーサー王がベンチに横になっています。バーン=ジョーンズは横になって眠るという題材を数多く描いてきましたが、その中でも代表的なのが「眠り姫」の連作で、その「眠り姫」が横たわる画面では、周囲の従者たちも眠って全体に水平の画面をつくり、それが間近に迫る王子との結合を暗示しています。これに対して「アヴァロン」ではそれがなく、垂直線(女神たちと建物)が位置をずらしながら連なっていて、これらが未解決の瞬間を表現する手段となり、また同時に静けさを強めている。つまり、伝説にある王の目覚めは引き伸ばされるのです。バーン=ジョーンズは、さらに構図に物語の実質を反映させています。すなわち、リズムの集中を彼が許容する唯一の面は、眠る王のまわりで女神たちが繭玉を形作っている中央部であります。また、この絵の色調は、しめやかな主題に合わせて全体的に抑え気味ですが、そのなかでこの中央部はひときわ明るい色を使っているのです。 それはアーサー王の眠り(死)を、彼が不滅の存在となったということを象徴させていると言えると思います。
1888年、オーストラリアで財を得た富豪がミドルセクス州スタンモアの邸宅用に室内装飾を注文に応じて、アーサー王と騎士たちの「聖杯探究物語」の主要な場面を描いた装飾タペストリを制作します。その下絵から発展し制作された油絵です。 円卓の騎士随一の槍の名手で美男のランスロットは、聖杯を祀った礼拝堂に辿り着き─「馬をつなぎ、楯を木に掛け、中へ入ろうとすることができない」。そこで「甲冑を脱ぎ、剣を外し、寝てしまい」夢を見ます。その夢では、重傷を負った騎士が夢に登場し、聖堂前で拝むと祭壇が現れ、傷が治り、聖杯はまた聖堂に入ってしまいます。足元で寝入っているランスロットを見て訝る騎士に、傷の騎士の従者は「この騎士は大罪を犯して内密にしているのです」と教えます。こうして、王の妃と不義密通を働いた罪で聖杯を手にできないということをランスロットは自覚させられ、目を覚ますのです。と声がする─「ここを立ち去れ、この聖地から消えよ」。ランスロットは泣きながら立ち去り己の生を呪うのです(トマス・マロリ著「アーサー王の死」第13巻18〜19章)。この作品は、その場面を描いたものです。聖堂の前に立つ天使はこの声を描いたものと言えると思います。 |