オットー・ネーベル展
シャガール、カンディンスキー、クレーの時代
 

 

2017年11月4日(土)Bunkamuraザ・ミュージアム

ちょうど学園祭のこの日、大学のサークルのOBで集まって旧交を温めようと、午後にキャンパスで待ち合わせ。折角都心に出るのなら、と早めに家を出た。昼前の渋谷は休日でもあるのか人手が多い。いつものことだが、Bunkamuraザ・ミュージアムへは電車を降りてから建物に入るまでの間が、まったく雰囲気もへったくれもなく、ただ人ごみを我慢しながら早足で駆け抜けるのが好きになれない。美術館に入ると、休日の昼前という時間ゆえか、もともと知名度がそれほど高くない画家の展覧会であるがゆえか、作品の前で順番待ちをすることもなく、かといって閑散としているというのでもない、落ち着いて作品を見るのにちょうどいいほどの静けさと緊張感のある雰囲気。わたしも、この画家については、その名前を聞いたこともありませんでした。折角都心に出るのだからついでにどこか寄り道しようと、美術館でもと物色していたら、この宣伝パンフレットの画像とシャガール、カンディンスキー、クレーと一緒に活動していたというので興味をもったのでした。

この画家の簡単な紹介とこの回顧展などついて主催者あいさつから引用します。“主にスイスで活躍したドイツ出身の画家オットー・ネーベル(1892年〜1973年)は、1920年半ばにワイマールに滞在し、バウハウスでワシリー・カンディンスキーやパウル・クレーと出会い、長きにわたる友情を育みました。特に、その後半生を過ごしたスイスのベルンでは、共にドイツから移住した晩年のクレーを支え、家族ぐるみの交流を持っています。ベルンのオットー・ネーベル財団の全面的な協力を得て開催される日本初の回顧展となる本展は、バウハウス開校100周年(2019年)を前に、若い日のバウハウス体験に始まり、素材やマティエールを追求し続けた画家ネーベルの知られざる画業を、風景を色彩で表現した『イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)』を始めとするスケッチブックとともに紹介します。さらには、建築、演劇、音楽、抽象、近東など彼が手がけたテーマに沿って、クレーやカンディンスキー、シャガールなど同時代の画家たちの作品も併せてご紹介することで、色と形の冒険家たちの一人として、ネーベルが様々な画風を実験的に取り入れながら独自の様式を確立していく過程に迫ります。”また、この回顧展に協力したというオットー・ネーベル財団からのメッセージではネーベルを次のように紹介しています。“1892年にベルリンで生まれたネーベルは、画家であると同時に詩人でもありました。彼は、言語と造形芸術が交わる領域での実験を可能にするふたつの天分を備えていたということになります。若い時分における建築技術者としての修業経験は彼の作品の多くに反映されており、われわれはネーベルにおける色彩と形の体系的な分析を、『イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)』や、記号とルーン文字を用いた抽象的な作品を通して知ることができるのです。”この紹介では、具体的なことが何も語られておらず、というよりは言えないといった方が適当かもしれません。この紹介でも名前が出てくるカンディンスキーやクレーのように美術ファンが見れば、ひと目でそれと識別できるような突出したものを具体的に指摘できるような画家ではないということです。その代わりに、かれらと親しく付き合ったという人柄とか、そういうものを紹介せざるを得ないというタイプ。芸術運動の中にいながら、スターの影に隠れて埋没している、人柄はよくて、それなりに運動を進める力はあるけれど、運動に貢献するところで、そこからの果実はスターに持っていかれてしまう、そういうタイプを紹介するさいには、このような紹介の仕方になってしまうのでしょう。この回顧展の主催者でも、シャガール、カンディンスキー、クレーといった人たちの作品をもってきて、ネーゲルとの付き合いとか時代の雰囲気といって並べて展示していたのは、ネーゲルの作品のみの展示では場が保たないと感じたからではないかと思います。私の言い方は意地悪でしょうが、実際の作品を見ていくうちに、そういうネーゲルの苦労と、結構いけるのではないかという発見もありました。実際、展示に見入って、予定していた時間に美術館を出ることができなくなって、集まりに遅刻してしまうことになってしまいました。それは、これから見ていきたいと思います。

プロローグ:オットー・ネーベル─「シュトゥルム」と「バウハウス」時代の芸術家

1.初期作品 Early Works

2.建築的景観 Architectural Views

3.大聖堂とカテドラル Domes and Cathedrals

4.イタリアの色彩 The Colours of Italy

5.千の眺めの町 ムサルターヤ Musartaya, the City of a Thousand Views

6.「音楽的」作品 《Musical Works

7.抽象/非対象 Abstract/ Non-objective Paining

8.ルーン文字の言葉と絵画 Runes in Poetry and Image

9.近東シリーズ The Near East Series

10.演劇と仮面 Acting and Masks

11.リノカットとコラージュ─ネーベルの技法の多様性 Linocuts and Collages-Otto Nebel’s Technical Diversity

 

プロローグ:オットー・ネーベル─「シュトゥルム」と「バウハウス」時代の芸術家

1.初期作品 Early Works

プロローグのオットー・ネーベル─「シュトゥルム」と「バウハウス」時代の芸術家はお勉強の時間、というのか埋め草のような展示なので通過しました。

初期作品として展示されていたのは、主に1920年代の習作のような作品ということでしょうか。「山村」という作品。南ドイツ、バイエルンのコッヘルという山村に滞在していたときの作品ということです。水彩画ですが、水彩絵の具に特有の色の感じや、ぼかしやにじみなど効果のせいかもしれませんが、色彩のセンスは、ネーベルは天与の才能として持っていたのが分かります。原色に近い鮮やかな色を使いながら、決してどぎつくならない、色と色とが対立するような緊張関係を作らないで、見ている者には刺激的になっていません。また、画面に天地の関係が分からない空間になっていたり、人や動物が画面に浮かんでいるように見えたりする画面構成は、まるでシャガールのようで、画面中央にはシャガールを想わせるような緑色の牛(馬?)が背景とは不釣合いの大きさで描かれています。山荘風景というよりは、幻想といった方がいいかもしれません。同時に展示されていたシャガールの「私と村」の左手に白く描かれている馬と「山村」の真ん中下の緑色の牛を比べて見ると、よく似ていると思います。また、パウル・クレーの「いにしえの庭に生い茂る」の庭に繁る草を上からなのかもしれないが、どの視点でみているか分からないのに、どこか秩序があるように落ち着いているのに、発想が似ているようにも見えます。

シャガールの作品と似ている作品であれば「アスコーナ・ロンコ」の方が、もっと似ているかもしれません。この作品は、さらに、色のぼかしやグラデーションを施しているところなど、カンディンスキーのムルナウ時代の抽象に足を踏み出そうとしていた時期の作品にも似ていると思います。これらの作品を見ていると、ネーベルが新しい芸術を作っていこうとする仲間に恵まれて、彼らから刺激や影響を受けていたことが想像できます。おそらく、ネーベルという人は“いい奴”だったのではないかと想像できます。ただし、この“いい奴”というのが曲者で、それは必ずしもすばらしい作品を制作する人とは結びつかないからです。これらの作品を見ていると、シャガール、クレー、カンディンスキーといった人々に埋もれてしまっている感が否定できません。ネーベルの突出したところがなくて、これらの作品で三人の画家の要素がないところがネーベルという、いわばシャガールでも、クレーでも、カンディンスキーでもないという否定からでしか語ることができない、しかも、そういうところがなかなか見つけにくい。そういう性格は、ネーベルという画家の作品に終生ついてまわったのではないかと思われます。それは、私が作品を見るかぎりでの想像でしかありませんが。

「二枚のパレット」という作品です。私は、この作品にネーベルらしさが生まれてきたというように感じました。パレットや画材を類型化し図案化したような作品です。他の画家たちが物体の外形を写すことから自分が認識するという方向で事物の外形から脱皮していこうとしているときに、あえて外形を取り出して図案のようにするという、どちらかというと後ろ向きとも捉えられかねないものを描いている。そこに、周囲の画家たちが内面の目とか抽象といったことにむけて突出していこうというのを見ていながら、そこで振り回されることなく自身を保っているネーベルという人の姿が見える気がしました。しかし、私が、この作品に彼らしさが現れてきているのではないかと感じたのは、そういう点だけではなく、むしろ画像では分かり難いのですが、画面の表面、絵の具の塗り方とか筆の使い方です。この作品の表面が平らではなくて凹凸になっています。べつに絵画の表面が絵の具で凹凸があるのは珍しいことではなくマチエールという物質感をだして絵の具を盛っている作品も少なくありません。しかし、この作品はそういうのではなくて、例えば四角いパレットはタテの方向に絵の具の塗り跡が凸凹になっています。それは、まるで木目のようでもあり、模様のようでもあります。そのパレットの左側は木彫の浮き彫りの跡のような凸凹になっています。これは、展覧会場で照明が当たると、絵の具が光ったり、その影ができたりと、微妙な陰影が生まれるので、実物をみるとよく分かります。それによって画面に変化が生じてくるわけです。これは、あきらかに、ネーベルが絵の具を塗るときに意図的にやったことです。そして、この凸凹が細部に変化をつくっていくネーベルの特徴につながっていくように、私には思えました。それが、私の目に映ったネーベルの突出したところです。

「避難民」という作品は、ネーベルが自身の特徴を自覚しつつ、その方向で試行を始めた作品ではないかと思います。ここでは細かな点描が試みられています。避難民の人間の外形は図案のようですが、その細かな点描は様々な色が並んで配列されています。ここに、ネーゲルのミクロコスモスとも言うべき、こまかな、目を凝らしてみると、そこにはミクロの秩序がある、それが、このあとどんどん細かく精緻になっていきます。この作品のとなりクレーの「腰かける子ども」が並べられていましたが、人間の外形は似ていますが、これらを比べると明らかに違うタイプの絵画になってきていることが分かります。「クレーの場合、具象的なイメージを持って描き始めたのではなく、線や色彩から入り、あるタイミングで具象的なイメージと結像するのであって、『はじめにイメージありき』では決してない。」と言われるようですが、ネーベルの作品は明らかに描く前から画面構成は設計されているからです。そうでなければ、細かい点描とすることはできません。

 

2.建築的景観 Architectural Views

もともとネーベルは建築の専門家として出発した人だそうで、計算された秩序が構造として現れたものとして、建築を描く対象として好んだということは理解できます。“ある村や町の建築的な輪郭を、いくつもの手順を経て一筆ずつに解体し、ふんわりと描くような透明感に包み込んでいることがわかる。ペンによる「ハッチング」を重ねた層は、対象である建築物の重量感を打ち消し、風景に空気のような軽やかさを与えている。繊細な線の層によって、色彩の重なりは透明となり、建物は無重量化する。”と解説されています。

「建築のフォルムと緑」という作品です。そのタイトルの通りに建築のフォルムが幾何学図形のように線と面に解体されています。建築の立体感とか存在感は平面化されて色彩を施された影のようです。でも、解説もそうなのですが、そういう見方をすると、バッと見でもそうなのですが、クレーがチュニジアで新たな色彩を見出したときに街の風景を描いた作品なんかと変わらない印象になってしまのではないかと思います。むしろ、私には、この作品ではハッチングがあからさまになって、ネーベル自身が、その面白さ、自身の性向に気づき始めたころに、この作品の面白さがあるのではないかと思います。ハッチングというのは“ハッチングとは、絵画や製図について行われる描画法の一種で、複数の平行線を書き込むことである。ハッチングは元々「細かい平行線を引く」という意味の英語である。絵画技法としては、細かく(あるいは粗く)平行線を引き重ねていくことで、絵に重厚感を与えることができる技法として知られている。また、それぞれ異なる方向を向いて書かれたハッチングを重ねて線を交差させていく描画法は、特にクロスハッチングと呼ばれる。”まんがのカケアミという技法も、その一種かもしれません。ちなみに、このカケアミの技術においてはあすなひろしというマンガ家の原画をみると目眩がするほど細かい作業であることがわかります。それをネーベルを突き詰めようとした、その表われが建築的景観を対処とした作品にあると思います。その意味では、建築という対象は適したものではなかったかと思います。

「プロイセンの塔」という作品は、そのハッチングが縞模様のように画面を彩る効果をあげていると思います。

「聖母の月とともに」では、だんだんハッチングが細かくなってきて、その細かさが画面に目を近づけてよく見ないと気がつかないようなものになりつつあります。ここで印象派のスーラの点描を指摘するのは見当違いかもしれませんが、絵の具を混ぜて塗り分けるのでは表わせない微妙な色合いや透明感が、ここでは、見る者にはそれと気づかず見せているものになっていると思います。ただし、ネーベルは印象派の画家たちのように光を捉えようとして点描という技法を使ったのではなくて、微細なレベルでの秩序を積み重ねていった結果、そういうものができてしまったという気がします。そもそもヨーロッパの建築というのは石を積み上げてドームやアーチ、あるいは家型を形成させていったというところがあります。部分である石がまずあって、それを積み上げた結果として建物ができた。それはネーベルの作品にも似たようなことがいえる、とここで展示されている作品には当てはまってくるのではないかと思います。だから、ネーベルの建築的景観を扱った作品が、一見クレーに似ているのは、結果であって、もしかしたら建築を平面化するアィディアはクレーに倣ったのかもしれませんが、その細部について目を凝らしてみれば、全く別物の作品であるわけです。別に似ていると誤解されても、それは見ている奴が、よく見ていないからだ、と言えるわけです。

「建築的な青」という作品です。ここでは、細かなハッチングが建築の構造的な秩序と必然的なように結びついたという一方で、色という要素との結びついたときの効果が生まれていると、私には見えました。ネーベルが自覚して、意識的にそうしているかどうかは、私には分かりませんが。何を言っているのか、読んでいる人には、分かり難いかもしれません。独りよがりの言葉づかいになっていますが、この作品では、一部でグリーンの部分がある以外は、すべて青系統の色が使われています。その青が建築を平面にしたような幾何学図面のような画面で塗り分けられています。それだけであれば、モンドリアンの幾何学的な塗り分けたコンポジションと同じような作品ですが、これは全く違います。それは、色を平面的に塗っているのではなくて、細かいハッチングのよる色のポイントが敷き詰められているからです。そこに、たんに平面的に色を塗ったとはまったく異なる効果を作り出しているわけです。例えば、モンドリアンの場合には違う色の塗られた部分が対立するような緊張関係を作り出しますが、この作品では、違う色が隣り合っても、境界線が鮮明でなく、境界線のところでは互いに浸透し合うような親和的な感じがします。しかし、グラデーションのような境目がなくなってしまうのでもない、そこに独特の曖昧さが生まれています。しかも、色の塗られている部分が一様ではなくて、ハッチングされた図の部分と下地の地の部分があるわけです。それが、同じ色が塗られた部分で複数あっても、ハッチングの違いによって、見え方が異なってくる。その違いが独特の色の見え方をしています。それを整理して秩序の中で見せるには、建築的な秩序が都合がいいというわけです。このような、細かいハッチング、建築的な秩序、色の三要素が互いに結びついて、このような画面になった、そういう見え方がしました。それは、結果としてなのか、意図的に作られたのか、それは、この作品を見ている限りでは、何とも言えません。ただ、当初のシャガール、クレー、カンディンスキーといった人々に埋もれてしまいがちという印象から、ネーベルという画家に対する見方が変化してきたように思います。

 

3.大聖堂とカテドラル Domes and Cathedrals

ネーベルは何十年にもわたり、教会の内部空間を描いた多くの絵画を制作し、画家自身も「大聖堂の絵」と呼んでいたといいます。前のコーナーの展示が建築的景観という、建築物を好んで描いた画家なので、特徴ある建築物として大聖堂を描くことには不思議はないということでしょうか。しかし、とはいっても、前のコーナーの作品と違って、ここでの「大聖堂の絵」は大聖堂の特徴ある外観ではなく、内部ばかり描いています。しかも、普通に考えられる大聖堂の内部空間の特徴として考えられる、高い天井や広い空間、薄暗い空間にステンドグラスを通して降り注ぐ光、石造りの押しつぶされるような重量感といった要素は、まったく作品にはありません。これで、いったい大聖堂を多数描いたのは、何を求めてなのか。

「煉瓦の大聖堂」という作品です。柱の隙間の奥にステンドグラスが見えるというのをデザイン的に描いた作品と言えると思います。しかし、私にはそれが便宜的に思えてきます。何本もある柱は、単に画面での垂直の直線の帯で、そこに煉瓦が積まれたように思わせる直線による模様が入っている。その模様のバリエーションと、赤茶色。つまり煉瓦色のバリエーションを効果的にみせて、それだけでは単調になってしまうので、アーチ型の縦長の窓型で系統の異なる色を配してアクセントとした。こういうデザイン構成にするときに、大聖堂の内部という名目が、うまく当てはまった。実際に、そういう名目でデザインされたとして見ると、色遣いのセンスの良さもあって、垢抜けていてお洒落な感じがします。

「高い壁龕」という作品は、同じようなデザインで色調を変えてみると、違った印象になる。そうなると、量産ができることになります。というと言いすぎですね。

「青い広間」という作品です。色の感じは、前のコーナーで見た「建築的な青」とよく似ています。この作品の場合、上の二作品に比べると秩序だったパターンから外れています。むしろ、柱と見える縦の帯の間は複雑に入り組んでいます。空間として、どうなっているのか分からない。

これらの作品を見ていると、前の「建築的景観」のコーナーで建築のフォルムが幾何学図形のように線と面に解体されていく、というように見ていましたが、それとはちょっと違うように思えてきました。フォルムというと形態、つまりかたちを純化していった、つまり抽象していったということになります。しかし、ここでの「大聖堂の絵」を見ていると、大聖堂の室内のフォルムを抽象していったとは思えない。むしろ、抽象的なデザインをある程度つくっていて、それが大聖堂の空間の感じに、うまく当てはまるようなので、それに寄せていって、このような画面になったように、私には見えます。大聖堂をデザイン的に描いたと聞けば、見る者は、何の疑問もなく、お洒落なセンスとでも思いながら作品を見るかもしれません。この作品が、見る者にとって、とても親しみ易くなるのは間違いありません。さらに、大聖堂の絵として見ることで、大聖堂というイメージには寄与しないものを見落としやすくなります。画家としては、見る者の目に対して隠蔽することができるわけです。隠蔽とまでは行かないまでも、それを前面に出すことを避けて、その実、それが生み出す効果を見る者に対して、効果だけを示すということが可能となる。そういう作品になっているのではないかと私には思えます。いわば、料理でいう隠し味のようなものです。そして、この隠し味こそがネーベルという画家の作品をつくっている基本要素であるように思えてきたのです。それは何かというと、細かなハッチングです。

「大聖堂の絵」は、どれも比較的大きなサイズの作品ですが、その画面の前面にわたって微細なハッチングが、それこそ病的にびっしりと埋め尽くされています。ササッと描いたような模様の模様部分と地の部分とを丁寧にパターン分けしてるわけです。ハッチングの線の交差だけではない、線を交差させて、その囲まれた部分を細かく塗りつぶしまた別のパターンとする、みたいな凝ったのも少なくない。あとレンガ模様みたいなものもあります。それらが動かしがたくガッチリキマっていて、それだけで堅牢な印象なのです。大聖堂という石造りの重厚な建築物を描いているから堅牢なのではなく、細かなハッチングの積み重ねが堅牢なのです。私は、このような大聖堂のような大きな建築物を対象とした作品を、サイズの大きなキャンバスに向かって、間近にルーペで見なければ分からないほど細かな作業を執拗に繰り返している、ネーベルの姿。キャンバスに張り付くように接近して、猫背になった身を屈めて、同じ姿勢をずっと続けて、指先を痙攣させるように細かく動くのを執拗に繰り返す。私は、そういう姿を想像してしまいます。その姿は、クレーやカンディンスキーでは想像すらできません。彼らであれば、キャンバスから距離を置いて全体を把握しようとする姿や考え込んでイメージを膨らません姿を想像するでしょうか。これは、単なる私の妄想で、実際に彼らが、どのように描いていたのかという実際とはかけ離れた想像であるかもしれません。しかし、私には、そう妄想させるところがあるのです。それぞれの作品に。しかし、彼らの作品は、よく似ていることは否定できません。ネーベル自身もそのことを、分かっていて、敢えてそうしていたのではないか、これは私の想像ですが(また、無根拠な想像をしています。それだけ、私は主観的に自分勝手な物語を捏造して絵を見ているのですが)、ネーベルという画家には表面的にはクレーやカンディンスキーに似てしまって、彼らの影の埋もれてしまうことがあっても、その実、細部では、彼らとは全く異なる彼独自の、ちょっと病的な世界を分かる人にだけ分かるように、わからない人には分からなくてもいいとして、秘かに続けていたのではないか。それは、時代と環境のなかで、体制から迫害されることから自身の生命と芸術を守るための策略でもあったかもしれませんが、何か二重性格のようなものが、ネーベルの作品にあるような気がします。それは、実際に作品を、作品の細部を目を凝らして見た印象から捏造した物語ではあります。

 

4.イタリアの色彩 The Colours of Italy

ネーベルは、1931年に3ヶ月間イタリアに滞在した折に、「イタリアのカラーアトラス」を制作したそうです。“この図鑑は以後の絵画制作に必要不可欠な基礎となるものだった。個々の図の対向頁に書き込まれた解説で、ネーベルはそれぞれの光景を眺めた際に湧き上がった主な感情を書き留めている。風景の中でその色彩が多く見られ、「響き」が際立っていればいるほど、色彩の幾何学的な形や四角は大きく描かれる。ネーベルは家々の壁の色、漁船。オリーブや松の森、山脈や海岸といった様々な事物も、その響きによって「肖像」として描いている。最終的には、ネーベルは個人的な視覚体験と一定の色彩とを対応させることによって「心理史学的な」カタログ化を目指し、これを尺度として以後の創作に必要な基礎を築いたのである。”と解説されています。まあ、そんなものかもしれません。展覧会のパンフレットの表紙にその部分が使われていることもあり、この展覧会の目玉のひとつということなのでしょうか、会場でも割合スペースをとって展示されていました。私には、色彩のこのノートへの塗りはベタ塗りで丁寧さがなく、これは単なるメモ程度にしかおもえませんでした。参考出展されていた「色彩の原型帳」の方が原色に近い鮮やかな色で、こちらの方が印象に残っています。いずれにしても、これらには、ネーベルの作品の病的に細かいものがなくて、作品の舞台裏程度にしか感じられません。それよりも、作品をもっと見たい。

それで「シエナV」という作品を見てみましょう。「イタリアのカラーアトラス」を制作した経験を生かして、煉瓦の建築物の煉瓦色が全体を支配し、濃淡、赤錆色とオリーブ色のアクセントがリズムを与えられている、といいます。とはいっても「煉瓦の大聖堂」と色調は似ていて、建築のフォルムが幾何学図形のように線と面に解体させることが、いっそう進んで模様のようになっている、といった方がいいと思います。しかも、煉瓦の表面のザラザラした感じに似たようにハッチングを施している。そのことによって、ハッチングの方向がストライプのように見えて、その組合せが、色彩の変化以上に、画面に変化や動きを与えているように私には見えます。

「トスカーナの町」は大聖堂の絵でいえば、「青い広間」に相当するように、「シエナV」が赤系統であるのに対して、青系統です。一見しての印象ですが、ブラックの分析的キュビスムの作品に似ているようにも見えます。

むしろ「地中海から(南国)」という作品で、点描であることをあからさまにして提示したことの方が、私には、ネーベルが二重性格の隠された姿を垣間見せた、しかも分かり易い形で、という点で魅力的に映りました。全体の印象は淡い色調で、必ずしも南国風ではない。この作品では、点描という名目で、細かい作業の細かさを少し細かくしないで、その効果が普通にわかる様にしていて、カンディンスキーもクレーもシャガールもやろうとしないことをやっていることを明らかにしています。しかし、それゆえにネーベルの作品の中では微温的と映る。それは、私がネーベルの病的なところに捉われているからなのですが。 

 

5.千の眺めの町 ムサルターヤ Musartaya, the City of a Thousand Views

ムサルターヤというのは架空の町だそうです。1937〜38年にフィレンツェに滞在していた際に『千の眺め町ムサルターヤ』という約130点にわたる各種の作品によるシリーズを制作しました。ネーベルはフィレンツェなどイタリアの印象をベースに多くの人々の住む架空の世界を想像し、人物たちに名前や地位を加えることで物語がつくられるようにしました。しかし、物語としてのテクストをつくったわけではないようです。描かれている建築はビザンチン様式のようなオリエンタルな風情で、人物もそういう雰囲気です。その中からの展示です。

「ムサルターヤの町]V:モザイク、スルタ王」という紙にテンペラで描いた作品です。見ればわかる通り、古代や中世のモザイクのようです。ネーベルはラヴェンナ滞在中に習得したと解説されています。筆を用いて、モザイクのように石ひとつひとつを画面に描いて、モザイク画としていた。この作品は、まさに、そういう作品です。モザイク画といい、オリエンタル風の人物とはいいますが、これはモザイクではないのです。だからというわけではありませんが、この作品を見ていると、点描画とはまた違って、視覚を微分されるような感じと、ちょっとした違和感に捉われるのです。点描というのは、印象派の画家たちが光を独自な方法で表現するとか、絵の具の色彩を鈍くさせないとかいうように表現方法のひとつであって、基本的に見えているものは同じです。しかし、この作品の場合には、その見えていることがバラされているような感じになってしまうのです。点描のように色のドットの集まりとしてではなくて、モザイクの粒という物質を描いているということからかも知れません。それよりも、そのモザイクを貼り付けている下地のセメントの部分、つなぎが明確な線となってはっきりと描かれていることにあるかもしれません。点描にはなかった各点の境目を直線ではっきりと表わされていると、その線に分割されていくように見えてくるのです。それゆえ、視線の焦点を、この線に合わせると、人物の横顔を描いた作品から、縦横の細かな四角形の幾何学的な配列になっていく気がするのです。実際のモザイクであれば、石やタイルという制約された素材を用いて図像を作っていくのであって、視線はその描かれた図像に導かれます。しかし、この作品では、石やタイルのような素材を用いているわけではなくて、紙にわざわざ石やタイルのようなものを描いて、その配列によって顔の図像をつくっているのです。だから、直接描いているのは石やタイルということになります。しかも、その石やタイルはひとつひとつが実在感のあるようなものとしては描かれていなくて、一種の記号のように同質的に描かれています。それゆえに、この作品での人物の横顔は、石やタイルの配列の変更によって全く別のものになり得るのです。だから、この作品で描かれている対象は石やタイルと言うこともできる。

それは、これまで見てきた作品で、ネーゲルは、一見わかりやすそうな抽象的な画像に、実は細密なハッチングを執拗に描くということをやってきました。そこから、ここでは細密なハッチングに代わって、モザイクの石やタイルを見る者にもちゃんと見えるように描くことによって、作品が描いている対象が抽象的な内容とか人物とか建築物とかいった何か意味のあるとしての対象ではなくて、ひとつひとつのこまかな意味を構成する部分、この作品の場合には石だったりタイルであることを明確にした、と私には思えるのです。

これは、こじ付けかもしれませんが、この同時代には原子物理学とか生物学の分野では細胞といったミクロの分野の探求が進んで、静物は微細な細胞の集積であるとか、世界とか物体といったものは原子という粒子の組合せによってこうせいされているとか。そういったことが、数学のような抽象的な純粋理論から物理学のような実体の伴う技術を派生させるものとして、現実化してきたのに歩調を合わせているように思えるのです。その際に、目の前にあって触ることのできる堅固な金属の筆記具が、幾種類かの原子が配列されて集まっていることに過ぎないということになると、その堅固さがかりそめのことにように感じられて、この世界が堅固に在るという常識が崩れてしまうような気がしてくる。そういう分解してしまう感じが、このネーゲルの作品からは感じ取れるのです。これは、私の妄想かもしれませんが。これは、クレーやカンディンスキーといった画家たちの作品には感じられないのです。

「ムサルターヤの町W:景観B」という作品です。これまで、建築物や町の建築的景観を図面のような直線と曲線の幾何学模様のように描いていたのが、この作品では全体に歪んだ感じになっています。それは、オリエンタルの雰囲気ということもあるのでしょうが、モザイクともハッチングとも点描とも、いずれにせよ世界をつくっている原子のような粒子が画面の上で隠れていたのが、顕在化し、それによって全体としての画面が作られることが明らかになったということではないかと思います。つまり、町という対象を原子をレイアウトして描くというのではなく、原子のロジックでつくられた結果が町の風景となった。そこでは、もはや描かれた結果として町という、描かれた意味はどうでもいいことになる。それは具象だろうが、抽象だろうが、何か描かれた対象が全体として何らかの意味づけがされるという点では同じことです。ネーベル自身は、対象画とか非対称といっているようですが。ここでは、そういう考え方の実践の萌芽が見られるのではないでしょうか。

 

6.「音楽的」作品 《Musical Works

当時、抽象的な絵画を志向していた人たちが音楽の感じを絵画にしようとしていた、それにネーゲルも同じように音楽用語をタイトルにして、音楽の効果を目指すような作品を描いていたということです。ただ、ネーゲルの周囲にいた人たち、例えばカンディスキーが先輩にあたり、それに引っ張られてのことなのでしょうか、出来上がった作品を一見すると、カンディンスキー風という形容をしたくなります。何と言ってもカンディンスキーは道を拓いた先駆者であるわけですから、『芸術における精神的なもの』で、“音楽の音色は魂へと直接に通じる。人間は「自らの内に音楽を持っている」ので、音はそこで即座に反響を得るのだ”と1910年に言ってしまっているのですから。その後の人は、どうしたってカンディンスキーの拓いた道をついていくことになってしまう。会場には、そのカンディンスキーの作品も並んで展示されていました。例えば、カンディンスキーの「三つの星」という作品ですが、水色に塗られた地が、音楽でいえば基調とかベースといったことになるのか、そこに浮遊するように顕微鏡でみる微生物のような不思議なものが漂っている。直接、音楽をテーマとしているわけではありませんが、音楽を感じさせるところがある。ここで展示されているネーベルの音楽的作品の画面の構成と基本的に共通するところがある、というわけでしょう。この作品を、コピー、例えば展覧会カタログのような写真製版の画集や画像データをとりこんでデイプレイで見比べると、ネーベルの音楽的はカンディンスキーの作品の影に隠れてしまう。ネーベルの作品には、カンディンスキーの作品には強く感じられる即興性、自由気ままな感じ、そこから動きへの想像を掻き立てられて、の動きが音楽のリズムだったり、音楽を聴いたときに感じる空気感とか感じといった明確に視覚的なかたちにならないものが、ネーベルの作品からは、あまり感じられないのです。ネーベルの作品の不思議な形や、それが画面中に配置されているのは、空間的な構成を計算してデザインされて、いからもそれらしい形をなぞっているようにしか見えないのです。そこに即興性とか動きを想像することは難しい。その点でカンディンスキーの作品の方が圧倒的に音楽的なのです。

しかし、です。会場でリアルに現物を見ると、それが逆転とまでは言えませんが、ネーベルの作品がカンディスキーとは別の独自の音楽を感じさせる作品になっているのです。「コン・テネレッツァ(優しく)」という作品です。ここに貼ってある画像は小さいので分からないでしょう。しかし、カンディンスキーの「三つの星」の背景が水色に彩色された地のようになっているのに対して、この作品では背景に同じように彩色されているがムラがあるにように見えるのではないでしょうか。現物を見れば一目瞭然なのですが、ぜひこの画像にリンクを貼ってあるので、そのリンクを追いかけて大きな画像を見てみてください。現物には敵いませんが、その特徴の一端くらいは分かると思います。ぜひ、画面に目を接近させて、画像のどこでもいいから一部に焦点を合わせて目を凝らしてみてください。例えば、背景は薄い紫で彩色されていますが、そのムラは模様のように規則的であることが分かります。その規則的になっているのは、模様のように大雑把に映っているのは、無数の細かなハッチングが集まって模様のように見えているのです。そのハッチングというのも、紫のところの一部を見れば、濃い紫が波を打っている(ここでは、これ以上細かく見ることはできないので、便宜的に波というにとどめて置きます)上に、水色の丸い形(この丸の中にも細かく描かれているのでしょうが、これ以上は追跡しません)と少し薄いピンクが入った紫系統の棒状の形態が微妙に形や配置を変えながら、顕微鏡で細胞を見た時に細胞膜に囲まれた中をミトコンドリアやリゾームが浮遊しているように見えるのと似たような、動きを伴うように、それがルーペで見て漸く分かるほど細かく、びっしりと描きこまれているのです。それを画面全体で見ると、その細かいのが蠢いて、画面全体に動きを作り出している。だから、画面に不思議に形態が図案のようにありますが、その形態が細かく変動しているように、形態の境界が曖昧に見えてしまうのです。それは、喩えていえば、絶えず流動していて止まらない音楽の音の動きのようなのです。そして、このような音楽の動きというのは、カンディンスキーの「三つの星」からは感じられないものです。

「青い動き」という作品は、まさに青い色が動いているように見えてくるのです。背景の画像では青く彩色された部分の細長いハッチングの施されたところを、近寄ってルーペでも使って拡大してみると、ここでも凄いという言いようのない、細かい仕事をしているのが分かります。仮に、この細かいハッチングをひとつひとつ丁寧に、執拗に、絵筆をとって、絵の具を塗り分けて描いている姿を想像してみるとします。ひとつひとつの仕事は本当に細かい、何度も言うように病的なほどです。それが、このそれほど大きくはない画面と言っても、その描く数は途方もない数です。気の遠くなるような数を、いつ果てるともないような作業を飽くことなく、執拗に続けるすがた。猫背になって、キャンバスを舐めるように目を近づけて、細い絵筆に力を込めて描いている姿を想像すると、寒気がしてくるほど異様な姿ではないでしょうか。すくなくとも、芸術家という系術の神に遣える晴れがましいイメージではなくて、悪魔に心を売ってしまった憑かれた姿に近いものです。こんな人が、パウル・クレーと一緒にいてもいいのでしょうか。

「かなり楽しく」という作品をみると、背景のグレーに彩色されたところのハッチングを見ていると、そこから感じられる動きが「かなり楽しい」と想像できるようになっているのが分かります。

つまり、ここで展示されている音楽的作品が、ネーベルの細かいハッチングが極限まで突き詰められて制作された作品群と言えるのではないでしょうか。この前の建築的作品もそうで、音楽と建築というのが性格が似ていて、ネーベルの病的といえるほど細かいハッチングは、その共通する性格に、うまくハマッたのではないかと思います。とくに音楽の方がよりハマッたのは言うまでもありません。それは、視覚的に現実の何かの対象、例えば、植物とか動物とか事物といったものを写すことで形態を作るものではないということです。その代わりに数学的なバランスを維持することを条件に、それぞれ独自の約束にのっとって形態が構築されていくものだということです。例えば、石積みの大聖堂は、重い石を積んでいって、天上のアーチやドームは石の重さのバランスをとりながら崩れないように石を積んで、あのような形になったものです。それは、細かいハッチングをひとつひとつ緻密に描いていくことで、ひとつひとつ描き足していくことで画面が出来上がっていくのと同じようなプロセスです。しかも、音楽の場合には建築での重力のような空間的制約がないので、出来上がる形の自由度は高くなります。「叙情的な答え」という作品では、ハッチングを様々なパターンで多彩に展開していて、その部分によって異なる効果が同時に別々に画面に生まれている多様な世界を作り出しています。

これらに比べると、展覧会チラシに引用されている「ドッピオ・モヴィメント(二倍の速さで)」という作品は、細部の突っ込みがイマイチで動きに欠ける作品で、他の音楽的作品に比べるともの足りなく感じた作品でした。

 

7.抽象/非対象 Abstract/ Non-objective Paining

ネーベルは、1936年に「新しい絵画の本質と精神」という講演を行い、“根本的には、芸術の中では『抽象』と『具象』の境界は存在せず、また存在し得ないと言うべきである。芸術においてはフォルムが、内容の表現だからである。”と言っています。つまり、すべての描かれたモティーフ、描かれた風景、描かれた肖像が、実物のものではなく、ただ見せかけの現実であり、独立した現実性や価値をもたないものと考えるとしたら、それはたしかに、どんな具象的な表現も抽象的なものであり、逆に考えれば抽象化された純粋なフォルムも現実であり、具体的なものであると言えるということです。そこには、具象絵画と抽象絵画とを区別することに何の理由はなく、同じように追求することに矛盾はないわけです。彼の創作は、例えば後の抽象表現主義のように、内的な感情や情動、衝動を直感的に汲み取ったものではなく、明確な思考を経て、分析的に構造を築き上げ、緻密な手作業の技術によって描き上げられたものなのだ。こんなような解説がされていました。それは、作品を見た印象とは遠くないものであるのですが、評論の言葉で語られると、もっともらしさはあるものの、とってつけたような印象もあります。具体的にどこがどうなのよと糾したくなりもします。ただ、これだけ細かい手作業で執拗に描くことに徹する、というよりそれしかないというときに、もはや具象だの抽象だのと理屈をこねている余裕はなくて、手が動いてしまっている、とはいっても、感情をぶつけるようなすぐに形になってしまうような描き方はしていないので、描くという行為に縛られて、その身体の動きのルールにしたがって制作をするほかなくなってしまっている、といった方が、私にはしっくりきます。結局、同じようなことを言っているのですが。

しかし、ここで展示されている作品は、建築的作品や音楽的作品の病的なところが見え隠れしている作品に比べると、ネーベルが手法を洗練させて、病的なところをオブラートに包むようにしていった傾向があると思います。

「ロンドレット(三つの三日月型)」という作品です。画像で見ると、青く彩色された背景は、さっきのカンディンスキーの作品の水色の背景のようにきれいに塗られていて、ハッチングが施されていないように見えます。色彩のきれいな、その色彩を引き立たせるように計算された幾何学的な図形というカンディンスキーっぽい作品です。それは画像で見るからで、実物を近寄って、表面に目を凝らしてみると、絵の具がきれいに凹凸の縞を作っている。マチエールといって、絵の具を物質としてキャンバスに盛り上げるように塗りたくる手法がありますが、そんな荒っぽいのではなくて、ネーベルは絵の具を立体的に盛り上げるように塗っているのですが、それを秩序立てて模様のようになっているのです。つまり、ハッチングで描いていたのを、絵の具の盛りによる凹凸の縞模様で替わりにやっていたのです。だから、よくみないと気がつかない人は気がつかない。そんなことをして分からないでは何の意味もないではないか、そこに何らかの効果が見えてこないのか。そういわれると、たしかに微妙に違うのです。そして、気がつくと、その違いが癖になってくるようなものなのです。それは画面の味わいとしかいえないかもしれません。一つあるのは、そこで画面に出来た凹凸に光が照らされたときの微妙な、画面の光の反射の違いです。そこで画面が様々な表情を見せるようになるのです。

「赤く鳴り響く」という作品は、音楽的作品の展示の中に入れてもいいタイトルと音楽記号を想わせるような赤黒い線がダイナミックな動きを見せている、というように見える作品です。しかし、目を凝らすと全体に点描で、点と地がそれぞれに黒--白の段階分けを、土に点が乗ることで見る者にグラデーションを感じさせるように巧みに配色されて、しかも、点が平らに絵の具を塗られるのではなくて丸く盛り上がるように、ひとつひとつが丁寧に塗られていて、展示されている光の当たり方や見る者が画面に向かう角度になって影のできかたが異なってきて、微妙に陰影がかわってくる。そこで分かってくる表情の微妙な変化。そこに、細かい点描をする意味や効果を見る者に分かり易く提示するということに、ネーベルがたどり着いた、そこに、作品を見る者という他者をネーベルが実感として意識したことが具体的な証拠のように表れてきたと、私には見えます。つまり、それまでは、一見カンディスキーやクレーのような外観のうちで、ネーベルの嗜好する病的な細部を人目につかず自己満足のように描いていたという他者を避けるところがあったと思うのです。私には、そのような人目をはばかるところで、隠すように自己の抑えきれない細部への嗜好にはしってしまう病気のような作品に魅かれます。それが、ここに至って、他者の視線にうまく晒すようになるということで、それは洗練ということになると思います。同じことは、「黄色がひらひら」という作品にも言えると思います。この画面での、白い細かい点が際立っていて、散りばめられた黄色と対立したり、引き立てている様にセンスのよさが感じられます。見ていて、楽しいです。さらに言えば、「赤く鳴り響く」のそうなのですが、点描に線という要素が加わって、点描でひろがる画面を線が断ち切るように挿入されるという新しい画面の動きが加わっているということです。これによって、点描との対比がうまれ、画面の動きが多彩になっていると言えると思います。

ネーベルはカンディンスキーのフォルムや色彩は自然の表象から導くのではなく、画家の内面から汲み取られるものなのであるという主張を、彼なりに進め、精神的な意味での内的な光を可視化することを目指したと言います。このプロセスで出会ったのが『易経』で、そこに記されている複数の線を組み合わせた卦(ヘキサグラム)から自分の制作への後押しを感じ取ったと説明されています。「兌(喜び)」という作品は、そういう経緯で制作された作品のようです。兌というのは八卦のひとつで図のような卦(ヘキサグラム)ということですが、そうすると、この作品が易と関係があるのか、私には分からず、この説明は余計なお世話ということになります。何か、インスパイアされるものがあった程度のものではないかと思います。この作品から蛇行する線のように図形の絡む要素が現れてきて、建築物を題材にしていたり、直線による幾何学的な図形を取り扱ってきたのが、曲線の要素が増えて柔らかく有機的な形態に変化し始める。そして、線にだんだんと太さが加わり、その太さも一定でなく変化するように変わってきた。そういう変化が、この作品のころから生じている。また、展示の順番なのかもしれませんが、この作品の後になると、点描の使い方がさりげないものに変化していって、それに伴うように、画面が静かに、スタティックになって、以前のネーベルの画面にあった輪郭のメリハリが後退していくように見えます。

「幸福感」という作品です。これは洗練が行き過ぎたかもしれませんが、今までの作品にはなかった穏やかさがあります。その代わりに、突っかかり所のあまりない作品になってしまっていますが、親しみ易いというか、ふつうの家庭の居間に飾ってもお洒落な感じで、ほとんどインテリアとして違和感のないものになっている作品であると思います。この中では、背景の黄色い地のところに、碁盤目のように秩序だった細かな点描というより絵の具を点状に盛り上げた集合が、グルーピングされて、そのグループが間をおいて並べられているところです。それが画面には、小さな影を作っている。その並びが秩序感をつくりだしたり、場合によっては波打つような動きを感じさせたりしています。ちなみに、このような手法を点描のヴェールと言うのだそうで、“画面全体に規則的に散った小さな点は、まるで画面に一部半透明なフォルムや印が浮かんでいるかのように印象を与える”ものだそうです。これが、画面中央の黄色が濃くなっている部分の点描状の模様のある図形のベースを重層的に支えているように見える。一見、穏やかで軽そうに見えて、しっかりした土台がある。それが安定感を生んでいる、というところでしょうか。

参考として展示されていたカンディンスキーの「緑色の結合」のようなベタ塗りの図形のような抽象的な作品の平面的なノッペリした感じとは異質の画面をつくっていることが、明らかに分かるようになってきたのが、ここに展示されていたネーベルの作品です。

 

8.ルーン文字の言葉と絵画 Runes in Poetry and Image

ネーベルは、光と色彩によって表現される精神的な認識は天上のフォルムの世界に対応し、これを実現するためには珠玉の職人技が必要だと言ったということです。そのためにネーベルは1930年代から、意味の構造や意味を与える文字を探し求めた。ネーベルにとっての創作の基本原則はドローイングで、そこから絵画の象徴的に文字が志向されたと解説されています。

「黄色い知らせT」という作品。ネーベル自身が“高められた平面”と呼んでいた平面が現われます。平面の重みは、その形、大きさ、色彩の強さによって決定づけられ、意味を与える形となります。ネーベルは特定のリズムを選び、絵の要素が一緒に踊ったり、重なり合ったり、ひとつの全体に融合したり、反発しあったり、画面に浮かび上がったりするように描いています。ここで、ネーベルの画面は、この作品のように平面の上で、一度ごちゃごちゃにされ、見直されていきます。1930年代に易という象形文字のような記号シンボルに注目したりした経験から、記号的なものを取り上げた作品を制作したということでしょうか。

ルーン文字は、パウル・クレーが作品で使ったことは有名ですが、その影響もあったと思います。

「照らされて」という作品です。上述の説明がある程度あてはまるかもしれません。一定の太さの線を見ていると文字のようです。その形はシンボリックに見えてくるし、線と線とが絡み合ったり重なったりしたりしているようにも見えます。クレーの作品が戦っている姿のシンボル記号のようにも見えてくるのと、通じたところがあるようにも見えなくもありません。しかし、ネーゲルにはクレーの即興性や線に内在する動感のようなものはありません。むしろ、計算されたフォルムという感じです。そして、例によって細工が職人技なのです。絵の具がきれいに凹凸の縞を作っているのです。それをさりげなく、細かくやっています。そう、このさりげなく細部ですごいことをやっているということ、人は年齢を重ねて人生を経験していくと性格も円くなってくるもの、というのは日本的な考え方でしょうか。日本的な考え方で言えば円熟ということになるかもしれませんが。ハッチングとか点描といった稠密な細工に没頭してしまうことを、いわば目的になって、それをやりやすい画面を選んでいたのが、建築的な構成だったり幾何学的なデザインだったと、私には見えます。それが、細部が画面に及ぼす効果を、ある程度客観的に見るようになって、第一目的であった細かく描くということが、それを生かすということにシフトしていったのがネーベルの円熟であるように、私には見えます。その表われが、直線だけでなく、柔らかな曲線も入って、しかも、画面全体の構成が不均衡の要素が入って柔軟性が生まれてきた。そこに見る者にとっては、緊張感が緩和され、リラックスして画面に向かうことが可能になった。そういうものに格好のものとしてシンボリックな文字やオリエンタルな模様という素材を見出したという、私には、そういう物語を想像してしまいました。ここで、細かく描いたことから生まれる独特の陰影やグラデーションをうまく生かすことのできる舞台として、ここで展示されているルーン文字の作品を見ることができるのではないかと思います。

「満月のもとのルーン文字」という作品では、「照らされて」ほどの細かさはありませんが、画像でも細工の想像ができるでしょう。今まで見てきた建築的構成の作品や音楽的な作品に比べて、画面はむしろシンプルになっています。だから、ここでは従来のような細部を微細に細工すね方法とは異なる、もっと多彩でさり気ない。例えば、文字の太い線を半円形に盛り上げ手いますが、その表面の凹凸は従来のような秩序をつくって点が並んでいたのと違い、不規則な凸凹になっています。しかし、黒い線と、それに交錯する深緑の線の表面は明らかに異なる秩序で凹凸が施されていて、その表面の異なっているところが各々の線相互の関係を作り出しています。それは、言葉にはならない純粋に視覚的な秩序と言えると思います。

 

9.近東シリーズ The Near East Series

ネーベルは70歳のときに近東への船旅にでかけ、ブルサという町のあるオスマン帝国の大モスク、ウル・ジャーミーの装飾を見て「ここで、アラビアの巨大なルーン文字が、私の絵画にアーメン、然りと歌う壮麗な鐘の音のように鳴り響いた。ブルサ、私の非対象絵画への最大の証。シャルトルが私の大聖堂の絵の証となったのと同じように」と日記に書いたといいます。その旅から帰国後、ネーベルは次々と大規模な作品を制作したそうです。 “ほぼどれも灰色か黒の高級紙に描かれた記号は、いわば鮮やかなルーン文字の祝祭であり、アラビア文字やキリル文字を思わせる。ネーベルにとって、これらはルーン文字による視覚化された物語であり、自分の文学と密接な関係にあるものだった。”とせつめいされていた近東シリーズです。

「イスタンブールW」という作品です。前のコーナーのルーン文字の作品に比べると単純に文字数が増えた。その分シンプルさが減退して、細部の細かさより全体のデザインに目が行くようになってしまったという印象です。解説のように評価できるかは分かりませんが、私には、それまでのネーベルの作品にあった病的な面、つまり部屋に閉じこもった画家が猫背になって、画面に目を接触させるほど近よって、手の震えを我慢しながら、細かな作業を執拗に続ける画家のイメージが、ここからは感じられないものでした。

「ミコノスT」という作品です。この作品の中心は画面上部真ん中の三日月で、その黄色がすべてです。私が見るには。私にとって、この作品において、細部ではなく、三日月に目が行ってしまうということは、それだけ相対的に細部に視線を惹いてやまない何かが、以前の作品にはあったのに、この作品では、そうでなくなった証ではないかと思います。

なお、この後の「10.演劇と仮面 Acting and Masks」と「11.リノカットとコラージュ─ネーベルの技法の多様性 Linocuts and Collages-Otto Nebel’s Technical Diversity」の展示は、はっきりいって会場の穴埋め、おまけ程度にしか思えないので、そんなものだったということをひと言申し添えておきます。 

 
絵画メモトップへ戻る