ヴィルヘルム・ハンマースホイ展 ─静かなる詩情─ |
都心で株式セミナーがあった寒い日。時間があったので、会場からは山手線一本で行けるので寄ってみた。平日の夕刻というもあって、しかも、それほど有名な画家でもないことから落ち着いて観ることができた。 ハンマースホイという画家のことは、その名前も知りませんでした。何となく、新聞か駅のポスターを見て何となく興味を持ったということと、このころはベルギー象徴派の画家、例えばクノプフ(左図)に通じるような色彩の感覚を感じたことくらいでしょうか。パンフに書かれ、展覧会のサブタイトルにもなっている「静かなる詩情」というのが、この画家の作品から受け取られるイメージということになるのでしょうか。(この展覧会のキュレーターがそういうイメージを定着させようとしているのか)パンフレットで書かれている紹介の文章を引用します。
これで、この画家の概要と一般的な魅力が良く分かると思います。このパンフレットやポスターで使われた「背を向けた若い女性のいる室内」という1904年の作品に、この紹介文で書かれている特徴が見られるでしょう。私が一番感じた特徴は色彩です。モノトーンと紹介文で書かれていましたが、一見少ない色、しかも無彩色系の色調は、私の個人的な北ヨーロッパというイメージです。クノプフもこんな色調ではなかったかと思うし、カスパー・ダヴィッド・フリードリッヒの一部の作品にこういう色調のものがあったと思います。色調というとかなり感覚的なことのように思う人もいるでしょうが、人間の色の感じ方というのは、実は色の波長だけでなく、温度や湿度に影響を受けているのです。唐突なことにように取られる人もいるでしょうが、実際に印刷会社でグラビア印刷のインクの色を決める時に、温度や湿度によって色が変わって(人が感覚する色)しまうので、一定の環境でインクの調整するように厳しく管理しているのです。また、日本が明治維新によって西洋の文明を必死になって取り入れようとしていた時、絵画についてもローマやパリに留学して西洋絵画を輸入してようとした留学生たちが、帰国して最も困った、戸惑ったのが色彩やその感じ方が全く異質だったといいます。同じ青でも地中海の太陽に映える鮮やかな青と湿潤な日本の青を異なるもので、同じに使えないため、日本の風景では地中海の青の色では描くことができなかったといいます。ということは、ハンマースホイもデンマークという北ヨーロッパの温度や湿度といった環境で、イタリアなどの南欧とは全く異なる環境で感覚できた色を正直にそのまま描いたのかもしれません。
この展覧会では、次のような構成で展示されています。有名な画家とは言えず作品の知名度も高くはないと思うので、この構成に従って、個々の作品を見て行きたいと思います。
Ⅰ.ある芸術家の誕生
ここで、色調と繰り返すように言っていますが、色遣いや塗り方も含めて目に映った印象全体を指しています。例えば、女性の背景となっている白い扉を見て下さい。扉の凹凸が輪郭を伴う形として明確に線で描かれているのではなくて、陰影を薄いグレーの濃淡のグラデーションでそれと想像できるように描かれています。さらに左から差し込む光も濃淡で描き分けられています。それぞれのレベルで濃淡は重なりますが、面の使い分けでグラデーションが精緻に描き分けられてします。そして、面という広がりの方向とは逆に、まるで点描のように細かく濃淡が描き分けられているのです。しかも、薄くて、白に近いグレーと言う極めて限られた範囲内でのグラデーションの使い分けをしています。これをボヤけているというのは、意識的にそう見せているわけで。その微妙なグラデーションが先に述べたように扉の凸凹と差し込む光というように違うレベル描き分けられ、時には重なるという複雑なものを、さりげなく描き、しかもおそらく見る者の視線を意識して、視線のリズムを感じさせるのです。ハンマースホイの作品からは「静寂」という印象を受けると述べましたが、静寂と言うのは無音と言うことではないのです。人が静けさを感じるのは何も音がしないのではなく、静けさを感じさせる音を聞いていてるのです。例えば、静けさを印象付ける効果音として典型的なのは、日本庭園の鹿威しの音です。同じように、白を基調とした色でつくられる細かなグラデーションが作り出すリズムが落ち着きを与え、静けさという印象を作り出しているといえます。それは、白い扉に限らず、女性の来ている黒い服や黄色っぽい壁もそうです。
「イーダ・イルステズの肖像、のちの画家の妻」で、婚約者を写真を元に描いたといます。写真の撮影でしょうから後ろは壁のようなもののはずですが、モデルの影(ライトを2本当てているのか、影は2つに見えます)や陰影が人物に対して過剰なほど塗り分けられていて、これに対して、女性の着ている上着や帽子の描き方は、そっけないほどシンブルで布の質感を出そうとか、細かな襞やのようなものまでは描き込まれていません。帽子と分かる形の黒い塗り絵のようです。そして、背後の壁と境目が曖昧になっています。そうなると、背後の壁と人物との境目がなく、人物が壁の一部となって、一体となってある種の模様を作り出しているようなのです。元の写真では、女性はカメラを見つめるような視線をはっきりと表わしていたのを、画家は虚空を見るような放心した表情に変えられています。また、背後の壁や来ている服の色調と同調させるかのように女性の顔色は土気色といってもいいような生気を感じさせない色調で塗られていて、瞳の青い色が儚さを感じさせるように際立たせられています。私には、人物を描いているようには見えず、背後の壁の陰影の一部のように見えてしまいます。 後年、画家の作風は洗練されていくため、これらの作品ようなあからさまに見せることはなくなります。最初のところで、ハンマースホイの作品には、当時の前衛的な芸術運動のような過激さは見えないと申しましたが、このように見てくると、人物画という形式に則っているようで、色彩とタッチによる陰影の醸し出すリズミカルな平面に、対象を解体してしまっているように感じられます。そこにはも人物の存在とか人間としてのひととなりとか、人間やものの実体としての手触りのような存在感とか重量観のようなものが、色彩と陰影に解体されてしまうという、まるで抽象画を見ているような錯覚にとらわれてしまうのです。そのヒヤッとするような冷たい感じはクールさと言ってもいいのでしょうが、私には、もっとそれ以上の、画家の積極的な何かを感じます。秘められた破壊願望のようなもの、といったら言い過ぎでしょうか。しかも、幼少からの訓練によって古典的なデッサン力が身体に沁みついてしまっているので、絵画の形式としては古典的ともいえる画面を作れてしまう。描けてしまう画面と解体への画家の秘められた志向性、その葛藤が現れているのが一連の室内画の作品群のように思えるのです。ここでは、結論を急ぎ過ぎたようです。
Ⅱ.建築と風景
Ⅲ.肖像
展覧会カタログの解説では次のように紹介されています。「本作品は、ハンマースホイの妻イーダが38歳の時に描かれている。彼女は鑑賞者に相対してテーブルに着いている。スプーンで目の前のカップをかき混ぜながら、生真面目で奇妙な様子のイーダは、考え深げに傍らを見やっている。画家は妻の容貌に刻まれた生活の痕跡を容赦なく描写した。腫れたまぶたの下には隈が浮かび、額には血管が浮き出ている。武骨な両手はこわばり、生気がない。とりわけ緑がかった顔色からは病的な印象が生まれている。」 私も、これほど冷徹というのか、モデルが自分の妻であるのに、まるで物体のように、愛情というものが感じられない肖像画というにも見たことがない、と言ってしまってもいいと思います。しかし、良く見てみれば、画家が婚約時代のイーダを描いたとき(右図)の愛らしさゆえに露わでなかった、茫洋とした視線やまるで屍体のような手の描き方が、ここでは全面的に展開されたと考えればいいことでしょうか。
Ⅳ.人のいる室内
これまでに見た風景や肖像と室内画が大きく異なるのは光の扱いです。風景は外の光景ですから、陽光は遍く降り注ぎます。また、肖像は人物が主体となるので光はいか様にも操作可能です。しかし、室内は外光を取り込む囲われた空間となるため、差し込んでくる光が限定されます。そこで、ハンマースホイの特徴である陰影の塗りが部屋に差し込む外光という制限を受ける形になります。しかし、一方で閉ざされた空間に一方向から光が差し込んでくる。そこで、画家の陰影表現はますます精緻に展開できることになるでしょう。室内の細部の凹凸が陰影表現のために強調的に利用されることになります。それだけに飽き足らず、室内に置かれた家具や生活用具が陰影のアクセントとして何通りもの表現が試みられます。それが、解説にいう現実の室内を描いたものでないということではないでしょうか。肖像画で人物の形状の生み出す陰影を描くことに腐心し、人物の内面とかいうものに関心を示さない画家が、室内の光の構成に興味をそそられても生活感などというものに価値を見出すことは考えられません。また、室内での光の構成に色々を試みるなかで、構成の要素となる家具や人物を言わばパーツとしてパズルのように組み替える作業を繰り返していくうちに、それぞれのパーツがパズルの構成要素として使いやすく人為的な手が加えられていったとしてもおかしくはないでしょう。いうなれば記号化の措置が加えられた、と考えてもいいでしょう。となれば、室内といっても現実に存在するままを描く必要はないわけです。それは、想像の世界とか幻想とか超現実とかといったものものしいものではなくて、記号の組み合わせに近いものではないかと思います。ハンマースホイ自身も想像を飛躍させていたような認識はなかったと思います。強いて言えば、日本画、とくに浮世絵の世界に通じるのではないか。実際の美人をそのまま写したというものではなくて、美人を想起させる記号を組み合わせて美人画を構成させる。そこにコスチュームプレイのように様々な扮装をさせたり、小道具や舞台を設えることによって、町娘だったり、武家だったり、花魁だったりと美人画をつくってしまう。
というのも、これらの作品を形作っている視点はどこにあるのか、ということなのです。そこで気が付くのは視線の高さは常に一定なのです。おそらく、人間が普通に立って見ている目の高さなのでしょう。それが鳥瞰的に全体を見渡すような客観的な視点に立つことはなく、終始、その部屋の中にいる人の視点で画面がつくられているのです。画面は一種のフレームのようで、フレームで切り取られた平面が常に基本です。かつての19世紀以前の絵画であれば、神の視点に立って客観性の高いものを作り上げるというではなくて、一種の断片を切り取って、その断片の限定された画面に操作を加える。これは、後の世の写真の作り方に、もっと言うと劇映画の作り方に通じていると思います。支店の固定は、三脚でしっかりカメラを固定することと同じです。また、映画の場合AさんとBさんが向かい合って話しているというのは映像にしにくいので、通常は、Aさんが話しているのをAさんのななめ左から撮影し、次にBさんをななめ右から撮影します。そして、その後の編集でそれぞれの場面をつなげると、あたかも2人が向かい合って話しているように見えるのです。これをAさんの場面、Bさんの場面、またAさんの場面と交互に繰り返すとお互いに話をやり取りしているように見えてしまうのです。これを切り返しショットといいます。しかし、実際の映画の撮影現場では、このように見える順番で撮影をしません。まず、ななめ左からのAさんの場面を全て撮影してしまいます。そのあとで、ななめ右からのBさんの場面をすべてまとめて撮影してしまうのです。そのあと、撮影したフィルムを切り離して順番をAさんBさん交互につなぎかえる。これが映画の編集です。これが手馴れてくるとひとつのやり取りだけでなく、映画全体で似たような場面をまとめて撮影して、後でフィルムの順番を変えるのです。こうすると、セットやカメラや照明を一度セッティングするといくつもの場面をまとめて撮れてしまうので、効率がいいのです。また、売れっ子の俳優は出演する場面をまとめて撮影してしまうので拘束時間が短くて済むというわけです。そして、このような撮影方法は、映画の表現に影響を与えました。反復と差異の意識的な活用です。例えば、先ほどのAさんとBさんの話し合いの部分の撮影で、途中から照明を落として暗くしてあげると、話し合いの時間の経過を暗示できる、話し合いに夢中になってつい日が暮れるの気が付かなかった、ということを仄めかすことができるのです。また、Aさんの場面とBさんの場面の切り替えしの間隔を徐々に短くしていくと、場面転換が早くなっていき、見る人には緊迫感を与えることになります。話し合いの内容が対立的になって来るときにそういう手法を用いて、対立が徐々に切羽詰まっていくような一触即発の緊張感の高めることになります。 このような映画の方法論と同じようなことが、ハンマースホイの室内画にも言えるのではないか。もっとも、絵画は映画と違って連続してみるものではなくて、一枚一枚が独立しています。絵画を見る側は一つの作品をそれぞれ別に一個の独立したものとして見るでしょう。しかし、描くハンマースホイとしては、ここで述べたような、同時併行の制作方法をとれば、それぞれを比べながら、微妙なニュアンスの違いを意識しながら作品を作っていくことができるのです。画家が実際にどのように制作したかは分かりませんが、私に、このように思わせたのは、それぞれの作品が完結していないように見えたからです。それぞれの作品は断片を切り取ってきた、で制作している画家は反復と差異を繰り返している。 これは、ハンマースホイという画家がオリジナルなものを新たに作り出すということよりも、同じ素材を反復させることを志向していたからと考えざるをえません。それは映画のような複製技術による大量生産が可能となり、大衆というこれまでになかった新しい階級に娯楽を提供していったことに通じているように思えてなりません。ハンマースホイが生存中は高い評価を得ていたのは、そのような時代を先取りしていたということからなのではないか。彼の死後、大衆社会が急速に普及し、彼の作品は時代を先取りするものではなくなっていったのに従い忘れ去られていったのは、そういう点にも原因があるのではないかと思うのです。
Ⅴ.誰もいない室内
例えばこの「陽光習作」(左図)という1906年の作品と「イーダのいる室内、ストランゲーゼ30番地」(右図)という1901年の作品を比べてみると同じアングルで、同じ対象を描いているのが分かります。じつは、同じような作品をハンマースホイは何点も制作していて、時刻が違ったり(光が変わってくる)、人物の配置や読書をしていたり、立っていたりと仕草が違ったりというバリーエーションのひとつとして、人物がいないという作品とみれば良いのではないか。人物がない以外にも、カーテンが外されている、扉の取っ手が描かれていないなどの変化があります。それと、人物がいないことは同等のことではないかと思えるのです。これは画面を見ていて、人物に特権的な地位を与えられていないことからです。むしろ、ここで特権的な地位を与えられているのは、部屋に差し込む光で、その光が室内の人物や物体に当たって変化する様子ではないかと思います。前回、推測したような同じような作品を並べると、それぞれの差異が分かりますが、ハンマースホイはその差異を見比べながら、描いて行ったのではないかと思います。この2作品を比べてみただけでも、「イーダのいる室内」の方が光の差し込む角度が傾いているので、時間は遅いのでしょうか。さらに窓にカーテンが掛けられていることで、光は柔らかくなるとともに弱くなり、部屋の隅の影は濃くなっています。さらに窓近くにテーブルが置かれ人物画いることでテーブル面に光が反射しています。これに比べれば「陽光習作」の光はもっとシンプルで、室内の空気感とあわせて光の陰影が繊細に描かれているのがシンプルに分かります。
ここまで、画家の作品を見てきた印象のまとめとしては、当時進行していた資本主義経済の進展によって大量消費の大衆社会が到来し、従来のいうなればエリート向けに芸術をやっていればよかった時代が終わろうとしていたときに、芸術を続けるのではなくて、片方の脚を大衆社会の方に踏み入れて、脚探りで進もうとした画家たちの一人として考えられるという結論です。 |