瑛九─まなざしのその先に─ |
2024年11月1日(金) 横須賀美術館
瑛九という作家とは、埼玉県立近代美術館や東京国立近代美術館で点描の抽象画に出会って、瑛九という名前もそうだが不思議な作家と思って、強く印象に残っています。ただし、伝記的事実とか、国内でどのような位置づけとかいうことは、よく知りません。その紹介もかねて、主催者あいさつを引用します。“瑛九(1911~60)は、油彩画のみならず、写真、版画など多分野で創作活動を行い、作風も印象派やシュルレアリスム、キュビスムなどに刺激を受けながら、めまぐるしく変貌し、絶えず新しい表現を模索し続けました。また、批判的精神を持ち続け、美術や社会に関する評論活動に精力的に行い、「デモクラ―ト美術家協会」を組織するなど指導者としての顔も持った瑛九の存在は、その作品とともに、同時代や後進の芸術家たちを惹きつけ多大な影響を与えました。本展では、最初期から絶筆に至るまでの油彩画を中心に、「フォト・デッサン」による写真作品、銅版画やリトグラフなど、各分野の代表作による約100点を一堂に展示します。自ら理想とする美を追求し続け、戦前・戦後を駆け抜けた瑛九の軌跡を紹介します。” 前回に見てきた木下佳通代の作品が理念とかコンセプトが先行するものだったのにたいして、今回は感覚、もっというは美とかきれいというのがあって、やってみたらきれいだったというのに方法論がついていって、その見直しの試行錯誤から、こういうキレイなのができた、というような作品の方が、私は好きだということが、よく分かりました。なお、展示作品の撮影は自由ということでしたが、木下ときにいた撮影の大忙しで碌に作品を見ないという人はおらず、シャッター音は聞こえてきませんでした。 展示は3章に分かれ、美術館の三つの展示室で展示されていました。それぞれの作品を見ていきたいと思います。
Ⅰ 1911~1951 上京からフォトグラム作品「眠りの理由」が注目され、その後スランプに陥り、印象派研究からキュビズム、抽象など次々に画風を変転させながら、理想の表現を模索していくという時期です。
その次に展示されていたのが、フォト・デッサン(フォトグラム)集『眠りの理由』に収められた作品です。フォトグラムというのは、物体を直接乗せて感 次に展示されていたのは、コラージュによる作品でした。これらのコラージュやフォト・デッサンの作品は8年前の近代美術館の展覧会で見たはずなんですが、全く覚えていなくて、初めて見るようなものでした。コラージュは、通常の描画法によってではなく、ありとあらゆる性質とロジックのばらばらの素材(新聞の切り抜き、壁紙、書類、雑多な物体など)を組み合わせることで、例えば壁画のような造形作品を構成する芸術的な創作技法です(ウィキペディアより)。瑛九のコラージュは、モチーフを本来あるべき環境や文脈から切り離し、別の場所へ写し置くことで、画面に違和感を生じさせるものだそうです。瑛九は、女性ファッション誌や、身近にある印刷物を一旦バラバラに切り抜き、それらを組み合わせ再構成したということです。フォト・デッサンもコラージュも、モノが本来あるべき環境や存在といったことから切り離して、その形態だけに着目して、その切り離された形態を組み合わせる、ということが共通しています。おそらく、瑛九という人のモノの捉え方は、形態を優先して、まず、そこから目に入るのではないかと思います。例えば、「リアル」という作品は、謎めいた物体が暗闇に浮かんでいるように見えます。この謎の物体は映画雑誌やファッション雑誌に掲載された女優やモデルの写真から、額と髪の毛の生え際、頬、首などが切り抜かれ、寄せ集められたものだそうです。一方で、その人物の個性を示す目や口などは、あえて除去されているので、全体として、謎めいた不気味な物体としか言いようがないのです。しかも、背景は真っ黒です。また「作品」では、ブドウの房から女性の身体が生えてきたようにあって、顔の部分は握った指になっている。言葉にするのもバカバカしいような、不思議というより笑ってしまうようなものです。私は、これらを見て、何か考えるという前に、面白がっていました。
Ⅱ 1951~1957 フォト・デッサンに加えエッチングやリトグラフと活動範囲を広げ、その手法を油彩画に取り込み、エアー・コンプレッサーを用いたりして、幻想的、抽象的な新しい表現を試みた時期ということです。 フォト・デッサンは『眠りの理由』の頃に比べて、これまでの経験で得た新たな発想や技法を取り込んで、多層的で複雑なイメージを作り出しているということです。「廻轉盤」という1951年の作品では、様々な型紙をいくつも重ねて、しかも、画面左上の型紙は二重に感光しているのでしょうか。あるいは、型紙に目の細かい金網を使って半ば光を透過させたり、光の当て方で感光の程度の違いにより、黒、グレーの段階的な色分けが層となっています。はたまた、右上から左下への曲線は針金か、右下はスプーン、というように様々な層が、折り重なったり、浸蝕したりして、『眠りの理由』の作品に比べて、はるかに複雑で奥行と混沌とした空間を生み出しています。「女」という1952年の作品では、白い細い線が縦横に走っているのは、ネットかレースの網目を用いて感光を妨げたためだろうと考えらます。しかも、中央部で人形の黒い部分に横に走っている白線に一部黒い縦線で断ち切られているのは、懐中電灯を光源にして、その光を絞ったペンライトによる光でのドローイングによるものです。この光によるドローイングは展示で説明されていました。この作品を見ると、それぞれの面が重なり合っているのですが、人形の影が白い線の上になったり下になったりして、単に重層化しているわけではない。それぞれの重
Ⅲ 1957~1960 いよいよ、丸や円による抽象画の制作に没頭した晩年の作品群です。私にとって、ここで並んでいる作品こそが瑛九のイメージです。ここからは、何かを描くということがなくなり、抽象的で色彩が印象的な作品が並びます。
1958年の「青の中の丸」という作品は「れいめい」同じように青を基調とした作品です。画面のサイズはより大きくなって、それはスケールとして見る者に迫ってきます。また、「れいめい」では画面が全体として3つの局面によって構成されていました、すなわち同心円構造のようになって、一番外側は白黒の無彩色の世界で、その内側は青地に黒い水玉が入り込んでくるような世界、そして一番内側は薄い青から段階的に白くなっていく地の上で、青から黄色や緑色等の色の水玉が派生するように生まれてくるような世界、そういう多層的な秩序が感じられるコスモスのようでした。これに比べると「青の中の丸」では地は一面の青で、それが大きなサイズの画面一面に広がって、そこに無秩序に不定形の粒が様々に色づけされている。そこに何らかの秩序を見つけることは不可能に近い、そういう画面です。このコーナーでは、いままで3点の作品をとりあげてきていますが、だんだんと言葉で記述するのが難しい作品になってきています。
同じ年の「激流」(下右側)は、大きな画面で、これぞ点描という作品です。「激流」というタイトルですが、少し距離をおいて全体を眺めると、そんな、激しいという印象を受けることはありません。むしろ、静謐な印象です。しかし、作品に近寄ってよく見ると表面に見えている点描の下に、さらに無数の点描が描かれていて、その点描のひとつひとつは必ずしも丸い点ではなく筆触があらわになって、それぞれの点描の筆触の方向が集まって、大きな流れとなっています。それが画面に動きを作り出しています。全体として静謐なのに、動きがそこに生まれているという不思議な世界です。話は変わりますが、日本の作家で点描をウリにしている作家に草間彌生がいます。草間の点描と比べると瑛九の点描の特徴が際立つと思います。草間は水玉がトレードマークですが、点描の点も水玉で、点のひとつひとつが自立完結し、集まった全体が動き出すような草間の点描に対して、瑛九の点描は筆触が残っていたり、ひとつひとつの点が流れるようなところがあって完結していない。ある意味、草間の点の強靭さに対して、瑛九は弱いと言えるかもしれませんが、何かを探り求めるような、成長しつづけるような開かれた動きを感じさせるところがあります。 最後に絶筆となった大作「つばさ」(上左側)です。2.6m×1.8mという壁を見上げるような大作です。その大きさにも圧倒されますが、この大画面にひとつひとつ点描を描いていたというのですから、しかも、その膨大な点の数と、配置や大きさ、色づかいなどを計算しながらその一つ一つの点を丁寧に描いていた画家の姿を想像すると鬼気迫るものを感じます。とはいえ、重量感とか圧迫感はありません。全体の色彩が淡いせいもあるかもしれません。透明感というか、静かで、いつまでも、この作品の前で眺めていたいと思わせる作品です。ずっと眺めていても、飽きることはなく、かといって疲れるようなことはない。このあたりの作品は、言葉を超えていると思うので、私程度では、語りえないのです。 |