瑛九1935→1937─闇の中で「レアル」をさがす
 

 

2016年11月23日(水) 東京国立近代美術館

海外出張が終わって、帰国した日。早朝にホテルをチェック・アウトして、朝一番の便で向こうの空港を飛び立って、早起きと仕事が終わった疲れで、羽田空港に着いて、真っ直ぐに帰る気がしなくなった。今日は勤労感謝の日、ちょうと、かねてから行きたいと思っていた瑛九の展示を近代美術館で行なっていたのを思い出した。羽田空港から京浜急行、途中で地下鉄に乗り換えて竹橋から近代美術館へ。休日で雨模様の天気のせいだろうか、ちょうど大きな企画展が終わった直後で常設展しかやっていないせいか、美術館の人影はまばら、最初は休館かと思って、少し驚いた。この瑛九の展示は常設展の会場の一角のギャラリーで、こじんまりとやっていた。静かな、落ち着いた展示でした。しかし、疲れていたのだろうか、コインロッカーに荷物を入れて鍵をかけてこなかったことを思い出してしまった。何たることか。そのことを思い出してしまうと、落ち着いて作品を見ていられなくなった。入場券で入っているため、ロッカーに戻るには会場を出なければならない。仕方ないと、もっと見ていたかったが、荷物が心配になったので、後ろ髪を引かれる思いでロッカーに引き返した。幸い荷物は無事だったが。

瑛九という画家は、一般に馴染みが薄いと思います。私は水玉を用いた抽象的な作品が大好きなのですが、展覧会チラシが、瑛九の紹介と展覧会の趣旨を紹介しているので引用します。

“瑛九(本名:杉田秀夫、1911〜1960)は、1936年にフォト・デッサン集『眠りの理由』で鮮烈なデビューを飾り、その後さまざまな技法を駆使しながら独自のイメージを探究した画家です。フォト・デザインとは、印画紙の上に針金や網など具体的な物体や、さまざまなかたちに切り抜いた紙などを置いて感光させ、イメージを定着させる技法ですが、この制作のためには、暗室の中で作業しなければなりません。また瑛九は、1937年に結成された自由美術家協会の第1回展に「レアル」と題した一連のコラージュを発表しますが、これらは、闇の中に得体の知れない物体が浮かぶイメージの作品でした。このたびの展覧会名「闇の中で「レアル」をさがす」は、こうした作品の性格に由来していますが、それだけでありません。彼は、簡単に、言葉では言い表せない本当の「レアル=現実」のありかを求めて、理性の光の届かない、無意識の闇の底にまで降りていこうとしました。彼の視線を追体験することで、私たちもまた「レアル」なものに対する感覚を研ぎ澄ませることができるはずです。”

展覧会のあいさつとしては、攻撃的な方ではないかと思います。しかし、私の個人的な感じ方かもしれませんが、瑛九の作品には、抽象的な作品で最終的には見る者の想像力に任せることになるのですが、旗幟を鮮明にしているところがあるように、決して強い訴えかけをして見る者の想像力を縛ることはしないのですが、感じられるのです。

小さなスペースでフォト・デザインというのはスケッチと同じようなサイズだったので、油絵の大作が並ぶ様相ではなくて、展示は地味な印象でした。

展示は以下のような章立てでしたが、規模の小さな展覧会だったので、この章立てにこだわることなく、感想を述べて行きたいと思います。

@.1935「瑛九」以前の杉田秀夫

A.1936杉田秀夫が「瑛九」となるとき─『眠りの理由』前後

B.ほんとうの「レアル」をもとめて─第1回自由美術家協会展への出品前後

エピローグ.その後の瑛九と山田光春

 

 

@.1935「瑛九」以前の杉田秀夫

このコーナーの展示は1点しかありません。「二人」(左図)という厚紙に描いた油絵作品。いわゆる習作期、摸索期の作品ということでしょう。試行錯誤の繰り返しで、制作の苦しみを伝える書簡が紹介されていました。“とにかくおれは色がつかへぬ…とにかくもうかけぬ所まで今日つついてみた。まつたくわからなくなつてしまつた。”そんな書簡の言葉を反映してか、絵の具の塗りは厚く、不透明で、沢山の色を使っています。つまり、絞りきれていない、ということは不必要なものが沢山混じっていて、画家はそれを識別できていないということでしょうか。全体に重苦しい感じです。後の抽象的な作品が好きだから、私も一応は見ますが、これだけを目の前に置かれたら、素通りしてしまうに違いありません。

とはいえ、試行錯誤していた時期の作品であるわけですが、20代前半の作品で写実という意識が全く感じられないのが分かります。引用した主催者のあいさつの中の“彼は、簡単に、言葉では言い表せない本当の「レアル=現実」のありかを求めて、理性の光の届かない、無意識の闇の底にまで降りていこうとしました。”という文章ですが、瑛九という人は、現実を表わそうとしていたのだろうかという疑問というのを感じるのです。少なくとも、リアリズム=写実主義というスタイルでなかったことは確かです。では、リアリズムを出発点にそこから展開して、結果として写実主義から離れたのとなってしまったか、例えば、キュビスムのような形態を追求するとか(右図)、印象派のように光を分析するとか、セザンヌ(下図)のように物体の質量や存在感を追求するとかいったことによって、伝統的なリアリズムとは違った描き方に行き着いてしまう、というものではなかったように思えます。というのも、後年の瑛九の作品を見ると、リアルということを感じるのとは別の次元にあるように思えるからです。彼自身の想いとか自由な想像のままに描いているように見えるのです。それは彼の内面で捉えた本質とでも言えるのではないでしょうか。それでは、この展覧会の趣旨を否定しているのか、と言われそうです。それとも、瑛九の制作の遍歴のなかで、この時期には彼なりのリアルを追求していたということなのでしょうか。それは、これからの展示作品を見ながら考えていきたいと思います。

 

 

A.1936杉田秀夫が「瑛九」となるとき─『眠りの理由』前後

最初のあいさつのところで紹介されていた、フォト・デッサン集『眠りの理由』(左図)の作品が展示されています。フォト・デッサンとは、写真の印画紙の上に様々な物体を直接乗せて感光させ、現像すると、光の当たったところが黒くなり、物体に遮られたところが白く残るというものだそうです。これによって、物体のシルエットによる光と影の構成のようなイメージを得ることができる、ということです。1920年代、この手法をマン・レイはレイヨグラフ(右図)と名づけて盛んに作品を発表したそうです。ちなみに、マン・レイは暗室で作業中に偶然に、この手法を発見したときの模様を次のように追想しています。“ホテルの部屋の鍵、ハンカチ、鉛筆数本、刷毛、蝋燭、紐など、手当たり次第どんなものでも使ってみた。わたしは興奮して無常のよろこびを感じながら更に何枚もプリントをつくってみた。(略)翌朝、壁のうえにこの「レイヨグラフ」(そう呼ぶことに決めたので)を数枚ピンでとめて、成果を検討してみると、びっくりするほど斬新で神秘的なものに見えた”。瑛九は、さらに、既製の物体だけでなく、自ら描いたデッサンを切り抜いて型紙として使用したり、露光を工夫して、複雑で不思議な幻想的イメージを作り出していると言います。たしかに、右図のマン・レイによるレイヨグラフは物体の影が印画紙に露光して、本来の物体の一部が通常の見慣れた見方とは違う角度で写っているため、異化効果を生み出している面白さがあります。これに対して、瑛九のフォト・デッサンは人が踊っている形を模した石器時代のアニミズムの壁画のような形を型紙として、それがシリーズとして、一連の作品の中に角度を変えて、光のよる効果や影の変化に絡むように、まるで音楽の変奏曲のテーマのように繰り返し顔を出して、一連の作品にアクセントを与えています。要するに、瑛九は、マン・レイのような現実の具体物に興味がなかったということではないか、と私には思えます。瑛九が書簡の中に次のような言葉があったということです。“私の求めてゐるのは二十世紀的な機械の交錯の中に作られるメカニズムの絵画的表現なのであります。自動車のまっ黒な冷ややかな皮膚の光や、夜の街頭のめまぐるしく交錯した人工的な光と影は、われわれの機械文化の中に咲いた花なので、われわれの視覚による美もそういった感覚になければならぬと信じ、そういった面を表現する絵画の分野がなければならぬわけであります。そこでかういつた新しい表現の手段を私は、光の原理、光のもつ最も微妙な秘密をつかむ印画紙に求めたのであります。”ここで瑛九は視覚の感覚を変えて行くということを述べているところから、見え方とか感覚の仕方が改めていこうとして従来の見えるものではないものを追求しようとしたのではないか。そこで従来の感覚による見えたままであるリアリズムには、もはや従っていないということでしょうか。

そこで気になるのは、瑛九の『眠りの理由』の一連の作品の手を変え品を変えて登場する踊っているような人の形をした型紙です。これを見て、私が思い出したのは、ジャクソン・ポロックが未だドリッピングの手法を見出す前の初期にアーリー・アメリカンの土俗的な絵画から影響を受けていたころに描いた母型のような形態です。たまたまの偶然に似通ったものとなっているだけなのでしょうけれど。瑛九の場合も、この型紙を計算してのものではなくて、偶然使ったくらいのものではないかと思います。しかし、この偶然ということは、意識していないということで原型のようなものが図らずも現われてしまっていると思います。というのも、さきほどのマン・レイとの比較に戻りますが、マン・レイの場合には物の形を前提にして、その面白い表れ方で遊んでいるという性格のものになっていると思います。これに対して、瑛九の場合は、既存の視覚を否定しようとしていることから、新しい物の形を提示しようとしていて試行錯誤しているようなのです。結果としての作品の見た目は、大きく違わないのですが、瑛九の場合には、無意識につくった型紙という仮の形に光や影の不定形が絡んで、形として固まっていません。そこに、形をつくろうとして、つくれない不安定さを感じさせるのではないかと思うのです。これは、後年のまるでコスモスとでも言いようがない抽象的な作品を知っているがゆえの、遡及的な見方かもしれませんが。

そのあとで、ペン書きのフリーハンドのデッサンが何点も展示されていました。神経質なほどの細い線で、走り書きのように書かれたデッサンと言うのが適切なのか。たまたま「デッサン」(右下図)というタイトルで展示されていたので、そう言います。そこには、対象の形を捉えるというデッサン本来の意味からは乖離した、もともとの捉えるべき形がないところで、まるで形がない、不定形をそのまま描こうして試行錯誤しているようなものが数点ありました。そのなかでも、いくつかは形になろうとするものがありましたが、それ続くものがなくて、中途半端な形に行ってしまうよりは潔く捨てられたのでしょう。決して作品としてまとめあげられるものではないのでしょうが、瑛九の試行錯誤の跡が露骨に表われているような気がして、後年の静謐ささえ感じられるコスモスのような抽象画からは想像もできないような、まるで線が蠢いているようなデッサンでした。トラブルさえなければ、このデッサンをもっとみていたかった、と後悔が残ります。


 

 

B.ほんとうの「レアル」をもとめて─第1回自由美術家協会展への出品前後

1937年に自由美術協会の設立があり、瑛九も参加し、7月の第1回の展覧会に「レアル」(右上図)という作品を出展します。これは、写真を切り貼りしたようなコラージュです。解説では、瑛九の作品について、その手法が当時の流行に乗ったものとして評価しているのに反発して、本質をみろという内容の反論を試みているように説明されています。瑛九自身の言葉が残されているので、事実としてあったことは分かります。しかし、この「レアル」という作品を見ていて、作品を見る限りで、しかも、後世の2016年の展覧会の時点で見ていると、作品として、1936年のフォト・デッサン集『眠りの理由』から停滞している。そしてまた、その後に展示されているデッサンに比べると、むしろ後退しているように私には見えます。すごく、おこがましいことかもしれませんが。そうしてみると、瑛九が手法しか評価しない批評家や画壇に反発するような言辞をのこしているのは、必ずしもそのまま受け取るものではなくて、彼自身の制作がなかなか進展しなくて、思うようには行かない苛立ちが、はけ口を求めた結果ではないか、と思えてくるのです。つまり、やつ当たりです。瑛九の書簡から引用されています。“フォト・モンタージュそのものは技巧であって、それだけの意味に於ては時代精神の表現ではない…フォトグラムそのものはなにも前衛的な表現ではない…我々が云々すべきはそれが芸術の問題としてならその様な「絵之具はどういふ風にぬるべきか」的な事ではなく表現事実についてであらう”ということは、批評家に向けられるだけでなく、本来なら言っている瑛九自身にも向けられるべきではないかと思えるからです。

後世の無責任な立場で、『眠りの理由』の作品と「レアル」を見比べて、それほど変わっているとは思えず、同じに見えてしまうのです。したがって、作品だけを見ている限りでは、この展覧会であえて章立てを分ける意味がどこにあるのか、と思えるのです。しかも、『眠りの理由』では、マン・レイたちが手法として戯れていたレイヨグラフに対して、つまり、既存のものが普通と違って見えることを楽しんでいたようだったのに対して、瑛九は、素朴な形ではありましたが、既存の物体を写すのではなくて型紙という自分で創作したものを写すことによって、今までにない世界を創ろうという意志が表われていたと思います。それが、瑛九自身のマン・レイたちとは違うという自負を持つことに至ったのではないかと思います。これが、見ている者にとって、プリミティブに感じと、何だか不思議な「何だろうか?」という印象を強く残すものとなっていると思います。

ところが、1937年の「レアル」では、既存の物体を持ち込んで、その組み合わせというマン・レイたちのレイヨグラフと同じことを始めてしまって、『眠りの理由』にあった自作の要素を放棄してしまっているのではないかと思えるのです。その結果、素朴ではあっても今までになかった形が画面から消えてしまいました。作品画面は洗練され、すっきりしたものになっていますが、見慣れないかたちのものが画面にはたしかに見ることはできるのですが、「何だろうか?」という不思議さとか違和感のような感じは受けなくて、それを美しいとか評価できてしまうのです。つまり、その見慣れないものの存在が、見る者に強烈に迫ってこないので、距離を平気でとることができて、既存の価値規準にあてはめて評価できてしまうのです。これは、私の個人的な印象なので、そうでないと感じる人も少なくないと思いますので、これが「レアル」という作品の評価とは誤解しないでほしいのですが、念のために。

しかしながら、『眠りの理由』に感じられた土俗的なもの、原初的なものに遡ろうとする志向性は、「レアル」にも残っていて、肉体とか身体性といったことを抽出してみようという傾向に変わってはいますが、無意識のレベルに立ち返ろうとする志向が見えていると思います。それは、解説の説明が分かり易いと思います。“ここで重要なのは、それらの多くにおいて、映画雑誌あるいはファッション雑誌の美しい女性モデルのイメージが切り刻まれ、解体され、むき出しの肉塊と化し、闇の中(コラージュの台紙は多くの場合、黒である)に投げ出されている点である。そして頭や眼など理性を司る部分があえて排除され、ときに性的な暗示が加えられることで、作品に強烈な反・理性的性格が付与されている点に注意したい。…本当に「レアル」なものは、生半可な理性によって、捉えられるものではありえない。それは常に理性の光の届かない闇の中で、手探りで探し求めなければならないものなのではないか。だとするならば、これらのコラージュはやはり闇のような暗黒の台紙の上で展開されなければなかった…”。ただし、この説明の後半については、もしここに説明されている通り、瑛九が制作したのであれば、理性的な分析や構成では現実の闇は捉えられないということが、あまりにも図式的で理解しやすく、それを理性の道具でもあるロゴス(言語)で説明できてしまっているのは、やはり、瑛九の「レアル」という作品の限界ではないかと思います。

端的に言えば、たしかに不可思議ではあるのですが、洗練されていてオシャレで、インテリアのようなものにうまく使えそうなものではないか、瑛九が抵抗した流行のような風俗的なものにハマってしまうものではないかと思います。それは、私の偏見から言えば、瑛九の志向とか考え方は後世のコスモスとしか言いようのない抽象画と共通しているとは思うのですが、後世の作品は、そのつくりの論理が自立しているのに対して、この「レアル」の場合には、借り物のような感じがします。例えば、コラージュという手法もそうであるし、画面の素材として集められたパーツもそこらにある既存のものを既存のそのものの論理で使いまわしているように見えます。その結果として、できたものは既存のものを既存のまま構成したもので、せいぜいのところ既存に対する反抗が関の山というのか、既存の範囲内で遊ばれているといったものに感じられるところです。

否定的な言い分を並び立てていますが、作品としては面白い作品で、うまく部屋に飾ると映えると思います。

 

 

エピローグ.その後の瑛九と山田光春

このコーナーはエピローグとされて、展示の章立ての番号が付されていません。したがって、この展覧会では、この部分の展示はメインではなく、後日談(エピローグ)という位置づけになるのではないかと思います。しかし、展示されている作品について、この部分展示はレベルが違うので、どうしても、展覧会の企画者の意図はどうあれ、ここに眼が行ってしまう。ここに展示されている作品を見ていると、このような作品があるからこそ、この前に展示されている作品を見る気になる(そうでない人もいると思います)と思います。瑛九という画家は、作品がすべてで、方法論とかコンセプトとかいったことがあったとしてとして、そういうものに則って制作されたのが作品であったとしても、仕上げられた作品は、そういうことを超越してしまって、作品そのものが見るものにとって雄弁(といっても瑛九の作品は静謐な印象ですが)に語りかけてくる。そういうことをいうと、これまでの展示で画家が書簡で語っている言葉の引用などをみてきたのが無意味になってしまいそうですが、実際、ここでの作品だけを見ていると、画家が悩もうが試行錯誤しようが、見ている私には、ここにある作品を見ているだけでよくて、別に画家がどれだけ苦労しようがしまいが、私が見ている作品の印象とか意味づけには関係がないと思わせられるものであると思います。この展覧会を企画した人には申し訳ないと思いますが、それが分かったというだけで、私は、この前の展示を見た意味があると思いました。おそらく、『眠りの理由』も「レアル」も、今後、それだけを、それ自体を見たいと思うことはないと思いますが。

「旅人」(左上図)という1957年のリトグラフです。フォト・デッサンの具体物を加工して組み合わせてつくったような形態の名残が残っています。しかし、写真の場合の硬質な物質の肌触りのような感覚はなく、代わりに手書きの不安定な線によって形成された形態は現実味とか物質性をなくさせています。それが、見る者にとっては想像の世界に遊びやすくさせるものになっています。つまり、この作品を見ていると、フォト・デッサンという手法でつくられた画面というものが、見る者にとって、想像の世界に遊びたくても現実の物体の手ざわりがリアルな触感と結びついてしまって想像に飛翔する際の足枷になってしまっていたのが分かるのです。「旅人」でも林立する縦の線は森林の木々のようだし、宙に浮いているような形態は風船のように見えなくもありません。現実の形態とはまったく関係のないものではないかもしませんが、現実の物体として見る者に実感させるものではありません。(ここで現実ということばを頻繁につかっていますが、これまでの展示で瑛九がこだわったレアルということとは違うので、分けて考えて下さい。こちらは日常生活で手にとって触れることのできる物体とか、そんな意味合いで捉えていただきたいと思います)むしろ、この後で見る、点描のような、現実に存在する物体を連想することができないような抽象的な作品に比べれば、想像の足掛かりとなるように機能をしていると思います。そういう点で親しみ易さがある作品ではないかと思います。また、今年の作品の完結している世界のような作品と違って、どこか開かれたところがあるように感じられます。それは、この作品について何が描かれているのかという解釈をすることができるという点です。シュルレアリスムっぽいところというのでしょうか。例えば、風船のように浮かんでいる物体は何を意味するとか、そういう仕方で見る者は想像する筋道を与えられる点が、この作品の親しみ易さになっているのではないかと思います。その半面、そういうように想像を制限されるように感じるものにとっては、作品画面が完結して提示されていない点を一種の不完全さとして見てしまうところもあると思います。ただし、それはあくまでも、この後の作品を見てしまったから言えることです。

「れいめい」(右上図)という作品です。これまで、白黒写真をコラージュしたフォト・デッサンの諸作やペン書きのデッサンを多数見てきたあとで、突然、この油絵に接すると、パッと色彩の鮮やかな世界が広がったというのがショックのように迫ってきます。とくに、この作品では青の鮮やかさ。それは、この展覧会では衝撃的ですらあります。それほどに、作品がどうのこうの云々する以前に、色が迫ってきて、文句を差し挟む余地がないほどきれいなのです。青色が鮮烈ですが、中心近くに黄色や緑色などの小さな水玉が数個あって、それが鮮やかな青に囲まれた中で、妙に印象的なのです。そういう感覚で感じるように見ているだけで、この作品は時間を忘れさせます。

「青の中の丸」(左中図)という作品は「れいめい」同じように青を基調とした作品です。画面のサイズはより大きくなって、それはスケールとして見る者に迫ってきます。また、「れいめい」では画面が全体として3つの局面によって構成されていました、すなわち同心円構造のようになって、一番外側は白黒の無彩色の世界で、その内側は青地に黒い水玉が入り込んでくるような世界、そして一番内側は薄い青から段階的に白くなっていく地の上で、青から黄色や緑色等の色の水玉が派生するように生まれてくるような世界、そういう多層的な秩序が感じられるコスモスのようでした。これに比べると「青の中の丸」では地は一面の青で、それが大きなサイズの画面一面に広がって、そこに無秩序に不定形の粒が様々に色づけされている。そこに何らかの秩序を見つけることは不可能に近い、そういう画面です。このコーナーでは、いままで3点の作品をとりあげてきていますが、だんだんと言葉で記述するのが難しい作品になってきています。私には、語ることのできる語彙が、それほど多くないので空々しく言葉を重ねるのは作品対して失礼な気がしてきます。ここでひとついえることは、これほど抽象性が高く、色彩が多岐であるにもかかわらず、それぞれの色彩が明確で、はっきりしているということです。そして、画面上の粒のひとつひとつが浮き上がるようにハッキリしている。それが目にちゃんと映るということです。何か当たり前のように思えるかもしれませんが、このように無秩序のような画面で同じような粒が無数にあると、ふつうはひとつひとつがぼんやりと認識されるようになるはずなのです。それに伴うように、粒の色彩が混じってしまうような、全体としてぼんやりとした靄のような印象になってしまいがちなのです。ところが、この作品では、ひとつひとつが隅に至るまで、はっきりと見えてしまう。これは、明らかに意図的に、そのように画面が作られているということです。そのために画家は、画面構成もそうですし、実際に描いているときも、色を塗ることや、筆遣いなどで、こんな大画面にもかかわらず、かなり細かくて注意力を要する作業を強いられたのではないかと思います。それは、抽象的な作品でありながら、曖昧になってムードのように捉えられてしまうことを、瑛九という人は潔しとしなかったのではないかと思えるわけです。あくまでる視覚的に明確であるということ、視覚以外のものに安易によりかかるような妥協をせずに、作品を見るということだけで、そこにイメージをつくりあげるという方向、それが、私には、この展覧会のテーマとして使われている「レアル」ということではないかと思えるのです。

このほか「午後(虫の不在)」(左下図)という作品。そして「田園」(右下図)という作品。両作品とも大作で、その大画面の前で画面に見入っているうちに時間を忘れてしまいました。このような作品が一面に並んで展示されていたら、どうしよう、作品の傾向は異なりますが、マーク・ロスコの大画面に囲まれた時の静謐さとかある意味では崇高さのような要素に通じるような心持ちになるのではないかと、思わず想像してしまいたくなります。瑛九の大規模な回顧展がもし開かれるようであれば、万難を排して、それこそ数時間、作品群と向き合う準備をして出かけるのではないかと思います。

 




 

 
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