足立美術館 秋季特別展
「開館55周年記念 心に響く日本画55選」
 

 

2025年9月19日(金)足立美術館

話題の足立美術館に行ってきました。東京からは気軽には出かけられない距離です。当然、日帰りは無理。たんに美術館だけに行くというのはもったいない。しかも、ここで行きたいと思わせるような企画展をやっているわけでもない。それで、足立美術館を盛り込んだ旅行ツアーに申し込みました。鳥取砂丘とか出雲大社なども回る山陰旅行ツアーです。大型観光バスの団体で、足立美術館を訪れました。上げ膳据え膳のごとき団体旅行ツアーですから、おまかせで、どのような経路で行ったかはわかりません。田んぼのなかの大通りを進んでいたら、突然、広大な駐車場が現われた。大型バスが2〜30台余裕で、それ以上に一般車両も留められる。大きなショッピングモールみたい。今日は平日で、それほど駐車場が埋まっているわけではなかったが、それでも結構な台数が止まっていた。大型バスも5台ほど。駐車場の奥にオシャレの道の駅という風情の建物、それが美術館の新館。その向かいには土産物のショッピングセンターがあり、島根名物を沢山売って、賑わっていました。これは美術館としては破格の集客力ゆえなのだろうと思う。美術館の売りというか、戦略が独創的あるいは革命的といっていいのだろうと思います。

新館の裏手に細い道を渡って本館の建物。この本館のはす前に旅館が数件。以前は田舎の静かな温泉だったのだろうか。旅館は、今は足立美術館の訪問客でもっているのだろうか。

さて、本館の玄関前に植え込みが作られて、ここからすでに庭園が始まるとばがりにカメラを人々が構える。ここは、入館前から始まっている。入口はゲートになっていて、遊園地の入り口みたい。他の美術館とは入場者数が桁違いに多いことからなのだろうと思う。私はツアー客なので団体入口を通ったが、美術館で団体入口が常設されているのをはじめて見た。団体客も日常的なのだろう。ゲートを通って行くと苔庭と称されている中庭を囲むようにコの字型の廊下に、まずは正面のガラス窓を額縁のように庭園を眺めるようになっている。廊下は建物をでると、小さな広場で、そこでは来館者は次々と記念撮影をしている。室内に入ると、ここからが本館のメインで少しずつ展示が始まる。まずはロビーで、二方向がガラスで開かれた、足立美術館というと必ず映像ででてくる庭園の風景が広がる。一般の来館者にとっては、ここが最初のクライマックスなのではないかと思う。庭園については撮影は自由なので、来館者は思い思いにシャッターを切ったり、記念撮影に興じざわめいていました。

そして、絵画展示のプロローグのように、まずは童画が廊下の両面に。庭園は撮影自由ですが、絵画や工芸品などの展示品はすべて撮影禁止で、そのポスターがうるさいほど貼られていました。おそらく、ロビーで庭園の撮影に興じていた人が、そのままカメラを構えてしまうのでしょう。実際、私の面前で撮影している人が何人もいました。そして、順路の指示に従うと、枯山水の庭に導かれます。廊下で回遊するようになっていて、ここで、ゆっくりと庭園を堪能するというのでしょう。

さて、庭園については、それほど関心があるわけではなく、知識もない私ですが、「庭園も一幅の絵画である」というのが足立美術館のコンセプトであり、庭園を絵画のように見せる仕掛けのようなものもされているので、少しだけ感想を述べておきたいと思います。ここの庭園の見せ方の特徴として言えるのは、庭園に入って行けないということです。「庭園も一幅の絵画である」というのは、比喩的だと思っていましたが、人は絵画の画面の中には入っていくことはできない。画面から距離を置いて眺めて、想像によって自分がその中に入り込んだような気分になるだけです。ここの庭も人々は現実に足を踏み入れることができません。全国の神社仏閣や邸宅の有名な庭園は総じて、人々が庭園内を回遊して、その風情を愉しむようになっているのは、決定的に違うということです。そして、足立美術館の庭についてよくいわれる「葉っぱ1枚落ちていない」完璧に整備されているということ。そこは絵画のように完成されていて、そのまま動かない、ということです。止まっているのです。もっというと生きているという感じうすい。庭園の庭木は植物ですから生きています。成長もしますし、衰えもします。そういう大きなことではなく、何かしらあるはずです。ここには虫も鳥もいて、これらは止まっていません。植物も動物も生命活動をしていて、それには動きが伴うものです。そこにはハプニングも当然おこる。しかし、この庭は、そういう偶然を許容していないように見えます。それは絵画的な完璧な空間に不完全を持ち込むおそれがあるからでしょうか。言い換えると、不寛容、つまりは余裕がない。こんなとき、海外からの日本美術の特徴として指摘される、不完全さの美学とでもいうものとはかけ離れているのだなと、ちょっと想いました。だから、私には、しばらく見ていて飽きてしまいました。たしかに、庭園には四季があったりして変化しているとはいいますが、この庭は、四季とか朝とか夕焼けとか、それぞれの指標となるものがあって。その指標の完璧な状態に、それぞれ作り直されている。完璧な紅葉景色、完璧な雪景色、とでもいうように、そして、そのつくられた景色は動かない。そんな感じです。だから、極端なことを言えば、撮影した写真を見るのと、実際に庭園を見る際の違いは、映像の解像度の違いでしかないことになります。ちなみに、この美術館で展示されていた絵画作品はすべてガラスケースに入っていて、来館者は。作品に近づくことを禁じられているように感じられました。ガラスに顔を近づけるとガードマンから煩いほど注意され、そこを離れるとガラスに鼻息がついたとでも言うようにガラスの表面を布で拭いていましたから。それは、気分のよいものではありませんでした。

あるいは、ここの庭園が背景の山を借景として巧みに利用していることも、よく指摘されていることですが、それとそっくりの例を、同じ旅行ツアーで見た出雲大社で見ました。出雲大社の本殿の背後に山があるのですが、それが本殿の奥のご神体のように見えてくる。その山を前にして、神社の建物の神秘性というか神々しさ、荘厳さをスケールアップさせている。それと同じ効果が足立美術館の庭園に見られると思うのです。借景を利用した庭園は、京都をはじ全国にありますが、足立美術館の庭園には完全さや神々しさへの志向が見られる点で、日本的でない、というか、一神教的な合理性を感じるのです。私は、そこに窮屈さというか、どこか入り込めないという印象を持ちました。

庭園は、これで終わり、本館を二階に上がります。ここからは絵画の展示です。ここでは、<秋季特別展>「心に響く日本画55選」が開催されていました。コレクションのなかから秋にちなんだ作品のセレクションだろうと思います。中には「春雨」とか「幽春」といった作品も展示されていたので、アバウトなものなのでしょう。あと、横山大観の作品は季節は関係ないようでした。重箱の隅をつつくようなことは、ほどほどにします。会場の入り口に展示作品のリストが置いてありましたが、それを手に取る人はいませんでした。これは想像ですが、話題の足立美術館に来た。テレビ等で見た庭園は、思ったとおりだった。写真も撮った。あとは、順路に従って進むと、テレビなどでは見せていない絵の展示がある。横山大観などといった美術にくわしくもない有名画家の作品が展示されているらしい。高い切符代を払っている…、という感じでしょうか。多くの人は、個々の絵の前で立ち止まることなく、ゆっくりと展示室を歩いていく。あるいは、音声ガイドを借りた人は、イヤホンにつけて、音声ガイドが説明している作品の前だけ、立ち止まってガイドの通りに作品の前に立っている。絵を見たいというのではなく、ついでみたいに見ている。こんな光景は、以前にも別の美術館で見た経験を思い出した。東京の富士美術館だ。あそこも貸し切りバスの集団がいくつも訪れる。あそこに来る人は作品に興味があるのではなく、宗教の指導者が集めたということで、それを追いかけることの方を優先している。中には、作品の前で目をつむってお題目を唱える老女がいた。あれとそっくりの光景だ、と思った。

作品リストには作家名と作品名、そして、制作年しか記載されていませんでした。作品リストを見ていると、近代以降の日本画の大家の名がズラリと並んでいます。びっくりです。

【小展示室】名画を愛でる

展示室に入って最初に展示されていたのは、村上華岳の「秋景」という1919年の作品。今まで見てきた美術館の印象と横山大観を期待していたのに、地味な作品です。これでは、人々に素通りされてしまう、とかわいそうと思ったり…。真ん中の池、というより水たまりに見えるが、そのまわりを秋枯れの藪がかこみ、背後に紅葉ではなく白い幹の常緑樹が茂り、その上にはどんよりとした空が広がっている。一般的な秋景のイメージとはかけ離れた、たんに侘しいだけの景色です。画家は、あえてこのような風景を描いているとすると、藪や空は手段として、それ以外のものを暗示しているのではないか、というように見えてきます。そのような想像を促すところが、この作品に神秘性を与えている、と言えなくもない。ただ、小さくて地味な作品です。最初なんですが、他の展示作品に対して、この作品だけが異質です。

橋本関雪の「秋圃」という1939年の作品です。この品あたりから、この美術館、というかオーナー創始者足立氏の好みの一端が分かってくるような気がします。それは写生と分かりやすい風情ではないか。無地のような余白を背景にして、枯れ木のそばにいるイタチは何かを察知したように、胴長の体をヒョイと上げて、辺りを見回している。イタチの毛の質感や表情はボカシを用いて描かれています。様式化された描き方ではなく写生的です。枯れ木は枝の一部が描かれて、枯れ葉はイタチの体毛と似た色調で、まるであつらえたようなレイアウトで、盆栽のような感じです。外国人にアピールしそうなワビサビとでも申しましょうか。

次は、ワビサビから一転してハデハデ。榊原紫峰の「秋草」という1914年の作品。この変わり方は何?画面の構成は様式化されていて、琳派の屏風絵に似たところがありますが、細部まで細かく写生的に描き込まれています。描き込みは明確で、きっちり輪郭線が引かれています。これまで見てきた作品は渋い色調でしたが、この作品では鮮やかな赤や白や緑が、はじめて出てきます。それでびっくり。でも、何が描かれているのか、ハッキリしているし、ちゃんと陰影がつけられて平面的ではない。画面左下の白い花は絵の具が盛り上がっていて立体的になっています。そういう面で、サービス満点の作品です。

同じ作者の「夕陽」という1913年の作品。数本のヒマの大きな黒い葉が克明に描かれ、画面左上の上空には数匹の赤トンボが飛んでいます。その赤トンボにより秋の夕陽と想像できます。このヒマの葉の描き方はアンリ・ルソーに通じるところがあるように見えます。後年の田中一村がよく似ている。ヒマは観葉植物にもなっていて、その葉は秋といっても紅葉とか侘しいというイメージとはちょっとズレていて、どちらかというと夏の逞しいイメージの方が似つかわしい。それに秋の赤トンボが付いて、ちょっとギャップが生まれているところが、面白いところではないかと思います。

このような派手で装飾的な作品の展示から、今度はまたとんでワビサビの秋の風情の作品が並びます。例えば、結城素明の「畳嶺蔵雲」という1930年の作品です。厳しくそそり立つ山の峰々に、雲がモクモクと湧き上がる雄大な景色です。手前の樹木や岩峰は細い線で緻密に描写されていますが、榊原のような明解さの印象はそれほどありません。それは、淡い色調で渋い色遣いであることと、前景と背景の間に雲が配置されて、ボカシの効果を生じさせている。それが、ボンヤリとした画面となり、それが日本的な風情を生んでいる。しかし、ここまで見てくると、足立美術館の嗜好というか、ここに共通して感じられるものとして、分かりやすい写実性があるのではないかと思います。

ここで小展示室を出て、次の大展示室に向かいます。

 

【大展示室】心に響く日本画55選

他の美術館では展示室には係員が椅子に座っているのが普通でしたが、この足立美術館では警備会社の制服を着たガードマンが立っていました。この点でもユニークで、ガードマンは、しばしば来館者に注意したり、ガラスケースを拭いていたりしていました。なんか監視されているような心持ち。

最初が富岡鉄斎の南画、そしてこの川合玉堂の「夕月夜」です。全然、雰囲気の異なる作品が並んでいる。1913年のこの作品は名画ポスターになっているような人気作です。この美術館のコレクションには、人気作や有名作が多くて、どうやって収集したのか、その資金力はどれだけなのか、驚いています。夕暮れ時の水郷の風景ということです。空には月が浮かび、その光に淡く照らし出された風景。水面はひっそりと静まりかえり、それを覆い隠すように葦が鬱蒼と茂り、それが水面に霧が湧いているようにも見えて、その中で釣竿や網をかついで橋をわたる人々。黄昏の淡い光と湿潤な大気がおりなすモノクロームな光景の中で、人の姿がくっきりと浮かび上がる。そこには、分かりやすい日本的情緒があると思います。人気作であるのは、そういうところにあるのでしょう。この人物の動きの形は、江戸末期の浮世絵の風景画の描き方を思い出します。広重の「東海道五十三次」とかのように、デフォルメをそれとなくしているように見えます。

そのとなりには、風景画でも、西洋画の遠近法が明らかで、風景の広がりを実感させてくれるような山元春挙の「瑞祥」という1913年の作品です。描かれているのは古代中国の道教において語られていた神仙境の一つ、蓬莱山。そこは仙術を獲得した仙人が住まう地であり、木も水も空気も、生き物ですら澄んだまま存在しているという。屏風の大きな画面には岩峰が点在するように、画面手前では、岩肌、人物、建物はては木々の葉の一枚に至るまで精緻に描かれているのに対して、画面奥の岩山は輪郭をぼかしています。その岩山の描き方は立体的で写真を見ているようです。色彩は西洋画的で、これが屏風でなくてキャンバスに描かれていれば、西洋の風景画として見られてもおかしくないでしょう。しかし、色彩は淡く透明感があり、そういうところから日本画なのだろうということになる。これが川合玉堂の日本的情緒のとなりにある。このチグハグ感は、この美術館の特徴と言えるのかもしれません。

そして、竹内栖鳳です。“東の大観、西の栖鳳”です。よくまあ、集めたものだ。「爐邊」という1935年の作品。これって秋を感じさせるのでしょう。細かいことは考えない方がいいのでしょうね。爐邊というタイトルと手前の火かき棒から暖炉か囲炉裏にあたっている2匹の子犬です。竹内栖鳳というと猫が有名ですが、犬も描いているのですね。サラサラって手すさびみたいに軽く描いているようですが、上手いとしか言いようがありません。

次に展示されていたのは美人画です。いったい、このどこが秋なんだろうか。鏑木清方の「紅」という作品です。黒い羽織を着ている女性は「築地明石町」を思わせます。となりには上村松園、伊東深水が並んでいます。有名どころオンパレードです。上村松園の美人画って表情がないんですね。人形みたい。他の人の美人画と比べると分かります。

土田麦僊「黄蜀葵」は1932年の作品。日本画って人物画はマンガと同じで人間の肉体をリアルに描くというのではなく、美人とかヒーローのお約束の記号的シンボルの文法に従って描くのに、植物などは写生的な描き方をするのが不思議です。この作品では、そこにデザイン的な操作が入ってくる。葉の明るい緑色が鮮やかで、それら花の白が対照されています。画面の下半分は、細長い葉がパアーッと広がっていて鮮やかな緑が占めていて、画面の上の方では、草が伸びて若芽や葉は、未だ色が付いていなくて緑色は薄くて、その先に白い花が咲いている。そういうグラデーションの推移が緑色を印象深くしている。

同じ緑色の鮮やかさでも、榊原紫峰の「富貴草」は1938年の作品。牡丹の花は、一応写実なんでしょうが、花鳥画の王道というか、歌舞伎の見得を切るようなお決まりのパターンに見えます。装飾的といえばいいのでしようか。その傍ら、画面右の支柱に雀が止まって囀っている。装飾的でゴージャスな牡丹と無邪気で素朴な雀が対比的に置かれているといった画面構成です。これは、ちょっとあざとい感じもします。この人、几帳面にきっちりと描き切るので、作為が隠すことなくあからさまになるとこがあると思う。この作品の雀なんて、無邪気というよりブリッコだもんね。

さて、大展示室は盲腸のような行き止まりの部屋なので、反対側の壁の作品を見ながら、入口に戻ります。

菱田春草です。近代のビッグネームです。「紫陽花」という1902年の作品。紫陽花といっても、今、一般的なセイヨウアジサイの多彩な色とは違い、これはニホンアジサイということで、モノトーンです。しかし、描かれている3本の茎について葉の描き方が違っていて、それぞれが個性ある茎として分かります。それが、不思議なことに生き生きとした生命感があるのです。といっても、紫陽花の描き方は様式的な形態のようで、必ずしも写実的とは言えない。それゆえ、画面全体が静かです。しかし、死んではいない。紫陽花は生きている。それが、この作品のすごいところだと思います。私には、今まで見てきた作品とは別格に見えます。

菱田春草の「紫陽花」にはアゲハチョウが描かれていましたが、同じ虫つながりで、小茂田青樹の「蝉」という1930年の作品です。菱田春草と違って、明晰で曖昧なところが一切ありません。それゆえ、画面が平面的で、単純化された構図は、模様のようにも見えます。生き生きとした菱田春草とはちがって、この作品では蝉の啼く声が聞こえてきません。静かなんです。

そして、速水御舟の「新緑」という1915年の作品です。楓などの若葉が強い陽射しを浴びて輝いている様子です。下から木々の葉が茂るのを見上げているのでしょうか、画面は上下がはっきりしません。画面いっぱいに沢山の葉が描かれています。その葉が木によって描き分けられ、とくに陽射しの当たり方によって葉の描き方が変化している。これは、木の葉を描いていて、木漏れ陽すら描かれていないけれど、陽射しをそこに読み取ることができるというものでしょう。そういう工夫は、すごいと思います。

その隣が、安田靫彦の「王昭君」です。これは、以前に東京の近代美術館の安田靫彦展で代表作として見たことがあるような。こんなものまであるなんて、よくまあ、ここまで集めたものだとびっくり。俗に、安田靫彦の三大美人画って、また歴史上の女性を描いた作品があるのだけれど、顔は仏画なんですよね。西洋画の歴史画とちがって動きはないし、結局、衣裳を考証して精緻に描いたとか、そういうとこに行き着くのだろうと思います。安田は、そういう日本画における歴史画のお約束をつくったという人、それはそれで大変なことだったと思います。でも、有名作であることはたしかです。

安田靫彦の「王昭君」のとなりには小林古径の「楊貴妃」が並んでいます。なんて贅沢なんでしょう。王昭君が仏様なら、こちらの楊貴妃は能面です。こちらは、正確には歴史画というよりは「楊貴妃」という能楽作品を描いたということらしいですが、楊貴妃という歴史上の人物を顔に能面をつけて表情を隠して描いたとしてもいいのではとも思います。とはいえ、私のような素人目では、となりの「王昭君」と作者の区別がつかなくなります。

その他にも、展示作品はありましたが、この部屋の最後は川端龍子の「獻華」という1940年の作品。鮮やかな色彩の派手な見栄えのする作品。竹籠に生けられた数輪の牡丹、白や淡紅色、絞りといった数品種のものが大輪の花を咲かせ、絢爛に競い合っている。一方で蕾も、硬そうなものや、今にも咲きそうなほどふっくらとしたものが描かれていて、多様な趣を加えるのに一役かっている。また枝一本、葉一枚まで濃密に描かれることによって、より牡丹の花や蕾が引き立ち、豪奢な印象を与える。

これで大展示室を出て、次の大きな展示室、横山大観特別展示室に向かいます。ここには、横山大観の作品ばかりが並んでいます。

 

【大展示室】心に響く日本画55選

「那智乃瀧」は1915年の作品。これは、鎌倉時代の国宝「那智瀧図」を思い出させます。構図はそっくりです。しかし、横山大観の作品では、水煙の描写に得意の朦朧体表現が使われていて、メインの滝そのものは朦朧体による水煙の茫洋たる霧のなかから鮮やかに浮かび上がるように描かれている。つかみどころのないモヤモヤした空間に、一瞬の閃光のように亀裂を入れる滝の姿は、とても印象的です。今風の言い方をすれば、ドラマチックに映える。

「緑雨」は1914年の作品。タイトルは緑雨ですが、直接、雨が描かれているわけではありません。画面には一面の緑の葉。それらの多くが、朦朧体でしょうか、うすぼんやりと描かれています。それが霧雨に霞んでいるように見えます。その中で細い枝に雀が二羽とまっている。さきほどの那智の滝ほどではないですが、ぼんやりと明確の対比をして、ぼんやりと霞んだ雰囲気を印象付けています。

「夏之不二」は1920年の作品。ポップなイラストみたいです。横山大観は夏の富士を青く描くことがよくありますが、すでに1920年頃から、このようなポップな作品を描いていたのですね。この人は、自身では精神とか言っていますが、見た目の官能性に終始こだわり、見る人の注目を集めることが関心の中心にあった、そういう画家であることが、ここ足立美術館での展示を見ていて、分かりました。それは、この美術館のコレクションの傾向にも通じているように思えます。

その最たるものが「紅葉」という1931年の作品ではないかと思います。とにかく、ポップでゴージャス、しかもジャポニスム。海外での展覧会向けに制作されたということですが、明らかに外人受けを狙っているのが見え見えです。大観は、屏風を開いた時に最も美しく見えるようにと、カエデの葉を実物より少し左右に引き伸ばすデフォルメした構図で描いたということです。さらに、発色の良い顔料を用い、紅葉を複数の色で表現したことで、立体感が出ています。川面の輝きの表現にはプラチナ箔を使うなど、当時新しく出回った材料を使っている。輪郭をぼかすことで生まれる柔らかな立体感と、赤や黄の鮮やかな色合いが相まって、作品に躍動感が生まれます。

ゴージャスでポップな大作の次はワビサビの水墨画っぽい、「雨霽る」という1940年の作品です。画面全体に漂う雲霧から、頂を突き出し稜線を露わにする連山。それが黒い影のようで、その麓から立ちこめて山間に沿って上昇する白い霧は雲となって大空へと広がり、その奥に富士山が雲海を望むように聳えている。この富士山が写実的で立体感があるように描かれているのに対して、前景としてひろがる雲海やその間の連山は朦朧体というか水墨画のような世界で、対照的に、対比されています。そこでそれぞれが際立つように強調されています。これも、見た目の効果ですね。

「会場日出」は1944年の作品。戦時中にこんなポップな作品を描いていたんですね。割合と写実的に描かれた海岸の真ん中にポップなまん丸の赤い太陽が浮かんでいる。しかも、太陽が水平線の手前に太陽がある。この違和感は、シュルレアリスムのテイストです。というより、水平線を無視している遊び感覚といった方がいいてしょうか。

その他に富士山の絵はいくつも展示されていました。これらを見ていると、横山大観という画家は見た目第一のひとであるということがよく分かります。それが分かっただけでも、ここに来た甲斐があると思います。

そこから地下道をとおって新館へ行きますが、新館の展示は現代画家になるようで、多くの人は足早に通り過ぎてしまうようです。私も見たかったのですが、ツアーの集合時間となって、残念ながら時間切れです。ここは、これ一回で十分でしょう。

 

 
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