吸収分割承継会社が持分会社の場合の、吸収分割の効力が生ずると、どのような効果生ずるかを規定しているのが761条です。
吸収分割契約において吸収分割による承継の対象とされた吸収分割会社の権利義務は、吸収分割契約の定めに従い、個別の権利移転行為や債務引受行為を要することなく、法律上当然に吸収分割承継会社に承継されます(761条1項)。この規定は吸収分割承継会社が株式会社である場合における吸収分割の方テク効果等について規定した759条とほぼパラレルな規定です。
ü
吸収分割の効果(761条1項)
会社分割の効果は、一般的に、会社分割の効力発生日、つまり、吸収分割契約で定められた日に、会社分割の対象とされた分割会社の権利義務が、法律上の効果として、個別の承認であれば必要とされる個々の権利義務に関する手続きや行為を要することなく吸収分割承継会社に包括承継(一般承継)されることとされます。このような権利義務の包括承継(一般承継)は、合併の効果と同じようなものですが、合併の場合は消滅会社は解散し、その権利義務が包括的に存続会社に承継されるのに対して、会社分割の場合は、分割会社は効力発生後も引き続き存続するため、承継されるのは会社分割の対象とされた権利義務に限られ、その結果承継の効果が合併の場合よりも複雑になっていまい。
ü
吸収分割の効力発生時(761条1項)
吸収分割の効力は、効力発生日に生ずると定められています(761条1号)。効力発生日は吸収分割契約の必要的記載事項です(760条6号)。吸収分割の効力が生じた日から2週間以内に、分割会社および承継会社による変更登記が必要となります(923条)。
効力発生日に、吸収分割承継会社は、吸収分割契約の定めにしたがい、吸収分割会社の権利義務を承継します(761条1項)。また、吸収分割会社は、効力発生日に、吸収分割契約のさだめに従い、分割対価として付与された社債等について、それぞれの権利者となります(761条4項)。
ü
権利義務の承継
・一般承継
吸収分割の効力発生日に、吸収分割契約に基づき、吸収分割による承継の対象とされた吸収分割会社の権利は、吸収分割承継会社に、個別承継であれば必要とされる権利移転行為や権利移転のための条件を充たすことなく承継されます。また、吸収分割による承継の対象とされた吸収分割会社の債務は、効力発生日に、債務引受けの必要なく、法律上の効果として自動的に吸収分割承継会社に承継されます。同じような一般承継の法的効果が認められる吸収合併の場合とは異なり、吸収会社分割の場合には、吸収分割会社は消滅することなく存続するので、権利義務の一部は残ります。したがって、吸収分割による承継の対象となった権利義務だけが承継される点で異なります。そのため、吸収分割会社のどの権利義務が吸収分割により吸収分割承継会社に承継され、どの権利義務が残るかを吸収分割契約で特定しなければなりません。
※公法上の権利義務の承継
分割会社が有していた許認可等の公法上の権利義務について、会社分割によって承継させることができるか否かは、その公法上の権利義務の根拠法令の規定に従うことになります。したがって、個別の検討が必要になります。また、税法上の権利義務については分割会社の租税債務を承継会社に承継させることは認められませんが、人的分割により分割対価である承継会社の株式が分割会社の株主に交付連れる場合は、承継会社は、分割会社から承継した財産の価額を限度として分割会社の租税債務について連帯納付の責任を負うことになります(国税通則法9条の2)。
・労働契約の承継
会社分割の対象となる労働契約については、それ以外の一般契約とは異なる例外的な法律上の取扱いが適用されます。すなわち、労働契約以外の一般の契約では、会社分割契約に会社分割の対象として記載された場合にのみ承継会社への承継が行われるのに対して、労働契約の場合には、会社分割の対象となる事業に主として従事している労働者とそれ以外の労働者を区分して、会社分割の対象となる事業に主として従事している労働者については、会社分割契約に会社分割の対象として記載されていなくても、労働者本人が対象から除外されていることについて異議を述べれば承継が認められます。また、会社分割の対象となる事業に主として従事している労働者以外の労働者については、会社分割契約に対象として記載されていても、労働者本人が異議を述べれば対象から除外されることとされています(労働承継法4条、5条)。
※労働協約の承継
吸収分割会社と労働組合との間で締結されている労働協約については、そのうち吸収分割承継会社が承継する部分を吸収分割契約において定めることができます(労働承継法6条1項)。分割会社は、吸収分割契約を承認する株主総会の会日の2週間前の日の前日までに、労働協約を締結している労働組合に対して、労働協約を承継する定めがあるかどうか等の法定事項を書簡で通知しなければなりません(労働承継法2条2項)。
・担保権の承継
担保権は根抵当権を除き、担保権が担保している被担保債権とともに処分する場合でなければ処分できないものとされていて、これは担保権の随伴性の原則と呼ばれています。この随伴性の原則は会社分割の際にも適用されます。したがって、会社分割の対象に担保権とその被担保債権の両方がともに含まれている場合にのみ分割会社から承継会社に承継されます。もっとも、仮に会社分割契約に被担保債権が会社分割による承継の対象として記載されているにもかかわらず、担保権についての記載がない場合でも、通常は解釈により、担保権は被担保債務に付随するとして、承継の対象とされるとしています。
@)根抵当権の承継
一定の範囲に属する不特定の債権を極度額の限度で担保する根抵当権は、特定の被担保債権とともに処分を行うことが予定されていないので、会社分割における取扱いについては法律上特別な定めが置かれています。すなわち、まず、@分割会社が根抵当権者である場合、根抵当権の被担保債権の元本が確定する前に、会社分割が実行されると、この根抵当権は、会社分割の実行時点で存在する分割会社の債権に加え、会社分割実行後に分割会社と承継会社の各々が取得する債権も根抵当権の被担保債権となります(民法398条の10第1項)。また、A分割会社が根抵当権の被担保債権の債務者である場合、根抵当権が設定されている不動産が会社分割の対象となるか否かに関わりなく、会社分割の実行時点で存在する分割会社の債務に加え、会社分割実行後に分割会社と承継会社の各々が負担する債務も根抵当権の被担保債務となります(民法398条の10第2項)。このように根抵当権設定者は不安定な地位に置かれるため、根抵当権設定者が根抵当権の被担保債権の債務者ではない場合には。会社分割に対して、元本の確定を請求することができ、請求があった場合には会社分割が実行された時点で元本が確定したものとみなすとされています(民法398条の10第3項)。
A)企業担保権の承継
株式会社が発行する社債を担保するために社債を発行する会社の総財産を担保権の対象として設定される企業担保権については、担保権の対象となる債務を会社分割により承継させることはできないとされています(企業担保法8条の2)。企業担保権が担保する債務を承継させる旨を定めた会社分割契約の条文は無益的記載事項となります。
ü
債権者異議手続の瑕疵の効果─吸収分割当事会社の連帯責任
・趣旨
債権者異議手続において各別の催告が行われるべきであるのに、その催告を受けなかった吸収分割会社の債権者は、吸収分割契約において吸収分割後に吸収分割会社に対して債務の履行を請求できないとされている場合でも、吸収分割会社に対して、同社が効力発生日に有していた財産の価額を限度として、債務の履行を請求することができます(761条2項)。また、各別の催告を受けるべきであったのに受けられなかった債権者は、吸収分割契約において吸収分割後に吸収分割承継会社に対して、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求することができます(761条3項)。
吸収分割は、分割当事会社の資産や負債の状況が変動し、また純資産の部も変動することもあり、会社債権者に大きな影響を与える可能性があります。吸収分割承継会社には、合併の場合の存続会社の債権者に生ずるのと同じような危険、すなわち、分割会社から承継した権利義務の財務状態が悪ければ債権回収が困難となるリスクが増大することになり、債権者にとって不利益となります。一方、吸収分割会社の債権者にとっては、相手方当事会社の経営状態の良し悪しにかかわらず、不採算部門を分割会社に残して他の部分を救済するような吸収分割が行われた場合には、固有のリスクが発生します。合併のような完全な包括承継とは異なり、会社分割の場合、部分的一般承継がかのうであるため、たとえば不採算部門の分社化や反対に不採算部門を吸収分割会社に残し業績の良好な事業部門を吸収分割承継会社に承継させる吸収分割のように、分割会社の権利義務が分割会社や承継会社のいずれかに一方的に有利または不利に承継されるおそれがあります。合併の場合には、複数の当事会社の権利義務が一体化されることになるので、仮に合併が失敗した場合一蓮托生になるのに対して、会社分割の場合は、一部の当事会社が破綻しても他の当事会社が継続していくことがありえるため、会社債権者の危険性は合併の場合よりも定型的に大きいと考えられます。そこで、吸収分割の場合は、債権者を保護するために、債権者異議手続をはじめとする債権者保護のための諸制度が設けられているのです。
債権者が異議を述べれば、分割会社は。債権者を害するおそれがないことを立証しないかぎり、債権者に対して弁済もしくは担保を提供し、または弁済を目的として相当の財産を信託会社等に信託しなければなりません(789条5項)。
ところが、各別の催告を受けなかった債権者は、異議を述べ救済を機会を逸する可能性が高いので、吸収分割後、分割会社か承継会社のいずれか一方の当事会社に対してしか履行を請求できないとされている場合であっても、他方の当事会社に履行を請求できることを認めることにより、債権者の保護が図られています。
・連帯責任を追及できる債権者
761条2項及び3項の保護を受けることができる債権者は、異議を述べることができる吸収分割会社の債権者であって、各別の催告を受けるべき債権者です(761条2項括弧書)。債権者異議手続中にまたは異議申述期間経過後に債務発生原因が発生し、効力発生日までに生じた債務の債権者は、不法行為債権者を除き、債権者異議手続開始時点で会社に知られていない場合を除き、含まれていません。
吸収分割会社の債権者でもある金融機関や取引相手は、債務者である会社の公告に注意を払うべきこと、もしくは吸収分割を行うような場合はそれを通知させることを約させる、自衛措置を講ずることなどが期待できるという理由から、官報に加え日刊新聞紙への掲載または電子公告をすれば、不法行為債権者を除き、各別の催告を省略することができます(789条3項)。
・責任の性質
@)不真正連帯債務
各別の催告をすべきであったのに、その催告を受けなかった分割会社の債権者の債権については、吸収分割会社と吸収分割承継会社の双方が物的有限責任を負います。この責任は、吸収分割契約において債務を負担するものとされた会社が負う本来の債務と同一の内容ですが、双方の会社の間に内部的な意思の連絡がなく、不真正連帯債務の関係になると解されています。
したがって、吸収分割会社の債権者は、分割会社と承継会社の双方に対して債務の全額を請求することができ、連帯債務者の1人に生じた事由は、弁済や相殺などの債権を満足させるものを除き絶対的効力を有しない。
A)物的有限責任
吸収分割会社と吸収分割承継会社の双方が負う責任は、物的有限責任である。すなわち、各別の催告が為されるべきであるのに催告を催告を受けなかった吸収分割会社の債権者は、吸収分割契約において吸収分割後に吸収分割会社に債務の履行を請求できない場合であっても、吸収分割会社に対して、吸収分割の効力発生日に、有していた財産の価額を限度として(761条2項)、また、吸収分割契約で会社分割後承継会社に債務の履行を請求できないとされていても、吸収分割承継会社に対して、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できます(761条3項)。
ü
承継持分会社の社員の地位(761条4〜5項)
会社分割の効力は、効力汲発生日に生じます(761条1項)。吸収分割会社は、効力発生日に吸収分割承継会社の社員または社債権者となります(761条4、5項)。
承継会社が持分会社である吸収分割の特殊性は、持分会社の社員の地位が分割対価として交付される場合です。760条4号により、承継持分会社が合名会社・合資会社・合同会社の社員となる場合、合名会社の場合は社員の氏名または名称および住所ならびに出資の価額(760条4号イ)、合資会社の場合は社員の氏名または名称および住所、無限社員か有限社員かの別ならびに出資の価額(760条4号ロ)、合同会社の場合は、社員の氏名または名称および住所ならびに出資の価額(760条4号ハ)をそれぞれ定めなければなりません。
吸収分割契約に上記のような定めがあるときに、吸収分割会社は、効力発生日に、吸収分割契約の定めにしたがい、吸収分割承継会社の社員になる旨を定めるとともに、吸収分割承継持分会社は、効力発生日に、社員に係る定款の変更がなされたものとみなされます《761条4項》。これにより、吸収分割の効力と定款変更の効力が同日に発生します。吸収分割承継持分会社の社員の地位が吸収分割会社に付与されるときは、吸収分割承継持分会社では、吸収分割契約の承認には、定款に別段の定めがない限り、総社員の同意が必要となります(802条1項)。
ü
吸収分割の効力不発生(761条10項)
債権者異議手続が終了していない場合、または、吸収分割を中止した場合には、これまでの事項(761条1〜9項)は適用されません(761条10項)。759条6項の規定は、効力発生日までに債権者異議手続が終了していない場合には吸収分割の効力が発生しない旨を定めることにより、効力発生日の前日までに債権者異議手続を終了しておかなければならないことを明確にしたものです。効力発生日までに債権者異議手続が終了しておらず、吸収分割の効力が発生しなかった場合には、効力発生日後に債権者異議手続を終えたとしても、吸収分割の効力が生ずることはなく、効力発生日の変更手続きが必要となります。
吸収分割を中止した場合にも、761条1〜9項までの規定は適用されません。この吸収分割の中止については、会社法に規定はなく、解釈の問題となります。吸収分割の中止は、通常の契約と同様に、当事会社の代表者が単独で、または他の当事会社との合意により決定することとなりますが、その段階においてすでに株主総会承認決議が為されているときは、中止についても株主総会の承認決議が必要となります。また、吸収分割契約のなかで中止事由を決めておくことも可能です。