会社法760条は、分割会社が合同会社・合名会社・合資会社の種類のいかんを問わず持分会社を吸収分割承継会社として吸収分割契約を締結する場合、そこで定めるべき事項ほ定めています。この意味は、第一に、吸収分割契約で定めるべき事項を法律で規定することによって、当事会社を法的に拘束する吸収分割契約の中心的な内容を確定させることです。法定の決定事項の定めを欠き、または違法な内容の定めがなされている吸収分割契約は無効となります。第二に、吸収分割契約の当事会社の株主・社員が契約を承認するかどうかを判断するに際して、提供されるべき情報の範囲を画するということです。株式会社・持分会社を当事会社とする吸収分割契約が確定的に有効となるためには原則として株主総会の承認・総社員の同意を得る必要があるところ、その株主・社員の意思決定にとって重要な吸収分割契約の本質的な事項が何であるかを明らかにしています。
ü
吸収分割契約の法的性質
吸収分割契約は、当事会社の間では債権的効力を有するものですが、同時に組織法上の契約でもあります。吸収分割契約が組織法上の契約であるということは、原則として株主総会決議による承認・総社員の同意を要すること、代表者が契約締結者であること、そして第三者に対して効力を有する等単なる債権的効力を超えた効力を持つとう特色を持つことを意味します。また、吸収分割契約は債権的効力を有するとは言っても、その当事会社は有効に契約が締結されても、会社法上の手続きに従って吸収分割の効力を発生させるために必要な行為や措置を講ずることを義務づけられます。
ü
吸収分割の手続きの概要
・吸収分割当事会社が持分会社である場合
@)吸収分割契約の締結と総社員の同意を要する場合
持分会社が吸収分割契約の当事会社となる場合には、持分会社を代表する社員が他の吸収分割当事会社の代表との間で吸収分割契約を締結します。合同会社が吸収分割会社となる吸収分割では、吸収分割会社の権利義務の全部を承継させる場合には、合併に類似する効果が生ずることになるので、総社員の同意が必要とされています(793条1項)。なお、吸収分割により新たに社員が加わることになるときは、新たな社員の加入の場合と同様に総社員の同意が必要とされています(802条1項)。吸収分割において持分会社が承継会社となるときは、吸収分割承継会社の社員に与える影響は通常の事業譲受けや株式の取得と同じという理由から、原則として、総社員の同意は不要であるが、吸収分割により新たな社員が加わる場合には総社員の同意が必要とされます。
A)債権者異議手続
合同会社が吸収分割会社である場合および持分会社が吸収分割承継会社である場合には、株式会社の場合に準じて、債権者異議手続が行われます(703条2項、789条、802条2項、709条)。
B)開示
合同会社が吸収分割会社、または持分会社が吸収分割承継会社であって、他方当事会社が株式会社である場合には、吸収分割当事会社は、効力発生日後遅滞なく、共同して、法定の事後開示書面・電磁的記録を作成しなければなりません(791条1項、801条2項)。
C)効力発生・登記
会社分割は吸収分割契約に定められた効力発生日に効力が発生します(759条1項)。会社が吸収分割をした時には、効力発生日から2週間以内に、吸収分割の登記を行わなければなりません(923条)。
ü
吸収分割契約の締結・効力発生
・吸収分割会社が合同会社である場合
合同会社が吸収分割会社として吸収分割契約を締結するときは、持分会社を代表する社員が相手方当事会社である吸収分割承継会社との間に吸収分割契約を締結します。原則として、総社員の同意は不要ですが、吸収分割合同会社の権利義務の全部を承継させる場合には、総社員の同意が必要となります(793条1項)。
ü
法定の決定事項
・当事会社の商号・住所(760条1号)
吸収分割会社の商号および住所、ならびに吸収分割承継会社の商号および住所を記載しなければなりません。吸収分割契約の当事会社を特定するという趣旨です。会社の住所は本店所在地です。会社分割契約・計画の本文中の項目のひとつとして記載しても、頭書の部分あるいは末尾の記名捺印・署名欄に記載があれば、足りるとされています。
・承継する権利義務(760条2号)
吸収分割契約により吸収分割承継会社が吸収分割会社から承継する権利義務を定めることが必要です。会社分割により、吸収分割契約で定められた権利義務が法定の効果として、吸収分割会社から吸収分割承継会社に一般承継されます。また、会社分割の対象は権利義務の一部であっても構わないので、承継される権利義務を明らかにする必要があります。したがって、承継される権利義務の対象を特定できるように決定しなければなりません。吸収分割会社の権利義務のうち、会社に留まるのか吸収分割承継会社に承継されるのか不明なものがある場合には、原則として吸収分割契約の効力がその権利義務に及ぶための要件を欠いているとして証券の対象とはなりません。しかし、承継される権利義務のすべてを個別に詳細に列記しなければならないとすると、実務上大きな負担となるばかりでなく、会社内部の秘密情報の漏洩をまねくおそれがあると憂慮されます。吸収分割契約の法定決定事項は、契約にとって本質的な重要事項を確定させるということだけでなく、議決権行使など株主等が合理的で適正な行動をとることができるように情報提供の範囲を決めるものでもある。通説では、承継する権利義務を逐一すべて決定する必要はなく、特定可能な仕方で決定されていれば足りるとしています。具体的には次のような点が挙げられます。
@吸収分割会社の事業に関して有する権利義務の全部を承継させるときは、「吸収分割会社の事業に関して有する権利義務の全部」という記載で足りる。
A事業ごとに権利義務の範囲を区分するときは、「吸収分割会社の甲事業部門に属するすべての権利義務」という記載で足りる。
B吸収分割会社に留まる権利義務を特定し、それ以外の権利義務の一切を吸収分割承継会社に承継するという定めは、対象を特定するという観点からは問題がない。
C吸収分割により承継される権利義務を特定することが重要であるから、その権利義務が貸借対照表に計上される能力を有するか否かを問わない。したがって、償却済みの資産や自家創設ののれんなども対象とすることができるし、事業を承継する場合には顧客などの事実関係も対象とすることができます。
会社分割による承継の対象となる権利義務に該当するかどうは、権利義務の種類や性質に応じて検討することになります。具体的には以下のとおりです。
@)公法上の法的地位
公法上の法的地位は会社分割の対象となります。それぞれの準拠する法令の趣旨を考慮し個別に判断されることになりますが、契約で承継される権利義務として定めることにより会社分割の対象となります。
例えば、分割会社にあった法人税法上の繰越欠損金は、適格分割型分割でその効果が合併に似ていて、かつ企業グループ内において租税回避目的で行われる分割と認められない場合には、承継会社に承継することができます(法人税法57条3項)。また、業務法上の許可や免許ではそれぞれの業務法に個別に規定が置かれていますが、営業の分割により、とくに認可を要することなく、当然に登録または届出によって地位が承継されると規定されている業務法もあります。
A)民事訴訟法上の法的地位
民事訴訟法上の地位は、会社分割の対象とはならないので、それだけを会社分割による承継の対象にすることはできずことはできず、民事訴訟法の一般原則に従います。
B)私法上の権利義務
@事業の全部または一部を対象とする場合
実務上、例えば、事業譲渡契約では一定の事業目的のために組織化され、有機的一体として機能する包括的な財産を譲渡の対象とするところから、細部に至るまで記載することまでは求めず、事業譲渡の対象が譲渡会社の現在の事業全部または一部、一部であるときはどの部門なのかを客観的に把握できればいいとても事業を構成する設備等のうち具体的に特定できる者は、譲渡財産として別に条項を設けるのが一般的であるとされています。
会社分割による承継の対象が事業の全部または一部である場合には、実務上は、前述のような事業譲渡と同じような仕方で、吸収分割契約への記載は有効とされています。たとえば、「吸収分割会社の事業のうち、甲に関する事業を承継し、承継権利義務明細表に効力発生日前日までの増減を加除した資産、負債及び権利義務を、効力発生日において吸収分割承継会社に引き継ぐ」といった記載をした上で、承継権利義務明細表および内訳表を添付するというものだ。
A権利義務の種類による記載
事業の全部または一部を吸収分割の対象とした上で、個々の権利義務を承継権利義務明細に記載する場合、または、事業概念を媒介することなく個々の権利義務を吸収分割の対象とする場合の記載について述べていきます。
a)不動産
不動産について、会社分割の対象を事業の全部または一部とする場合であって、事業を構成する不動産であっても、個別に特定したうえで記載することが望ましいと考えられます。不動産に関する共有権も吸収分割により承継可能です。
b)動産
自動車や船舶のような登記や登録の可能な動産については、不動産の場合と同様に、個別に特定して記載することが望ましい。「特定」されたと評価されるかどうかは、会社分割の対象が事業の全部または一部である場合には、事業譲渡契約と同じように考えることができる。
※担保権の取扱い
担保権の対象となっている資産を会社分割の対象に含めて分割会社から承継会社に承継した場合には、担保権の負担もそのまま移転することになります。この場合の担保権者と承継会社との関係は、会社分割の実行前に担保権が設定されていれば、承継会社は対抗できないとされています。
※根抵当権の取扱い
担保権の中でも、被担保債権とともに処分を行うことが必要とされていない根抵当権については、その会社分割における取扱いについては法律上特別な定めが置かれています。まず、@分割会社が根抵当権者である場合、根抵当権の被担保債権の元本が確定する前に根会社分割が実行されると、この根抵当権は、会社分割の実行時点で存在する分割会社の債権に加え、会社分割実行後に分割会社と承継会社の各々が取得する債権も根抵当権の被債券担保となります(民法398条の10第1項)。また、A分割会社が根抵当権の被担保債権の債務者である場合、根抵当権の設定されている不動産が会社分割の対象となるか否かにかかわりなく、会社分割の実行時点で存在する分割会社の債務に加え、会社分割実行後に分割会社と承継会社の各々が負担する債務も根抵当権の被担保債権となります(民法398条の10第2項)。
c)債権
金銭債権のような分割可能な債権については、その全部または一部を会社分割により承継させることができます。分割可能であるが当事者間の特約により分割を禁止された債権や合意に基づく譲渡禁止債権であっても、原則として会社分割による承継は可能であると考えられています。この点は一般承継という法的効果を有する会社分割の大きなメリットです。将来債権については、範例上、将来発生すべき債権を目的とする債券譲渡契約は、契約内容が譲渡人の営業活動等に対して相当とされる範囲を著しく逸脱したり、他の債権者に不当な不利益を与えるなどの特段の理由がない限り、有効とされます(最高裁判決幣制11年1月29日)。
債権または将来債権の特定については、譲渡の目的となるべき債権を譲渡人が有する他の債権から識別できる程度に特定されている必要があります。特定されているかどうかの判断要素として、発生原因となる取引の種類、発生期間等に加えて、取引関係や事業等の発生原因などの諸般の要素を勘案し総合的に判断される。
d)契約上の地位
契約上の地位を会社分割により承継させることの可否は、一般的に論ずることはできず、各契約の趣旨や会社分割の個別具体的な状況によって異なってきます。しかし、以下にあげる場合を除き、原則として契約上の地位を会社分割により承継会社に承継することができるとされています。
ア.
契約上の地位に基づく権利義務の一部を承継させること、例えば、ある契約に基づく解除権や取消権などは、それ以外の権利から分離して、会社分割の当事会社に別々に帰属させることはできない。
イ.
競業禁止契約に基づく競業禁止義務のように、権利義務の性質上、経済活動の自由に対する成約を含むためにそれ自体の譲渡が一般に認められていない契約上の地位については事案ごとに検討すべき
ウ.
信託契約、賃貸借契約などの長期間継続的な関係や、ライセンス契約等の契約相手方の専門性やノウハウなどに基づく契約上の地位は、事案ごとに検討すべき
エ.
事業全部の経営の委任・賃貸借契約や損益共通契約などについては、会社分割の対象になりません。
d)債務
一般的に、債務者が自らの債務を第三者に移転・承継する方法としては、移転・承継後債務者が債権者に対して債務から免責される免責的債務引受けと、移転・承継後も債務者が債権者との関係では引き続き債務を負担する重畳的債務引受けの二つの方法がある。分割会社の債務を会社分割の対象として会社分割契約に記載した場合には、原則として免責的債務引受けと同じ効果生じることとなります。しかし、会社分割契約で会社分割承継会社が会社分割の対象となる債務の全部または一部を、重畳的に承継する旨を規定した場合には、重畳的債務引受けの場合と同じように、会社分割の実行後も債権者との関係ででは分割会社も引き続き債務を負担することとなり、債権者は分割会社・承継会社のどちらにも債務の履行を請求できます。
なお、未発生債務や偶発債務について、基本的には。吸収分割契約に基づき、吸収分割承継会社に承継させることができます。
e)労働契約・労働協約
会社分割の対象となる労働契約については、それ以外の一般の契約とは異なる例外的な法律上の取扱いが適用されます。すなわち、労働契約以外の一般の契約では、会社分割契約に会社分割の対象として記載された場合にのみ、吸収分割承継会社への承継が行われるのに対して、労働契約の場合には、会社分割の対象となる事業に主として従事している労働者とそれ以外との区分に応じて、前者については、会社分割契約に会社分割の対象として記載されていなくても、労働者本人が対象から除外されていることについて異議を述べれば移転・承継が認められ、後者については、会社分割契約に記載されていなくても、労働者本人が異議を述べれば対象から除外されることとされています(労働契約承継法4、5条)。
・吸収分割株式会社の株式(760条3号)
旧商法では、吸収分割会社または吸収分割承継株式会社の株式を吸収分割により吸収分割承継会社に承継させることについては、吸収分割により吸収分割株式会社の株式を承継させる場合には、それが営業の全部または一部に該当するかどうか議論が分かれ、かつ、自己株式処分規制との整合性も問題とされました。
会社法は、会社分割の対象を事業に関して有する権利義務の全部又は一部としたため、吸収分割株式会社の株式がそれに当たると解される。そして、760条3号により、吸収分割株式会社の株式も吸収分割による承継の対象になり得ることを前提に、吸収分割契約にその旨を記載すれば、自己株式処分についての会社法の規定に従うことなく承継させることができるとしました。これは、吸収分割株式会社では通常は株主総会の特別決議により会社分割契約を承認しているので、自己株式処分についても、そこで包括的に承認されているというわけです。
・承継持分会社の社員の地位(760条4号)
後述
・吸収分割対価(760条5号)
吸収分割において吸収分割会社に金銭等を交付するときは、それに関する事項を定めなければなりません(760条5号)。
一般にM&A取引では、取引の対価についての調整を行うかどうか、対価のどのような方法で行うかが契約交渉の重大なテーマとなります。これは、M&A取引の対価を決定する際の事業価値評価の前提となる事情が取引条件について最終合意が行われた時点から取引実行の時点までに変動することにより、これを反映させて対価を調整あるいは最終確定させることが望ましいと考えられることがあるからです。さらに、取引実行の時点までの状況変化だけではなく、取引実行後の状況変化に応じて対価の調整を行うこととする場合もある。前者の例としては、@合意時点で想定していた対象事業の簿価純資産価値と実際に棚卸を行った結果の差異に基づく調整、A合意時点で想定していた運転資本等の金額と実際に棚卸を行った結果の差異に基づく調整等があり、後者の例としては、@合意時点で想定した指標を実際の業績が上回った場合にあらかじめ合意した算式に従い算出される金額を買い手が追加で支払う調整、A合意時点で想定した指標を実際の業績が下回った場合にあらかじめ合意した算式に従い算出される金額を売り手が返還する調整等があります。
会社法では、金銭や金銭以外の資産等のさまざまな対価を設定することが許容されています。
@)分割対価が吸収分割承継株式会社の社債等である場合(760条5号イ)
吸収分割の対価が吸収分割承継会社の社債であるときは、社債の種類および種類ごとの各社債の金額の合計額またはその算定方法を決定しなければなりません。社債は既発行での新規に発行すること、いずれも可能です。
A)吸収分割承継会社のそれ以外の財産(760条5号ロホ)
吸収分割会社の社債以外の財産を対価とする場合は、その財産の内容、数・額またはこれらの算定方法について定めることが必要です(760条5号ロ)。
・効力発生日(760条6号)
会社法では、吸収分割契約において分割の効力が生じると定めた日に有効となります(760条6号)。これは、実務において分割期日に吸収分割承継会社の株式を割り当てることが多かったので、割当日から会社分割の効力発生する登記までの間、株券を発行することができないことになると株式の円滑な流通に支障をきたすことになってしまうことを防ぐためです。
吸収分割契約には、効力発生日の記載として、例えば一定の期間のうちで承継会社の取締役会等が定めた日という具体的な日が特定されない定め方では、株主や債権者は効力発生日として会社に行為を行う日がいつかを知ることができず、吸収分割手続きが混乱してしまうので確定日を定める必要があるとされています。
また、効力発生日は、分割会社が変更前の効力発生日の前日、変更後の効力発生日が変更前の効力発生日よりも前の日であるときは変更後の効力発生日の前日までに変更後の効力発生日を公告することによりも会社分割当事会社合意に基づき変更することができます(790条1、2項)。
・事実上の人的(分散型)吸収分割(760条7号)
旧商法では認められていた人的分割は、会社法では原則として認められません。しかし、760条7号は、吸収分割会社を通じて、全部取得条項付種類株式の取得または剰余金の配当という法形式で分割対価である承継会社の持分を分割会社の株主に交付・配当することにより人的分割と同様の効果を認めました。分割対価の一部を分割会社に、残りを分割会社の株主に交付することにより実質的に実現できるというわけです。会社法が人的分割や中間型の会社分割を廃止したのは、会社分割の対価および剰余金配当の対象財産の柔軟化を認め、承継会社の株式以外の財産を交付することが可能となった会社法の下では、人的分割や中間型の会社分割を、会社分割の対象資産等を単に売却して剰余金の配当等により金銭等を分割する場合と区別することが困難になったためです。
その手続きとしては、吸収分割の効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得または剰余金の配当を行う旨を吸収分割契約に明記します。全部取得条項付種類株式の取得には株主総会の特別決議が必要です(171条1項)。また剰余金の配当として吸収分割承継会社の株式を現物配当するときも株主総会の特別決議が必要となります(454条4項)。ただし、いずれの場合も、会社分割の対価が承継会社の株式な限られるときは、分割可能額規制の適用が除外されます(792条)。760条7号の規定により分配可能額規制の適用が除外されるためには、事実上の人的分割を行う場合に交付される吸収分割承継会社の株式は、吸収分割株式会社が吸収分割をする前から保有している前から保有しているものであってはならず(760条7号)、吸収分割の対価として交付された吸収分割承継会社の株式が吸収分割会社の株主に交付される場合に限られます。
ü
承継持分会社の社員の地位(760条4号)
・吸収分割会社が承継持分会社の社員となる場合
承継会社が持分会社である吸収分割の特殊性は、持分会社の社員の地位が分割対価として交付される場合です。760条4号では、承継会社が合名会社・合資会社・合同会社の社員となる場合について、吸収分割契約でそれぞれ決定すべき事項を定めています。
合名会社の場合は、社員の氏名または名称および住所ならびに出資の価額(760条4号イ)、合資会社の場合は社員の氏名または名称ならびに住所そして無限責任社員か有限責任社員かならびに出資の価額(760条4号ロ)、合同会社の場合は社員の氏名及び住所ならびに出資の価額(760条4号ハ)を定めなければなりません。これらの事項は持分会社の定款の絶対的記載事項にほぼ対応していますが、こちらは社員の出資の目的がありません。
・吸収分割会社の株主・社員が承継持分会社の社員となる場合
旧商法下では物的分割も人的分割も認められていましたが、会社は人的分割を認めていません。しかし、吸収分割会社を通して全部取得条項付種類株式の取得の対価または剰余金の配当という法形式で承継持分会社の持つ分を分割会社の株主に交付・配当することにより実現することが可能となります(760条7号)。
このような事実上の人的分割を行うためには、吸収分割の効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得または剰余金滋養預金の配当を行う旨を吸収分割契約に明記し、それぞれの手続きを履践する必要があります。まが、全部取得条項付種類株式の取得には株主総会の特別決議を必要とし(171条1項、309条2項)、また剰余金の配当として吸収分割承継会社の株式を現物配当するときも株主総会の特別決議が必要です(454条4項、309条2項)。ただし、いずれの場合も、会社分割の対価が承継持分会社の持分に限られるときは、分配可能額規制の適用から除外されます(792条)。ただし、吸収分割会社の債権者を対象に債権者異議手続を履践しなければなりません(789条2項)。
ü
法定の決定事項以外の事項
吸収分割を行う場合は、吸収分割契約で法定の記載事項以外の事項についても規定することができます。
・取引実行の前提条件
M&A]取引で締結それる契約に規定される取引実行の前提条件(クロージング条件)は、その条件が達成されないかぎり取引を実行する義務を負わない、という意味で規定されるものです。M&A取引で取引実行の前提条件として規定することを検討されることが多いのは、次のようなものです。@取引実行に法律上必要とされる許認可の取得や手続きの完了、A相手方当事者の表明保証がクロージング時点で正確であること、B相手方当事者がクロージングまでに実行すべき義務を履行したこと、C予定されている取引について第三者の同意を要する場合に等に同意が取得されること、DクロージングまでにM&A取引の対象となる会社や現状の変更が予定されている場合には予定通りにそのための措置が完了したこと、E取引の条件について一部未確定のものがある場合に最終的な合意がクロージングまでに行われること、FM&A取引の対象となる事業に重大な悪化が生じないこと、など。
@)移転・承継の対象となる契約の相手方からの同意取得
会社分割では、原則として契約の相手方当事者の同意を得ることなく、会社分割により、契約と契約に基づく権利・義務を移転・承継の対象とすることができます。
A)承継対象資産の切り分け
会社分割の対象となる事業と他の事業で共用している資産のうち重要なものについて会社分割の実行までに整理を行い、会社分割の対象となる事業でのみ用いられる資産とそれ以外の資産に対しておくことが取引実行の前提条件とされることも少なくありません。たとえば、一筆の土地の上にいくつかの工場や建物が存在する場合に、土地の分筆を行い対象事業のみに関係する工場や建物を切り分けるなどといったことです。
B)業務の「外出し」あるいは共用資産・権利の使用条件に関する合意
会社分割の対象となる事業が分割会社の他の事業部門からサポートを受けている場合、このような事業部門間の内部取引は必要に応じ管理会計上の目的でのみ認識されており、法的な意味での取引条件は存在しません。このような内部取引は、例えば、最終製品の製造部門が、購入部門から部品の供給を受け、研究所に研究開発業務の一部を委託し、総務部門から人事労務管理の支援を受け、システム部門が管理するシステムを利用しているといったさまざまなものがあり、会社分割を行う場合には、これらの内部取引でカバーされていた業務をその後どのように取り扱うかについて検討することが必要になります。
C)株主総会決議による会社分割の承認・債権者保護手続きの完了・株式買取請求権の取扱い
会社分割契約について株主総会の承認が必要とされる場合には、これも取引実行の前提条件として記載されます。分割会社の株主総会での承認決議は、買い手側の取引実行の前提条件となり、また売り手側が株主総会の承認決議を確実に得られるような状況にない場合は、売り手側の取引実行の前提条件にもなりえます。承継会社の株主総会での承認は売り手側の取引実行の前提条件となります。
会社分割に必要な債権者保護手続きの完了も前提条件として記載されることも少なくありません。分割会社で必要とされる債権者保護手続を完了することが買い手側の取引実行の前提条件となり、承継会社で必要とされる債権者保護手続を完了させることが売り手側の取引実行の前提条件となります。
これらの法律上必要となる手続は、これを完了していなければそもそも会社分割を実行できないものです。実務上このような事項について取引実行の前提条件として記載しているのはもっぱら確認的な意味合いです。
・表明・保証条項
最近の実務では、表明・保証条項がM&A取引に関する契約書の必須の記載事項となっているようです。表明・保証条項を記載することの意義は、M&A取引の当事者が取引を行う際に前提とした事項を確認しこれと異なる事実が判明した場合には、取引を注視あるいは補償請求による救済を得られるようにすることにあります。
表明・保証条項の対象として記載されることが多いのは次のような事項です。@契約の締結とその効力に関連する事項として、契約当事者の法人格・行為能力・権利能力や契約の授権手続き・有効性に問題がないこと、取引の実行を阻害するような第三者との契約や法律上の制限が存在しないこと、倒産申立事由が存在しないこと、A株式譲渡の場合には、対象会社の組織や株式に関する事項、B対象となる事業に関する事項として、資産に関する所有権その他の権原とその稼働状況に問題がないこと、締結されている契約の有効性と履行に問題がないこと、法令を遵守していること、紛争が存在せず第三者の権利を侵害していないこと、環境汚染がないこと、労務問題がないこと、債務は開示されたもののみであり潜在債務が存在しないこと、最終決算期末日等の基準日以降の重大な悪化が生じていないことなど、C一般的な事項として、買い手側に提供した財務情報その他の情報が正確であること、重大な情報はすべて買い手側に開示されていること等である。このような表明・保証の例外になる事項については通常契約の別紙に特定して記載されることになる。
M&A取引の交渉の際には、このような表明・保証条項(とくにABC)について、表明・保証の対象となる事項の範囲をどのように設定するか、「知る限り」あるいは「知りうる限り」という限定を付すが否か、「重要な点において」という限定を付すか否か、契約締結時点でクロージング日における表明・保証を確定的に行うか否か、といったことがよく問題となる。
・補償条項
M&A取引においては、通常、売り手側と買い手側が相互に、@自らに契約上の義務の違反があった場合とA自らの表明・保証に違反があった場合に相手方に生じた損害・損失・費用を補償する旨が契約に規定されます。さらに、B買い手側によるデュー・デリジェンスで発見されたリスクが顕在化した場合に生じる損害・損失・費用を売り手側が買い手側に補償する旨の規定が置かれることもあります。@は契約違反の場合に法律上当然に認められる債務不履行責任とほぼ重なり合うものです。また、Aのうち売り手側の対象会社あるいは対象事業に関する者は、表明・保証の対象事項の範囲いかんによって、法律上の瑕疵担保責任の対象にならないものが広く含まれることとなります。そして、とくにAとBについては対象項目ごとに、補償額の上限ないし請求額の下限を設定するか否か、設定するとした場合の金額、補償請求ができる期間についても交渉が行われ、その結果が契約に反映されます。またも補償請求の手続きや第三者からのクレームを理由として補償請求を行う場合の処理も規定されることが多いようです。
・権利・義務の承継手続
会社分割は会社分割契約によりその対象とされた権利・義務を一括して移転・承継する取引です。しかし、まず、資産や権利の移転・承継については対抗要件を具備するまではその効力が完全とはなりません。したがって、会社分割を用いたM&A取引では、対抗要件を具備するための売り手側の義務が規定されるのが通例です。契約の移転・承継についても、契約の相手方当事者の同意を得る必要がある場合や契約条件の再交渉を行うことが望ましいと考えられる場合には、個別の案件の具体的な事情に応じ、そのために必要な具体的プロセスを規定することになります。また、買い手側の視点からは、権利・義務あるいは資産・契約等の移転・承継の実務的な側面として、これらに関係する書類やデータを漏れなく引き継いでおくことが重要です。取引実行の際に売り手側から買い手側に引き渡すべき項目として具体的に規定しておくというみとがあります。
・期間損益の配賦・精算
会社分割を用いたM&A取引では、会社分割の対象となる事業から生じる損益を、会社分割の実行日を基準として、その前の期間に対応する部分については売り手側に帰属させ、その後の期間に対応する部分については買い手側に帰属させるのが原則です。取引の対価を決定するベースとなる事業価値評価も通常その前提で行われます。しかし、実際の業務の運営上、会社分割の対象となるキャッシュ・フローを会社分割の前後で損益の切り分けに対応して切り替えることは多くの場合困難です。例えば、@継続的な製品の売買取引に関する売掛金や買掛金の請求が毎月20日締めで行われ翌月末が支払期日となる場合、A継続的に提供を受けるサービスの対価について四半期ごとに支払いを行うこととされている場合、B顧客との間の講座の自動引き落としの切り替えに時間を要する場合等です。これらのような場合、会社分割の実行を行う時点の前後をまたぐ期間についてのみ、キャッシュ・フローを事業からの損益の配賦と一致させるような特殊な取り決めを多数ある取引の相手方との間で行うことは困難です。その場合、そこで、その一部について、本来売り手側が受領すべき支払を買い手側が受領し、本来売り手側が支払うべき支払を買い手側が行い、本来買い手側が受領すべき支払を売り手側が受領し、本来買い手側行うべき支払を売り手側が行うことを認めざるを得なくなります。そこで契約上このような事態が起こることを認めた上で、その精算を行うことを規定しておく必要が生じるわけです。
・取引実行までの各種義務
会社分割を用いたM&A取引に関する契約で規定される取引実行までの義務として一般的に規定されるものは、@売り手側について、会社分割の対象となる事業の現状を維持しつつ運営を継続する義務、会社分割を行うため売り手側に要求される法的手続きを履践する義務、取引実行の前提条件が成就するよう最善の努力を尽くす義務、A買い手側について、会社分割を行うために買い手側に要求される法的手続き履践する義務、取引実行の前提条件が成就するように最善の努力を尽くす義務、などです。これらに加えて、その取引の個別の事情により、必要に応じて取引の実行までに実行すべき義務が規定されることとなります。
・取引実行後の各種義務
会社分割を用いたM&A取引に関する契約で取引実行後の義務として規定されることが多いのは、まず、売り手側については、権利・義務の移転・承継の効力を完全なものとするために必要な行為について協力すべき義務、会社分割の対象となった事業に関して買い手側が会計処理・税務申告等の目的で必要とする情報を提供する義務、会社分割の対象となる事業と競合する事業に関する競業避止義務等です。また、買い手側については、権利・義務の移転・承継の効力を完全なものとするため買い手側でも必要な行為を行う義務、会社分割の対象となった事業に関し売り手側が会計処理・税務申告等の目的で必要とする情報を提供する義務等、です。
・一般条項
一般条項について代表的な例をあげれば、秘密保持義務、通知の方式、取引に関する費用負担、契約の目的事項に関し契約に明記されているもの以外の合意が存在しないこと、契約の譲渡禁止、契約の変更の方式、契約の一部が無効とされた場合の取扱い、権利を行使しない場合でも権利を放棄したこととみなされないこと、契約の準拠法、紛争解決方法等です。
ü
吸収分割契約の解除・変更
吸収分割契約は、組織法上の行為であるとともに吸収分割当事会社間に債権債務関係を生じさせる債権的効力をも有しています。とはいえ、債権的効力を有しているとは言っても、吸収分割当事会社は、会社法上の手続きに従って吸収分割の効力を発生させるために必要な行為や措置を講ずるよう義務付けられるにすぎず、例えば吸収分割承継会社が、有効な吸収分割契約に基づき、会社分割による承継の対象である資産の引渡し請求権を有するわけではありません。同じように、吸収分割会社もまた、吸収分割の効力が発生していない以上、分割対価の支払請求権を有しません。吸収分割契約の当事会社の一方が、吸収分割の効力を生じさせるために必要な行為や措置を講じられないときは、相手方当事会社には、吸収分割契約の解除権が認められると考えられます。
実務においては、吸収分割契約に、取引の実行が行われるまでの期間については、相手方当事者に重大な契約違反があった場合、取引の実行が最終期限までに行われなかった場合には、契約を解除できると記載している場合が多くあります。しかし、取引実行後の解除は認められないとするのが一般的です。