河合忠彦 「ダイナミック戦略論 ポジショニング論と資源論を超えて」
 

第1章 ダイナミック戦略論とは何か

第2章 規範的戦略論 

第3章 ダイナミック・スクール(1)

第4章 ダイナミック・ルール(2)

第5章 ダイナミック戦略論のフレーム

第6章 ダイナミック・ポジショニング理論

第7章 即興的交響理論(1)

第8章 即興的交響理論(2) 

感想

 

 

以前に取り上げた「ホンダの経営戦略」が興味深かったので、同じ著者の体系書を手に取りました。本書が上梓されたのが2004年で、そのときの経済情勢が反映していることも考えながら、本書の目的を著者は言います。1990年代以降の失われた10年であらわになった日本企業の戦略能力やリーダーシップ能力の欠如、これに適切な処方箋を示せなかった経営戦略論の打開をはかること。これは、従来の戦略論が安定期を前提に構築されたものでスタティック戦略論だと著者はいいます。これに対して、環境が大きく変化する状況に対応するダイナミック戦略論を著者は提案します。そして、第2の目的として、その理論をもとに日本企業が1990年代に競争力を失った原因を探るということです。そして、第3に、経営戦略論のテキストを提供することが目的としています。私の関心は第1と第2です。第3の目的は研究者や学生向けでしょうか。

 

第1章 ダイナミック戦略論とは何か

最初に示したように1990年代の日本企業の苦闘に対して、経営戦略論は取るべき適切な戦略を示せなかった。ひの大きな理由は、環境変化がそれ自身が変化を起こすような内的な論理により変化しているが、従来の戦略論はそれを固定的な外的与件として考えている。これは安定期においては思考を単純化できる点で理論として望ましい面もある。しかし、一般に、変化が急激でスケールが、つまり、ダイナミックに起こると、その変化の内容が掴みにくく、掴めたとしても、どのような戦略をとればいいか分からない。このとき企業にとっては自社の製品への“需要レベルでの不確実性”が生じ、最終的には企業の“業績レベルでの不確実性”かせ生じる。この時に必要とされるのは、不確実性を扱いうる理論ではないか。本書の目的は、既存理論の検討を通じてダイナミック戦略論の構築の可能性を探り、それを踏まえて実際にその構築を試み、さらにその有効性を様々な事例によって検証することにある。

それでは、ダイナミック戦略論をどのように構築していくか、ということについて著者は3つの方法を提示しています。第1の方法はスタティック理論では構造的に安定的と見なされ“前提”として扱われていた要因を“変数”として理論の中に取り込み、スタティック理論で成り立った命題を特殊命題として含む、より一晩的な命題を導き出す方法です。これを法則型ダイナミック戦略論と呼びます。例えば、M・ポーターの理論に対して、前提として固定的に扱われていた“産業構造の変化”を組み込んだより一般的な理論を構築することは可能です。このような方法は、環境変化に対し、それと他の諸要因との関係を因果的に解明した上で対処しようもので、変化の方向性が見え始めた段階以降にはきわめて有効ではないかと考えられます。しかし、その以前の段階、すなわち、方向性が全く分からないというような不確実な段階では、かならずしも有効でないという限界があります。つまり、この場合環境の変化は、企業の外的なものとして、これに如何に適応するかと言う点から議論を進めるので、積極的に環境を動かすとか環境を自社に有利な方向に利用するといった議論は出てきにくい。

第2の方法としては、構造的変化が生じつつある環境では、ある戦略をとった場合にどのような結果が生ずるかは不確実であるため、不確実性のもとになる変化と戦略の結果の因果関係の解明は断念し、戦略の結果のレベルだけで不確実性を把握し、それに対処しようと言うものである。これを不確実性型ダイナミック戦略論と呼びます。

第3の方法は、法則型の限界を乗り越えようとするもので、法則型では環境の構造的変化は企業にとってコントロールできないものと前提され、それにいかに適応するかで議論が進められてきた。これに対して、企業がこの変化に影響を与えることが出来、また与えるべきだという立場から戦略論を構築しようとするものです。これをプロアクティブ型ダイナミック戦略論と呼びます。この第3の方法では、他の2つの方法とは違って、戦略の内容以前に戦略決定のプロセスが重視され、したがって戦略形成能力や組織能力が重要な意味をもってきます。

本書では、この3つの方法を検討しますが、著者は第1と第3の方法を基本としたいようです。それは、第1と第3の方法は不確実性のレベルに関して分業が成り立つため、両者を上手く使い分けて、あらゆるレベルの不確実性をカバーするダイナミック戦略論を模索したいためです。

 

 

第2章 規範的戦略論

規範的戦略論とは、企業が存続・成長するためにはいかなる戦略をとるべきか、その処方箋の書き方を明らかにしていこうというもので、時代状況により、複数の流れ(スクール)が存在する。

規範的戦略論のさきがけとなったのは、1940〜1970年代のデザイン・スクールである。この時期の米国経済は成長期から安定成長期にシフトしていった時期で、企業は既存事業に新規事業を加える多角化により安定的な成長を目指す“多角化”と“計画化”の時代であった。この中心的理論となったのがSWOT分析といわれるものだ。これは、環境が与える機会(O)と脅威(T)に対し、自己の強み(S)と弱み(W)をそれぞれ分析し、両者を適合させれば戦略は成功し、競争優位性を獲得できるとするもの。実践においては、S,,,Tの分析のためのチェックリストをつくり、これにより分析の結果、適合させる戦略を形成する。このような枠組みの基礎には、戦略形成の主体は、もっぱらトップ・マネジメントと考えられている。戦略がトップによって作られ、ミドル・マネジメント以下によって実行される。例えば、組織は戦略の実行のために作られることになる。これは、コンサルティング・ビジネスやビジネス・スクールにとっては適合的といえた。このようなSWOT分析は基本的な思考の枠組みとしては有効といえる。しかし、この手法では環境不確実性の分析は不可能で、この分析が用いるチェックリストは、モデルではないたげでなく、フレームワークにしては網羅的過ぎ、何が解決すべき問題なのかを企業に教えることは出来ても処方箋はかけないという本質的な限界がある。この場合処方箋は、別のモデルを外部から導入しなくてはならない。例えば、需要不確実性が発生し、その原因をチェックリストで探したとして、原因が1つであれば、それに対する対策を立てられるかもしれない。しかし、一般にこの種の現象には非常に多くの要因が関係しており、それらの要因をリストアップし、それらの関係を説明できるモデルが必要だが、それはSWOT分析の中には存在しないからだ。

次に、プランニング・スクールである。これは1960〜70年代の安定成長期に、多角化により複雑化した企業活動をコントロールして安定成長を達成するために、より包括的で長期的な計画の必要性からうまれたもので、包括的経営計画論とも呼ばれる。これらよる策定プロセスは、前提の明確化、プランニング、計画の実施と見直しの3つのサブ・プロセスからなる。まず、前提の明確化では、企業の目標の形成とその実行可能性の検討が中心となる。この実行可能性の検討においてSWOT分析が利用される。そして、次のプランニングが中心的なプロセスであり、前提に基づいてより具体的な目標とその実現の方法を策定する戦略的プランニングと、これで策定された目標達成のために3〜5年スパンのより具体的プログラムを年度単位で策定する。そして、短期プラニングは文字通り短期の実行計画である。これに続いて、最後の計画の実行と見直しにおいて、計画の実施のための組織化、計画の達成状況の評価と計画の見直しを行う。現在でも、長期経営計画とか5ヶ年計画などの形で名残をとどめている。これは、デザイン・スクールを精緻化、公式化したものと言える。計画の精緻化により戦略形成の主体はプランナーという専門家が実質的に担い、トップはプランナーの示す代替案から1つを選んで承認する存在でしかなくなっている。それは、反面として、細かな作業に目を向けるあまり、肝心の戦略の中身についての検討が疎かになったことが指摘できる。その結果、戦略プロセスは洞察、創造性、総合を排除してしまい、戦略とはほとんど関係ない業績コントロールという数のゲームに堕してしまった。戦略プログラミングとまで言われてしまった。この理論では環境の不確実性を体系的に扱うという問題意識はない。それ以前に環境は安定的か、変化があっても予測ないしコントロール可能と前提されていた。この前提は計画の立案にとっては好都合だが、不確実な環境の中でそれを無視して作った単一の計画への固執の危険を内包している。なお、この理論の改善型としてコンテンジェンシー・プランニングという、目標を弾力的に、複数のシナリオを環境の変化に応じて柔軟に使い分けようとする理論も現われた。しかし、複数の意味あるシナリオを作成するためにも、環境変化の不確実性の中身分析のためのモデルが必要であり、それがなければ、結局、単一の計画を作るのと大差ない。

 

次に考えるのはポジショニング・スクールである。さきの2つのスクールでは戦略とは個々の企業の状況に応じて個々に作られるものだったが、ポジショニング・スクールでは、戦略を企業がとるべき、持続的優位をもたらす市場での位置と見なすことから、産業や置かれた状況のいかんを問わず、基本的に数個の代替案に限定されるものであり、その中から選ばれるものであった。そこから基本戦略という概念が生まれた。この基本戦略をどう考えるかによって、2つの流れがある。一つはPPM理論であり、もう一つはポーターによるものです。まず、PPM理論は、いくつかの戦略タイプからなる多角化戦略の分析モデルで、よく知られているのがBCGマトリックスである。これは70年代企業の安定成長が企業の課題となり、多角化が戦略論の問題意識となったのに応えたものである。BCGマトリックスは、縦軸に市場成長率の高低、横軸に相対的マーケットシェアの大小を組み合わせて4つのセルとした分析ツールで、多角化戦略の形成に不可欠な製品の分類のために作られたものである。各セルには花形製品(、成長率高、シェア大)、金のなる木(低、大)、問題児(高、小)、負け犬(低、小)と、そのセルに属する製品の性質を示す名前が付けられ,その製品について企業がとるべき戦略、育成、維持、選択的投資、撤退などが示される。これをツールとして用いれば、多角化戦略の決定は極めて簡単であり、企業がその時点で所有している各製品を、マトリックス上にプロットし、そのセルに示されている戦略を採用すればいいのである。これに対して、ポーターの理論は、より本質的・普遍的な分析の枠組みと言えるが、戦略の(競争)優位性の源泉(製品の特異性、低コスト)と標的とする市場(全体、部分)のマトリックスを組み合わせる。製品の特異性を武器とし全体市場を標的とするのが“差別化戦略”、低コストを武器として全体市場を標的とするのが“コスト・リーダーシップ戦略”であり、これが二大基本戦略となる。これに対して標的を特定市場に限定するのが“集中戦略”ないしは“ニッチ戦略”である。しかし、BCGマトリックスのように単にプロットすればいいというものでなく、“5つの競争要因”の図式と“価値連鎖(バリューチェーン)”の図式との関係を考えることになる。“5つの競争要因”とは、市場の魅力度を競争企業間の敵対関係の強さ、代替品の脅威、供給業者の交渉力の強さ、買い手の交渉力の強さ、新規参入の脅威、の5つの要素から見るものである。また、“価値連鎖(バリューチェーン)”とは自社の競争優位性の源泉の分析に必要なものであり、自社の生産、マーケティングその他の活動のどこで価値が生まれているかを分析するためのものである。これらの2つの流れは、戦略形成の主体を特定メンバーに限定していること、戦略形成と実行を分離可能としている点は先行スクールと共通している。これに対して、戦略内容のいくつかの固定的な基本戦略とみなし、戦略の決定はそれらの中からの選択として捉えたことである。これらの不確実性への対応度については、BCGマトリックスは、製品には寿命があり、関連して需要の不確実があることを前提にしてモデルを構築している。とはいえ、企業が既に持っている製品を対象にしているため、新製品や高度に不確実な環境に挑戦する新規ビジネスの分析には無力であること、BGCマトリックスは成長率が安定的な場合に限る(安定していないとプロット位置が頻繁に変わり、戦略が一定しない)こと、そして、製品を自社内で育成する内部成長方式を想定していることなどから、高度に不確実な環境には対応しきれない。また、ポーター理論は一時点での戦略決定の図式であるため、不確実性を想定していないと言える。これらのポジショニング・スクールは、80年代半ば以降、安定成長の局面に適したものでしかなく、分析が環境サイドに偏り、戦略形成能力サイドを等閑視したことにより、急速に衰退していった。

 

規範的戦略論の最後として、80年代後半に日本の企業進出によりアメリカ企業が自信を喪失していく中で生じてきたRBV(リソース・ベイスト・ヴユー:資源論)について取り上げる。RBVは企業の持続的競争優位性の源泉を企業が有する“価値があり、希少で、しかも模倣困難な各種の経営資源”に求める考え方である。この流れは、単一事業(専業企業)を対象とする研究と、多角化企業を対象とする研究に大別できる。まず、事業レベルRBVはバーニーの理論に代表されるが、戦略形成プロセスは環境分析と自社の強み・弱みの分析とからなる。環境分析はSWOT分析で言う環境の脅威と機会の分析に相当する。しかし、この環境分析には限界がある。それは、個々の企業の差異をごくわずかしか考慮していないことだ。ここで扱われるのは、企業が直面する脅威や機会における差異に限られ、具体的には規模の経済、製品差別化、生産コストなどにおける差異を反映するにすぎない。しかし、これらは戦略マネジメントで企業間の差異と見なされたものから見れば低レベルにすぎない。これを補完するのが、強み・弱みの分析である。この分析フレームワークとしてVRIO分析を提示するが、その前提として、企業を生産資源の束と考え、企業によりその束は異なり、これらの資源のうちあるものは模倣に非常にコストがかかるということ、そして、この資源と見なしうる企業属性を広く考えるということである。そして、VRIO分析は次の4つの問いについて分析を加えていく。第1の問は“価値に関する問い”である。ある資源が、企業が機会を利用しあるいは脅威を回避するのを可能にする、即ちこの意味で価値があるならば、それは強みであり、逆の場合は弱みになる。これはポーターの価値連鎖分析を応用できる。そして第2の問いは“希少性に関する問い”である。第1の問いをクリアした価値ある資源がごく少数の企業しか持っていないものであれば、競争優位性をもたらす可能性がある。つまり、第1と第2を組み合わせた資源、価値がありかつ希少な資源が企業に競争優位性をもたらす。第3の問は“模倣可能性に関する問い”である。価値があり希少な資源を持っていない企業がそれらを獲得したり開発しようとすればコスト的に不利になるというものである。このような不利をもたらす理由として次の4つがある。ひとつめはユニークな歴史的条件、ふたつめは因果関係の曖昧さであり、三つ目は社会的複雑性、そして四つ目は特許である。つまり、有利な資源を持つ企業は、これらの手段により有利性を防衛していると言える。ここまでのVRIO分析の3つの問いは企業に持続的競争優位性をもたらすものと言える。そして第4の問いは、“組織に関する問い”であり、第1〜第3の問いの資源をフルに実現するための企業組織体制ができているかという問いだ。このようなバニー理論の特徴は第1にボーター理論が企業競争優位性と外部環境との関連でのみ論じていたのに対し、各種の企業の資源との関連を重要性を指摘し、より統合的な競争優位性の理論を構築したこと。第2に、ダイナミックな環境変化(不確実性)にいかに対処するかという問題意識はほとんどないこと。VRIO分析の限界についてバーニー自身が、この分析が有効なのは環境の機会と脅威が比較的安定的か予測可能な形で変化する場合で、安定的な場合には、競争優位性をもたらす資源の有用性は変わらず、予測可能な場合にも、ある程度の手直しによって有用であり続ける可能性があるからである、と。

次に企業レベルRBVを検討する。この理論の主題は企業の多角化を可能にするのはいかなる資源かということであり、一般的には企業が所有する資源で新製品を生み出すに有用なものと回答するだろう。その答えの内容には次の2つのタイプが考えられる。第1のタイプは、競争力のある製品を直接構成するものとしての資源であり、第2のタイプは競争力のある製品の創出を可能にする体制やプロセスである。その第1のタイプとしてプラハラッド=ハメル理論を検討する。1980年代以降アメリカでは、企業環境は大幅に変化し構造的移行期と呼ぶべき状況で競争の基礎も大きく転換した。このとき多くの企業がリトスラチャリングなど様々な施策を行ったが、それのいずれもが他社にキャッチアップを目指すものでしかないこと、戦略そのものではなく、その実行に関するものでしかないことだった。これに対し、日本企業は他社に先んじた新製品や神事器用の創出を重視する戦略で、好業績をあげていった。プラハラッドらは、産業構造の変化のマネジメント、基本的な考え方の変更、競争優位性の分析単位の再考などの必要性を示唆し、既存理論や考え方に代わる新たなフレームワークの構築を目指した。その第一歩となるのが、コアコンピタンス、顧客に特定の利益をもたらす新製品を次々に生み出すようなスキルや技術の束であり、競争優位性の源泉はそのようなコア・コンピタンスそのものにあると考えた。これを前提として企業間競争が展開される3つのステージが示され、それぞれにおいて企業がとるべき戦略を明らかにしていった。第1のステージは“産業の将来を見通す競争”であり、@5〜15年後にはどのような消費者ニーズに応えようとするのか、Aそのためにはいかなる新しいコンピタンスを得る必要があるか、B顧客とのインターフェイスをいかに再設計するか、などのようなイメージ競争で、このイメージから具体的な戦略アーキテクチャーをつくる。これはトップマネジメントの責任でなされる。第2のステージは、第1のステージの戦略アーキテクチャーに沿って、将来必要になるコンピタンスを構築し、体制をつくっていくステージで、第3のステージはポジショニング理論が対象としてきた段階である。次に第2のタイプとして、ストーク=エヴァンス=シュルマン理論を検討する。環境がダイナミックになるにつれて戦略もよりダイナミックにならなくてはならないと言う。ダイナミックな環境で競争優位との源泉となるのは行動のダイナミクスであり、企業の目標顧客の目から見て自社を競争企業から際立たせるような、模倣困難なオーガニゼーショナル・ケイパビリティを発見し発展させることだ。それは次の4つの原則からなる。第1に、企業戦略のビルディング・ブロックは製品やマーケットではなくビジネスプロセスである。第2に競争での成功は、企業のキープロセスを顧客に優れた価値を提供することを可能にする。第3に、企業は伝統的な戦略的事業単位を職能と結びつけ、かつそれを超えるサポート・インフラを整えそれらのケイパビリティを創出する。そして第4に、ケイパビリティは必然的に横断的で、最終的にはCEOが戦略主体となる。これらの理論とも、環境の変化を強く意識し、それを乗り切るために優位性をもたらす資源は何かと言う理論を展開している。このように企業レベルRBVはダイナミック戦略論的な性格が強いが、そこに大きな限界もある。それは、特定の固有の資源に優位性の限界を求める方法では陳腐化の恐れが大きいこと、そして、非常に不確実性の高いタービュラントな環境は扱えないことである。特定の固有の資源へのコミットメントが前提とされるために戦略の柔軟性が限定され急激な技術革新期にはむしろマイナスになる可能性が高い。

 

第3章 ダイナミック・スクール(1)

1990年以降のアメリカ経済はITバブルへと突き進む。この時は、成長軌道に乗ったとは言っても、各企業にとっては技術革新、グローバル化、規制緩和、消費者ニーズの変化などの構造的変化が連続する中での困難なものだった。このような現実の世界の変化に合わせて戦略論もダイナミックな環境下での企業の存続・成長を追究するものが求められた。ここでは3つのタイプ、法則型、不確実性型、プロアクティブ型についてそれぞれ検討する。

まず、不確実性型については、ダイナミックな環境変化を不確実性のレベルで扱うもので、不確実性に関する戦略論以外のところで発展した理論を援用するウォートン戦略論、マッキンゼー戦略論、それ以外のアイゼンハートの戦略論を検討する。

まず、ウェートン・ダイナミック競争戦略論は、経営者は企業が置かれた競争状況を理解し、優位性の新しい源泉を見出し、競争相手がすぐには対抗できない戦略を作るための枠組みが必要であるとして、次のようなものを提示した。すなわち、ダイナミックな競争戦略のプロセスを、@変化しつつある競争環境における優位性の理解、A競争企業の行動の予測、Bダイナミック競争戦略の代替案の定式化、Cそれらの代替案の中からの選択の4つのサブプロセスである。そして、各サブプロセスで用いるレンズやツールとして、@ではいかなる優位性を作る必要があるかに関するポーター理論を中心とするS--Pアプローチと、その優位性をいかに作るかに関するRBV、Aではゲーム理論、Bでは代替案を考える際に考慮すべき重要な要素の検討の仕方が示され、Cでは様々なシミュレーション手法が提示される。この理論の特徴として次の3点があげられる。第1の点は環境の不確実性の中身を体系的に論ずることはせず、環境にはさまざまな不確実性があるので、とにかく使える手法は総動員しよう、という立場をとっているということである。第2の点は、@〜Cの戦略プロセスに即して各種の手法が整理されていることである。しかし、手法間での統合の努力はされていないため、各サブプロセスのどの手法を組み合わせれば全体として整合的な戦略策定プロセスになるかについては何も触れられていない。第3の点は、ゲーム理論に主役の座を与え、他の諸手法は副次的に扱われている点である。このようにウォートン戦略論には体系性がない。これはゲーム理論を応用して競争不確実性の戦略理論に当てはめ、あとは関係のありそうなものを寄せ集めたためで、実践的には重要かもしれないが、ゲーム理論を中心に据えたため駆け引きの側面に限定されてしまっている。そして、複雑適応系プロセスやダイナミック戦略能力といった概念が見られない、といった限界がある。

 

次に、マッキンゼー不確実性戦略論を検討する。ここでは、戦略形成のための環境分析は不確実性のレベルに合わせて行うべきだとして、不確実性を4つのレベルに区分し、それぞれについて分析手法を使い分ける。レベル1は、“確実な将来”で、戦略形成に十分な程度に将来を確実に予測できる確実性の世界であり、ボーターの競争要因図式などの標準的な戦略的手法を用いる。レベル2は“代替的将来”であり、ある選択肢から数個の結果がしょうずること、かつそれぞれの発生確率を推定できるような場合である。この場合には変数的シナリオを描けるので、それぞれの価値と確立を推定し、ゲーム理論などを用いてリスクやリターンを評価し決定する。レベル3は“範囲としての将来”であり、生じうる結果がある(連続的な)範囲で推定できるだけで、変数的シナリオを描けない場合である。シナリオの作成まではレベル2と似ているが、しかし、生じうる結果の全体を見渡す必要とポイントを絞る必要がある。レベル4は“真に曖昧な将来”であり、複数の複雑性の次元が相互作用しあっているために将来予測の手かがリが何もなくね範囲すら予測できない場合である。この場合は、できるだけ知りうる事実をシステマティックに考える。このような環境分析に続いて、戦略そのものの分析の枠組みを示す。それは戦略の中身に関するものと、戦略形成のダイナミクスに関するものから成っている。まず、戦略の中身を明らかにするために2つの次元を導入する。第1の次元は戦略的姿勢であり、これには3つのタイプがある。第1のタイプは構造形成であり、産業構造を自己にとって望ましいものにしてしまおうとするものである。第2のタイプは適応であり、現在の産業構造に適応していこうとするものである。第3のタイプは保留であり、環境がより確かになるまで様子を見守るというものである。そして第2の次元は行動である。戦略的姿勢を達成するのに必要な3つのタイプの行動を意味する。第1のタイプは大きな賭けであり、巨額の設備投資やM&Aのようなハイリスク・ハイリターンの行動である。第2のタイプはオプションであり、最悪のシナリオが生じた場合の損失を最小限に抑えつつ、最善のシナリオが生じた場合の大きな利益をねらうものである。第3のタイプは無難な行動である。続いて、以上のような戦略の中身を用いて不確実性の各レベルごとの戦略形成のダイナミクスが明らかにされる。まず、レベル1では大部分の企業は適応戦略をとる。そこで選択されるのは無難な行動といえる。レベル2以降では構造形成戦略は今冬から秩序を作りだすことができるが、レベル2では必要に応じてコースを変更できるようなオフションで補完することが求められる。また、適応や保留の戦略をとることも可能である。レベル3では、構造形成は特定の結果を実現しようとするものではなく、市場のおよその方向性を決定しようというものになり、大きな賭けに近いものとなる。また、保留戦略をとられることも多い。第4のレベルでは、構造形成戦略は相対的に低いリスクで高いリターンを得られる。保留は危険を伴うことがあり、オプションが必要となる。以上が理論の概要である。このような理論の特徴としては、第1に使える手法をすべて列挙している点でウォートン理論と同じだが、不確実性のレベルで使い分けようとした点で特徴的である。第2に、レベルを分けたと言っても不確実性の内容に即してではなく、不確実性の大きさによって分けただけで、原因まで立ち入ったものであない。第3に、戦略の中身の議論をしている点である。このようなマッキンゼー理論はダイナミック戦略論として@不確実性のレベルを分けていること、Aそのレベルごとに戦略を使い分けるとしている点で、優れたフレームワークと言える。しかし、戦略的姿勢=戦略的意図のレベルに止まっているということは、その意図を具体的戦略として実現するにはいかにすればよいかまでは述べていない点も不満が残る。

 

そして、それ以外の理論としてアイゼンハート=サル理論を検討する。まず、“ファースト・ムービング・マーケット”、つまり変化のスピードが速いマーケットという視点を導入する。これはニュー・エコノミーのニュー・ビジネスに典型的に当てはまる。この理論の前提として、今日の経済環境の最大の特徴は変化のスピードが速いことで、伝統的な戦略論では対応できない、つまり市場の変化に追いつけないという認識がある。そこで提示されるのがシンプル・ルール理論である。ファースト・ムービング・マーケットで競争優位性を得るための最大の機会はまさに市場の混乱の中にあり、混沌の中を突き進んで逃げ足の速い機会を捉えるためには、キーとなる戦略プロセスも、ルールも少ない方が好都合だからである。その内容は次の5つのカテゴリーに分けられる。第1はハウトゥー・ルー、あるキーとなるプロセスについてそれがユニークとなるように遂行の仕方を決めるものである。第2がバウンダリー・ルール、境界条件を決めたものであり、多くの機会の中からすばやく選択するのを容易にしようとするものである。第3がプライオリティ・ルール、競合するいくつかの機会に資源を配分する基準を提供し、決定を容易にするためのものである。第4にタイミング・ルール、キーとなる戦略プロセスのリズムをセットし、生まれつつある機会や会社のほかの部署のペースに経営者を同期させるものである。そして、第5に退出ルール、古くなった機会から退出するのを助けるものである。これらのルール戦略の適用関する注意点としては、第1にルールの数は多すぎても少なすぎてもいけないこと、第2にルールを頻繁に変えないこと、第3にもととなる戦略プロセス自体が古くなった場合には、もとを変えること、つまり、シンブル・ルール戦略の優位性は短期的なことを前提とすべきであること。このようなアイゼンハート=サル理論の特徴は、ファースト・ムービング・マーケットという特定の産業(市場)を対象としているが、形式的・抽象的理論としての性格が濃いこと、企業組織については何も論じていないこと、環境の特質から出発して必要な戦略に至るまで一貫した論理で展開しているが、説得力が弱いことである。この理論は不確実性理論に依拠せずに不確実性型の理論展開しているが、技術革新の進展などにより新製品分野が切り開かれるという大きな環境変化と、それに伴う需要の構造的不確実性が明示的に扱われていない点ではもの足りない点が残る。

 

第4章 ダイナミック・ルール(2)

前章に続きダイナミック・スクールの残り2つについて検討する。まず、法則スクールは、スタティック理論の一般化によってダイナミック理論を構築しようと言うものと考えていい。その代表的な試みとしてタヴニの理論を検討する。タヴニによれば、今日の企業環境は“ハイパー・コンピティション”、伝統的に競争と考えられてきたものを超える激しい競争、の状態にあり、伝統的に企業の競争優位性の源泉と考えられてきたものが無力になってきており、新しい競争優位性の源泉を見出さなくてはならないという。そこで、タヴニの提示するのが、“ダイナミックな戦略的インタラクション”という視点である。これは長期間にわたる競争企業間での行動と反応の連鎖であり、これを理解することが優位性の源泉を明らかにする出発点となる。その軌跡を特徴づけるのは2つのタイプの競争のエスカレーションである。第1のタイプは4つの競争舞台内でのエスカレーションである。4つの舞台とは伝統的な優位性の源泉であり、コストと品質、タイミングとノウハウ、要塞化、資金力を指し、それぞれについて形成されるエスカレーションである。第2のタイプはそれら舞台間のエスカレーションである。現実のエスカレーションはこの2つのタイプが組み合わさって生ずる。ハイパー・コンピティションに於ける成功は、現状を破壊するための、また現状を破壊しようとする他企業に対抗するための一連の新たな優位性を展開できるかどうかにかかっている。そのための処方箋としてダブニの新7-Sフォーミュラを提示する。すなわち、(1)優れたステークホルダー満足、(2)戦略的予言、(3)スピードへのポジショニング、(4)驚きへのホジショニング、(5)競争ルールの変更、(6)戦略的意図のシグナリング、(7)同時的かつ連続的な戦略攻撃で、企業が成功するためには、それらのいくつか、ないしすべてを用いなくてはならない。この理論の特徴は、第1に、より内容的でしかも一貫した体系として構成されていて、それだけ説得的であること。第2にポーター理論を特殊理論とする一般的なダイナミック理論となっていること、これらのことから、競争不確実性に関するダイナミック戦略論として優れているが、需要不確実性に適用するには不十分と言える。

最後に残ったプロアクティヴ・スクールを検討する。これに属する修正RBVスクールをとりあげ、そのうち既存のRBVの中からいわば自己改革としてそれを行おうとするものと、他の理論にRBVを持ち込んでそれを成し遂げようとするものの2つのタイプがあり、まず、前者のタイプとしてティース=シューエン理論を検討する。そこではまず、半導体、情報サービス、ソフトウェアなどのハイテク産業におけるグローバルな競争は、競争優位性がいかに実現されるかについての新たなパラダイムを必要としている。しかし、既存の戦略論のパラダイムは、企業が既に持っている競争優位性をいかに維持するかについての分析はできても、このような急速に変化する環境で新たな競争優位性を構築できるかについての分析は不得手だからである。そこで提示されるのが、RBVの拡張としてのダイナミック・ケイパビリティ・アプローチである。先に述べた競争の勝者となったのは企業内外のコンピタンスを効果的に調整し転換する経営能力(ケイパビリティ)を備え、タイムリーな反応と急速で柔軟な製品イノベーションを実現した企業であった。この新しい形の競争優位性を実現する能力がダイナミック・ケイパビリティである。ここには2つの新たに重要な局面が込められている、“ダイナミック”とは、変化していく企業環境との適合を実現するためにコンピタンスを更新する能力を意味し、“ケイパビリティ”とは、変化していく環境の要請に適合すために、企業内外の組織的スキル、資源、職能的コンピタンスなどを適切に使用・統合・再構成していく上で、戦略的マネジメントが主要な役割を果たすべきことを強調するものである。この理論の特徴として、次の2点があげられる。第1に、既存のRBVが不十分だという認識の上に立って、本書と同じような評価に立っていること、第2に、ダイナミック・ケイパビリティ・アプローチの中身については何も示していないことだ。だから、この理論に対する評価が出来る段階にはない。

 

次に、他の理論にRBVを持ち込んだ例の一つとして、ゲマワト=ピサノ理論を検討する。彼らは、企業環境が安定的な場合とタービュラントな場合に分けて議論している。ここでは後者の部分を取り上げて検討する。このような環境に適合する戦略とはどのようなものか、それは3つのダイナミック・テストをクリアしなくてはならない。まず第1のテストは、“その理論は時間の経過と共にどのように構築されていくかについての一貫した説明を提供できる”というもので、第2のテストは“その理論は、模倣の脅威に直面したときの付加価値の維持の仕方を説明できるか”であり、第3のテストは“その理論は企業環境における変化にいかに対処するかについての有用な洞察を提供できるか”というものだ。これに基づき、かれらは既存の理論を分析する。その上で、不確実性に対処するための強力なアプローチは、“成功の確率を高める、また大きなコミットメントは不可避の予期できぬチャレンジに直面した場合に、企業をたじろがせるのではなくむしろ向かっていかせる”優れたケイパヒリティを開発することである。それは具体的にはティースらのダイナミック・ケイパピリティに他ならない。この理論もティースらの理論と同じように評価できる段階にない。

最後にサンチェスの戦略的柔軟性+RBVの理論を検討する。ハイテク産業において、より多くの新製品を導入し、より広汎なラインを提供し、より急速に製品をグレードアップすることによって変化する技術的及び市場機会にかつてなく素早く反応するという柔軟性を備えた登場した。このような企業行動を可能にしたのが、戦略的柔軟性だ。ダイナミックな環境では企業が競争優位性を獲得するには、製品市場での競争を可能にする代替的行為案、“戦略オプション”、という形での戦略的柔軟性を作り出さなくてはならない。戦略的柔軟性は企業にとって利用可能な“資源の固有の柔軟性”と、これらの資源を代替的行為に用いる上での“企業の柔軟性”に同時に依存している。“柔軟な資源”とは、より広汎な製品に使えるもの、ある製品から別の製品への用途の転換のコストがより小さいもの、ある製品から別の製品への用途の転換の時間がより短いもののことである。また、“柔軟な調整”とは、製品戦略の再定義、資源の有効な再利用などにおける柔軟性を意味する。このような柔軟性をもたらしたのは、近年の2つの変化で、ひとつは“資源の柔軟性”をもたらした技術変化(情報技術と製品デザイン)であり、これらは製品アーキテクチャが標準化されたモジュラー部品によって構成されるようになったためである。また、技術変化によってもたらされたプロセス及び製品の柔軟性である。もう一つは、このような技術の変化が同時に“柔軟な調整”という経営革新をもたらした。具体的には@モジュラー・デザインにより開発・生産プロセスにおけるモジュラー組織の使用が可能になったこと、ACADDなどが企業間の迅速な電子的なインターフェイスとして使われるようになったこと、Bモジュラー・デザインと情報技術の使用により、コンカレントな製品創出プロセスが可能になったことである。以上の議論に基づいて、サンチェスはダイナミックな製品市場での競争優位性を追求するための新しいドミナント・ロジックは、次の

5つであるとしている。@技術と市場機会との間のリアルタイムの媒介、A資源利用におけるダイナミックな効率、Bコンピタンスの利用(レバレッジ)による多角化、C戦略的意思決定における柔軟性、Dタービュラントな環境におけるダイナミックな均衡の達成。このようなサンチェスの理論の特徴について見ると、第1に、“戦略的柔軟性”という、そり自体資源にかかわりない視点にRBVの資源の概念を結びつけ具体的かつ説得的な理論を示したことがあげられる。ティースやゲマワトではできなかった[環境の変化→戦略の変化→必要な環境の変化]という因果関係についての明確な分析を加えている。第2に、ティースらのダイナミック・ケイパビリティの1つの具体化と見ることが出来る。サンチェスの戦略的柔軟性の概念は新製品の創出能力に関するものであり、その柔軟性の増大は、需要不確実性に見舞われた企業に対して強力な対応手段を提供するからである。また、それは新製品を投入して環境自体を自己に望ましい方向に変化させることを中心とするものである。ただし、戦略的柔軟性をCADDなどによる開発・生産プロセスでの柔軟性だけに焦点を当てているため、対応できる需要不確実性のレベルが限定される点が理論の問題点であろう。

 

最後に、プロアクティヴ・スクールのもう一つのサブスクールである複雑系スクールについて2つの理論を検討する。その一つ目としてチャクラバシ理論を取り上げる。チャクラバシは“インフォコム産業”、インフォメーションとコミュニケーションにかかわる産業、に焦点を当てて“戦略のフレームワーク”を提示することを狙いとする。この理論が対象とするインフォコム産業は次の3つの特徴を備えている。第1に技術的進歩の結果、各産業を守ってきた多くの参入障壁が低くなってきていること、第2に生産規模を拡大すればするほどコストが低下し収益が増大し、均衡よりは不安定をもたらすこと、第3に、力の接近したライバルたちが互いに勝敗をつけられぬままに激しく技術革新競争を展開し、変化を加速していることである。そして、これらの特徴は、さらに単一の均衡に収斂しない点で特徴的である。他方、これらの産業の企業は均衡に達したい思いながら、どの軌道が成功につながるかの判断が困難なために退出遅れがちになり、競争を続けてしまう。こうして予測できない型で行動する競争者がタービュランスを生み出す状態が生まれる。このような状況に対しては既存の理論では対処できないと批判を加えつつ、次の3つ要素からなる新しいフレームワークを提示する。第1の要素は戦略の再構築であり、これはさらに@“イノベーションによる一番乗り”を連続的に行うこと、Aネットワーク効果を管理すること、B流れに乗ることの3つからなる。第2の要素はトップとミドルが戦略形成の責任をシェアすべきということである。第3の要素は、企業は諸資源をレバレッジし、強化し、多様化する組織能力を持たなくてはならないということである。この理論の特徴は、第1に、インフォコム産業と言う具体的産業を対象として戦略論を展開しており、このように対象を絞り込むことにより、“いかなる環境変化が生じているか”“必要とされる戦略は何か”“その戦略の実現のために必要とされているものは何か”という形で議論がシステマティックに展開されており、全体として一貫した体系を生み出していることである。第2に、この理論の“柔軟なコミットメント”の概念は、“柔軟性”と“コミットメント”という背反的な概念のパラドキシカルなブレンドを意味するものであり、重要な視点といえる。第3に、この理論は環境の変化とともに、競争優位性の源泉、それをもたらすコンピタンスは変化するので、コンピタンスを変化させていかなくてはならないという修正RBVの基本認識をクリアしているだけでなく,サンチェス理論とは異なる形でそれを具体化したものと見ることが出来るということである。この理論は新産業の創出を含む産業構造の変化に伴う構造的不確実性を問題にしている。ここで競争優位性を得るにはカオスに反応するのではなく、連続的イノベーションによってカオスを作り出し、それに乗ずる必要があるとしている。

最後に、ハメルの理論を取り上げる。ハメルによれば、今日は変化の予測が困難な革命的変化の時代であり、製品のライフサイクルが短くなるだけでなく、戦略のライフサイクルも短縮されつつある。このような革命の時代の唯一の確かな競争優位性の源泉は“ビジネス・コンセプト・イノベーション”、さらにはそれを見つけ出す洞察力である。では、ビジネス・コンセプト及びそのイノベーションとはいかなるものか。ハメルによれば、ビジネス・コンセプトとは、@コア戦略(いかに競争するかについての企業の選択にかかわるもので、ビジネシ・ミッション、製品、差別化の基礎から成る)、A戦略的資源(競争優位性の背後にあるもので、コア・コンピタンス、戦略的資産、コア・プロセスの3つが含まれる)、B顧客インターフェイス(顧客との接点に関するもの)、Cバリュー・ネットワーク(企業外にあって企業の資源の不足を補いあるいはそれを増大させてくれる供給者、パートナー、協力企業などとのネットワーク)の4つの要素からなるものであり、それらの内容にイノベーションをもたらすことが、ビジネス・コンセプト・イノベーションである。ハメルによれば、このようなビジネス・コンセプト・イノベーションを実現するには“革命ないし反革命”を起こすしかない。このような革命の担い手はトップではない。トップの役割は、この場合、戦略を作ることではなく、優れた新しいビジネス・コンセプトを絶えず生み出す組織を作ることである。このようなハメルリ濾過の特徴は次の点にある。第1に、革命の時代には競争優位性の唯一の源泉はビジネス・コンセプトのイノベーション、すなわち戦略的資源を次々に転換していくことだとしている点、第2に、RBVとは系譜の異なる複雑系パダイムに依拠している点である。

 

第5章 ダイナミック戦略論のフレーム

ここからダイナミック理論の構築の準備作業として、方向性を明らかにして行く。そして、ダイナミック理論とスタティック理論に対して統一的視点を与えるための工夫として、“ダイナミック競争優位性”および“資源の不確実性対応能力”という2つの新たな概念を導入する。

第1章で示されたダイナミック戦略論の3つの構築方法に対応して、ダイナミック戦略論は「法則型」「不確実性型」「プロアクティヴ型」の3つのタイプに分けられる。まず、このタイプごとの方向性を考える。「法則型」戦略論について見ると、今まで見てきた理論の中で基本形としてこの型の戦略論はBCGマトリックスだけであり、それなりにダイナミック理論になっているが、完全な新製品や成長率の不安定な製品に対しては適用できず、不確実性の高いタービュラントな環境には適用できないのが問題といえる。そのためにBCGマトリックスの一般化による、よりダイナミックな利分の構築が考えられる。次いで「不確実性型」について見ると、マッキンゼー理論とアイゼンハートらの理論が第一義的にこの型に属する。マッキンゼー理論は利用可能な多くの手法を不確実性のレベルに応じて使い分け、不確実性のすべてのレベルをカバーできる。また、アイゼンハートらの理論は高不確実性下でのひとつの手法として位置づけることができる。最後に、「プロアクティヴ型」について見ると、この型に第一義的に属するのは、プラハラッドらおよびストークらのRBV、サンチェスの戦略的柔軟性+RBV、及び複雑系スクールのチャクラバシとハメルの理論だが、それぞれが対応できる不確実性のレベルが前二者は低、サンチェスは低〜中、後二者は高となっている。この型についてもタービュラントな環境についてのより優れた理論が求められ、複雑適応系パラダイムに基づく、より一般的な理論の構築が考えられる。このような整理についての注意点として次の3点があげられる。第1に、「法則型」と「プロアクティヴ型」では共に既存理論の一般化が方向性となるが、両者で、その性質がことなること、第二にも「法則型」の一般理論と「プロアクティヴ型」の一般理論とでは射程距離が異なり、後者がタービュラントな環境の全域をカバーするのに対して、前者はタービュラントな環境に対する適用領域が狭いこと、第3に「不確実性型」では4つの理論が並列的に並べられているだけで、各理論がバラバラに、必要に応じて使い分けられていることを示している。このようなタイプごとの方向性の次に、これらを全体から見た方向性について考えてみる。ここで、まず気づくのは、マッキンゼー、アイゼンハート、サンチェス、チャクラバシの各理論は複数タイプの属性を持っていたことである。このことは3タイプ間の関連性を窺わせる。これを考慮しながら、環境変化に直面した企業がとる行動をモデル化し、3つのレベルから成る戦略レベルのモデルが考えられる。最初の行動として、不確実性(環境変化)の原因の探求はしばらく措いて、戦略代替案をできるだけ多く見つけ、それらを試して結果を予測し、その中でよさそうなものを選択するというレベル1である。このレベル1で良い成果が得られた場合、その次に、今後も、その戦略の延長線上で進むべきかを判断するために、不確実性の原因となった環境変化の性質を探索し、その法則を解明、それに基づき環境へのより良い適合が実現するだろう。これがレベル2となる。さらに、このようにして、法則が分かれば、それを先取りして、その法則自体を自己に有利なように変化させようとして、レベル2以上の成果を上げようとするだろう。これがレベル3となる。このそれぞれのレベルと戦略論のタイプとの間に対応関係が認められ、レベル1には「不確実性型」、レベル2にし「法則型」、レベル3には「プロアクティヴ型」が対応し、各レベルはそれ以前のステップを前提にして戦略を動員するのが有効と考えられる。これらのことから、全体的方向性として、次のことが言える。第1に、3つのタイプの理論のいずれか一つだけでは不十分であり、それら全体としてのダイナミック戦略論を考える必要があるということ。第2に、現時点で緊急性が高いのは「不確実型」および「法則型」の一般論の構築だが、その場合、両者の整合性を考えて行うべきであるということである。

 

次にダイナミック理論とスタティック理論に対して統一的視点を与える2つの概念を検討する。まず、ダイナミック競争優位性について、スタティック理論では環境重視のポーター理論と資源重視のバーニーらの事業レベルRBVがあり、両者の統合が望まれるが、多少の調停作業で解決できるものではない。そこで、両者の違いを検討しつつダイナミック競争優位性の概念を提示することにする。著者はポーターとバーニーの二つの図式は見かけ上の違いにも関わらず、バーニー図式をボーター図式に組み込んで両者を統合することが可能ではないかと言う。競争優位性をもたらすものについて、バーニーは資源を、ポーターはドライバーを上げている。ポーターは資源よりもドライバー概念の方が望ましい理由として、次の2つをあげている。1つは、相対的な好業績は資源から直接生まれると言うよりは、規模、活動の共通化、対的な統合など、相互に独立の効果を持つ様々なドライバーの総合的効果として実現するからであること。もう1つは、資源から活動が生まれることは確かだが、その資源を作り出したのは過去の活動や、新しい活動形態で必要になった外部資源を獲得するための経営者の選択であり、資源に先行すると考えられること。これらの理由は、資源とドライバーが密接に関連しており、ドライバーはフローとしての資源の一種と見なせると考えられる。これによりバーニー図式のポーター図式への組み込みが可能となろう。これを競争優位性の一般モデルとする。しかし、このようなポーターの図式は市場に不確実性のないケースに当てはまるもので、ダイナミックに変化し不確実性のある市場については適用できるものでない。例えば、収益と成長のバランスをいかにとるかが業績目標を考える際に重要になるであろう。そしてこれに対応して、当然、戦略も変更を迫られる。個々の事業ごとの事業戦略と共に、それらの事業のミックスをいかなるものについての企業戦略が中心的な位置を占めなくてはならない。とらに戦略が変われば、当然、競争優位性も、したがって、資源も変わる必要があるはずである。ここで、不確実性の高い市場に対して有効なダイナミック競争優位性の概念を考える。ポーター図式のスタティック競争優位性は安定的な環境下で必要とされるもので、ダイナミック競争優位性は不確実な環境下で企業に必要とされる競争優位性と区分できる。そして、不確実な環境をダイナミックな環境とタービュラントな環境の2つに分け、それぞれに一時的な競争優位性と持続的な競争優位性に区分すると4つのタイプに分類できる。

次に、資源の不確実性対応能力について検討する。不確実性のレベルによって競争優位性にいくつかのタイプがあるとすると、どのレベルの不確実性に対応きる能力を有しているかと言う視点から資源を評価できる。プラハラッドらは競争優位性におけるコア・コンピタンスの重要性を指摘したが、ここから資源の製品からの距離が大きいほど、需要不確実性の影響を受けにくいので、その資源の不確実性対応能力は高いという仮説が考えられる。このような議論を一般化すれば、競争優位性の源泉は、ポーターように限定的にではなく、より広く、企業のストック、フローを含むすべての資源空間中の“場”として求められるべきだといえるだろう。“資源の不確実性対応能力”と“製品からの距離”とは、ダイナミック戦略を求めて資源空間を探索する際のツールに他ならない。

 

第6章 ダイナミック・ポジショニング理論

ここから、ダイナミック戦略論の構築作業に入る。作業は2段階で行い第1段階として、「法則型」のBCGマトリックスの一般化による、よりダイナミックな戦略論の構築を行う。次章で、第2段階として「プロアクティヴ型」のダイナミックな一般理論の構築を行う。

BCGマトリックスは第2章で見たように、ダイナミック理論ではあるものの、次の3つの理由で高度に不確実な(タービュラントな)環境に対応できるものではなかった。その第1は、企業がすでに持っている製品及びM&Aによって取得可能な製品については適用可能だが、これから生まれるまったくの新製品については適用困難であり、したがって“高度に不確実な環境が提供する機会に乗じて新規ビジネスに挑戦する”と言うような状況に関してはム略であること。第2に、BCGマトリックスが有効なのはある製品が有効なのはある製品がどのセルに属するか、したがってどの戦略が適しているかを“安定的なものとして”決定できる場合だが、それが可能なのは成長率が比較的安定的な場合に限られ、高度に不確実な環境では不可能であること。第3に、BCGマトリックスでは有望な製品は自社内で育成するいわゆる“内部成長方式”が想定されているが、変化のスピードが速い環境では、それでは間に合わない可能性があること。このようなBCGマトリックスの限界を克服するため、スタティック理論の一般化によってダイナミック理論を構築する方法にならい、元の理論で前提とされていた要因を変数としてモデル内に取り込む。ここでは、上記限界の克服のために、どのような変数を取り込めばよいかを、限界をもたらした原因に即して考える。第1の原因は既存の製品しか考慮していないことであるが、これは事業分野を変数として扱っていなかったことを意味する。したがって、この克服には既存ビジネスだけでなく新規ビジネスへの進出も考慮すればよい。第2の原因は成長率が不安定な場合には使えないことであるが、これは成長率の安定性を変数として扱っていなかったことである。したがって、この克服には成長率の安定性を変数として扱う。第3の原因は、成長方式を変数として扱っていなかったことである。したがって、この克服には内部成長と外部成長とをその変数の値とする。このように限界をもたらしている原因に対応して取り込む変数のいずれを取り込むかは、限界をもたらす原因として、どの要因のウェイトが大きいと見るかに依存することとなる。

では、実際に上記の3つの変数候補のうち2つを次元としたマトリックスを作成する。このマトリックスの第1の次元は[既存ビジネス─新規ビジネス]で第1の原因に対応するもの、第2の次元は[内部成長─外部成長]であり第3の次元に対応するものである。ここで得られるマトリックスをBP(ビジネス・ポートフォリオ)マトリックスと呼ぶ。BCGマトリックスはすでに世の中にある製品を分析対象とするのに対して、BPマトリックスは、それに加えてまだ世の中にない全くの新製品をも分析対象に含む。このようにBPマトリックスはBCGマトリックスの上位マトリックスとしての意味を持つ。BCGマトリックスはBPマトリックスの「内部成長かつ既存ビジネス」のセルについてのみ適用可能なものと位置づけられる。ところで、BPマトリックスとBCGマトリックスでは、その客観性にかなりの違いがある。BCGマトリックスでは企業がすでに持っているビジネスと買収可能なビジネスが対象となるので、ほぼ正確なプロットが可能である。しかし、BPマトリックスの対象はマーケット成立前の新規ビジネスであり、環境変化についての洞察にもとづき自社の資源や能力を十分に勘案して決定するにしても、主観的な要素が強くならざるをえない。したがって、実際には両マトリックスを併用する場合、まずBPマトリックスによって将来のビジネスと既存のビジネスの基本的なポートフォリオを決定し、既存のビジネスについてはさらにBCGマトリックスでさらに細部を決定する。しかし、プロセスは一方向的ではなく、ある程度行きつ戻りつ相互作用的に進める。ところで、ボートフォリオの決定に際し中心的な課題となる資金配分について、BCGマトリックスの場合とは、次の点で違いが生ずる。第1に、BCGマトリックスでは、外部資金に依存せず、既存ビジネスからの利益や資金を新規ビジネスに投資することが前提であり、投資額は結果的に決まるが、BPマトリックスでは、投資額は、新規ビジネスの育成に関するトップの判断による、より戦略的なものとなる。第2に、一般にBPマトリックスではBCGマトリックスの場合よりも資金需要が大きく、したがって撤退ないし育成すべきビジネスの選別はBCGマトリックスだけの場合よりも厳しく為される必要があり、それでも足りない場合には外部資金の利用を考えなくてはならないことである。

このような[BP+BCG]マトリックスによる戦略分析だけでは、戦略形成のフレームワークとして十分ではない。それが実践的なフレームワークになるためには、どのビジネスが有望なのか、それを実現する競争優位性の源泉は社内にあるのか、などについての分析的枠組みも不可欠だからである。

 

最初にダイナミック・ポジショニングの意味を明らかにし、さらに戦略プロセスの一般的な形を示す。“ポジショニング”は“市場で(競争優位をもたらす)特定の位置を占めること─位置取り”の意味と考えられるが、第2章で検討したスタティック・ポジショニングでは“その位置に固定する”という意味が加えられる。これに対してダイナミック・ポジショニングでは“ある位置から別の位置へと変化させて行く”ことを意味する。したがって、ダイナミック・ポジショニング戦略は、ビジネス・ミックスを変化させて行く戦略を意味することになる。

このようなダイナミック・ポジショニングによる戦略プロセスの一般的な形は、次の4つのサブプロセスから成っている。第1が“業務目標の形成”、第2が“環境分析”、第3が“優位性分析”、第4が“具体的戦略の形成”である。この第1〜4の順序はあくまでひとつの理想型であり、現実には、4つのサブプロセスを行きつ戻りつ進め、最終的に実行可能な具体的戦略を生み出すことである。これから4つのサブプロセスについて個々に検討していく。まず、第1の“業務目標の形成”について、業績目標のタイプとして、一般に社会的目標(非経済的目標)と経済的目標に大別できる。経済的目標は経済活動に直接的に対応する業績目標であり、企業にとって基本的な目標である。経済的目標はさらに、利益率や利益額のような利益目標と、利益には直接かかわらない成長率、シェア、株価などの成長率以外の目標に分けられる。各企業はそれぞれ適切と考える決定基準をつくり、それに従って決定する。このような業務目標をダイナミックな環境について考えていくと、スタティックな環境が産業の盛衰を考慮しないため成長率目標をとる必要がなく利益目標で十分で、しかも利益額より利益率、具体的には“個々のビジネスごとの平均超の利益率”をとるのが標準的であるのに対して、産業の盛衰があるため目標の幅はひろくなる。例えば利益率に関して“企業全体としての平均超の利益率”という目標が考えられるし、“企業全体としての平均超の成長率”というより積極的な目標も考えられる。次に、第2の“環境分析”について、技容積目標達成のために環境中にいかなる機会や脅威があるかを分析するもので、SWOT分析のO(機会)とT(脅威)の分析に相当するものである。前者は“ダイナミック産業ポジショニング分析”であり、魅力的な産業(市場)の発見にかかわるものである。ここでは魅力的な産業の発見が主題となるが、ダイナミックな環境では前述のように企業目標の多様化に対応して“魅力”の尺度も多様化するので、現時点での高利益率もしくは高成長率が基本的な尺度として考えられる。また、後者は“ダイナミック・マーケット・ポジショニング分析”であり、“ダイナミック産業ポジショニング分析”による決定を受けて市場でのポジションの形成にかかわるもので、ここで中心的な役割を果たすのがBPマトリックスに他ならない。そして、第3の“優位性分析”で、第2の環境分析が企業外部に関するものであるのに対して企業内部の資源に関する分析が中心となり、SWOT分析のS(強み)とW(弱み)の分析に相当する。これは、個々のビジネスの優位性に関する分析とビジネスの組替能力の分析に大別される。このうち、後者ばダイナミックな環境に固有のものといえ、ダイナミック・ポジショニング戦略の中核となる能力であり、戦略の成否を左右するものと考えられるため、これを検討する。ビジネス組替能力に関する優位性分析は、“狭義の優位性分析”と“持続性分析”に分けられる。このうち、まず“狭義の優位性分析”を検討する。これは優位性の“発生の場”の分析と“発生メカニズム(ないしは要因)”の分析とからなる。まず、ダイナミック優位性の“発生の場”について考えると、基本的に“新旧ビジネスの組み替え”に求められるが、それはさらに、“新規ビジネスへの進出”と“既存ビジネスからの撤退”、およびそれらには還元できない“新旧ビジネス間での進出と撤退のコンビネーション”に関する部分に分けることが出来る。例えば、新旧ビジネス間での進出と撤退のコンビネーション”では中心となるのは資金の循環と言える。新規事業への投資の多くは既存ビジネスからの撤退によって得られる資金で賄われるので、現実的には重要なポイントとなる。

 

次に、“発生メカニズム(ないしは要因)”の分析について考える。これは結局、優位性の“発生の場”において、それを実現する能力に帰着する。まず、“新規ビジネスへの進出”の能力については内部成長能力と外部成長能力に分けて検討する。内部成長能力は、研究・開発能力と事業化・推進能力に分けられる。研究・開発能力は内部成長のもっとも基本となる能力であり、産業の盛衰のある環境では、この能力抜きには長期的な存続は考えられない。また、事業化・推進能力は、開発された新製品をビジネスとして確立する段階で必要とされる能力、およびそのビジネスを維持・発展させて行く能力を意味する。次に、外部成長能力について見てみる。外部成長能力は、ビジネスの取得に関する買収能力と買収後の事業化・遂行能力が主要なメカニズムとなる。買収能力とは、M&Aのターゲットとなるビジネスは財務的に健全か、成長の可能性や持続力はどの程度か、歴史・企業文化・組織・人事システムなどの違いを乗り越えて円滑に事業を遂行出来るか、などの諸点を分析した上で買収価額を評価し、実際に買収を実現する能力を意味する。また、事業化・遂行能力とは、取得したビジネスを軌道に乗せ、さらに発展させる能力を意味し、具体的には、内部成長の場合の同能力に加え、組織文化その他の差異から生じるコンフリクトの処理能力なども含まれる。これらのような内部成長と外部成長を二者択一の戦略として論じてきたが、現実には両者の折衷的な形態がありうる。外部で確立する以前にあるビジネスを取得し、その後は内部で育成するというのは典型である。次に、“既存ビジネスからの撤退”能力については、既存のビジネスからの撤退は困難な仕事であり、この遅れが損失を拡大しリストラのチャンスを失うケースが多い。その最大の原因は、撤退の必要性についての認識の遅れと決断力の欠如であった。最後に、“新旧ビジネス間での進出と撤退のコンビネーション”能力について見ると、その中心となるのは資金調達能力である。この資金繰りは内部成長、外部成長のいずれも重要な問題である。より重要な進出と撤退の全体についての資金繰りである。その基本は既存ビジネスからの撤退によって得られる資金の新規ビジネスへの進出への投入だが、それで不足する場合には外部調達資金が必要になる。以上で狭義のダイナミック優位性分析を終了し、この分析で“あり”とされた優位性が持続的なものかどうかを分析する“ダイナミック持続性分析”について検討する。これは、さきに分析した各能力について、模倣困難性を尺度として見て行くのが一般的といえる。

このようなダイナミック・ポジショニング理論の適用上のポイントを明らかにして、その特徴と限界について検討していく。まず、適用上のポイントについて[BP+BCG]マトリックスに焦点を当てて考える。第1のポイントはBPマトリックスとBCGマトリックスの使い分けである。一般論としての使い分けは既に検討したが、実際には企業はその価値観や個性によって、自社に適した方法を選択するのが望ましい。BCGマトリックスについてはテクニカルで合理的な決定が可能だとしても、BPマトリックスでは、より主観的・価値的な判断が不可避であり、戦略形成能力が問われると言える.環境がよりダイナミックになって不確実性が高まれば高まるほど、BPマトリックスのウェイトが高まり、重要度が増す。これに関連して企業トップに特に要請されるのが、企業のあるべき姿を示す企業理念と進むべき方向性を示すビジョンの確立である。第2のポイントはBPマトリックスでの環境分析に関するものであり、ポートフォリオの決定に際しては、@産業構造の変化、Aその変化のスピードの増大、のいずれに不確実性の源泉があるかを十分に考慮し、それを基礎としてミックスを決定する。これは、主観的・価値的になりがちなBP分析の客観性を高める上での重要なプロセスと言える。第3のポイントはBPマトリックスでの優位性に関するものであり、この決定に際しては、第2のポイントにおける外部環境の分析に加えて、自社の優位性の源泉を十分に理解し、それと適合的なポートフォリオを決定しなくてはならないことである。

最後に、ダイナミック・ポジニング理論の特徴と限界を検討する。ダイナミック・ポジショニング理論の特徴として、第1には、クロス・セクションではシナジー効果よりもリスク分散を、ロンジテューディナルにはコミットメントよりも柔軟性を重視する点で不確実性型理論と親和性を持っている点がある。第2に、プロアクティヴ型理論との親和性もある点である。法則的と見える環境変化も人間の働きかけを受けて様々の程度に変容しうるので、ダイナミック・ポジショニング理論の法則にも、それが当てはまるからである。このようなダイナミック・ポジショニング理論は、ダイナミックな不確実性の高い環境だけでなく、タービュラントな環境への適用可能性をもっている。しかし産業の盛衰の予測があまりにも困難な場合には、ダイナミック・ポジショニング理論は、あくまでも位置取りであり対象の何らかの規則性を前提とするため、対応不可能な場合が出てくる。このようなインタービュラントな環境については、プロアクティヴ戦略論に、その可能性を探っていく。

 

第7章 即興的交響理論(1)

タービュラントな環境では戦略そのものを直接明らかにしようとするだけでは不十分であり、戦略形成プロセスを含む組織の側面から間接的に接近する方法が必要となり、記述的戦略論では、そのタイプの研究の蓄積があったといえる。この蓄積をもとに環境の変化にいかに対応すべきかについての規範的提言を行おうとする“コンフィギュレーション・スクール”がある。これから展開しようとしている“交響理論”もこれに属する。コンフィギュレーション理論として、ここで取り上げるのはミラーの理論で、彼は言う。戦略の12つの変数だけを取り出して分析することには疑問がある。変数間の関係は一定のコンテクスト(文脈)に置かれてはじめて意味を持つものであるのに、そのような方法ではコンテクストから切り離されてしまうからで、したがって、戦略と組織構造の関係を、多くの要因が関係しているコンテクストの中で分析することが必要である。非常に多くの要因が複雑に関係しているコンテクストを扱うため、彼は次のような仮説を提示する。“戦略、組織構造および環境の諸要素は、しばしば合体(凝集)し、あるいは構造的にむすびついて、限られた数のコンフィギュレーション(形態)を作り出し、高業績の組織の大半はそれらの形態によって記述できる。”これによれば、少数のコンフィギュレーションに焦点を当てることにより簡略化された分析が可能となる。彼自身は多くの記述的研究を残しているが、本格粋な規範的研究はなかった。ここでは、彼の残した手がかりをもとに交響理論を展開していく。

ミラーが残した手がかりは次のようなものだ。企業の競争優位性の源泉は、RBVの主張する組織の特定の資源ないしスキルにあるのでも戦略の特定の側面にあるのでもなく、“交響のテーマ”と企業の種々の局面─すなわち、市場ドメイン、スキル、資源とルーティン、技術、諸部門、意思決定プロセス─間の相補性を確保する統合メカニズムにある。高度のコンフィギュレーションが、シナジー、明確な方向と調整、模倣の困難性、資源と努力を集中する能力、コミットメント、スピード、経済などの優位性を企業にもたらすのである。このてがかりに基づいて、単純なモデルとしてS型交響モデルを次のように考えてみる。全権を掌握したトップ・マネジメントがタクトを振るって組織の進むべき方向性を“交響のテーマ”として常に明確に提示し、その実現に向けて組織のすべての単位や個人を統率して動員していくところにある。そこで、このモデルを“交響モデル”それも“強い(strong)指揮者”の場合のモデルという意味で“S型交響モデル”と呼ぶ。ここでは、トップは、組織と環境との適合関係を維持するために、必要とあれば、いつでも新コンフィギュレーションに移行すべきだとされている。このモデルの限界として、次のようなことが考えられる。第1に、S型交響モデルではトップ・マネジメント(の能力)にすべてがかかっているが、有能なトップが常にいるとは限らず、その意味でモデルの有効性が限られてくる。第2に、第1の点とも関連するが大規模な企業ではトップ・マネジメントが具体的ビジネスに関与するのは不可能に近く、目が届かないため一定程度の規模の範囲内で有効性に限られるのではないかということである。第3に、一挙に新コンフィギュレーションに移行するような構造的不確実性の場合の有効性に限界があると考えられる点である。

 

次に、ミラーの手がかりをもとに、もう一つの異なるモデルを検討する。タシュマンやオーライリらの中断均衡理論、すなわち、組織進化のパターンとは、比較的長い連続的でインクリメントな変化のプロセスが短い革命的な変化によって中断されるプロセスの繰り返しであるというもので、インクリメントな変化のプロセスとは、戦略、組織、構造、メンバー、および文化間の調和が増大する期間であり、革命的変化とは、それらが同時期に大きく不連続に変化する時期である。そして、企業の長期的な存続のためには、そのいずれの時期においても成功しなくてはならない。革命的な変化における成功は当然必要だが、効率の絶えざる改善のためのインクリメンタルな変かなおける成功も、短期的には業績にとって重要だからである。このような2つのタイプの変化を共に実現できる能力をもつ組織は“両刀使い(アンビデクトスラス)組織”と言うことができる。この“両刀使いの組織”を実現するためには、このような2つのタイプの変化の処理を可能にするような文化の形成が必要になる。組織そのものに関しても、基本的には複数の相互に矛盾するような組織構造、プロセス、文化を企業内に持つことが求められる。具体的には、例えば、メンバーがオーナーの感覚を持つことができ、また結果に対して責任を持てるように、組織単位は小さく自律的に維持する一方で、マーケティングや生産では規模の経済を享受できるようにする。また戦略面ではボトムアップで生ずるような文化が求められる。このような組織をリードするため、“両刀使いのマネージャー”として望ましいのは、“シンフォニーの指揮者”であり、控えめではあるが組織の価値を体現し、その見えるシンボルとして行動できる人々である。このようなタシュマン=オーライリをもとにW型交響モデルを定式化する。トップ・マネジメントは、革命的な変化の時期とインクリメンタルな変化の時期とで指揮の仕方を巧みに使い分けなくてはならない。また、革命的変化が生まれるようにするためには、分権的組織にしてミドルの企業家的行動を引き出してボトムアップ型の戦略形成プロセスにすべきであり、みずからはそれを促進する役割に止まるべきである。なお、“交響のテーマ”はミドルによって形成されるようになる。ここでのトップ・マネジメントは2つのタイプの異質な変化を巧みに乗り切ることを要請され、各ビジネスへの資源配分の決定を通じて企業全体の進路を決定しなくてはならない。したがってS型モデルと同じようにトップ・マネジメントを“シンフォニーの指揮者”とみなせる。しかし、S型は全権を掌握したトップ・マネジメントが自ら“交響のテーマ”を掲げてメンバーを強引に引っ張っていくという指揮者らしい指揮者が想定されているのに対して、このW型の場合は、指揮者は“交響のテーマ”の内容はメンバーの自律的行動にまかせ、わずかに資源配分を通じて影響を与えるにすぎない。S型の強い指揮者との対比では、W型は弱い指揮者となるためW型交響モデルと呼ぶ。しかし、このような“両刀使い”のモデルによる組織には一定の有効性はあるものの射程距離には限界があり、タービュラントな環境には不適切といえる。その理由は2つあり、第1の理由は、タービュラントな環境では、トップにはS型交響モデルの指揮者のような強力なリーダーシップが必要だと考えられるが、W型では弱い指揮者しか想定されていないことである。第2の理由は、タービュラントな環境では、ミドルについても環境の変化を先取りする強力なプロアクティヴ型の行動が期待されるが、W型ではそのような行動が期待されていないことである。このような限界に対して改善を試みる。第1に、上述の第1の理由に対応する改善策として、弱い指揮者を強い指揮者に置き換えることである。これは、強い指揮者が必要に応じて弱い指揮者も行えばよいだけである。第2に、第2の理由に対応するものとして、W型モデルの中の“メンバーの自律的行為”を引き出す仕組みを、より自律性のレベルの高い行動をひき出す仕組みに置き換えることである。この方向で改善されたモデル、ここで議論しているダイナミック・モデルに近いものとなる。

W型交響モデルし高いレベルのプロアクティヴ型行動を欠くためにタービュラントな環境に対しては不適切であり、そのような行動を組み込んだモデルが必要だった。個々で提起されるのが、“交響”に対置される概念としての“(複数のプレイヤーによる)即興”であり、その本質は、各プレイヤーの個性的でプロアクティヴな行動のぶつかり合いの中から新しく魅力的な旋律が生まれるところにある。以下で、このような“即興モデル”を検討する。

 

バーゲルマンは、多角化した大企業における社内起業、すなわち製品開発プロジェクトの段階から新規ビジネスになるまでのプロセスに関するものであったが、DRAMからMPUへのインテルの戦略転換についての研究をもとに、“戦略形成と組織適応についての組織内生態学モデル”を提唱した。バーゲルマンによれば、長期的に成功している企業には、[変異─選択─保持]という進化論的プロセスによって説明でくる2つの戦略形成プロセスがある。1つは“誘導されたプロセス”であり、トップのビジョンの実現のプロセスである。ここでは、現場レベルでの現行の戦略の遂行のために様々な改善や工夫の試みがなされ、これが“変異”を発生させる。しかし、そのままでは混乱するので、戦略実現のための様々な管理メカニズムによって“選択”がなされる。これが“構造的コンテクスト”である。もう1つの戦略形成プロセスは“自律的プロセス”であり、現行の戦略やトップのビジョンの範囲外での、現場レベルでのイニシアティブである。これが“変異”の源泉になり、次いで、ミドルにより資源獲得のためのトップへの売り込みがなされ、その中から選択がなされることになる。こうして選択されたものが実行されるが、これによって新しい組織学習が進展する。これまで企業内になかった新しい技術、知識、コンピタンスなどの獲得を意味する。また重要なのは、トップが新しいビジョンを形成することである。これらの戦略プロセスの区別を踏まえてバーゲルマンは次の3つの命題を導き出している。第1の命題は、長期的に成功している企業のトップは、戦略そのものの内容とともに2つの戦略形成プロセスの質を高めることに関心を持っている。第2の命題は、長期的に成功している企業のトップは、既存の戦略について自己のビジョンを持っているが、同時にボトムアップの実験と選択の内部的プロセスをも維持している。第3の命題は、リオリエンテイションに成功した企業では、失敗した企業よりも、それ以前に実験と選択の内部的プロセスを経ている企業の比率が高いということである。このようなバーゲルマンのモデルに対しては、次の諸点を指摘できる。第1に、場帆ゲルマンのモデルから、タシュマン=オーライリのモデルによるW型交響モデルを導くことができることである。ただし注意すべきは、トップの役割が弱い理由が両モデルでは異なることだ。タシュマンらのモデルでは強い指揮者が必要なはずのリオリエンティション期の認識が不十分なために、結果的に弱い指揮者しか想定しなかったためであった。これに対して、バーゲルマンの場合は、リオリエンティションしされる現象の多くは自律的プロセスによって発生自体を未然に防げるので、それだけ強い指揮者の必要性は低下すると考えているためである。第2に、バーゲルマンモデルは大企業での新規戦略の形成におけるミドルの役割を重視し、それがトップの追認を経て企業のプロアクティヴな適応を可能にする点をとらえ、ダイナミック戦略論として、タシュマンらのモデルより一歩進んだものになっている。第3に、バーゲルマンモデルは“即興”の舞台設定に成功している。ミドル自律的な戦略行為は、どちらかというと突然に、つまり即興的に生ずるものとされ、これをトップが企業のフォーマルな戦略に取り込んでいくという連係プレーが考えられていることが重要である。しかし、あくまでも舞台設定にとどまっていることが限界ともいえる。

 

即興モデルとしてバーゲルマンモデルを検討したが、戦略形成プロセスについて、ブラウンとアイゼンハートのモデルを検討してみる。コンピュータ関連などの企業において連続的な新製品開発を意味する多製品イノベーションを実現する組織のモデルとして、次の3つの条件が充足されていることを明らかにした。第1の条件は当面のプロジェクトを即興的に処理していくことであり、このためにひつようなのは、プロ弱との優先順位や各プレイヤーの責任をはっきりさせた上で、各プレイヤーに自由を与え、広汎な相互作用を行わせることである。第2の条件は未来を様々の低コストの手法で探索することで、例えば、実験的な製品の導入、未来予測家の利用、先端的消費者・企業とのパートナーシップ、トップレベルでの戦略の集中討議などである。第3の条件は、現在のプロジェクトから将来のプロジェクトへとリズミカルに移行していくことであり、そのための方法としては、一定のペースで製品を開発すること、プロジェクト・マネージャーが新旧プロジェクト間での移行プロセスを柔軟に振付けることなどがある。このうち、即興の部分について、突っ込んで見てみる。ブラウン=アイゼンハートらによれば、成功している組織とは純粋に有機的な組織ではなく、プロジェクト・マネージャーが事故の明確な責任とプロジェクトの優先順位とを広汎なコミュニケーションによって結び付け、有機的な側面と機械的な側面とのバランスをとっている組織である。このような組織が望ましい理由は、メンバーを動機付ける上で有効であり、急速に変化していく環境の理解に役立つことに加え、即興を可能にするからである。つまり、少数のルールの下での広汎なコミュニケーションが、マーケットや技術の変化と同時的に製品を開発していくことを可能にするのである。このようなブラウン=アイゼンハートの即興もでるについて、次のような点を指摘できる。第1に、特定個人の活動に、また、創造性よりもスピードに焦点が当てられている点。第2に、一般的な即興のようなリーダーの存在しない中で、実質的なリーダーがプレイヤーとの2役をこなすようなことが想定されていない点。第3に、各プレイヤーの不確実性削減努力とともにリスクを負って独創的な新しい試みに挑戦する勇気を要するとこが考慮されていない点。これらの点を考慮した即興モデルとして、次のようなものが考えられる。

各メンバーはグループ全体のアウトプットとしての革新的・創造的な製品の開発に貢献するように独創的なアイディアをリスクを賭して提起しなくてはならず、またリーダーは代表としての役割と共に、一メンバーとしての役割も果たさなくてはならない。なお、交響モデルの交響のテーマに相当するものはなく、各メンバーの行動を律する少数のルールがあるだけである。

 

第8章 即興的交響理論(2)

ここでは、一般モデルとしてI型交響モデルを構築し、前章で提示したS型、W型交響モデル、および即興モデルを特殊モデルとして含むものとして定式化される。

ここで考えるI型(即興的)交響モデルは、ミドルが個性的でプロアクティヴな戦略を打ち出すと共に、トップも全体代表として組織を指揮しつつ一プレイヤーとしてもプロアクティヴな戦略をとり、互いにリードしリードされつつ新しい企業戦略を創造していくモデルである。より厳密に考えると、指揮者の指揮に従って一糸乱れずに自己に割り振られた役割を遂行する“交響”をベースに、各メンバーが役割にとらわれずに、自らよいと思われる創発的戦略行動にでる“即興”を加味したモデルと言うことができる。前章で検討したバーゲルマンモデルの次のような問題を克服することにより、I型交響モデルの構築を図る。そこで、克服すべき問題点として3点があげられる。第1点は、弱いトップしか想定されておらず、彼は即興の担い手とはされていないこと、第2点は、ミドルの即興パターンが単純であること、第3点は、トップとミドルの即興的インタラクションが含まれていないことである。

まず、第2の点について検討する。まず、ミドルの戦略行動は大きく2つのタイプに分けられる。1つは基本戦略に対応した“役割戦略行動”であり、基本戦略を受けてそれを具体化し実行していく行動である。これは“交響的戦略行動”といえる。そして、もう1つは役割戦略行動とは別に自己の信ずる戦略を打ち出してその実現をめざしていく“即興的戦略行動”である。ここでは、この第2の即興的戦略行動をより体系的に考えていく。ミドルの即興的戦略行動が意味あるものとなるためには、単にミドルの自律的行動のみに止まらず、企業の基本戦略の一部を生み出すものでなくてはならない。そこで取られる行動には2つのタイプが考えられる。ミドルが自己の案をトップを説得して受け入れさせることができる場合が“説得型”であり、説得できずに、それにもかかわらず自己の案に踏み切って追認をえる場合が“独走型”である。次に、第1の問題点について検討する。ミドルの戦略行動には2つのタイプがあるように、トップも同じように2つに分けることができる。第1のタイプはトップの交響的戦略行動で、企業のもっとも基本となる戦略形成プロセスである。第2のタイプは、トップが自己の信ずる戦略を打ち出し、その実現をめざす即興的行動を意味するトップの即興的戦略行動である。後者は次の2つのタイプにさらに分けられる。第1はミドルの場合と同様の独走型である。トップが通常の確立された手続きに則って決定するのが交響的プロセスであり、それに反して決定・実現に持ち込む戦略的行動が独走型である。第2は、ミドルの即興的行動に対応するものであり、追認型と呼べるものである。これらのようなトップの即興的行動について注意すべき点は、公式のルールを否定するもので、トップ自らが行うということは組織を混乱させかねないこと、そしてトップは結果に対して責任をとることであり、これがあってはじめて適用が許されるということであり、自身にとってきわめてリスキーであるということである。

 

これを用いてI型交響モデルの定式化を試みる。モデルの構成要素は、トップの交響的および即興的戦略行動と、ミドルの交響的および即興的行動の4つが基本的構成単位となる。これらの構成単位の関係から戦略形成スパイラル・モデルを得ることができる。このモデルから即興の基本パターンを考えることができる。これらを前提とすると、I型交響モデルは次のように定義できる。トップは交響的行動を基本としつつ、必要に応じて、ミドルの即興的行動の追認を基本としつつ、必要に応じて即興的行動をとらなくてはならない。交響のテーマは、以上のようなトップとミドルによる即興的交響の結果として形成される。このようなI型交響モデルは、これまで見てきたモデルの基本的構成要素や基本パターンの多様な組み合わせから成るものであり、トップが交響のテーマを示し、その実現に向けてミドルが交響的行動をとるのが基本だが、必要に応じてトップもミドルも即興的行動をとり、それが他方の即興的行動を誘い、それにさらにほかのメンバーが呼応する、といった形で進展し、多様なパターンを生み出すことになる。このモデルについて重要な点として、次の2点があげられる。すなわた、第1の点は、このモデルのパフォーマンスとして戦略形成におけるスピードとともに戦略内容における創造性が期待でき、したがってタービュラントな環境で有効なプロアクティヴ型戦略を生み出す可能性が極めて高いことである。第2の点は、これまで見た諸モデルに対する一般モデルとしての位置を占め、それらの間の関係を明らかにしてくれること、したがって環境に応じたそれらの使い分けを可能にしてくれることである。

前章で導入したS型およびW型交響モデルはI型の変数を固定することによってI型から導出することができる。しかし、各モデルには、それぞれが有効に機能する環境があり、その環境で必要とされる機能を備えたもっとも単純なモデルとして理解しやすいメリットを備えている。そのメリットを生かし、環境タイプごとにそれに適したモデルを機能させれはせよぃ。しかし、環境不確実性のもっとも高いタービュラントな環境についてはI型モデルが不可欠と言える。

 

 

以上で、本論といえるものは終わり、この後は補論として、ポジショニング理論について、スタティック・ポジショニングからダイナミック・ポジショニングへの転換が説明されます。ここでは、付録的なものとみて、メモはしていません。また、核心であるI型交響理論のスパイラルについては立ち入ったメモはしていません。このブログを読んで興味を持った方は、ぜひ本書を手に取って核心部を豊富な事例を参照しながら吟味することをお勧めします。本種を読んでいて、ここで展開されている即興的交響理論は、先行の各理論を吟味したうえで参考としながら、日本企業の事例を参照しながら考察を加えているものです。その点で、包括性というのか、たしかに慥かに漏れのすくない網羅性の高いモデルになっていると思います。しかし、それは、これまでの事例を説明する限りにおいて、著者のいう記述的戦略論として、優れたモデルであるとは思います。では、実際の企業活動の場で、このモデルをツールとして使えるかというと、包括的であるということは、実は何でもOKということ、つまりは、何も言っていないと同じ事ではないかと思います。実際の実務の場においては、多方面から種々の情報が時々刻々と入って、それぞれに対応が瞬時に迫られているときに、オールマイティで何でも説明できるけれど、切り口が定まっていない(複眼的というメリットもあるでしょぅが、それはあくまで観察するのにより適しているということではないでしょぅか)と、自身の拠って立つところも不明確になってしまいます。その点で、コンサルタント向きと言わざるを得ないように思います

 
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