小穴晶子「なぜ人は美を求めるのか
─生き方としての美学入門」
 

第1章       日本古代の「タマフリ(魂振り)」の思想

第2章       ギリシャの哲学

第3章       中国の思想と東洋世界の美意識

第4章       キリスト教

第5章       イスラム教

第6章       仏教思想と日本の美意識

第7章       実存主義と解釈学

感想

 

著者は、最初に専門的な美学の本ではないとことわっています。

その根本的な問いは人生にとって、美や芸術は必要なのか。必要ならばなぜなのかということだと言います。例えば音楽について、作曲家や演奏家は、一瞬で消えてしまうような音を創り出すのに、なぜ自分の一生を捧げるのか。その一連の音のイメージに、彼らの人生の意味が込められているからだと思うほかないと言います。なぜ他の音でなくこの音なのか。「美しいから」という答えが出てくるにしても、その美しいということの背後あるものを追求していくと、生き方の込められた感覚的なイメージを美と考えれば、美について考えることは、生き方について考えることは重なってくる。

美学をこのように考えていくと、専門的な学問ではなくて、人々の毎日の生活にかかわるものとなる。つまり、人は誰でも毎日の生活を生きていかなければならず、人生をいかに生きるかという問いはすべての人にかかわる基本的な問題です。この著者が言っているような美について考えることは、よりよく生きるということが感覚に具体的にイメージとして示されるものということになり、美について考えることは、毎日の生活について考えることにつながります。

著者は言います。実効性をもった思想は、単に抽象的な理論ではなく、必ず日々の暮らしのなかに浸透していく。そうして、日々の暮らしのなかで、色や形や音などのイメージで具体的に表現されることによって維持される。そうやって維持していかないと、純粋に抽象的なものとして思想を維持するのは不可能である。いや、かりに可能だとしても何の意味もないだろう。思想とは抽象的な理論ではない。思想は絶えず現実とのかかわりあいのなかで試され、深められなければならない。そしてさらに私は次の点を強調したいのだが、思想は毎日の生活の中で味わわれなくてはならない。本当の思想とはこういった一連の活動なのだ。こう考えると、思想がイメージを必要とし、イメージが思想を必要とすることになる。この両者の響き合いのなかに美や芸術の意味を問う鍵がある。

 

第1章       日本古代の「タマフリ(魂振り)」の思想

著者は、最初に日本人の万物に魂が宿るという考え方に遡ります。魂とは思想の産物です。例えば、西洋思想では肉体と区別された精神的な統一体と考えられ、「実体」と言われます。肉体は滅ぶが魂は不滅だというのは、ここあります。これに対して、日本古代の思想は魂を実体的なものとは見ずに、一種の生命力として捉えます。それ故に、増えたり減ったり、なくなったりする。他人からもらったり、他人に与えることも可能で、どこからとこまで区切れるようなものではない。このように西洋の魂と日本古代の魂とは、かなり性格の異なるものですが、この魂がなくなると死んでしまうという点で共通しているのです。

さて、このような魂を生命力と捉えることは、力はエネルギーに置き換えられ、例えば光もエネルギーであり太陽に象徴されます。よりよく生きるとは、この力を活性化させ増大させることです。そのために魂を状態(活性化された状態)に向けて方向づけることが人生の目的となり、この目的に適った生き方こそが幸福とされ、そのために「魂振り」という考え方が現れたといいます。「振る」ということは、生き生きしているものはよく動くという事実に基づく連想ではないかと著者は言います。その方法論は光エネルギー、具体的には太陽エネルギーによって、魂を活性化されようというものです。例えば、古代神話の天照大御神に象徴的なように、日本歴史の中で「魂振り」の思想に基づいて日本の文化が形成されてきたといいます。

このような「魂振り」の具体例として御幣があります。よく神社の軒にぶら下がっている紙で、白い和紙で作られていることが多く、しかるべく切り込みをいれて、折り曲げて長方形の短冊がつながったようなものが2本で一組になっているものです。この御幣の重要な点は、これが風に吹かれたりして、ヒラヒラと揺れること、つまり「振れる」ことにあります。前述のように「振れる」ことにより魂という生命エネルギーを増幅させるのが「魂振り」ですから、御幣が「振れる」ことにより、その場所のエネルギーが増大する。するとその場所は神聖な場所となるわけです。よく神社の境内にある大きな木にしめ縄が結んであってそこに御幣が垂らされているのを目にしますが、もともと大木にまで育つという生命力の強いものが、普通の木ではなく、とくに活性化された濃密なエネルギーを宿す神聖な木として神木となっていることを示しています。もともと生命力の強い木を「魂振り」により活性化を促し、神聖な神木しなっていった。

ではなぜ、エネルギーの活性化がなぜ神聖という考えに結び付くかというと、古代の神々の頂点は太陽神である天照大御神であって、いわば神はエネルギーの源と考えられます。つまり、生命力というエネルギーが高い場所はエネルギーの源泉である紙に、より近い場所と言うことができるのです。

このような神聖なものが、同時に美的なものであると著者は言います。

その一例として、装飾はもともとは「魂振り」の方法として呪術的な手段だった言います。化粧やネックレス・イヤリングなどの装身具などは、もとは呪術の道具だったものが、その信仰が失われたために美的装飾の側面だけが残ってしまったものだと言います。

 

第2章       ギリシャの哲学

著者は、日本とはことなるけれど、古代ギリシャ哲学においても魂の働きの強化が人生の目的とされたと言います。

ギリシャの哲学は、魂と肉体の二元論で、人間は魂と肉体の二つの部分から成っていて、それぞれが異なった役割をもち、魂の能力は理性であり、肉体の能力は理性で、肉体の能力は感覚である。理性とは論理的にものを考える能力で、感覚は人間持つ五感です。そして、感覚が捉えるのが現象で、理性が捉えるのが本質とされます。この本質が「イデア」と呼ばれます。

さて、このような哲学について、ソクラテスは「死の練習」だと言います。どういうことかと言うと、魂は不死でありうる、肉体は滅びるもので、どうしたら魂が不死になるのかが、いうなれば哲学の目的でした。これに対する答えは次のようになります。魂を死で脅かす肉体の束縛から自由になれ、つまり、生きている間は、魂と肉体は結び付いているが、肉体の死によって魂は肉体から切り離され、不死になる可能性がある。その際に、魂が完全に肉体から切り離され不死になるために、生きている間になるべく魂を肉体から遠ざける。具体的には、魂だけに属する本来の能力を使う生活、理性を使って本質について考える生活をする。これは哲学をすることに他なりません。だなら、哲学は死の練習なのです。しかし、哲学は宗教とは違います。それは、魂の不死を得るために論理的な思考が重視されたためです。その方法は、ディアレクティケーと言われる対話による議論です。ここで重視されるのは「ロゴス」、いうなれば、言語と論理です。こういう考え方には、そもそも論理によって追求されるものがものの本質であったということに本質的に結びついています。

そして、美学とは、このような哲学の一部として始まったものです。哲学は価値を追求することで本質に行きつきました。どういうことかというと、例えば、今ここに椅子に座っている人がいるとします。この人は、今何をするかについて無限の選択が可能だったはずです。その中で、ここで椅子にすわるという行動を選択したからには、それが自分にとって、現時点でもっとも「良い」ことだと思ったからです。その「良い」とは何か、つまり価値について考察するすると、椅子の本質追求になるわけです。本質とはイデアです。

このような哲学が追求する「良さ」、つまり、価値は、「真」「善」「美」とされてきました。これらの価値は、それ自体が目的となるような価値で、それを得ることにより、別のものが求められるという手段になりうるものではありません。「真」「善」「美」は、これを求める自体が、人生の目的ということにもなるものです。このためには、どう生きるかが分かってなければならないし、分かったとしても「分かっちゃいるけど、やめられない」というのが人間の常ですから、それができるということが難しい。だからこそ、それができたといのうが幸福につながるわけです。思想と現実の一致です。

 

しかし、ソクラテスは魂と肉体を切り離すために理性と感覚をも決定的に切り離してしまいました。美のイデアは具体的な美のイメージの関係が置き去りにされた感があり、ソクラテスの弟子にあたるプラトンは、ソクラテスの徹底した二元論の構図に修正を加える中で考えられていきます。後期の対話編『饗宴』でエロスに対する考察を進めますが、エロスと美の関係について、エロスとは、今、自分の持っていないものを欲しいという気持ちで、この気持ちは美しさによって掻き立てられ、この関係は、それによって何かが生み出される元になると考えられ、このことにより階層分けされます。例えば、美しい肉体に出会い、エロスをかきたてれる生殖行為にいたり、子供が生まれる。次の段階では肉体だけではなく魂の美に引かれる、ここで生み出されるのは徳です。以後、美しい職業活動、美しい学問、美のイデアと段階を駆け上がります。ここで、一番低次に見られた性欲に関してみてみると、ソクラテスの二元論では、肉体に属することになり、ひたすら排除されるべきものとなります。しかし、プラトンは、一面では肉体的ではあるものの、エロスの向かう方向をコントロールすることにより魂の領域に関わることが許されるという、二元論の図式が崩されます。プラトンは人間を何らかの行動に駆り立てるモチベーションとしてのエロスを無視できなかったためと、著者は言います。このため、哲学が価値について考え、よりよき人生に向かっていくものであれば、エロスの方向づけについても、考えさせざるを得なくなります。プラトンは、魂がイデアに向かうのを助けるもとしての美を肯定しました。ここでの美はエロスと相互補完的に関係にあります。例えば、少年は素晴らしい師に出会い、エロスを掻き立てられ、そのことにより愛する師にふさわしい素晴らしい人間になろうとする。つまり、美はエロスをかきたてると同時に、エロスのおかげでみにつけられるものでもあるわけです。しかし、プラトンは、詩、演劇、絵画、音楽などの芸術に対しては、現実のものを模倣(ミメーシス)しているためイデアから遠ざかることになり、人間の低劣な部分に関係するため、ロゴスではなくパトスに働きかけることになる。プラトンは理性以外で人間の行動を起こさせることは危険だとして、芸術の危険性を指摘しました。

 

プラトンの弟子にあたるアリストテレスは、イデアをダイナミックに捉えようとしました。彼は、本質の探究方法をソクラテスのように二元論に基づき本質と現象を切り離すのではなく、本質は現象に内在していると考えました。ソクラテスやプラトンが本質をイデアから本質を想起するという方法をとったのに対して、アリストテレスは現象をよく観察し、そこから発見される本質をエイドス(形相)と呼びました。具体的には数多くの現象を観察して共通の性質探し出し、それにより定義するという近代科学にも通じる思考方法がここで生まれたと言えます。このような本質と現象が不可分と考えられるようになると、魂と肉体は不可分となり、ソクラテスの死の練習という哲学とは袂を分かつことなるわけです。しかし、一方で現象の地位が上がることになり、芸術の美が肯定されることになります。アリストテレスもプラトンと同じように芸術をミメシスだとしますが、このミメシスを肯定的に捉えます。人間は現物を見れば怖いものでも、上手くミメシスされているものを見ると喜びを感じます。食欲は生命維持に、性欲は子孫の繁栄に役立つように、ミメシスの喜びは学ぶ喜びにつながるとアリストテレスは言います。これは哲学に向かいための入り口となります。芸術はこのような上に成り立ち、哲学に人を導くものとして存在意義が認められることになったのです。アリストテレスは『詩学』の中で、悲劇を取り上げ芸術について論及しています。悲劇は筋によって決定され、アリストテレスは“われわれより優れた人間である主人公が、何らかの過失によって幸福から不幸に転じる”ものと言っていますが、このことにより観客の心に主人公に対する同情の気持ちを引き起こすのが悲劇です。アリストテレスは悲劇が観客に与えるべき効果を同情(エレオス)と恐れ(フォボス)という二つの用語で示しています。これらの二つの感情はどちらも主人公にふりかかる不幸に起因する。この不幸を目の当たりにして、「なぜ何も悪くないあんなに良い人にこんな不幸が」と、主人公に肯定的に感情移入するところから「同情」が生じ、どうしてもこの不幸が避けられなかった人間の無力さを痛感し、運命の力の大きさに圧倒されるところから「恐れ」が生じる。プラトンは、これをパトスを引き出すものとして否定しようとしましたが、アリストテレスは、「カタルシス」という概念を持ち出して説明しました。悲劇の目的は観客にエレオスとフォボスを引き起こすことであり、これらを引き起こすのがミメシスの技術だということになります。ミメシスが成功すれば、これらの感情は生き生きと現実性を持ったものとして感じられるでしょう。しかし、観客はこれらの感情が決して本当のものでないことは知っています。だからこそ、どんなに恐ろしい悲劇であろうとも、観客は安心して、どこか喜びを感じながら見ることができるわけです。逆に言えば、ミメシスによって引き起こされた感情は、いわば、知性によってからめとられた感情であり、感情は魂によって統御可能なものとなるわけです。いわばロゴス化させることになるわけです。これを「カタルシス」と呼びます。さらに、アリストテレスは、このような「カタルシス」を引き起こすものとして優れた芸術の条件を論じています。まず適度な「大きさ」で、一度に全体が見渡せて、同時にその部分の判別ができるような大きさと言います。これは「完結性」につながります。完結性は多様の統一性につながります。統一性があるといことは、そこに存在する部分が、一つの目的に向かっているということです。そのために無駄があってはいけないし、不足があってもいけない、あるべきものがあり、あるべきでないものは何もないという状態にあるということです。このような統一性のある完結体を美とする根底には、理性によって感覚の世界を支配することを目的とするギリシャ哲学の思想があります。

 

プロティノスは、ギリシャ哲学の伝統から出発します。本質とは何かという問いです。ここで、プロティノスは、このような問いが可能となるのは、「あるもの」の本質を問う場合には、問われるべき「あるもの」が「あるもの」としてとらえられているからだ、と言います。様々に椅子が周囲にあって、そこから椅子とは何かと問われるべき椅子のイメージがあるように、感覚的なデータしては、我々を取り巻く世界はバラバラであり、その中から一定のデータをまとめて一つのものと見なすことによってはじめて「あるもの」が存在する。このようなことを、プロティノスは世界のあらゆる存在を一者から「流出」したものととらえます。そして、あらゆる存在を可能にする根拠としての一者それ自身では存在ではない。そして、一者から流出したあらゆる存在は一者からの近さにより秩序づけ、つまり階層づけられます。このことは、あらゆるものが一者からの連続性として捉えられることと、一者から遠ざかるにつれ秩序から離れ無秩序に向かうということになります。そして、人間は理性によって無秩序から秩序に向かう努力をするものだと言います。プロティノスはこれを「帰還」と呼びますが、論理的な思考を駆使して、秩序を与え、より統一的な一体性を求めるということ、これは、これまで紹介されてきたギリシャの哲学者たちと同じ姿勢です。プロティノスは、ここからさらに、最終段階で一者そのものをどのように知るのかという時に、一者との合体、脱我という、いわば理性を超えた、一種のエロス的な働きを考えます。このような思想を反映して、プロティノスは単一なるものの美を強調します。多様の統一といったアリストテレス的な美はここでは否定されます。多様な部分の統一を把握するのは知性であって、感覚ではとらえきれないものです。アリストテレスにはギリシャ哲学の知性尊重主義が底流にあります。しかし、プロティノスはどうでしょうか。アリストテレスらとの大きな違いはミメシスの考え方の違いにあります。それ以前は現象を模倣するということが中心だったのに対して、プロティノスはミメシスの対象の現象ではなく、それらのものの背後にあって存在を可能にしている形成原理なのだと言います。ここまでくると芸術の目的は写実ではなくて理想化された美しい形象を創ることになります。だから重要なのは外観ではなくて、内面なのです。芸術家がよりどころにするのは魂にある理想像になります。だから、実際にない架空の人物や見ることのできない神々を描くこともできるわけです。理想像との接触によって感覚的なものが魂の方に引っ張り上げられることによって美的形成が行われる。プロティノスは、この上位に引っ張り上げられるものに接することにより輝き出てくるのか美なのです。つまり、美が「帰還」の原動力となるのです。では、この美に触れるためにはどうすればいいのか。美をみようとする自分はもともと「一者」であった。だから自分と「一者」は論理的には同一で、美に触れるということは、美である「一者」と同じになるということだ。美を見たいのであれば、自分自身が美しくならなくてはならないということになる。ここでプロティノスの言う自分とは魂のことです。魂の美しさを彼は問題としているのです。このためには自分の内側を見つめ不純なものを取り去って、言うならば純粋の本当の自分との出会いを求めるということになる。ギリシャの哲学には不死の追求という目標があり、ソクラテス以来普遍性への憧れにつながっていました。それは、いつでも、どこでも変わらないロゴスの探求でした。これに対して、プロティノスは一者をすべての存在の根拠に求めて唯一性を強調しました。これは後のキリスト教的な考え方への橋渡しにもなったと言えます。

 

第3章       中国の思想と東洋世界の美意識

ギリシャ世界と同じころ、東洋では中国で文明が発達していました。代表的な思想としては儒教があげられます。儒教は徹底した現実主義に立ち、ギリシャ哲学のように現実に存在するかしないか分からない魂のようなものを語ることはしません。儒教が人間の幸福とは何かと問う時、戦国の混乱した社会という現実の環境もあり、国家の安定が必要不可欠で、思想はそのために現実に向いていかなければならないというものでした。孔子は秩序の基本単位として家族を考えました。この家族のなかでは封建的な秩序関係がつくられるわけですが、この家族の維持が確保されれば家族を構成要素とする国家の安定は保証されます。これを維持するために秩序意識の植え付けとして「仁」つまり上位のもの、最終的には年上の男性を敬うという気持ちと、それを行動に移す「礼」が生まれました。こうした儒教の思想は、今日の我々から見れば支配階級のための思想と言うことができます。これが人々に受け入れられた理由は、どこにあるのか。儒教は国家の構成単位である家族の維持をも目的としています。つまり、儒教に従っていれば家族は維持され、たとえ自分が死んでも家族は永遠に続くことになり、結果的に自分も家族の連鎖に関わる、共同体としての不死に与ることができるわけです。こう考えると、儒教も死を乗り越えるための思想としても位置付けられることになります。どうやって人生を無意味な消滅に終わらせないかという課題について、ギリシャ哲学は魂の不死を説きました。これに対して儒教はもっと現実的に家族の永遠の存続に貢献することで個人の人生を意義づけたのでした。このような儒教は、美をどのように捉えていたのか。

儒教思想における「美」は「仁」の表れであると作者は言います。孔子にとって一番重要なのは「仁」の習得で、その段階として、まず「仁」とは何か、なぜ大切かを理解させる、次に毎日の「礼」の実践を通じて「仁」を身につけさせる、まだそれだけでは不十分で「仁」を行うことが楽しくなるまで教育しなくてはならない。全員が自発的に「仁」を実践するようにしないと、全体としての国家の秩序が安定しない。「美」という漢字は「羊」が「大きい」ということで、羊は生贄の動物で、美とは犠牲が大きいということで、個人を犠牲にして、家族や国家という全体のために生きられるということが根本にある。これを端的に示しているのが、音楽だ。音楽が目指しているのは音の調和だが、それは単に音の問題だけに止まらない。音の調和は、その音を出している人々、また、その音に耳を傾け聴いている人々の心の調和の結果と言える。いま自分がどんな音を出したらよいか、それは、それまでに出された音を受け継ぎ、次に出される音を予感するという連続の中で決まってくる自分の役割を認識した心の声でなくてはならない。すべての音が全体の調和を乱すことなく適切に奏でられたとき、最も美しい音楽が実現する。その美しい音楽を聴いて感動する人々、その感動のもとになっているのは、そこに集う人々の連帯感なのであり、このような状態の実現が自発的な喜びとともに行われるとき人々の調和が完成するというわけです。

 

このような儒教と全く反対のような老荘思想は、儒教とは、いわば車の両輪のようなもので。結果的に相互で補完関係にあるようです。老子が説いたのは無為自然ということで、人為的な儒教を批判し、人間は自然の一部で、もともと自然なのが、教育によって自然から遠ざかり、忘れてしまった赤子の心を取り戻すことが人生の目標となるわけです。老子の後の時代の荘子は、より個人的な視点で考察を進めました。荘子は、西洋で言う魂の救済をテーマとして取り上げたのです。しかし、現実的な中国思想の性格から、西洋の場合の来世というのではなく、あくまでも現世での救済を考えます。だから魂の救済というよりは心の平安と言い換えるべきかもしれません。荘子は、心の平安は真実のもののあり方を知ることによって、それは得られると言います。その荘子が真実のもののあり方として提示するのが「万物斎同」です。これは老荘思想で説くあらゆるものの根源である「道(タオ)」のことをさし、混沌の状態にあることをさします。混沌とは、あらゆるものがあるのだが、それらが皆同じ状態で、区別されない状態のことです。生まれてすぐのときは人もこういう世界に生きている、と荘子は言います。しかし、成長して分別がつく大人となると、つまり、周りの大人からああだこうだと分けて教えられてくると、かえって本当のもののあり方が見えなくなり、そこから悩みや不安が生まれてくるというのです。だから、真実のもののあり方を曇らせている分別を取り除いて「万物斎同」を悟ることが荘子の思想のテーマとなります。これを荘子は鏡に譬えます。鏡の表面には何もありません。だからこそ何でも映すことができる。鏡をそちらに向けさえすればいいのです。何もないからこそ無限のものを含むことができる。映すものを選ぶようなことはしないのです。こういう鏡のような心を獲得することが無為自然に環ることなのです。このような考え方と美というものが、どのように結びつくのかというと。例えば、中国の絵画で山水画と言うのがあります。西洋絵画では風景画最初に出てくるのが16世紀オランダで、実際の風景を描くということに、これだけ大きな時代の隔たりがあるのは、自然の捉え方が異なることが要因していると考えられます。これには自然にポジティブに性格が付与されることにより描かれる可能性が出てくるわけで、自然に環ることを人生の目的とする老荘の思想が自然の風景を描く山水画の成立に重要な役割を果たしたと考えられます。山水画を描くことは、このような理想をイメージ化するための重要な手段であり、それゆえに価値が認められるわけです。ただし、山水画は忠実な風景の写実を目指したものではなく、省略や誇張が見られるのは、老荘思想で目指された自然が人間の外の自然と内なる自然が一体化した自然だったからです。この場合の表現には、作為的なものは避けられます。無為自然の理想を表現技術では無心ということになる。さらに、荘子のところで根源であるタオを混沌ととらえ、分別することの愚かさを荘子は説きましたが、真実と言う観点から見れば、現実と非現実の区分もしないことにもなります。豊かなイマジネーションによる創造が成立する根底にあるのは、このような現実と非現実の境界に真実があるという考えです。

 

この章の最後では、儒教や老荘思想以前に起源をもつ陰陽五行思想について考えていますが、あまり美との関連は触れられておらず、章の最後のところでこう著者は言います。“さらに重要な点は、陰陽五行思想を支えているのが普遍的な合理性ではないというまさにその点である。五行配当、相生の関係、相剋の関係で見たように、この思想の論理性を支えているのはイメージの連鎖なのである。これは言ってみれば想像力の「論理」とも言えるものである。想像力は理性のように普遍的な合理性を持つものでない。だからと言ってまったくのでたらめでもない。青と言う色は論理的・必然的に木に結びつくものではないけれど、木、火、土、金、水のどれに関連が深いかとえば多くの人が木に結びつけることに納得するだろう。この結びつきが文化的に定着し継承されればさらに確かなものとなり、人々を動かす思想としての力を獲得する。そして人間にとって理性と同じく想像力は大切なものである。想像力の「論理」が主導する思想はほかにあまりないし、その意味でも陰陽五行思想は大事な例である。そして、特に、豊かなイメージ形成の力になった点では無視することのできない思想である。”

 

第4章       キリスト教

 キリスト教もギリシャ哲学と同じように「人間の救済はいかにして可能か」という問いを重要な問題のひとつとして持っていたと筆者は言います。救済とは死からの救済に他なりません。この観点でのキリスト教とギリシャ哲学との大きな違いは次の2点です。第1は、キリスト教の場合には、魂だけでなく肉体も救われることです。ギリシャ哲学は、不死の魂が限界ある肉体から切り離されることによって不死となるというものでしたが、キリスト教では、魂は最終的には肉体と再会し救済されることになります。肉体は現実の死によっていったんは滅びるように見えるのだが、最終的には魂といっしょになって永遠の生命を得る。これがキリスト教による「復活」の意味です。そして、第2に、救済のための条件として、ギリシャ哲学において魂が不死となるための条件は、純粋に魂だけが持っている理性を活用してロゴスによる対話を行うことで、これに対してキリスト教で救いを得るためには「理性」は問題とならず、唯一の条件は神を信じるという「信仰」です。ここで救いの条件が「理性」から「信仰」に転換したわけです。このようなキリスト教の特徴は救済される対象となる人々の拡大を促します。ギリシャ哲学の場合には、自由人とか貴族と呼ばれるエリート層の人間は、哲学にうつつを抜かす暇(自由な時間)を持っていました。さらに、ギリシャ哲学の理性至上主義は、現実の生活の中では貫くということは大変なことです。たとえば「わかっちゃいるけどやめられない」という弁解はありえず、「わかっているなら、やめろ」ということを機要請されるわけです。キリスト教の信じるということは、この「わかっちゃいるけど、やめられない」人にも救済の門戸を開けたというわけです。キリスト教はこのように神を信じるという信仰を中心として考え方ですが、同じように神を信仰するものとして、ユダヤ教やイスラム教があります。これらと、キリスト教との大きな違いとは何でしょうか。その大きな違いはキリストを信じるということです。それは、どのような意味があるのかというと。キリストがこの世に生まれ、生き、死に、復活したことを、人間と神との「契約」によって神が約束してくれたことの現実的な証拠として信じることなのです。最後の審判を経て、魂と肉体の両方が合わさって復活し、神のもとにおいて永遠の生命を得る。これが神との「契約」です。この「契約」はキリストの出現によって、それ以前の言葉による「契約」(旧約と言われます)から、死後の復活も含めたキリストの生涯を神がキリストを遣わし、その契約を行動で示したものとなりました、これを新約といいます。つまり、キリスト教はことばの力だけでは信を得ることが難しいため、行動との関わり合いによって信を得ようとするものです。だから新約聖書の大事な特徴は、キリストの生涯を弟子たちが事実として語ったものだということです。こう考えてくると、端的に言えば、キリスト教は思想ではなく事実なのだと、著者は言います。事実と密接に関係するのは、「理性」でなく、感覚や記憶です。事実として見たり聞いたりしたキリストに関することがらを語ることがキリスト教の教えにとって最も重要なことなのです。だから、この思想がイメージ制作と結びつきやすい性格のものなのです。この事実を言葉で語れば物語になり、視覚的に描けば絵画になります。ユダヤ教もイスラム教も協議で偶像崇拝を禁止し、具体的に視覚的イメージを排します。これに対して、キリスト教ではキリストの姿を具体的に示すことには抵抗がありません。これはキリストが神の子であると同時に人間であるという思想の構造に由来します。キリストのイメージは崇拝するものではなく、キリストが実在したという証拠として捉えられている。もうひとつ、具体的なイメージ制作を促す考え方として重要なことは、もう一つある。神は人間を愛して下さったから、人間はそれに応え、神を愛し返さなくてはいけないということである。それで、生身の人間ならともかく神などどのように愛してよいのか、これに答えるために、愛することは「思う」ことだということ、そして、「思う」とは具体的なイメージを思い浮かべることだ。だから、キリスト教の儀式では神を愛するために神を思う。神を思うとは、神にまつわる様々な出来事、聖書に書かれている事柄をはっきりと思い浮かべることだ。これを援けるものとして、絵画、音楽、彫刻などあらゆる芸術が生まれてくることになる。

 

第5章       イスラム教

イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教と同じ創造主を信仰する一神教の系譜に属している宗教です。だから、イスラム教の世界観か、前章のキリスト教の世界観と同じものです。創造主である神がこの世を無から創造し、そうして始まった世界はやはり神の手による最後の審判で終わることになるというものです。こうした共通性を持ちながらも、キリスト教と決定機に異なる点は、イスラム教ではキリストが神の子であることを認めないことです。そして、イスラム教の独自な点は、ムハンマドが人間だということの強調です。ムハンマドの権威は、唯一、彼が「真の」預言者ということで、神の言葉がムハンマドを通じて人間に伝えられる、いわば、通り道のようなものです。問題は、ムハンマドを通じて伝えられた言葉が本当に神の言葉かどうかです。それを保証するのは、言葉そのものと言うことになります。それは神の言葉である「コーラン」を読んでみれば分かるということになるわけです。こんなに美しく、立派な言葉は神によるものとしか思えない。人間にはとうてい無理だという理屈です。神の言葉がそのまま書かれている聖典というのは、ユニークなもので、キリスト教の新約聖書はキリストの弟子が実際に自分の見聞したことを書いた形をとっているのと大きく異なるものです。このような聖典の違いは、それぞれの思想の考え方の違いと深くかかわっていると言えます。前章の通り、キリスト教はできるかぎり事実になろうとする思想であることから、神性を持ったキリスト、神と人との仲介者としてのキリストが事実存在するということで、神と人との距離を縮める。これに対してイスラム教には、神と人との距離を可能な限り遠くしようという傾向があります。神と人との関係は主人と奴隷の関係としてイメージされています。絶対的な言葉を介して神から人に命令が下る。神と人の両者は絶対的な断絶という関係にあります。この「絶対的な断絶」を強調することから、イスラム教では「偶像崇拝の禁止」という掟がとりわけ重視されます。人間の力の及びもつかない神について、何かをイメージすることさえ原理的に不可能なことであり、それをしようとすることは神に対する冒涜である。人間から神に向かうあらゆる道は閉ざされている。ただ、服従あるのみ。ということになるわけです。

このようなイスラム教と芸術との関係を考える上で最初に問題となるのは「偶像崇拝の禁止」の掟です。宗教的な活動のなかで具体的なイメージを描くことを禁止していることから、キリスト教のような描写的な絵画がないのです。その代わりに、イスラム教の宗教美術は、一般に「アラベスク」と呼ばれるデザイン化された文様が中心となります。ちなみに、西洋文化の中では、「アラベスク」という言葉は一般化されて、アラビアの文様以外のものを指すこともあり、その場合は、具体的な意味を持たないデザイン化された形象という意味で捉えられています。例えば、音楽の楽曲の標題に「アラベスク」とついていれば、悲しみや喜びなどを表現した曲ではなく音の戯れを楽しむための曲ということになります。イスラム教では、原則的に宗教儀式において音楽を使うことも禁じられています。なぜなら、音楽はあくまで人間の感覚にとってすばらしかったり、美しかったり、喜ばしかったりするものだから、それによって神を賛美すれば神も喜ぶだろうというのは傲慢な考えなのです。だから、それもやはり神への冒涜となり「偶像崇拝の禁止」の原理で否定されます。

 

第6章       仏教思想と日本の美意識

日本の文化形成には仏教、とくに大乗仏教と密教の多大な影響があります。仏教という思想の特徴として重要なものが「諸法無我」の考えであると筆者は言います。「諸法」とは一切の現象の法のことをいい、「無我」とは実体、本体と言われるような永遠不滅の存在はないということです。西洋思想でいうイデアや神のようなものは認めない、正確に言えば、あるかどうか人間には分からない、だから人間存在に関する確実で現実的な思想を展開しようとするかぎり、実体はないということか出発するということです。このような「無我」の考え方を肯定的に展開すれば、あらゆるものは生成消滅変化するということになります。これを人生最大の問題である死をどうやって乗り越えるかという問題で考えると、死を人間存在の真理の表れとして、心安らかに受け入れようということになります。つまり、実体的なものに縋るようことをしないで、死を心安らかに受け入れることが仏教の求める悟りの境地です。

「無我」の思想と関連して「縁起」という世界観も重要です。すべては縁によって決まるという、この世には関係性のみがあるという世界観です。普通、関係性といっても二つ以上のものがまずあって、それらの間に成立すると関係と考えますが、縁起とは、ものがあるというのは間違いで、本当は関係しかないということです。とすれば、世界は実体の集まりではなくて、縁によって起こる出来事の総体だということになります。出来事とは始まり終わるという運動のことで、本当はその運動しかないのに、運動する何かがあると思うのが迷妄ということです。例えば、仏教からきた無常観は、ふつう、人の命ははかないものだという説明されますが、このような仏教の考え方に照らし合わせれば、自分の命があってそれがはかないというのではなくて、そもそも自分の命があると思うことが迷妄なのであって、そう考えれば、自己の死もたいしたことでないと心安らかに受け入れられることになります。それが悟りの境地だということです。

このような悟りに至るには、どうしたらよいか。その違いが仏教の様々な宗派を生み出しました。おおきな流派として大乗と小乗に分けられます。小乗では悟りを開くためには出家しなくてはならず、しかも実際に悟りを開いたのは釈迦だけであり、「仏性」は釈迦のみにあるという考えでした。これに対して大乗は、すべてのひとが仏性を持ち、必ずしも出家を要しない、大乗は釈迦との時代的な隔たりが大きく、思想が釈迦個人偉大さを離れ、より一般的な論理性により考えられるようになった結果ともいえます。小乗の修業は自己完結したものでしたが、大乗では他社との関係も修行の対象となります、そのため仏教に思想的基礎をおいて国家を統一しようという聖徳太子のような者が出てくることになります。さらに、密教では釈迦を超えたものとして大日如来をつくりました。釈迦は心理を発見したから偉いのであり、論理的に考えれば真理の方が尊い、その真理をイメージ化したのが大日如来で、密教の悟りとは大日如来との一体化を指します。大日如来は、すべてのものでありつつまた何ものでもなく絶えず変化し続ける動きそのものです。それゆえ、あらゆるものは大日如来の化身であって、自分すらももとをただせば大日如来の化身であるから、そのままで大日如来と一体化する可能性があるというわけです。これを即身成仏と言い、密教の修業の目的である悟りの内実です。こう考えると、釈迦を悟りの手本とすることが無くなるわけです。極端なことを言えば、悟りを開くための経典を読んで勉強する必要もなくなります。では何をするかというと、呪術的な実践に傾いていくのです。

この呪術的な実践として儀式のための法具が、いわゆる密教美術です。その中心となるのが曼荼羅です。現代の人間から見れば美術品なのでしょぅが、当時では悟りだけでなく現世的なものをも包摂した欲望のイメージ化だったと言えます。すべてが大日如来の化身だとすれば、現世的な欲望も、それが大日如来であることが分かれば、そのことにより大日如来との一体化も可能なはずです。だから、どんな欲望も感覚的な喜びもすべて肯定するところから曼荼羅のような豊かな密教美術が花開いたと考えられます。

 

このような密教思想の影響により、日本ではふるくから「芸道」と言う言葉が使われてきました。西洋起源の「芸術」と対比的に考えてみると、芸術はartの翻訳ですが、これは技術と言う意味があります。古代ギリシャでは芸術はミメシス(模倣、再現)の技術というのが起源にあります。これに対して芸道の道は修行の道です。修行の道ですから、そこで目指されたのは人格形成です。だから、端的に言えば、道の実践によってできたものは副産物でしかないのです。一番重要なことは作り手がどれほど悟りの境地に近づいたかと言うことなのです。作品のよさは作り手の境地の高低によって左右されるものなのです。日本では中世に、密教の影響を受け、徹底した現世肯定の本覚思想が一般にまで広がりました。現世の全てを本覚(悟りの智慧)の現れとし、修行の道は何かを否定して禁欲することではなく、すべてを肯定することだ。だから仏教のことを知らなくても、芸により悟りに近づくこともできる。

 

著者は、茶の道を取り上げます。茶の精神を端的に示す言葉として、有名なのが「一期一会」で、一生に一度限りであることを意味します。お茶会での人の出会いは一期一会のものと思ってすべてが執り行われなくてはならず、今ここで一緒にお茶を飲んでいるこの人とは、これで別れたらもう二度と会えない。そういう状況で一緒にお茶を飲むにはどうしたらよいか。すべてが、例えば動作、場所や道具がこの点から考えられています。茶室の広さの標準は四畳半で狭く、みすぼらしく建てられています。これは存在を示す建物でなく、無を示す建物でなければならないためです。このような性格のものを「侘び」「寂び」といわれますが、それは一期一会の観点で見えてくるものの姿と言うことができます。茶道の大成者である千利休が活躍したのは戦国時代です。戦国の武将は出陣を明日に控えたとき、いったい何をしたらいいか、という問いが現実にあったわけです。それはむしろ、いざという時にあわてないように日頃から鍛錬しておく、それが茶道の目的だったと言えます。日常茶飯事というように、お茶を飲むことは全くありふれた日常的な行為です。もうこれが今生の別れだというときに、平常心を保って淡々と茶を入れ、飲むことができるようにしておく。戦国の世でなくても、普通誰かと別れる時、何の根拠もなくまた会えると思いがちです。しかし、それは迷妄といえ、縁起の世界観からすれば、すべては絶えざる生成消滅の運動の中にあるから、別れはいつでも今生の別れと言うことになるのです。逆に言えば、今生の別れは、お茶を飲むのと同じくらい普通の日常的な出来事ともいえます。この真理を全身全霊で納得すれば、心安らかに死を受け入れることができる。これが悟りの境地です。

これは、第1章で触れたギリシャ哲学の「死の練習」という点で、共通点があるように思われます。

 

第7章       実存主義と解釈学

東洋の思想と西洋の思想の基本的な違いとして、東洋の「この世主義」と西洋の「あの世主義」を著者は指摘します。西洋の思想は、イデアや神などこの世を越えたものを想定し、そこから逆算してこの世のことを考える。「本質」探究の姿勢は典型的な現れといえる。これに対して、現実の存在、つまり「この世」に目を向けようとしたのが実存主義です。

本質を探究するという立場からは、人間とは何かという本質(定義)が分かれば、人間はそのように生きるのが正しいということになります。こうして人生の目的が定まり、生きるべく生きていくことが人間にとり最高の幸せであるなら、哲学の最終の目的は幸福とは何かを考えることになる。これが西洋哲学の伝統です。しかし、実存哲学は、この問いそのものを問題視します。人間は何であるかと言う問いに対して、本質に記優秀されてしまわずに、絶えず本質からはみ出ようとする存在、そういうものとして人間を捉えようとしたのが実存主義で、「人間とは定義できない存在」という否定的な答えにより、人間とは何かという問いを無効にしてしまおうとする。実際に、人間とは何かという問いを立ててみて、様々な答えが用意できるし、これまで、様々な答えが出されました。答えの内容は様々であっても「人間とは何々である」と定義すると、それと同時に、「何々ではないものは人間ではない」という命題が論理的に成立してしまうことになります。そうすると、現実の存在としては人間であっても、この定義に外れるから人間ではないという存在が出てきます。定義には、このような排除が必ず含まれてきます。人間であって人間でないものが存在するのは、あってはいけないことだ。現に人間として存在している以上、どんな人間でも人間としての存在価値がある。すべての定義を取り去って、何はなくとも私を人間として認めよ、というのが実存主義の基本的な背景といえます。

 

著者は、ここでハイデッガーを取り上げます。ハイデッガーはまずSeinというドイツ語から出発します。「〜がある」「〜である」の両方の意味を持つ動詞です。Seinについて考えることは「ある」とはどういうことかを考えることでもあります。ハイデッガー自身も言っていますが、これを問うことは伝統的な哲学の問いです。ギリシャ哲学であればイデアという答えに行きつきましたが、イデアに代表される「本質」とは、言い換えれば定義のことで、ここでの言葉づかいでいえば「〜である」ということになります。「〜である」がすなわち、「〜がある」ということになるわけです。しかし、「〜である」に吸収されない「〜がある」があるのではないか、と言う問題意識が出発点です。

そこで、ハイデッガーは、先の問いで問われるものを自分に置き換えます。「自分とは何か」という問いに対しては様々な答えが返ってきます。人間、男、会社員、その他、これらの答えは全て正しいものですが、どれをとってもそれだけでは物足りないものです。このような答えをどれだけ積み上げても「自分とは何か」への答えになるとは言えず、これらの定義のような答えをすり抜けたところに答えられない本当の自分があるように思える。ハイデッガーは、このように定義的な答えを共存在と呼び、本当の自分とは区別します。共存在とは、他人と共にいるという視点から規定されたもので、社会的な役割を負った存在と言えます。普段の我々は自分とは何かなどとは考えずにこのような共存在として生きています。でも、ある時、何かのきっかけがあって「自分とは何か」と考え始めてしまうことがあるのです。ハイデッガーはそのきっかけは「不安」だと言います。「不安」とは漠然とした気分ですが、これは人間存在に深く根差したものだといいます。平たく言えば「自分はいったいどこからやって来たのか、そして、これからどこへいくのか」という問いに対して、答えを持っていないところから生じるものだと言います。さらに言えば、このような問いを発することこそが人間と言うものなのだ、と言います。結局のところ、この問いには答えられない。人間は理由なく生まれ、死んでいく。これは、人間に関する本質論の排除で、人間は定義できないとするもので、これを肯定的に受け容れようとするのが実存主義です。

ハイデッガーは、実存としての自分に気が付くためには、自らが死に向かう存在であることの認識が重要だと言います。人間は理由なく生まれ、理由なく死ぬ。だからこそ、いつ生まれ、どれだけの時間を生き、いつ死ぬかと言う観点で人を見たときには、誰一人として同じ人間はいません。自分は、絶対に他人に代わってもらうことのできないかけがえのない存在だということ。自分の人生を生きることは誰にも代わってもらえない。自分でやるしかない。これが実存として生きることです。

ここで問題になるのは、実存としての自分は定義不可能な自分であるから、どう生きるべきかという指針を全く失っていることです。例えば、人間が理性的であることが本質ならば理性を鍛えることが人生の目的となるでしょう。そうして、そのような生きるべき仕方で生きることが至福の人生として用意されていることになります。しかし、本質から解き放たれた人間は、このような「べき」をもはや失い、路頭に迷うのです。

では、どうしたらよいか。ハイデッガーは実存としての自分に深く思いを致したときに、どのように生きるかが自ずと分かってくると言います。これを「先駆的覚悟性」といいます。これを著者は、実存として決断を説明する比喩的な表現だと解釈します。つまり、誰に訊いても自分の生き方を教えてくれる人はいない、それは、自分がどの人間とも異なる唯一の時間を生きる実存だから。このことが心底から分かれば、絶対にダレル自分を助けてくれない、いや、助けることがそもそもできないのだ、ということが分かる。そうなったら、自分で決めるしかないし、決められるはずだ。だから、決めろということだ、といいます。もともと。決断と言うのはそういうものです。「えいやっ」という勇気でとにかく決めることです。むろん、決断の前に考えたかったらいくらでも考えてもいいですが、その考えが最後の決断に自ずと移行することなどないのです。両者の間には断絶があるのです。ハイデッガーは跳び込むという意味合いの表現をしますが、まさにそういうことなのです。

 

ハイデッガーは実存としての自分に気づくために「不安」をきっかけに「死に向かう存在」であることに深く思いを致すことでしたが、ガブリエル・マルセルは違う方法をとります。マルセルは、実存としての存在に気付くために必要なのは「愛」だと言います。実存があって愛があるのではなく、愛があって実存がある。実存に目覚めるためには、自分一人ではダメで、他者との引き合う関係において初めて明らかになるものだといいます。これは、絶対的な孤立の中で死に思いを致すというハイデッガーとは正反対ともいえます。

人を愛するのは勇気のいることです。なぜか。自己を開かなくてはならないからです。扉を開けば、自分の家の中に他人が土足で入ってくるかもしれない。そういうことから身を守れるのかどうかは分からない、全く無防備な状態になるのです。そこには何がしかの自己の崩壊の不安が付きまとうはずです。他者を受け入れるのは怖いことでもあります。しかし、こういった自己崩壊の危機を受け入れなければ、そして、ある程度、自分を壊して見なければ、本当の自己創造はできない。自分と言う狭い殻の中に閉じ籠っていてはダメなのだ。デカルトは「我思うゆえに我あり」と言って自己の存在を確認しましたが、マルセルは実存としての自己は「ある」ではなくて「(超えて)ある」と規定すべきだと言います。実存は、絶えず今ある自己を超えた自己になろうとする意志として存在する。「ある」で人間を規定するのは本質論であり、定義して人間を固定しようとする。「超えてある」は、その固定的な定義を絶えず否定し、別のものになろうとし、また実際になっていく動きとして捉えます。実存とはこのような自己創造の過程として捉えられるのです。

 

このような実存の文脈で美学を考える時に欠かせないのが、解釈学なのだと著者は言います。科学が研究者の主観をゼロにして客観的に語らせようとするのに対して、歴史研究は研究者と歴史との対話と言えます。こういう事態を歴史は解釈だと表明して、その構造を明らかにしようとしたのが解釈学です。これは歴史学のみならず、美学にとっても重要な視点を提供します。例えばねクラシック音楽の演奏は作曲者の作品を解釈するという性格を含んでいるし、これを聴く鑑賞者との対話という面も無視できないからです。ポール・リクールという解釈学者は、構造主義の批判の中から解釈学を主張しました。構造主義とは、部分的な物事の意味は、それら部分の属している全体の構造によって決定されるという考え方です。このベースにはソシュールの言語学理論があります。言語の意味は社会的な習慣で決まっていて、その決まり方はまず全体があって、その全体システムが部分の価値(意味)を決定する。全体がどのように区切られ、そしてその区切られ部分が関係づけられているかよって部分の意味が決まるというものです。

この考えは、概念(意味)がそれを表わす記号としての音のまとまりに先立って存在しているという、イデア論にまでさかのぼれる観念論の否定です。概念が先に頭の中にあって、それを表わすために言語ができたのではなく、全体の構造化としての言語の成立とその意味としての概念の確定とは同時なのだというのが、構造主義の主張です。このように考えると、言語と思考は一体のものであり、言語から切り離された思考は存在しないことになります。ところで、言語の意味は社会的な慣習によって決まっているものでした。だから、思考も社会的なものということになってしまいます。もしそうなら、個人的な思考ができなくなることになる。試行は全て社会的なものになってしまうことになるわけです。

これに対して、リクールは、メタファー論を展開します。メタファーとは、簡単に定義すれば、主語と述語の関係として本来の規則では結びつけてはいけないものを結び付けて成立する表現のことを言います。たとえば、「あなたは私の太陽だ」というようなものです。これは文法的には違反の表現で訂正されるか、意味不明とされるかするものです。このとき、このような文章の読み手が、本来なら捨て去るべきものに対して、何らかの意味があるかもしれないとして保持されるのです。このときの読み手は何をしているのでしょうか。一方書き手は、社会慣習的に成立している言語を、本来の能力を超えたきわめて個人的な体験を言葉の具体的イメージをそのまま提示することで、読み手の解釈により慣習を超えた何かを伝達することを期待する試みです。この背後にあるのは、慣習に収まりきれないと感じた個人的な体験と言えますが、この個人とは、これまで考えてきた実存に重なるものと言えます。実存とは唯一かけがえのない存在としての自己であり、常に今ある自己を乗り越えて新たな自己になろうとする存在です。このような唯一の存在、他の存在と共通の尺度を持たないものとなります。共通の尺度を持たないものは、社会慣習的に定められた言語とは相容れない。さらに、実存の絶えず今ある自己を乗り越えるという性格から解釈について考えてみると、作品の意味をあれこれ考えることが解釈ですが、作品の意味として正しいもの、つまり正解が得られるものではない、ということは最初から分かっている。それでも、あれこれ考える。その理由は、作品解釈は作品の意味を確定することではなくて、解釈者自身が逆に照らし出されることが重要なことだからです。そして、最後に、解釈するということは作者の実存と読者の実存との対話となるからです。読者はこの対話によって、自己自身を知り、知ることによって、その自己を乗り越えて新たな自己となる可能性が開けてくる。そこでは、実存の絶えざる前進のための条件として、芸術作品との出会いがあるのです。

 

最後に、著者は思想を維持し完成するためにはイメージが必要であり、イメージは美となるために思想を必要とする。思想とイメージの相互補完関係の問題として美学を考えてきたといいます。ここでの考察の導きの糸としたのは人生観の問題です。「人生をいかに生きたらよいのか」ということです。 

 

それで、読んでいて、これは教科書なのだなという感じが強くしました。それぞれの項目は噛み砕いてあり、分かり易くて、ここまで著者がリスクを負ってまで噛み砕いた勇気には敬服します。独善的と言われること、説明の理解に誤解を生んでしまうことも覚悟の上のことで、それでも言い切ってしまう潔さを感じました。しかし、ここで説明されていることが、羅列にしか感じられないこともじじつです。それぞれ章立てしてありますが、それが何のためなのか、なぜ、これらのものが取り上げられたのかが、肝心なことがよくわかりません。それは、実践の場でという著者のいとからすれば、一番大切なことではないのか、おもうのです。最初、お寿司の技術書と日常の料理に噛み砕いておそうざいの本で、おそうざいの視点で考えるとう姿勢ですが。それぞれの美学思想について噛み砕いてくれたものの、あくまでもすし技術をわかりやすく解説したということにとどまり、おそうざいになっていないと思いました。すし技術からおそうざいになるには、決定的な転換が必要だと思うのですが、それがなされていない。それはおそうざいの視点ですし技術を作り直すという作業です。思うに、著者はおそうざいの視点の美学とか思想というものへの変換をする前に、それがどういうものかという考察をしていないのではないかという気がしてなりません。おそうざいの視点で求められるのは何かということです。だから、人生いかに生きるべきかというという人生観で思想を見てきたといいますが、では、今、ここで生きることはどうこうことか、という著者の現実の実践が見えてこないのです。あくまでも、著者は解説者で、悪く言うと、要領よく説明していると言われてしまいそうな危険があります。そういう意味で、学者さんが書いたものという限界がよく見えると思います。著者には悪いけれど、この本を読んで、考察を始めようとは思えない。

スマートフォンはユーザーが自由を求めた結果として、台頭して来たものだと筆者は言う。これに対して、携帯電話は限られた条件の中で、どんな機能を盛り込めるかを携帯電話事業者が考え、混乱が起きないよう、端末や対応するサービスを設計、構築していく。いわば携帯電話事業者が絶対君主のような強権の下で複雑な進化の過程をとげ、これ以上成長することが難しくなっている。これに対してスマートフォンは、誰もが自由に振る舞うことができ、自由競争の下で淘汰され、優れたアプリケーションが生き残っていく。携帯電話のネットワークが有する限られた通信帯域をどのように使い、共有していくかは、ユーザー自身がアプリケーションを選択することで、決められていく。このようなアプリケーションの

自然淘汰の中で、存在感を強めているのがソーシャルメディアである。スマートネイティブたちは、常にスマートフォンを携帯し、ソーシャルメディアの中にあらゆる情報を放り込み、そのままソーシャルメディアを通じて自分たちの情報をやり取りする。このようなスマートフォンとソーシャルメディアの組み合わせを中心にデジタル世界に接続しているユーザーたちは、すでにインターネットの存在を無視し始めるという、大きな世代的変化が起こり始めている。

 
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